第6章:野犬たちの凱歌と、泥だらけの拳
「ギャァァァッ! 撤退だ! 体勢を立て直せ!」
アレス・セキュリティの残存部隊が、恐怖に悲鳴を上げながら谷の出口へと逃走を図る。
だが、夕闇に染まった泥の海に、奴らの逃げ道など残されていなかった。
「逃がすと思うかよ! バークス、ウェッジ、右を塞げ!」
ザックの乗る量産機が、限界を超えたジェネレーターから赤い排熱光を漏らしながら、逃げる敵機の退路を塞ぐように跳躍する。
敵が迎撃のライフルを構えるより早く、バークスの重機関銃が火を噴き、敵の脚部を蜂の巣に変えた。
体勢を崩した敵機に対し、ザックはアサルトライフルを投げ捨て、腰にマウントしていたヒートホーク(熱斧)を引き抜いて飛びかかった。
「これで……トドメだァァッ!」
ザックのヒートホークが、敵の胸部装甲を深々と叩き割る。火花とオイルを噴き上げて、アレスの重装甲機が崩れ落ちた。
ほぼ同時に、俺のノワールも最後の獲物へと肉薄していた。
「ヒィィッ! こ、こっちに来るな……!」
最後に残ったアレスの兵士が、パニックを起こしてライフルを乱射する。
だが、その弾道はセリアの演算の前にすべて『死に体』だった。
俺は弾幕の隙間を紙一重で滑り抜け、ノワール・ブラスターの銃身の腹で敵機のライフルを殴り飛ばした。
そのまま、がら空きになった敵の胴体に、左腕のパイルバンカーの銃口を押し当てる。
「行儀のいい豚は、大人しくお家に帰りな」
ゼロ距離からの、無慈悲な撃鉄。
ドガァァァァンッ!!
パイルバンカーの炸薬が爆発し、黒鉄の楔が敵のメインジェネレーターを完全に貫通・粉砕した。
断末魔の電子音と共に、最後のアレス機が糸の切れた操り人形のように泥の上へと崩れ落ちる。
『……作戦空域内、敵の熱源反応すべてロスト。見事な掃除だったわ、マスター』
網膜の隅で、セリアのホログラムが優雅に扇を閉じた。
『ザック! あんたたちの機体、限界時間よ! 今すぐ強制冷却モードに移行しなさい!』
岩山からのエレナの叫びと同時に、ザックやバークスたちの機体がプシューッと派手な白煙を噴き上げ、その場にガクンと膝をついた。
「……ハハッ、ギリギリセーフってやつだ。サンキュ、技術将校サマ」
ザックがコックピットの中で、荒い息を吐きながら力なく笑う。
夕闇の採掘場に、重苦しい静寂が降りた。
燃え上がるアレスの最新鋭機の残骸の真ん中で、ボロボロになった灰犬の旧式機体と、漆黒の死神『ノワール』が並び立っていた。
「……やりやがった」
後方で生き残っていたベイルが、信じられないものを見るように呟いた。
「勝った……俺たち、アレスの正規部隊に勝ったぞォォォッ!!」
ウェッジの叫びを皮切りに、谷底に灰犬の傭兵たちの割れんばかりの歓声が響き渡った。
泥とオイルに塗れながらも、生き残った喜びと、最強の兄弟分が帰ってきた歓喜が入り混じった、野犬たちの凱歌だ。
俺は小さく息を吐き、コックピットの中でこわばっていた肩の力を抜いた。
『――随分と手間取ったじゃねえか、放蕩息子』
不意に、オープンチャンネルから、ひどくノイズの混じった嗄れ声が響いた。
谷の入り口を振り返ると、砂埃を上げて走ってくる一台の古びた装甲車があった。
その屋根のハッチから身を乗り出していたのは、杖をついたガルドだった。親父は強風に白髪を煽られながら、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべてこちらを見上げている。
「親父……!」
ザックが驚きの声を上げる。
「遅えんだよ、クソ親父。一番美味しいところは全部俺たちが持っていったぜ」
俺がノワールの外部スピーカーで皮肉を返すと、ガルドはフンと鼻を鳴らした。
「馬鹿野郎。てめえらの尻拭いのために、俺のヘソクリで用意した特上ウイスキーを持ってきたんだろうが」
親父はそう言って、片手で分厚いボトルを掲げてみせた。
「……へっ。なら、俺が高え弾薬を撃ったツケは、その酒でチャラにしてやるよ」
俺はノワールのマニピュレーターを動かし、親父に向けて軽く親指を立てた。
ガルドは無言のまま、火傷の痕が残る顔をくしゃくしゃにして、少しだけ嬉しそうに目を細めた。
* * *
歓喜に沸く戦場の後片付けが始まる中、俺の個人回線に、高台から降りてきたエレナからの通信が入った。
『ヴァンス。……少し、嫌なものを見つけたわ』
彼女の声は、先ほどまでの勝利の余韻を完全に消し飛ばすほど、冷たく硬かった。
「どうした、エレナ」
『さっきのアレスの指揮官機の残骸から、彼らの本当の作戦データを受信したの。……奴ら、二つの都市国家に雇われたんじゃなかった。最初から、クロノスの直接の命令で動いていたわ』
「クロノスだと? あの白い塔の連中が、こんな辺境の劣化マナ採掘場に何の用があるってんだ」
俺が訝しげに眉をひそめると、エレナは信じられない事実を口にした。
『採掘場なんかじゃない。……奴らの目的は、この谷の地下深くに隠された『反応』の回収よ』
エレナが息を呑む音が聞こえる。
『ノワールのコアと共鳴した、あの『白銀』……。それと全く同じ波長が、この地下から検出されているのよ』
俺は、無意識に懐の煙草へ手を伸ばしかけた指を止めた。
白銀の波長。
それは、世界の深淵へと繋がるかもしれない、最悪の伏線。
俺の実家の窮地を救うための泥臭い代理戦争は、さらなる巨大な陰謀へと通じる、ただの『入り口』に過ぎなかったのだ。




