第2章:荒野の鉄蛇と、降り立つ漆黒
新大陸北部の荒野は、この世の終わりを思わせる鉛色の雲に覆われ、横殴りの豪雨と暴風が吹き荒れていた。
天地を繋ぐような雷鳴が轟く中、広大な泥の海を切り裂いて爆走する、規格外の巨大な鉄の塊があった。
クロノス評議会の最高機密輸送列車『エグゼキューター号』。
全長は優に一キロを超え、数十両にも及ぶ漆黒の車両群が、地鳴りのようなキャタピラと車輪の軋みを上げて大地を蹂躙していく。
各車両は魔導鎧の主砲すら跳ね返す極厚の多重装甲で覆われ、屋根にはハリネズミのように対空機関砲やミサイルポッドが林立する。それは列車というより、荒野を這う『鋼鉄の巨大な蛇』、あるいは動く要塞そのものだった。
*
「……チッ」
荒野の崖上、列車の軌道を見下ろす位置で待機するノワールのコックピットで、俺は小さく舌打ちをした。
こめかみの奥で、心臓の鼓動に合わせた鈍い痛みが脈打つ。視線を落とした自分の両手が、一瞬だけバジリスクを引きちぎった時の赤黒いオイルと血の色に染まって見えた。
俺は目を強く閉じ、幻影を振り払う。
ベルゼルクの後遺症だ。手動でリミッターをこじ開けた代償が、極度の緊張下でフラッシュバックとして蘇る。
「……大丈夫?、ヴァンス。バイタルにノイズが走ったわよ」
別回線から、エレナの心配そうな声が届く。彼女のヴォルフ・ハウンドは後方高台から狙撃支援の態勢に入っていた。
「気にするな。安いコーヒーの飲みすぎだ」
俺は深く息を吐き、冷たい操縦桿を強く握り直した。
『強がらなくてもいいのよ、マスター。脳波の乱れは私が補正してあげる。幻影ごと、私の演算領域で塗り潰しなさい』
セリアの気遣うような、しかし絶対の自信に満ちた声が響く。
『……さあ、クロノスのお偉方に、地の底からの挨拶をしましょう』
俺はフットペダルを限界まで踏み込んだ。
ズドォォォンッ!!
ノワールが崖を蹴り砕き、豪雨の空へ跳躍する。
数十トンの質量が放物線を描き、眼下を爆走する『エグゼキューター号』の先頭車両屋根へと落下した。
ガガァァァァァンッッ!!!!
落雷と見紛う轟音と共に、分厚い天井装甲がひしゃげ、火花が暴風雨の中に散る。
完全復活したノワールの脚部は、時速百キロを超える列車の振動と暴風を完全に殺し、巨大な鉄の屋根に根を張ったように静止した。
『――敵防衛部隊接近! 後方車両から重装甲機が四機よ!』
セリアの警告と同時に、雨のカーテンを突き破ってアレス暗部の多脚型重魔導鎧が現れた。
「吹き飛ばせ!!」
四機の一斉射撃。ガトリング砲の弾幕がノワールの漆黒の装甲を襲う。
ガガガガガガガガッ!!
しかし、俺は回避しなかった。
超高密度合金の胸部は、無数の徹甲弾をひしゃげさせ、弾き落としていく。
「……こんな足場の悪い所で、チマチマステップを踏む必要はねえ」
俺はただ前へ歩いた。嵐と銃弾を真正面から受け止めながら、不気味な静けさで距離を詰める黒き死神。
敵の動きが、恐怖で硬直する。
『風速25メートル、右カーブ進入——左足グリップ、コンマ一秒緩めるわよ』
セリアの精密支援。
列車の遠心力と暴風がノワールを前方へ押し出す。
「もらったッ!」
俺はノワール・ブラスターを引き抜き、銃剣の腹で先頭の敵機を横殴りにフルスイングした。
ゴッシャァァァンッ!!
数千トンの一撃で敵機は装甲ごとひしゃげ、荒野の泥海へ吹き飛ばされた。
残る敵がミサイルを展開しようとした瞬間——
「エレナ!」
『言われなくても!』
後方高台から二条の青白い光が飛来。エレナの精密狙撃がミサイルポッドを誘爆させ、二機を火柱ごと列車から吹き落とした。
戦闘開始からわずか数分。
最悪の環境下で、ノワールは物理的強度とパワーだけで防衛部隊を蹂躙した。
「……上出来だ。これなら頭の痛みを忘れて存分に暴れられそうだな」
俺は硝煙を雨に晒しながら、ノワール・ブラスターを構え、後方車両へと黒き巨躯を向けた。
この暴走特急の腹の奥に、白銀のパーツが眠っている。
荒野の鉄路を舞台にした、奪還作戦の真の幕開けだった。




