第6章:魔女の秘密と、雌豹の尋問
極大マナ・カノンによる熱線の嵐が過ぎ去った荒野には、不気味なほどの静寂が降りていた。
周囲の大地は高熱でガラス化し、降り注ぐ豪雨すら一瞬で蒸発して白い霧に変わっている。その霧の中心で、ノワールは傷一つなく、ただ静かに佇んでいた。
『――こちらアレス観測小隊。熱源反応消失。目標の消滅を確……な、なんだと!?』
霧の向こうから、三機のホバー式無人偵察機が姿を現した。証拠隠滅の極大砲撃が確実に『ネズミ』と『白銀のパーツ』を塵にしたか確認するための、死体処理班だ。
偵察機の赤いセンサーアイが、無傷でそびえ立つ漆黒の巨躯を捉え、狂ったように明滅する。
『馬鹿な! 第九車両が完全に原型を留めている!? あんな至近距離からの直撃をどうやって——』
「……悪いな。種明かしをしてやる義理はねえんだ」
俺はスロットルを押し込み、ノワールを霧の中へと滑らせた。理不尽な『神の力』はもう要らない。ここからは、ただの泥臭い傭兵の仕事だ。
ノワール・ブラスターを構え、セリアの演算が示す完璧な射角へと銃口を向ける。
ズドンッ! ズドンッ!
放たれた極大鉛玉が、逃げようと反転した偵察機のローターを正確に粉砕した。火花を散らして墜落する二機。残る一機がパニックを起こし、上空へと急上昇してデータ通信を試みる。
『ほ、本部に映像データを——』
「遅ぇよ」
俺は照準も覗かず、片手で銃剣を振り上げ、上空へ向けて三度目の引き金を引いた。
ズガァァァァンッ!!
空中で爆散する三機目の残骸。
これで、ノワールの『局所慣性偏向』を観測した目はすべて潰れた。あの白い塔の豚どもは、俺たちがどんな手品で生き延びたのか、一生首を傾げ続けることになる。
「……掃除は終わりだ」
俺は銃身から立ち昇る硝煙を雨風に晒しながら、コンテナの奥へと再び向き直った。マニピュレーターを精密に操作し、冷却ガスの中で青白く脈動する『白銀のパーツ』——巨大な球体状のジェネレーターコアのような部品——を、ノワールの胸部格納スペースへと慎重に収容する。
ミッション・コンプリート。
俺が小さく息を吐き、無意識に懐の煙草を探そうとした、その時だった。
『——ちょっと待ちなさい、ヴァンス!!』
通信機から、鼓膜を破るようなエレナの怒声が響いた。
直後、遠方の高台から急接近してきた彼女の『ヴォルフ・ハウンド』が、プラズマの炎を噴き上げながら第九車両の屋根へと荒々しく着地した。
『どういうことか説明しなさい! 今のは何!? マナの干渉波は一切検知されなかった! なのに、あの極大の熱線が、貴方の機体を避けるように「曲がった」わ!』
ハウンドの外部スピーカーから響く声は、完全にパニックと興奮が入り混じっていた。元アレスのトップ技術将校であり、物理法則とマナの仕組みを知り尽くしている彼女だからこそ、先ほどの現象が『絶対にあり得ない事象』だと理解できてしまうのだ。
「……うるせえな。声がデカいぞ、技術屋」
『声もデカくなるわよ! アレスの軍用攻城カノンを無傷で弾く装甲なんて、この新大陸に存在しない! あれはバリアじゃない、空間そのもののベクトルが書き換えられていた……! 貴方のそのツギハギのドン亀の奥底に、一体どれだけブラックボックスが眠っているの!?』
まくし立てるエレナの顔が、通信モニター越しにずいっと迫ってくる。完全に『未知の技術』を前にした研究者の目だった。
『ふふっ。あらあら、元アレスの技術将校様ともあろうお方が、随分と取り乱していること』
俺が口を開くより早く、網膜の隅でセリアのホログラムが優雅に扇を広げた。その顔には、最高に意地悪で、誇り高い微笑みが浮かんでいる。
『言ったはずよ? 私はただのAIじゃない。このノワールは、貴方が普段弄り回しているような量産品のオモチャとは「次元」が違うの。……少しは格の違いを理解していただけたかしら?』
『セ、セリア……! あなた、まさかアレを自前の演算だけで制御したって言うの!? どれだけ隠し事があるのよ!』
『さあ? レディには秘密の一つや二つ、あるものよ。泥まみれの工具しか知らない貴方に、教えてあげる義理はないわ』
エレナがギリッと歯を軋ませる音が聞こえた。
機体のシステム領域に絶対に触れさせない『魔女』と、そのブラックボックスの正体を暴きたくて仕方ない『雌豹』。二人の女の間に、再びバチバチと火花が散り始める。
「……おい、お前ら」
俺はズキズキと痛み始めたこめかみを指で押さえ、深く溜め息をついた。過ぎた力への葛藤など、この騒がしい連中の前ではすぐに吹き飛んでしまう。
「ここはまだ荒野のど真ん中で、俺たちはクロノスの最高機密を強奪したばかりだ。お喋りと機体解剖の続きは、爺さんのガレージに帰ってからにしろ」
『……チッ。分かってるわよ。帰ったら、その機体の装甲を一枚残らず剥がして、隅から隅まで徹底的に検診してやるんだから!』
エレナはハウンドを起動させ、不満げにスラスターを吹かした。
『ふん。やれるものならやってみなさいな。ファイアウォールで貴方のデータ端末ごと黒焦げにしてあげるわ』
セリアが涼しい顔で言い返す。
俺は苦笑しながら、ノワールの操縦桿を握り直した。
厄介な白銀のパーツは手に入れた。だが、これで終わるはずがない。リリアの言葉が正しければ、このパーツを解析すれば、きっとあの『金髪の亡霊』——アークメイジの尻尾を掴むことができるはずだ。
「……帰るぞ。俺たちの掃き溜めに」
雨の上がる気配のない荒野を、二機の魔導鎧が並んで駆け抜けていく。
クロノスとの本格的な戦争の火蓋が切って落とされた夜。その足取りは、不思議と軽かった。




