第7章:鉄の墓標と、這い出た毒蜥蜴《バジリスク》
エレボス最深部、すり鉢状の巨大地下ドーム。
大戦時の戦艦の残骸が突き刺さるその最下層で、猟犬たちの完璧な連携が幕を開けた。
「――第一段階、開始よ!」
エレナの『ヴォルフ・ハウンド』が滑るように戦場を駆け抜け、牽制のレーザー群を正確に撃ち落とす。
同時に、ミラの白銀の機体が群れのど真ん中へ飛び込み、熱光学ダガーの嵐で無数のスカベンジャーを空中に舞い上がらせた。
アルファは自身の修復を邪魔されたことに激昂したのか、全身に纏ったジャンク兵装を起動し、凄まじい弾幕を張り巡らせる。
だが、二人の遊撃は完全にアルファのヘイトを買い、その巨体をドームの中央――巨大な戦艦の残骸の真下へと誘導していく。
『……誘導完了。目標、キルゾーンに到達』
高台からスコープを覗くライオスの、研ぎ澄まされた声が響いた。
「行くぞ、ドン亀! 第二段階だ!」
俺はテッカブラIIIのスロットルを完全に押し込み、分厚い装甲を軋ませながら、アルファの正面へと突進した。
アルファが巨大なミサイルポッドを展開し、ありったけの弾幕を俺に向けて放つ。さらには、周囲の空間を歪める『偏向シールド』が青白く展開し、絶対的な防御の壁を作り上げた。
「止まるかよッ……!」
アラートの警報音を無視して、俺は強引に弾雨を掻き潜り、シールドの壁にテッカブラIIIの無骨な巨体を激突させた。
ジジジジジッ!! と、凄まじい放電現象が機体を焼き焦がす。
だが、俺は怯まずに右腕のパイルバンカーを突き出した。
「爺さんの鉄板と、俺の相棒の楔を舐めるなァッ!」
強烈な炸薬の爆発音と共に、固定されたノワール・ブラスターが音速で射出される。
巨大な銃剣は偏向シールドを強引に貫通し、アルファの分厚い前脚の装甲ごと、ドームの床である強固な岩盤へと深々と突き刺さった。
ガガァァァァァンッ!!
「ギィィィィィッ!?」
アルファが不快な駆動音を上げて暴れるが、数千トンの推進力で打ち込まれた楔は、その巨体を完全にその場へ『縫い留めた』。
『――見事だ、傭兵』
ライオスの指が、スナイパーライフルの引き金に添えられる。
『支持アームの崩落計算、完了。……ライオス、貴方の網膜に補正データをリンクしたわ。射てッ!』
セリアの叫びと同時、ライオスの銃口から極太の光条が放たれた。
一筋の光が、ドームの遙か頭上――巨大な戦艦の残骸を支えていたメインアームを、寸分の狂いもなく撃ち抜く。
メキ……メキメキメキッ!!
数千トンの質量を誇る戦艦の『主砲塔』が、ひしゃげた金属音と共に天井から剥がれ落ちた。
圧倒的な死の影が、俺とアルファの頭上に降り注ぐ。
「あばよ、鉄の王様!」
俺はパイルバンカーの連結を強制解除し、ノワール・ブラスターを岩盤に残したまま、スラスターを全開にして後方へと跳躍した。
直後。
ズドォォォォォォォォォォォンッッ!!!!
エレボスの底が抜けたかと思うほどの、規格外の轟音と激震。
数千トンの主砲塔がアルファの頭上に直撃し、強固な偏向シールドも、厄介な反応装甲も、多脚戦車の分厚いフレームも、全てをまとめてペシャンコに押し潰した。
凄まじい土煙と衝撃波がドームを吹き荒れる。
「……やったの!?」
ミラの弾んだ声が通信機に響く。
土煙の奥。そこには、完全にひしゃげ、スクラップの山と化したアルファの無惨な姿があった。
そして、ひび割れた装甲の隙間から、目的の『超高密度合金のコア』が鈍い光を放って剥き出しになっている。
『……第三段階。これで、チェックメイトだ』
高台のライオスが、最後の一発を装填し、剥き出しになったコアへと照準を定めた。
だが。
――ドクンッ。
通信機のノイズに混じって、異様な『脈動』の音が響いた。
『待って! ライオス、撃つのをやめなさい!!』
セリアのホログラムが、これまでにないほど切羽詰まった声で叫んだ。
『コアの熱源反応が消えていない! むしろ、異常な速度で上昇しているわ! それは装甲じゃない……ただの『抜け殻』よ!』
「……なんだと?」
俺が顔を上げた、次の瞬間だった。
メキィッ、と。押し潰されたはずのアルファの巨大な残骸が、内側から『引き裂かれた』。
「なっ……!?」
エレナが息を呑む。
無残に潰れた多脚戦車の装甲は、獲物を守るためのものではなかった。
それは、真の姿を孵化させるための、ただの巨大な『繭』に過ぎなかったのだ。
引き裂かれた分厚い鉄の皮を脱ぎ捨てるように、中から『それ』が這い出してきた。
先程までの鈍重な巨体とは似ても似つかない、黒光りする流線型のフォルム。巨大な顎と、鞭のようにしなやかな長い尾。
それはまるで、極限まで無駄を削ぎ落とした、金属製の巨大な爬虫類――毒蜥蜴だった。
「……脱皮、しやがった……」
俺の呟きを掻き消すように、蜥蜴の赤黒い単眼センサーが、ギョロリと俺たちを睨み据える。
シュッ……!
空気を切り裂くような微かな音。
次の瞬間、その姿が視界から完全に『消えた』。
「速いッ! ミラ、避けろ!!」
ライオスの悲痛な叫び。
残像すら残さない圧倒的な機動で、巨大な蜥蜴がミラの白銀の機体の背後に回り込んでいた。
鋼鉄の尾が、鞭のようにしならせて振り抜かれる。
「きゃぁぁッ!?」
ミラの機体が為す術もなく弾き飛ばされ、ドームの壁面に激突して機能を停止した。
『アルファ最終形態。……生体模倣による超高機動型、コードネーム『バジリスク』!』
セリアの絶望的なアナウンスが響く中、毒蜥蜴はその顎から、装甲をドロドロに溶かす強酸性のプラズマを滴らせながら、低く、おぞましい咆哮を上げた。
重装甲の「盾」から、不可視の速度を持つ「矛」への最悪の進化。
俺のテッカブラIIIの右腕から武器は失われ、頼みの綱であるライオスの狙撃も、この異常な速度の前では的を絞ることすらできない。
「……ふざけやがって」
俺はひしゃげた操縦桿を強く握り締め、絶望的な進化を遂げた鉄の獣を前に、冷や汗混じりの笑みを浮かべた。




