第5章:黒き囮と、野犬たちの挽歌
たった一撃で指揮官機を蒸発させられたアレスの殲滅部隊は、完全に統制を失いパニックに陥っていた。
「た、隊長機がロストした! あの黒い機体、一体どこから……!」
「化け物めッ! 全機、中央の黒い奴に火力を集中させろ!」
敵の残存部隊が、恐怖を塗り潰すようにノワールへと全砲門を向ける。
だが、それこそが俺の狙いだった。
「セリア。俺を世界で一番目立つ的にしろ。……奴らのヘイトを、一ミリ残らず正面に集めるぞ」
『ええ、お安い御用よ。私と貴方のダンスなら、こんな三流の弾幕、かすり傷一つつけさせないわ』
俺はスロットルを全開にし、ノワールを前傾姿勢で敵陣のど真ん中へと突進させた。
赤いレーザーと徹甲弾の雨が降り注ぐ。だが、セリアの戦術領域が描き出す『射撃の隙間』を縫うように、漆黒の巨躯が泥の上を滑るようにステップを踏む。
バジリスクから得た超高密度合金の胸部装甲は、避けきれない流れ弾すら火花と共に物理的に弾き返していた。
「ヒィィッ! ば、化け物……!」
「よそ見してんじゃねえぞ、豚ども!」
懐に潜り込んだ俺は、ノワール・ブラスターを鈍器のように振り回し、前列にいた重装甲機の脚部を粉砕した。機体がバランスを崩して倒れ込む隙に、空いた左手で別の敵機の頭部を鷲掴みにし、岩壁へと力任せに叩きつける。
圧倒的な暴力の嵐。
敵は完全にノワールという『死神』に目を奪われ、左右への警戒を完全に怠っていた。
「……よし。ザック! 今だ、やっちまえ!」
俺がオープンチャンネルで怒鳴った、その瞬間だった。
『オオォォォォォォォォッ!!』
採掘場のすり鉢状の崖上から、獣の咆哮のようなエンジンの重低音が轟いた。
夕闇の空を背にして姿を現したのは、ザック率いる灰犬の主力部隊だ。
「なっ……増援だと!? 側面から来てるぞ!」
敵が慌てて砲塔を旋回させようとするが、遅すぎる。
「舐めるなよ、アレスの腰抜け共! 俺たち灰犬のテリトリーで、デカい顔してんじゃねえッ!」
ザックの号令と共に、限界までチューンナップされた量産機たちが、崖を滑り降りるようにして敵の側面へと雪崩れ込んだ。
エレナがリミッターを解除し、バイパスを直結させたことで、普段は鈍重な旧式機体が、まるで別の機体のような爆発的な加速を見せる。
ダダダダダダダッ!!
バークスの重機関銃が火を噴き、ウェッジの機体が死角からグレネードを放り込む。
正面のノワールに気を取られ、完全に無防備になっていた敵の側面装甲に、灰犬たちのありったけの鉛玉が次々と突き刺さっていった。
「馬鹿な……!? ゴミ拾いの傭兵どもの機体が、なぜこんな出力を……!」
『当然よ。私が直接エンジンを弄ってやったんだから!』
後方の岩山から、エレナの凛とした声が響く。
『ザック! その機体のジェネレーターが保つのはあと十五分よ! エンジンが溶け落ちる前に、一匹残らず片付けなさい!』
ズキュゥゥンッ!!
エレナの『ヴォルフ・ハウンド』から放たれたリニア弾が、ザックを狙おうとしていた敵機のメインカメラを正確に貫く。
「十五分もありゃ、お釣りが来るぜ! 行くぞお前ら、ヴァンスの野郎にいいところを見せてやれ!」
ザックがアサルトライフルを連射し、混乱する敵陣をさらに掻き乱す。
正面からは、俺のノワールという絶対的な『盾』にして『矛』。
側面からは、ザックたちが怒濤の勢いで突っ込む『挟撃のハンマー』。
そして後方からは、エレナという『必殺の狙撃手』。
「……まったく、最高の兄弟たちだぜ」
俺は無精髭の奥でニヤリと笑い、ノワール・ブラスターの銃剣を再び構え直した。
「ベイル! ボケっと見てねえで、手負いの連中をまとめて後退させろ! ここからは、泥に塗れた大掃除の時間だ!」
「……へっ、相変わらず人使いの荒い野郎だぜ!」
死を覚悟していたベイルが、コックピットの中で安堵と歓喜の入り混じった笑い声を上げ、残存する部下たちを安全な後方へと誘導し始める。
アレスの最新鋭機を揃えた白銀の殲滅部隊は、いまや完全に狩られる側の『獲物』へと成り下がっていた。
夕闇の採掘場に、野犬たちの猛烈な挽歌が響き渡る。泥臭い恩返しは、まだ始まったばかりだった。




