第9章:破片の告白と、魔女の贈り物
ガシャァァンッ……!
ロキのガレージに、ボロボロになったテッカブラIIIが文字通り倒れ込むように帰還した。
コックピットから引きずり出された俺は、全身から陽炎のような熱気を立ち上らせ、意識を半分失った状態で搬送ベッドに横たえられた。
脳神経の過負荷——デザインチャイルドとして埋め込まれたリミッターを「手動」で強引にこじ開けた代償は、肉体を内側から焼き尽くすほど苛烈だった。
「バイタル、異常値! 心拍数が通常の三倍を越えたまま下がらないわ! 氷を、ありったけ持ってきて!」
エレナの悲鳴に近い声が響く。彼女は軍服の袖を血と汗で汚しながら、俺の胸に冷却パックを押し当て、必死に心音を確かめていた。
その傍らで、ライオスとミラは言葉を失い、ベッドの上の俺をただ見つめていた。
彼らが見たのは、旧式の鉄塊を己の狂気だけで操り、あの最悪の進化を遂げたバジリスクを蹂躙した——人間の枠を超えた『化け物』の姿だった。
「……あんた、一体何者なんだ?」
発作を薬で抑え込んだライオスが、掠れた声で問いかけてきた。
その瞳には恐怖ではなく、純粋な驚愕と、俺が隠し持つ『力の謎』に対する深い疑念が宿っていた。
「お兄ちゃんとわたしを助けてくれたのは分かってる。でも……あの動きは、ただの傭兵の技じゃない。マナも使わずに、どうしてあんな……」
ミラが怯えと困惑の混じった目で、俺の長い金髪を見つめる。
重い沈黙の中、俺は重い口を開いた。脳が焼きつくような痛みの中で、もう彼らに隠し事をする意味はないと感じていた。
「……デザインチャイルドだ」
俺の掠れた声に、エレナの手がピタリと止まった。
「アレスの極秘研究所で、遺伝子を弄くり回されて作られた実験体。それが俺の正体だ。……戦うためだけに脳の神経結合を最適化され、戦場で死なないために『感情』や『痛覚』に幾重ものロックをかけられた、人造の野獣さ」
俺は苦い息を吐き、天井の煤けた蛍光灯をぼんやりと見つめた。
「さっきのは、そのロックを無理やり引きちぎっただけ。……『ベルゼルク』。脳が焼き切れる代わりに、一瞬だけ戦闘能力を爆発させる、最悪のバグプログラムだよ」
「人造の……野獣……」
ライオスが絶句する。
「……それから、ライオス、ミラ。あんたたちが追っている『金髪長髪の亡霊』についてだが」
兄妹の身体が、明確に強張った。
「俺の幼少期の、薄汚い記憶の断片にだけ残っている男がいる。……同じ研究所で作られたデザインチャイルドでありながら、俺たちとは次元の違うマナを内蔵し、研究者どもから『最高傑作』と崇められていた個体だ」
俺はライオスに視線を向け、胸の奥で燻っていた確信を言葉にした。
「コードネームは『アークメイジ』。凄まじい魔法を操り、愉しそうに命を弄ぶ金髪長髪の男。あんたたちの両親を殺したのは、十中八九その男だ」
「アークメイジ……!」
ライオスがその名を、血を吐くような声で反芻した。ミラの小さな拳が、小刻みに震え出す。
「すまねえな」
俺は二人の視線を真正面から受け止め、ポツリと謝った。
「俺がもう少し早く、あんたたちの話からその名に気づいていれば、最初から余計な警戒をさせずに済んだ。……それに、俺のルーツも、あんたたちの家族を地獄に突き落としたあの化け物と同じ、冷たい研究所の底にある。本当に……すまねえ」
静まり返ったガレージに、俺の不器用な謝罪が落ちる。
ライオスは静かに首を振った。
「頭を下げるな、傭兵。あんたは俺たちの仇じゃない。むしろ、命を賭して妹を救ってくれた恩人だ。ルーツが同じだろうと、俺たちの刃があんたに向くことはない」
「そうよ……! あんたは、私たちのためにボロボロになるまで戦ってくれた。それだけで十分」
ミラが涙を堪えながら、俺の無事な左手を強く握りしめた。
血の繋がらない猟犬たちの間に、確かな因縁を超えた絆が、静かに結ばれた瞬間だった。
その時——
重苦しい空気を切り裂くように、ノワールのコンソールから軽快な電子音が鳴り響いた。
『ちょっと、そこまでジメジメした空気にするのはやめて頂戴。私のマスターが余計なストレスで本当に脳死しちゃうわ』
青白い粒子が舞い上がり、お留守番を終えたセリアのホログラムが、不遜な笑みを浮かべて現れる。
その手には、見慣れない青い結晶構造のデータが握られていた。
『ヴァンスが下で死にかけながらトカゲの尻尾を引きちぎっている間、私はノワールのシステムを通して、バジリスクの戦闘データと体液成分を精査していたの。……そうしたら、面白いものが見つかったわ』
「面白いもの、だと?」
ロキが車椅子を軋ませて身を乗り出す。
『バジリスクの強酸性プラズマ。あれは超高速の自己進化の過程で、あらゆる環境毒を中和・反転させる特殊酵素を含んでいたのよ。……ライオス、貴方のその厄介な進行性肺疾患、このデータを基にすれば、完全に進行を停止させる抗体が精製できるわ』
「なっ……何だって……!?」
ライオスが驚愕のあまり椅子から立ち上がり、ミラが大きく目を見開いた。
どこに行っても「治らない」と言われ続けた絶望の病に、まさか冥界の底で光が差すとは、誰も想像していなかった。
『おまけに、ロキのお爺さんが徹夜で集めてくれた超高密度合金のおかげで、ノワールの物理ロック解除と完全修復の目処も立ったわ。……今回の泥んこ遊びは、大収穫ってわけね』
セリアは優雅に扇を広げ、ベッドの上の俺を見下ろして不敵に微笑んだ。
『さあ、勝負はここからよ、マスター。おねしょしている暇なんてないんだから、さっさとその熱い頭を冷やして起き上がりなさい』
「へいへい……相変わらず、人使いの荒い魔女サマだぜ……」
俺はエレナが差し出してくれた冷たい水を飲み干し、深く息を吐いた。
ライオスの病の克服、ノワールの完全復活、そして浮かび上がった——『アークメイジ』の存在。
ボロボロになった身体の奥で、次なる戦いへ向けた新たな灯火が、静かだが消えない熱を持って灯り始めていた。




