第4章:黄昏の絶唱と、飛来する凶弾
『黄昏の採掘場』は、その名の通り赤茶けた岩肌が夕闇に沈みゆく、荒涼としたすり鉢状の渓谷だった。
だが今、その谷底を照らしているのは美しい夕日ではない。燃え上がる味方の機体と、絶え間なく交差するレーザーの閃光だ。
「……くそッ……! 右翼が抜かれた! 新入りどもを下げろ! 射線に出るな!」
灰犬の第一小隊を率いる副団長ベイルは、コックピットの中で血を吐くように叫んだ。
彼が駆る小隊長用の量産機は、すでに左腕を根元から吹き飛ばされ、メインモニターには致命的なダメージアラートが狂ったように明滅している。
団長のザックが救援を呼ぶための時間を稼ぐと志願したものの、敵との『圧倒的な質』の差は、気合や根性でどうにかなるレベルではなかった。
谷の入り口から土煙を上げて迫り来るのは、アレス・セキュリティの最新鋭機を揃えた白銀の殲滅部隊だ。
流線型の分厚い複合装甲。統一された無駄のない動き。ベイルたち傭兵が放つ実弾の雨を、奴らは嘲笑うかのようにマナ・シールドで弾き返し、精確なレーザー射撃で確実にこちらの頭数を減らしてくる。
「ベイル副団長! 弾が尽きました! もう駄目だ、これ以上は……ッ!」
若い部下の機体が、敵の集中砲火を浴びて岩陰へと吹き飛ばされた。
通信機から、家族同然の兄弟たちの悲鳴と、死を覚悟したうめき声が次々と響く。
「……ここまでかよ」
ベイルはひしゃげた操縦桿を握りしめ、血の滲む唇を噛み破った。
親父とザックに後を託された部下たちを、ここで皆殺しにするわけにはいかない。しんがりは、古参の自分が務めるしかない。
『――抵抗をやめろ、野良犬ども。スクラップになるか、ここで降伏して炭鉱の奴隷になるか選べ』
オープンチャンネルから、敵指揮官の冷酷で傲慢な合成音声が響き渡った。
谷の正面、ひときわ巨大な重装甲機が、両腕の極大マナ・カノンの砲口をベイルの機体へと向けてゆっくりと歩み出てくる。
「ふざけんな……! 灰犬は、誰の首輪もつけられねえんだよッ!」
ベイルは残された右腕のライフルを構え、部下たちを逃がすための玉砕覚悟で、スロットルを押し込もうとした。
敵指揮官機が、無慈悲にマナ・カノンの臨界チャージを終える。
眩い光の奔流が、ベイルたち第一小隊の残存戦力を完全に蒸発させようと放たれた――その、コンマ一秒前だった。
――キィィィィンッ……!!
突然、採掘場の谷底を、異様な高周波の『風』が吹き抜けた。
いや、風ではない。空間そのものが重く歪むような、異常な重力異常。
『な、何だ!? 上空から、規格外の質量反応……!』
敵の指揮官が狼狽の声を上げた、次の瞬間。
ドォォォォォォォォォンッッ!!!!
夕闇の空を切り裂いて、一筋の『青白い流星』が敵陣のど真ん中へと突き刺さった。
それは、マナの光ではない。
純粋な物理的質量と、莫大な運動エネルギーを乗せた【対艦用・徹甲ブラスターカートリッジ】の一撃。
ヴァンスの家賃半年分を代償にして放たれたその極大の鉛玉は、敵指揮官機の分厚いマナ・シールドを紙切れのように貫通し、重装甲の胴体を上半身ごと文字通り『消し飛ばした』。
「……えっ?」
死を覚悟していたベイルが、間抜けな声を漏らす。
爆発の衝撃波が谷底の土煙をすべて吹き飛ばし、巨大なクレーターが穿たれた。
その硝煙と炎の向こう側から、地鳴りのような重い駆動音と共に『それ』は姿を現した。
バジリスクの超高密度合金を纏い、黒鉄の巨躯から陽炎のような排熱を立ち昇らせる、死神の機体。
『――随分と景気のいい花火じゃない、マスター。おかげで私の完璧な演算に、少しノイズが走ったわ』
通信機から、優雅で艶やかな女の声が響く。
『ええ、まったく。あんなバカ高い弾薬を一発で使い切るなんて、後で絶対に経費から引かせてもらうからね!』
続いて、呆れ果てたような、凛とした別の女の声。
そして。
「……うるせえ。あの馬鹿の命の値段に比べりゃ、安い買い物だ」
オープンチャンネルに響き渡ったその低く、聞き慣れた声に、ベイルは思わずコックピットの中で息を呑んだ。
見間違えるはずがない。かつて同じ釜の飯を食った、不愛想な金髪の兄弟分の声だ。
黒のレガリア『ノワール』。
かつての鈍重な量産機への偽装はとうに捨て去り、圧倒的な威圧感と暴力の気配を纏ったその機体は、巨大な銃剣『ノワール・ブラスター』から立ち昇る白煙を払いながら、敵の残存部隊へとゆっくりと複眼センサーを向けた。
「待たせたな、ベイル。相変わらず貧乏くじを引いてるようで安心したぜ。……ここから先は、俺たち野犬のテリトリーだ。行儀のいいアレスの豚どもは、一匹残らず噛み殺す」
圧倒的な絶望を、たった一撃で反転させる男。
黒の傭兵が、ついに実家の窮地に舞い降りた。




