第7章:奈落の鉄火場と、白亜の粛清者
真っ赤な警報ランプが明滅する地下ラボに、鼓膜を劈くような発砲音が連続して響き渡った。
「キリがねえ! さすがにハンドガンの弾じゃ、この肉ダルマどもを止めきれねえぞ!」
迫り来るキメラの眉間に鉛玉をぶち込みながら、俺は叫んだ。
弾丸を脳天に受けても、肥大化した肉体はすぐには止まらない。緑色の体液を撒き散らしながら、重戦車のような勢いで突っ込んでくる。
「エレナ! データの抜き取りはまだなの!?」
シャーリーが宙を舞い、二丁拳銃でキメラの関節を的確に撃ち砕きながらコンソールを振り返る。
「あと少し……! 完了ッ! 『神殺しの首輪』のデータと実験ログ、全部いただいたわ!」
エレナがデータ端末を強引に引き抜いた。
「でもダメ、大図書館への直通エレベーターのルートが、奴らの群れで完全に塞がれてる! このままじゃ生身で挽肉にされるわ!」
「だったら、話は単純だ!」
俺は腰のホルスターに空になったハンドガンを叩き込み、来た道を振り返った。
「鉄の棺桶(魔導鎧)を着て、力ずくで道を開ける! ダクトに停めた機体まで走れ!!」
「フフッ、やっぱり最後は物理と馬鹿力ね! 嫌いじゃないわ!」
俺たち三人は、雪崩のように押し寄せる異形の群れに背を向け、全速力で地下ダクトへと駆け戻った。
分厚い隔壁を滑り込みながら抜け、暗闇に鎮座する三機の魔導鎧へと飛び乗る。
『あら、マスター。心拍数とアドレナリン値が異常ね。熱くなりすぎだわ、すぐに冷却と鎮静を……』
「後回しだ、セリア! ジェネレーター、強制フル起動!!」
『……もう。本当に無茶ばかりするんだから。メインジェネレーター、臨界まで回すわよ!』
俺が操縦桿を乱暴に倒すと、ノワールの漆黒の巨躯が低い咆哮を上げて目覚めた。
同時に、ヴォルフ・ハウンドと、背部のブースターを失った真紅の蜘蛛『ブラッド・ウィドウ』のメインカメラが赤く発光する。
「エレナ、シャーリー! 準備はいいな!」
俺がノワール・ブラスターの巨大な銃床をマニピュレーターで握り直した、その時だった。
――ズズズズズズズッ!!!
突如として、地下ラボ全体の天井が不気味な地鳴りを上げ始めた。
メインモニター越しに見える広大な培養室の天井装甲が、幾何学的なパターンでスライドし、巨大なハッチが次々と開いていく。
『……上層部から、不愉快な高エネルギー反応が多数来るわ!』
セリアの鋭い声がコックピットに響く。
『アテナの内部防衛システムが、地下ラボの「汚染」を検知したみたいね。対大型鎮圧用の『粛清ドローン部隊』が降下してくるわ!』
「粛清ドローンだと……?」
開いた天井のハッチから、青白い光のリングを纏った無人機群が、滝のように地下空間へと降り注いできた。
荒野で交戦した軽量型の航空ドローンではない。蜘蛛のように四本の強靭な多関節脚を持ち、重装甲に覆われた『屋内制圧用』の大型論理兵装だ。
『――地下第4セクターにて、致命的な論理エラー(被検体の暴走)を確認。これより、汚染対象および未登録機体の完全な消毒を開始する』
無機質な電子音声が地下空間に響き渡った直後。
四脚ドローン群の背部に搭載されたプラズマ・キャノンが、一切の躊躇なく火を噴いた。
シュガァァァァンッ!!
放たれた極太の青白い熱線が、群がっていたキメラたちを文字通り「蒸発」させる。
悲鳴すら上げる暇もなく、数十体の異形が炭化し、地下ラボの床面ごとドロドロのマグマに変えられた。
「……冗談だろ。失敗作ごと、俺たちもこの地下空間ごと焼き払う気かよ!」
『あいつらにとって、被検体はただの消費アイテムよ! エラーが出たら初期化して燃やす、それだけのこと!』
エレナがヴォルフ・ハウンドをホバー変形させ、飛来するプラズマを間一髪で回避しながら叫ぶ。長距離狙撃砲のチャージを済ませ、ドローンの一機を撃ち抜くが、分厚い論理装甲に弾かれて致命傷には至らない。
「クソッ、硬いわね! アレスの装甲技術を完全にアップデートしてる!」
『なら、装甲ごと中身を揺さぶるまでよ!』
オープンチャンネルにシャーリーの好戦的な声が響く。
高機動ブースターを失い、自力での高速移動ができないブラッド・ウィドウが、残ったワイヤーアンカーを巨大な四脚ドローンの脚部に打ち込んだ。
ワイヤーを強引に巻き取り、自機を敵の懐へと引き寄せながら、二丁の徹甲ハンドガンを関節部の極小の隙間に向けて乱射する。
ガガガガガッ!! と火花が散り、四脚ドローンの一機がバランスを崩して膝をついた。
だが、倒れたドローンを足場にするように、狂乱したキメラの群れが群がり、装甲を素手で引き剥がそうと異常な腕力で取り憑く。
白亜の無人機、緑色の体液を流す異形、そして俺たち野犬。広大な地下ラボは、三つの勢力が入り乱れる完全なカオス(鉄火場)と化していた。
「シャーリー! 動けねえ機体で無理するな! 前に出すぎるぞ!」
『心配無用よ! あんたこそ、ぼーっとしてると背中を焼かれるわよ!』
シャーリーの警告通り、俺の死角にあたる天井から降下してきた別のドローンが、プラズマ・キャノンの砲口をノワールのコックピットへ向けてチャージを完了していた。
「――ナメるなッ!!」
俺はスラスターのペダルを限界まで踏み抜き、ノワールの漆黒の巨躯を前方へ跳躍させた。
キャノンの熱線が俺の残像を焼き払うのと同時に、ドローンの懐へ肉薄する。左腕に装備した巨大なパイルバンカーの撃鉄を、叩きつけるように起動した。
ガキィィィンッ!!!
百トンの質量と超高圧ガスで射出された鋼鉄の楔が、ドローンの分厚い論理装甲を正面から粉砕し、内部の電子頭脳ごと貫通する。
ショートした青白い火花を撒き散らしながら、白亜の機体が物言わぬスクラップとなって沈んだ。
「セリア! 大図書館へ続くエレベーターの座標はどこだ!」
俺はパイルバンカーを巻き戻しながら叫ぶ。
『前方、十二時方向よ! 距離五百メートル! ……でも、ルート上にはまだ数十機の目障りなハエ(ドローン)と、醜い肉ダルマの群れが密集しているわ!』
「なら、ど真ん中をこじ開けるまでだ!」
俺はノワール・ブラスターを構え直し、泥水と硝煙が立ち込める地獄の最前線へと、再びスラスターの咆哮を轟かせた。




