第3章:白亜の群れと、無痛の盾
『――警告。警告。所属不明機、二機。未登録の魔導波長を確認』
渓谷に反響するその無機質な電子音声は、通信機越しではなく、外部スピーカーから直接響き渡っていた。
俺とシャーリーが同時に頭上を見上げる。
環境制御された人工の青空ではなく、荒野の濁った空。そこを埋め尽くすように降下してきたのは、およそこの泥臭いスラムには似つかわしくない、純白の流線型フォルムを持った無人ドローンの群れだった。
青白いホログラムのリングを明滅させ、完全な無音で滞空する三十機以上の白亜の兵器群。
「……アテナ・ドミナンスの境界警備ドローン部隊」
俺は油汗を拭い、操縦桿を握り直した。
『チッ……! いくらなんでも出足が早すぎるわよ。私のジャミングが破られたっていうの!?』
後方の岩陰に隠れていたエレナが、ヴォルフ・ハウンドの索敵データを回線に飛ばしてくる。
『あの白衣の狂人ども、よほど「白銀のパーツ」を奪還したいみたいね。賞金稼ぎに横取りされる前に、私たちごと渓谷を焼き払う気よ!』
『――対象を「非知性体(野蛮なる物理魔導鎧)」と認定。これより、消毒を開始する』
ドローン群の中心にある青いレンズが一斉に赤く変色した。
マナを極限まで圧縮した、高出力の論理光学兵器。チャージのタイムラグすらほとんどない、嵐のようなレーザーの雨が渓谷へと降り注いだ。
「ちぃッ!」
俺はスラスターを全開にし、岩陰へと飛び込む。
直後、さっきまで俺が立っていた岩盤が、音もなく蒸発してクレーターに変わった。魔導鎧の重装甲すら紙のように貫く、狂ったような火力だ。
俺の機体は無事だった。だが――。
『う、あああッ!?』
背部の高機動ブースターを破壊され、岩壁に寄りかかっていたシャーリーの『ブラッド・ウィドウ』は、動けなかった。
無慈悲な白亜のドローン群の半数が、彼女の真紅の機体を「排除対象」として完全にロックオンし、砲門の赤い光を収束させていく。
「……シャーリー!!」
コックピットの中で、シャーリーは反射的に目を閉じた。
装甲の薄いブラッド・ウィドウでは、あのレーザーの直撃を受ければコックピットごと消滅する。回避は不可能。彼女の脳裏に「死」の文字がよぎった。
――そして同時に、十数年前の記憶がフラッシュバックした。
敵対組織から奇襲を受けたあの日。彼女を庇って背中を深く斬り裂かれながら、一滴の涙も流さず、感情のない無機質な瞳のまま敵を皆殺しにした、あの不気味な少年の姿。
(ああ……。そういえば、あの時も……)
シュガァァァァァァンッッ!!
渓谷を揺るがすような轟音と、網膜を焼くような閃光が弾けた。
だが、数秒経ってもシャーリーの機体に痛みも熱も来ない。
彼女が恐る恐るメインモニターの目を開けると――ブラッド・ウィドウの眼前に、巨大な漆黒の背中が立ち塞がっていた。
ノワールだ。
左腕の分厚いシールドと、機体自身の重装甲を盾にして、ブラッド・ウィドウへ降り注ぐはずだった光学レーザーの雨を、文字通りその身一つで受け止めていたのだ。
バジリスクから移植した超高密度合金の装甲表面が、高熱でドロドロに溶け落ち、火の粉を散らしている。
『……ヴァンス……!?』
シャーリーは絶句した。あの時と同じだ。この男はまた、自分の命を投げ打ってでも他人の盾になった。
機械のように。無感情な、壊れた部品のように――。
「――ッッ、痛てぇぇぇじゃねえか!! クソッ、装甲内温度が跳ね上がって、コックピットの中がサウナ状態だぞ!!」
だが、オープンチャンネルから響いてきたのは、機械の無音ではなく、人間臭い盛大な悪態だった。
『え……?』
「セリア、冷却剤のバイパスを全開にしろ! エレナ、右腕の駆動系が焼き切れる前にジャミングの出力を上げろ! 俺が盾になってる間に、あの上空のハエどもを撃ち落とせ!」
『言われなくてもやってるわよ! 冷却システム、リミット解除! マスター、歯を食いしばりなさい!』
『まったく、昔の女に良い格好したいからって無茶苦茶するんだから! 右腕のサーボ、強制的に上書きして動かすわよ!』
セリアの青白いホログラムがノワールのシステムを高速で書き換え、後方からはエレナのヴォルフ・ハウンドがドローンの死角を正確に撃ち抜く援護射撃の弾幕を張る。
ヴァンスはもう、一人で痛みを抱え込む孤独な盾ではなかった。熱さに文句を言い、痛みに顔を歪め、そして隣にいる仲間を信頼して背中を預けている。
その光景を見て、シャーリーの口から思わず、吹き出すような笑いが漏れた。
『……ふふっ。あははははっ!』
「何笑ってやがる、シャーリー! こっちは装甲が溶けかかってるんだぞ!」
『ごめんなさい、あんまりおかしくて。……相変わらず、損な役回りばかり引き受ける馬鹿な男ね。でも』
シャーリーはブラッド・ウィドウの操縦桿を握り直し、残った主機に火を入れた。
真紅の機体が立ち上がり、ノワールの背中から二丁のハンドガンを構える。
『少しはマシな男になったじゃない。……良いわ、ヴァンス。あんたの首の懸賞金は、この馬鹿みたいな白衣の狂人どもを片付けてからゆっくり頂くことにするわ』
「違えねえ。俺の首が欲しけりゃ、まずはこの白亜の群れを生き延びてからにしろ!」
ノワールのパイルバンカーが雄叫びを上げ、ブラッド・ウィドウの徹甲弾が白亜のドローンを粉砕する。
アテナ・ドミナンスの無機質な狂気に対し、泥に塗れた野犬と真紅の蜘蛛の、命懸けの共闘が始まった。




