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傭兵と黒の魔女  作者: KK
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第4章:荒野の野営と白い塔の影

荒野の夜は、文字通り死のように冷たい。

 太陽が地平線の彼方に沈むと同時に、気温が急激に奪われる。


 それに加え、夜の荒野は旧世界のバグった遺物――『掃除屋スカベンジャー』と呼ばれる自律型警備ロボットの残骸が徘徊する、正真正銘の地獄へと変わる。


 隠し遺跡への到着を明朝に控え、俺たちは風当たりの弱い岩陰にノワールを潜ませ、野営の準備を整えていた。


 機体の熱源と音紋をカモフラージュ・ネットで徹底的に遮断し、岩と岩の間に無煙の小型ヒーターを置く。


 俺はチタン製のマグカップに泥水のようなコーヒーを注ぎ、ヒーターで温めた。

 ついでにブロック状の固形食糧を一つ放り投げると、毛布にくるまって震えていたリリアが慌てて受け取った。


「……ありがとう。でも、これは?」


「最高級のディナーさ。クロノスの『神域』で食う合成肉のステーキには劣るが、腹に入っちまえば同じだ。食える時に食っておけ」


 リリアは固形食糧の匂いを嗅いで微かに顔をしかめたが、文句一つ言わずに小さな口でかじり始めた。

 亜麻色の髪に砂埃が絡まり、青白い頰がヒーターの赤い光に照らされている。この数時間で、俺が三機の首を吹き飛ばすのを間近で見せられた影響は大きいのだろう。彼女は少しずつ、壁の外の世界を理解し始めていた。


 俺はぬるくなったコーヒーを喉に流し込み、煙草に火を点けた。


 紫煙の向こう、漆黒の夜空の彼方には、クロノス・アークの中心にそびえる巨大尖塔『クロノスの塔』が、青白い人工光を放っていた。

「……ここからだと、あんなに小さく見えるのね」

 リリアがヒーターの光に照らされながら、ぽつりと呟いた。


「私のいた街……『黄金の檻』の内部は、常に人工の空と気候制御で守られていたわ。水は透明で甘く、服に砂がつくことなんて一度もなかった」


「天国みたいな場所じゃないか。どうして、そんな綺麗な箱庭から逃げ出す羽目になった?」


 俺の問いに、リリアは膝を抱え、薄い唇を強く噛み締めた。指先が毛布の端をぎゅっと握りしめている。


「……父が、変わってしまったからよ。いえ、本来の姿に戻ったのかもしれない」

 彼女は遠くで光る塔を見つめたまま、静かに語り始めた。


「ヘリオス・カンパニーのトップだった父は、冷徹なビジネスマンだった。……でも、ある日『黒い箱』のデータを発見してから、父は変わったわ」


『黒い箱のデータ……あの豚どもが血眼になっている、失われた旧世界の技術ね』

 セリアのホログラムが、網膜の端で腕を組んで呟いた。


「父は気づいてしまったの。クロノス評議会が進めている『マナ再覚醒計画』が、どれほど狂ったものかに」


「マナの再覚醒、ね。大戦前の魔法の世界を取り戻そうって腹か。馬鹿げてるな」

 俺が鼻で笑うと、リリアは真剣な瞳で首を横に振った。


「ただのノスタルジーじゃないわ。評議会は、旧世界の巨大マナ結晶炉を暴走させて、この大陸全土の『物理法則』そのものを書き換えようとしているの。成功すれば彼らは永遠の神になる。でも失敗すれば……大陸はただのガラスの砂漠に変わる」


 冷たい風が岩間をヒューヒューと吹き抜ける。


「父はそれを止めようとした。『我々は神ではない。ただの欲深い人間だ』って……。でも、他の評議員とアレス・セキュリティに裏切られ、暗殺されたわ。私に、その狂気を止めるためのデータを託して」

 リリアの目から、一筋の涙が頰を伝って落ちた。


 泥まみれの荒野に落ちた雫は、すぐに乾いた砂に吸い込まれて消えた。


「……ねえ、ヴァンス。外の世界は、こんなに寒くて、恐ろしくて、油と血の匂いがするのね」


「ああ。ここには人工の青空も、甘い水もない。引き金を引くのが遅かった奴から死んでいく、ただのゴミ溜めだ」


「それでも……」

 リリアは顔を上げ、俺の黄金色の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

「それでも、あの嘘で塗り固められた『黄金の檻』よりは、よっぽど息がしやすいわ」

 その瞳の奥には、怯えではなく、確かな覚悟の火が灯っていた。ただの温室育ちのお嬢様には宿らない、反逆の光だ。


「……ふん」

 俺は短く鼻を鳴らし、煙草の吸い殻を携帯灰皿に放り込んだ。


「感傷に浸ってるところ悪いが、そろそろ寝ろ。明日の朝一番には亡霊どもが眠る遺跡だ。お前がヘバって歩けなくなったら、迷わず砂漠に置き去りにしていくからな」


 わざと冷たく突き放して立ち上がると、リリアは小さく吹き出し、「ええ、わかってるわ」と毛布を被り直した。



『……あなたって、本当に素直じゃないわね』

 リリアの寝息が聞こえ始めた頃、セリアが脳内に直接語りかけてきた。


「何の話だ」


『彼女に渡したあの毛布。ノワールの備品の中で一番保温性の高い上等なやつじゃない。……おまけに、ヒーターの風向きまで彼女の方へ調整してあげてるし』


「……ただの先行投資だ。雇い主が風邪を引いて死なれたら、残りの報酬が振り込まれねえだろ」


『はいはい、そういうことにしておいてあげるわ。不器用な傭兵さん』

 セリアの楽しげな笑い声を無視して、俺は闇に沈む荒野へと視線を向けた。


 風通しのいいこの地獄で、明日も生き延びるために。

 俺は冷たい銃の感触を確かめながら、静かに夜の番に就いた。

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