第3章 鋼鉄の背骨と、嵐の行軍
エグゼキューター号の屋根。
荒野の暴風雨が、ノワールの漆黒の装甲を容赦なく叩きつけていた。時速百キロを超える暴走特急の風圧は、生身なら一瞬で吹き飛ばされるほどの暴力だ。
「セリア、お目当ての貨物車両まではあとどれくらいだ?」
俺がワイパーの出力を上げながら尋ねると、網膜の隅で青白い光の粒子が舞った。
青い花飾りのついた漆黒のゴシックドレスを纏うセリアのホログラムが、優雅に腕を組んで戦術データを展開する。
『現在地は第十四車両。目標である『白銀のパーツ』が積載された第九車両までは、あと五両分を越えなきゃならないわ。……急ぎなさい、マスター。クロノス側も列車の防衛システムを完全にオンラインにしたみたいよ』
セリアの言葉と同時、前方の車両の屋根が観音開きに展開し、無骨な砲身が次々とせり上がってきた。
魔導鎧の接近を阻む、自動防衛用の二連装機関砲塔。その数、ざっと十基以上。赤い照準レーザーが雨のカーテンを切り裂き、ノワールの巨体へと集中する。
「チッ、ハリネズミみたいに武装しやがって……!」
ドゴゴゴゴゴゴッ!!
火線を引いて、曳光弾の嵐が襲いかかってきた。
俺はスロットルを押し込み、ノワールを前傾姿勢で突進させる。接近して斬る? ……いや、そんな時間はねえ。
「セリア。……あの砲塔、まとめて黙らせる。演算回避じゃなくて、俺の『狙撃』に補正を回せ」
『了解。……貴方の網膜に、すべての砲塔の『死角』をターゲットマークとして表示するわ。……射てッ!』
俺は背部のノワール・ブラスターを引き抜き、巨大な銃身を前方の砲塔群へと向けた。
セリアの演算支援による、精密射撃。ヴァンスは遠距離からでも当てる技量を持っている。接近戦が代名詞だが、俺の銃撃を侮るな。
ズドンッ! ズドンッ! ズドンッ! ズドンッ!
豪雨と列車の揺れを完全に計算に入れた、正確無比な狙撃。ノワール・ブラスターの極大鉛玉が、一瞬で最前列の四基の砲塔の基部へと吸い込まれた。
ドゴォォォォンッ!!
誘爆を起こした砲塔が、火柱と共に後方へ吹き飛ばされていく。
残った砲塔が混乱し、射線を乱した一瞬。それは、ノワールの速度において『永遠の隙』に等しかった。
俺はスロットルを押し込み、崩れ落ちる一両目を跳躍で飛び越えた。
「上出来だ。……残り一両、第十一車両だ」
俺は深く息を吐き出し、ひしゃげた操縦席の背もたれに体を預けた。
雷光が閃く中、連結部で、列車の側面にへばりついていた二機のアレス護衛機が、屋根の上へと這い上がってきた。両手に長いハルバード型の熱光学兵器を構えた、近接戦闘特化の機体だ。
「行かせるか、化け物めッ!」
狭い列車の屋根の上。右も左も、落ちれば荒野の泥海という足場の悪さ。
敵は俺を突き落とすことだけを目的に、左右から挟み込むようにハルバードを突き出してきた。
『ヴァンス! 列車、きつい左カーブに入るわ。横揺れに注意して!』
セリアの鋭い警告。
その言葉を聞いた瞬間、俺は操縦桿を引くのではなく、あえてフットペダルを蹴り飛ばし、ノワールの『足裏の電磁吸着ロック』を一瞬だけオフにした。
「なっ……!?」
カーブの遠心力が、ロックを外したノワールの数十トンの巨体を、右側の崖側へと大きく滑らせる。
俺の機体を串刺しにしようとした護衛機二機のハルバードは、完全に空を斬り、勢い余って互いの機体が進路を乱して衝突しそうになる。
「落ちるのが怖いなら、陸を歩きな!」
滑り落ちる寸前。俺は吸着ロックを再起動し、屋根の縁で強引に急ブレーキをかけた。
その急停止の反動を利用し、機体を独楽のように回転させる。遠心力を限界まで乗せたノワール・ブラスターの分厚い『銃身の腹』で、体勢を崩した敵機二機を真横からフルスイングで殴り飛ばした。
ゴッシャァァァンッ!!
激しい金属音が轟き、護衛機は為す術もなく絡み合うようにして、暴走特急から荒野の闇へと転落していった。
「……よし。これで残り二両だ」
俺は深く息を吐き出し、ひしゃげた操縦席の背もたれに体を預けた。
脳裏に微かな痛みが走るが、鉄の匂いと操縦桿の確かな感触が、俺の意識を冷徹な戦場の現実へと引き戻してくれる。
雷光が閃く中、前方に目的の第九車両の姿が浮かび上がってきた。
他の車両とは明らかに違う、極厚の特殊装甲と冷却パイプで覆われた、異様な気配を放つコンテナ車両。
あの中に、クロノスが持ち運ぼうとしている『白銀のレガリア』のパーツが眠っている。
「……さてと。どうやってあの分厚い缶詰を開けるかだが」
俺がノワール・ブラスターの撃鉄を起こした、その時だった。
第九車両の屋根の装甲が、内側から『物理的に』引き裂かれた。
分厚い鉄板が紙切れのようにめくれ上がり、中からぬらりと這い出してきたのは、アレスの魔導鎧でも、無人砲塔でもなかった。
『――マスター! 警戒して! コンテナの内部から、規格外のエネルギー反応……!』
セリアのホログラムが、これまでにないほど緊迫した色を帯びた。
雨を弾き飛ばしながら姿を現したソレは、マナの光とは違う、不気味な白銀の残光を纏う『異形』だった。




