第4章:鉄の楔と、白銀の番兵
第九車両の天井を引き裂いて這い出してきたのは、アレスの量産機とは一線を画す、歪な多脚型の魔導鎧だった。
装甲の隙間から不気味な白銀の残光を放ち、その単眼センサーが狂乱したように紅く明滅している。それはまるで、主を失って暴走する旧世界の『異形の番兵』だった。
『……ヴァンス、気をつけて! そいつ、ただの無人機じゃないわ!』
はるか後方の高台から狙撃支援を行っているエレナからの、切羽詰まった通信が響いた。
『機体の内部フレームに、あの『白銀』のテストパーツが使われている! マナによる構造弱化を完全に無効化して、純粋な物理質量だけで動く化け物よ!』
「なるほど、アレスの連中もろくでもないオモチャを作ってやがる……!」
「ギルゥゥゥァァァッッ!!」
大気を震わせる、軋むような金属の咆哮。
次の瞬間、銀の番兵は爆走する列車の屋根を蹴り砕き、弾丸のような速度でノワールへと突進してきた。
俺は操縦桿を強く引き絞り、突進してくる番兵の眉間へと、ノワール・ブラスターの砲口を真っ直ぐに向けた。
豪雨の中、セリアの戦術領域が敵の突進軌道を完全にロックする。
ズドンッ! ズドンッ!
連続した極大鉛玉の直撃。だが、異形の番兵は顔面の装甲を砕かれながらも、その突進速度を微塵も緩めず、狂気的な執念でノワールの胸元へと躍りかかってきた。
「チッ、タフな野郎だ……!」
激突。数十トンの質量同士が時速百キロの鉄路の上でぶつかり合い、ノワールの足裏の電磁ロックが悲鳴を上げた。
番兵は鋭い白銀の刃をノワールの肩口へと突き立て、力任せに引き裂こうと暴れ狂う。
『ヴァンス、左肩の偽装パネルが破損! このままじゃフレームまで持っていかれるわ!』
セリアの警告アラートが鳴り響く。
『させないわよッ! セリア、敵の胸部装甲の強度が落ちているポイントの座標を送るわ! そこに私の狙撃を叩き込む!』
エレナの凛とした声と共に、セリアが即座に同期し、俺の網膜に緑色のマーカーが展開された。
直後、雨のカーテンを切り裂いて、ヴォルフ・ハウンドからの超長距離リニア弾が飛来した。
ズキュゥゥンッ!!
放たれた一撃は、番兵がノワールを力任せに押し込もうとした瞬間の、胸部装甲の一番薄い継ぎ目へ正確に直撃した。
完全な破壊には至らないが、白銀の装甲が大きくひび割れ、内部の『コア』がわずかに剥き出しになる。
『装甲を剥がしたわ! 今よ、ヴァンス!』
「ナイスアシストだ、エレナ! ――さあ、爺さんの極上のオモチャの出番だぜ!」
俺は無精髭の奥で不敵に唇を歪め、コンソール左側に増設された、無骨な赤いレバーへと左手を伸ばした。
ロキが徹夜でノワールのシステムへと組み込み、その桁外れのジェネレーター出力に合わせて調整し直した、テッカブラIIIの遺産。
「――ノワール仕様のパイルバンカーだ。……喰らいやがれッ!」
ガコンッ!! と、左腕の追加ユニットから重々しい固定ピンの駆動音が響いた。
ノワールの左腕から展開されたのは、以前のドン亀に付いていたものとは次元が違う、極太の『黒鉄の杭』。
俺はエレナがこじ開けてくれた白銀のコアへ向けて、ノワールの左腕を強引に突き刺した。
「ギギッ……ギィィッ!?」
番兵が本能的な恐怖を覚えたように駆動音を鳴らすが、もう遅い。
俺はレバーを限界まで押し込み、撃鉄を引き絞った。
ノワールの心臓部から、莫大なエネルギーが左腕の炸薬へと一気に送り込まれる。
一瞬の静寂の後、荒野の嵐の音を完全に掻き消すほどの、規格外の爆音。
ドォォォォォォンッッ!!!!
数千トンの推進力を以て放たれた黒鉄の楔が、音速を超えて番兵の胸部装甲を真っ向から貫通した。
超高密度合金の強度が、杭の威力を一点へと集中させる。番兵の強固な白銀のフレームは、内側から強引に『爆破・粉砕』され、内部の電子回路ごと木端微塵に引き裂かれた。
「ガ、ア……ア…………」
断末魔のノイズを残し、銀の番兵は一撃で沈黙した。
俺がパイルバンカーの杭を引き抜くと、中身を完全に喪失した異形の残骸は、列車の凄まじい風圧に押されて荒野の闇へと転がっていった。
濛々《もうもう》と立ち込める硝煙と火花の中、ノワールは静かに左腕を戻し、手元に残された黒鉄の銃剣を再び構え直した。
『ふぅ……。どうやら間に合ったみたいね。私のデータ解析と、貴方の物理破壊のコンビネーションも、少しは板についてきたんじゃない?』
通信機越しに、エレナが安堵の息を吐く。
『あら。私の完璧なタイミングでの弾道予測とマーカー表示があってこそよ。少し出しゃばりすぎじゃないかしら、新米メカニックさん?』
セリアが網膜の隅で、扇を広げながら不満げに鼻を鳴らす。
「お前ら、相変わらず口の減らない女たちだぜ。だが……悪くない連携だった」
俺は苦笑しつつ、ノワールを前進させ、主を失って屋根が引き裂かれたままの第九車両の亀裂へと、漆黒の機体を覗き込ませた。
雷光が、コンテナの内部を青白く照らし出す。
そこには、分厚い冷却ガスに包まれた『白銀のパーツ』が、不気味な静けさで眠っていた。




