第1章:サビとオイルの互助組織
新大陸の中立荒野、切り立った岩山の陰に隠れるようにして、『灰犬』の駐屯地はあった。
アレスのような冷徹な企業軍隊の前線基地とは違う。防風ネットとツギハギのテントが寄り添うように建ち並び、中央の広場からは、肉の焦げた匂いと安いスープ、そして埃っぽい機械油の匂いが漂ってくる。
身寄りのない者や、行き場を失った荒くれ者たちが寄り添って生きる、巨大な家族のような互助組織。それが『灰犬』だ。
俺のノワールと、エレナのヴォルフ・ハウンドがキャンプの入り口に重々しい駆動音を響かせて立ち止まると、見張りをしていた男たちが弾かれたように駆け寄ってきた。
「おいおい、嘘だろ!? 金髪の家出息子が、とびきり上等な魔導鎧に乗って帰ってきやがったぜ!」
「ザックが泣きついたって聞いてたが、まさか本当に来るとはな! しかも、すげえいい女を連れてるぞ! ヴァンスの野郎、とうとうヒモにでもなりやがったか!」
大口を開けて笑うのは、巨漢の重機関銃手バークスと、小柄な斥候ウェッジ。どちらも俺が新人の頃、同じ泥水みたいなスープを啜って育った兄弟分だ。
「相変わらず口の減らねえ連中だ。お前ら、まともに飯は食えてるのか?」
俺がノワールから飛び降りて軽口を叩くと、バークスが俺の背中をバンバンと乱暴に叩いた。
「馬鹿言え、弾薬を節約しすぎて、昨日から空の銃で素振りしてるわ!」
そう言ってガハハと笑い飛ばす。相変わらずの貧乏所帯だが、この底抜けの明るさこそが『灰犬』の取り柄だった。
だが、俺たちの再会の輪から少し離れた場所で、ハウンドから降りたエレナが、信じられないものを見るような顔で、彼らの量産型魔導鎧を睨みつけていた。
キャンプの片隅に並んでいるのは、装甲が剥き出しになり、どう見ても限界を超えている旧式機体の山だ。
「……ちょっと。この機体の脚部アクチュエータの配線、誰が結んだの?」
エレナが震える指で、ウェッジの愛機を指差す。
「え? ああ、俺だけど。被膜が破れてたから、手持ちのガムテープでぐるぐる巻きにして……」
ウェッジが頭を掻きながら答えた瞬間、エレナの顔に青筋が浮かんだ。
「ガムテープゥ!? 冗談じゃないわ、こんなの高負荷をかけたら三秒で発火するわよ! どきなさい、私が全部結線し直す! バークスと言ったわね、そこの装甲の歪みもハンマーで叩き出しておくから、今すぐ一番デカいレンチとジャッキを持ってきなさい!」
「ひっ……は、はいぃッ!」
元アレスのトップ技術将校の逆鱗に触れた瞬間だった。
エレナはレザージャケットを脱ぎ捨てて作業用の上着を羽織ると、文句を言いながらも凄まじい手際で灰犬の『ガラクタ』たちのチューンナップを始めてしまった。彼女の放つ本物のメカニックのオーラに、歴戦の傭兵たちも完全に圧倒され、右往左往しながら工具を運んでいる。
「……すげえな、あの姉ちゃん。うちの整備班が束になっても敵わねえ手際だ」
呆気に取られるザックたちを残し、俺は一番奥にある大きなテント――団長用の天幕へと向かった。
「それで?死にかけの老犬は何処だ?」
辺りを見廻して、そう吐き捨てる。
天幕をくぐると、むせ返るような安葉巻の匂いと、強いアルコールの香りが充満していた。
「……おい。誰が死にかけの老犬だって?」
奥のパイプ椅子に、その巨漢はどっかりと座っていた。
白髪交じりの無精髭。顔の半分を覆う古い火傷の痕。過去の激戦で失った右脚には、無骨な義足が取り付けられている。
ガルド。俺の義父であり、灰犬の前団長は、丸太のような太い腕でウイスキーのボトルをラッパ飲みしていた。血色も良く、どこからどう見てもピンピンしている。
「……ザックの野郎。親父が飯も食わずに死にそうだって泣きついてきたんだがな」
俺が呆れて肩をすくめると、ガルドはフンと鼻を鳴らし、傍らにあった金属製の杖を、俺の頭に向かってフルスイングで投げつけてきた。
ガッ!
「痛てっ……!」
俺は躱すこともせず、額に杖の直撃を受けてうめき声を上げた。戦場じゃどんな弾丸も紙一重で躱せる俺の『歩法』も、この親父の投擲の前では、昔からなぜか機能しない。
「馬鹿野郎が。顔を見せねえ不義理な放蕩息子を呼び戻すための、ザックなりの苦肉の策だろうが。……まあ、少しは見れるツラになったじゃねえか、ヴァンス」
ガルドがニヤリと、猛禽類のような鋭い笑みを浮かべる。
「相変わらず、腕っぷしだけは元気そうだな、クソ親父」
俺が額をさすりながら苦笑すると、ガルドの視線が、俺の背後で宙を舞う青白い粒子へと向いた。
『……マスター。この方が、貴方の育ての親なのね』
不意に、テントの空間にセリアのホログラムが顕現した。
ガルドが「なんだこりゃ?」と目を見張る中、漆黒のドレスを纏った魔女は、俺でも見たことがないほど優雅で、完璧なカーテシー(淑女のお辞儀)を披露した。
『初めまして、ガルド様。私はセリア。ヴァンスの機体制御を司るAIであり、彼の唯一の『相棒』です。……マスターが日頃から無作法なのは、私の教育不足でもあります。どうかご容赦を』
「お、おお……? すげえな、最近のAIは随分と礼儀正しいお嬢さんじゃねえか。しかも、とびきりの別嬪だ」
ガルドが感心したように顎髭を撫でる。
「おいセリア、お前、俺やエレナに対する普段の態度と違いすぎねえか?」
俺が小声で突っ込むと、セリアはホログラムの視線だけで『お義父様の前で、貴方と同じ野蛮な振る舞いをするわけないでしょう?』と冷ややかに睨み返してきた。どうやら彼女なりに、俺の実家での「正妻ポジション」を固める気らしい。
「……まったく、どいつもこいつも」
俺が深々と溜め息をついた、その時だった。
テントの入り口から、顔面を土気色にしたザックが転がり込んできた。
「お、親父! ヴァンス! 大変だ……『黄昏の採掘場』の防衛ラインが抜かれた! 第一小隊が壊滅寸前だ!」
その言葉を聞いた瞬間、ガルドの顔から笑みが消え、テントの空気が一気に戦場のそれへと冷え込んだ。




