第六幕【白亜の狂気と賞金首】 プロローグ:荒野のダイナーと、高すぎる首の値段
『黄昏の採掘場』の地下深く――そこにアークメイジへと繋がる『白銀』の源流が眠っていると知った時、俺はすぐにでもノワールでその深淵へダイブするつもりだった。
だが、エレナとセリアに全力で止められた。
「クロノスの本隊が来る前に地下を暴けば、最悪の場合、あの極大マナの化け物たちと正面衝突することになる。今のノワールと貴方の状態でやり合えば、確実に機体ごと魂が消滅するわ」
エレナは徹夜の解析で充血した目で、俺にそう告げた。
「……奴に対抗するための『アンチ・マナ(位相干渉バリア)』のデータと、私たち自身のルーツの完全な解析が先よ。目指すは学都アテナ・ドミナンス。あの白衣の狂人どもの巣窟に、すべての鍵がある」
それが、専属メカニックが弾き出した、冷徹で正しい結論だった。
俺が地下の蓋を開けるのを後回しにして出立の準備を整えると、親父は俺の背中を義足で軽く蹴り飛ばし、こう言って笑った。
『地下の蓋は、俺たち灰犬が責任を持って守り抜いてやる。お前は、お前の戦争を終わらせてこい』
俺は実家の連中に一番厄介な留守番を押し付け、泥と硝煙の匂いが染み付いた荒野へと飛び出したのだ。
* * *
新大陸の北東部へ向かう、旧時代のハイウェイ。
その中継地点にある、砂埃に塗れた寂れた街道街。
俺たちは補給と休息を兼ねて、街道沿いの古びたダイナーのテラス席に陣取っていた。
日除けのテントの下を乾いた風が吹き抜け、遠くでジャンク屋の機械音が響く。激戦の連続だった俺たちにとって、久しぶりに味わう「まったりとした」空白の時間だった。
「で、あのアテナ・ドミナンスの最近の情勢はどうなってる? 昔、仕事で外縁部までは行ったことがあるが、相変わらず機械油の匂い一つしねえ、息の詰まる白亜の象牙の塔か?」
俺はひしゃげた煙草に火を点け、泥水みたいに不味いコーヒーを流し込みながら尋ねた。
「……ええ、吐き気がするほど綺麗で、狂ったディストピアのままよ。むしろ、最近はさらに極端になっているわ」
白衣の代わりに機能的なデザートコートを羽織ったエレナが、手元のデータ端末から顔を上げずに忌々しげに答える。
「元々、あの街は血統や資産じゃなく、純粋な『知能指数』と『マナ適性』のみで市民のランクが決定される、極端な能力主義の社会だけど……最近、都市の内部で異常な動きがあるみたいなの」
「異常な動き?」
「ええ。ランクを満たせなかった最下層の者たち……『被検体』と呼ばれて、地下の廃棄ラボで労働力にされている層が、最近になって恐ろしいペースで『消費』されているのよ」
エレナは端末の画面をスワイプし、暗号化された人口動態のデータを空中に投影した。
「高純度マナの実験動物として、ね。高ランクの特権階級たちは、なりふり構わず『神への進化』か何かを急いでいる節があるわ」
「……胸糞の悪い話だ。俺がいたアレスの研究所と何も変わらねえ」
俺が低く唸ると、網膜の隅でセリアのホログラムが静かに扇を広げた。
『ええ。だからこそ、あの街の中枢……大図書館には、マスターの過去とアークメイジに関するオリジナルデータが眠っている可能性が高いわ。それに、強大すぎるマナを制御するための「マナ・キャンセラー」の研究も、新大陸で最も進んでいるはずよ』
「なるほどな。裏ルートの入市ビザを手に入れて、その地下廃棄ラボから密入国し、大図書館のデータを引っこ抜く。……方針は固まったな」
俺がコーヒーカップを置いた、その時だった。
向かいの席で情報収集を続けていたエレナの指が、ピタリと止まった。
「……嘘、でしょ」
「どうした、エレナ。ビザの値段が跳ね上がったか?」
「そんな次元の話じゃないわ! ヴァンス、これを見て!!」
エレナが血相を変えて立ち上がり、端末の画面を俺の目の前に突きつけた。
彼女が裏社会のネットワークから拾い上げたそのデータを見て、俺は咥えていた煙草を落としそうになった。
そこにデカデカと映し出されていたのは、無精髭を伸ばした俺の顔写真と、漆黒の死神『ノワール』のシルエット。
そして、その下に刻まれたゼロの数は、新大陸の裏社会の相場を完全に崩壊させるほど桁違いだった。
――【WANTED:DEAD OR ALIVE(生死問わず)】
「……おいおい。俺の首一つで、アテナ・ドミナンスの高級タワーマンションがワンフロア買えちまうぞ」
『当然よ、マスター』
セリアが呆れたような声で補足する。
『アレスの最新鋭殲滅部隊を単機で退け、クロノスの最高機密である白銀のパーツを強奪したんだもの。完全に、新大陸の「最重要排除対象」としてロックオンされたわね』
「冗談じゃないわ! こんな額を懸けられたら、荒野中の賞金稼ぎ《バウンティ・ハンター》どもが目の色を変えて群がってくるじゃない!」
エレナの言葉を証明するように、ダイナーの周囲の空気が露骨に変わり始めていた。
遠巻きにこちらを見ていた武装行商人や、ジャンク屋の影にたむろしていた傭兵崩れたちが、一斉に腰のホルスターに手をかけ、ギラついた目をこちらに向けている。俺の顔と、手配書の写真を見比べているのだ。
「……チッ。まったりとしたコーヒーブレイクはここまでらしいな」
俺はテーブルにチップ代わりのクレジットを弾き飛ばし、立ち上がった。
「急ぐぞ、エレナ。こんな所で弾の無駄遣いをしてる暇はねえ」
日陰に駐機してあるノワールとヴォルフ・ハウンドに向けて、俺たちは駆け出した。
莫大な懸賞金を背負い、新大陸中のならず者を敵に回した、白亜の狂気へと向かう過酷なロードトリップが、幕を開けた。




