第4章:論理の雨と、野犬たちの地下逃行
渓谷の空を埋め尽くす白亜のドローン群は、まるで一つの巨大な意思を持った生き物のように、統制の取れた陣形でレーザーの雨を降らせてきた。
感情も、恐怖も、疲労もない完全な論理兵装。それが、アテナ・ドミナンスが誇る無人防衛システムだった。
『左から四機、回り込んでくるわ! ヴァンス、頭を下げて!』
後方の岩山から、エレナの操るヴォルフ・ハウンドの長距離狙撃砲が火を噴く。
超音速の徹甲榴弾が、ドローンの編隊のど真ん中で炸裂し、白亜の機体を数機まとめて粉砕した。だが、空いた穴は後続の機体が瞬時に埋め、再び無慈悲な赤い照準をこちらへ向けてくる。
「キリがねえな! さすがに新大陸トップの学都様だ、弾幕の計算が完璧すぎるぜ!」
俺はノワールのシールドでレーザーを弾きながら、右手のノワール・ブラスターで散弾をばら撒く。だが、ドローン群は瞬時に散開し、ダメージを最小限に抑えていた。
『バカね、AIの計算速度に正面から付き合うからよ! 論理で動く相手には、理屈の通じない泥をぶつけなさい!』
オープンチャンネルにシャーリーの声が響く。
ブースターを破壊され、機動力を削がれた真紅の機体『ブラッド・ウィドウ』だったが、彼女は残った左腕のワイヤーアンカーを岩壁に打ち込み、振り子の要領で自機を強引に空中へ放り投げた。
被弾覚悟の捨て身の跳躍。ドローン群のセンサーが一斉に彼女を「脅威度高」と再計算し、砲門の向きを変える。
『今よ、ヴァンス! 撃ち抜け!!』
「応ッ!!」
シャーリーが自らを囮にして作った、ほんのコンマ数秒の『計算外の隙』。
俺はその瞬間にノワールのスラスターを全開にし、岩盤を砕きながら宙へ跳んだ。ノワールブラスターの銃剣を引っさげ、密集したドローン群の中心核へと突っ込む。
ガキィィィンッ!!
漆黒の剣が白亜の機体を串刺しにし、連鎖的な誘爆を引き起こす。
爆炎の中で、空中に落下しそうになったブラッド・ウィドウの腕を、ノワールの無骨なマニピュレーターがガッチリと掴み取った。
『……チッ、少しはタイミングがマシになったじゃない』
「そっちこそ、相変わらず寿命の縮むフェイントをかけやがる!」
俺たちは空中で火花を散らしながら、再び渓谷の岩陰へと着地した。
だが、安堵する暇は微塵もない。
『マスター! 上空の熱源、さらに増加している! アテナの外縁防衛システムが、第二波の増援を射出したわ!』
セリアの切羽詰まった声が、メインモニターに赤い警告表示を無数にポップアップさせる。
「冗談じゃねえぞ。いくら装甲が厚くても、こんなの相手にジリ貧になれば溶鉄のスクラップだ」
『なら、私の案内に乗る?』
シャーリーが徹甲ハンドガンの弾倉をリロードしながら、薄く笑うような声を出した。
『ここから西へ三キロ。かつてアテナが、失敗した実験動物たちを荒野に捨てるために使っていた『地下廃棄ダクト』の入り口があるわ。私の知る限り、今のアテナの警備網の唯一の死角。……まあ、昔、賞金首を追いかけて入り込んだ時は、最悪の匂いがしたけどね』
「地下廃棄ダクト……アテナの『アンダーグラウンド』に直結してるってことか」
『ええ。あんたたちが探し物をしに行くには、うってつけの裏口よ』
「上等だ。……エレナ! ヴォルフ・ハウンドの推力なら三キロ先の座標まで逃げ切れるな!?」
『ええ、でも貴方のその鈍重な機体じゃ、途中で背中を焼かれるわよ!』
エレナが岩陰から飛び出し、ハウンドをホバー形態に変形させながら叫ぶ。
「背中なら、特等席を予約してるヤツがいる」
俺はシャーリーのブラッド・ウィドウを、ノワールの背中におぶるような形で背負い上げた。
機動力を失った彼女の徹甲ハンドガンを、俺の背後を守る後方機銃代わりに使うという、即席の協同戦術だ。
『……ふふっ、昔みたいに背負われて逃げるなんて、乙なものね』
「振り落とされたくなかったら、しっかりしがみついて、ハエどもを撃ち落とせ!」
ノワールのメインジェネレーターが悲鳴を上げ、足裏の電磁ロックを解除する。
俺たちは土煙を巻き上げながら、アテナの追手から逃れるべく渓谷の奥深くへと爆走を始めた。
背後からは、第二波のドローン群が雨のようにレーザーを降らせてくる。
だが、ノワールの背中に張り付いた真紅の蜘蛛が、的確にドローンのセンサー(レンズ)を撃ち抜き、後方からの直撃を許さない。
前方の障害物は、俺がパイルバンカーとヒートホークで粉砕し、強引に道をこじ開ける。
『距離、残り五百メートル! 渓谷の突き当たりの岩壁に、偽装された巨大な隔壁があります!』
セリアのナビゲーションが、視界の隅で目的地を緑色にハイライトした。
「見えたわ、あの岩肌に同化したシャッターよ! でも、完全にロックされてる!」
先行するエレナが叫ぶ。
「ロックされてるなら、鍵を開けるだけだ!!」
俺はノワールの全スラスターを前方に集中させ、機体そのものを巨大な砲弾と化して突進した。
左腕のパイルバンカーに、残りすべての圧縮ガスを充填する。
「――退路を開けええええッ!!」
ズドォォォォォォンッッ!!!
百トンの質量と、パイルバンカーの破城槌が、偽装された分厚い鋼鉄のシャッターを紙屑のように粉砕した。
千切れた鉄板が吹き飛び、その奥にポッカリと口を開けた巨大な暗闇のトンネルが姿を現す。
「エレナ、飛び込め!」
エレナのハウンドが闇の中へ滑り込み、俺とシャーリーもそれに続く。
直後、俺は振り返りざまにノワール・ブラスターの銃口を上部の岩盤に向け、残っていた全弾を撃ち込んだ。
凄まじい轟音と共に岩盤が崩落し、何百トンという岩石がダクトの入り口を完全に塞ぐ。
追ってこようとした数機のドローンが岩の下敷きになり、赤いレンズの光がフッと消えた。
……静寂。
レーザーの雨音も、スラスターの爆音も消え、そこには冷たい暗闇と、重い機械油、そして何か生臭いような腐臭だけが漂っていた。
「……なんとか、撒けたようだな」
俺が荒い息を吐きながらコックピットの照明を落とすと、暗闇の中でノワールの背中から降りたブラッド・ウィドウが、フウと一息つく気配がした。
『ええ。相変わらずの無茶苦茶な運転のおかげでね』
シャーリーが呆れたように、だがどこか楽しげに言う。
俺たちはついに、無菌の白亜の都市が隠し持つ暗部――アテナ・ドミナンスの『地下廃棄ラボ』の入り口へと足を踏み入れたのだった。




