幕間:硝煙の技術将校と忘却の調べ
ガレージの片隅。誰もいないはずの深夜、エレナは一人、作業台の上で古い金属のロケットペンダントを弄っていた。
普段の彼女からは想像もつかないほど、その表情は無防備で、どこか遠い過去を見つめている。
「……計算通りにはいかないものね」
自分自身に言い聞かせるように、彼女は独り言を漏らす。
エレナ・フォン・アーデルベルク。かつてアレス・セキュリティで期待された技術将校。彼女がエリート街道を捨て、泥と重油の匂いが染み付いたこんな掃き溜めに逃げ込んできたのには、明確な理由があった。
……すべては、あの日。アレスの中枢で行われていた、魂をデジタルへと置換する実験『プロジェクト・イモータル』が原因だった。
「効率化、最適化、規格化……そんな言葉だけで、人間を機械に押し込めるなんて」
あの実験は、あまりにもおぞましかった。
被験者となった仲間たちは、機械の体を得るたびに「感情」を機能制限という名目で捨てていった。冷徹で、軍の駒として完璧な、けれど人間としての温もりを失った「兵器」たち。
エレナは、その設計図を描いた張本人だった。
「私の知識が、彼らの魂を殺したんだわ」
彼女の技術は、アレスの軍事力を飛躍的に向上させた。だが、その恩恵を享受するのは、戦場で使い捨てられる兵士たちの犠牲だった。
罪悪感というにはあまりに重く、トラウマというにはあまりに執拗な後悔。彼女は軍を飛び出し、指名手配される身となりながらも、機械と戦い続ける道を選んだ。
だからこそ、ヴァンスとノワールに出会った時、彼女は衝撃を受けた。
「……あんなにボロボロで、死にたがりで、それでいて頑固に『生身』を捨てない男」
ヴァンスは、機械化を推奨する帝国やアレスの思想とは正反対の生き方をしている。獣に堕ちそうになりながらも、煙草の味にこだわり、酒の味に文句を言い、泥水を啜ってでも「人間」であり続けようともがいている。
それが、彼女には眩しかった。
「セリアは、彼を『唯一の主』と言ったわね」
エレナは小さく笑った。その瞳には、かつてないほど強かな光が宿っている。
「私も……そうよ。彼が『人間』として壊れてしまわないよう、私が支えなきゃいけない。機械で塗り固められた世界に、唯一残った泥臭い『人間』の意地を守るために」
作業台の隅にあるノワールの漆黒の装甲を、エレナはそっと指先でなぞった。
それは、過去の罪を贖うための、彼女なりの闘争だった。
「……さあ、明日はまた、機体の出力特性の微調整ね。新米メカニックとして、少しはあの生意気な魔女を見返してやらないと」
エレナはロケットペンダントを閉じ、再び白衣を羽織ると、作業場に響く雨音に耳を傾けた。
彼女の中の過去は、決して消えることはない。だが、その痛みこそが、彼女を前へ、ヴァンスの背中を追う方へと走らせていた。




