表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傭兵と黒の魔女  作者: KK
29/90

第6章:進化する鉄の獣と、猟犬たちの円卓

「……最悪の知らせだ。あのバケモノ、ただ巣穴で傷を舐めているわけじゃないぞ」


 むせ返るような機械油の匂いが充満するロキのガレージ。


 徹夜で『テッカブラIII』のひしゃげた装甲を叩き直していたロキが、油まみれの手でメインコンソールを叩き、厳しい声を上げた。


 モニターには、エレナとライオスが初戦で収集したアルファの戦闘データと、エレボスの環境センサーが捉えた最新の熱源反応が映し出されている。


『ええ、お爺さんの言う通りよ』

 ノワールのコンソールの上に顕現したセリアのホログラムが、漆黒の扇を広げて忌々しげに目を細めた。


『アルファが逃げ込んだのは、大戦時の戦艦の残骸が眠る最深部のすり鉢状ドームよ。奴はそこで、ライオスに撃ち抜かれた装甲の亀裂を直しているだけじゃない。……周囲の強力なジャンク兵装を、自身のフレームに強制的に融合させているわ』


「進化している、ってことか」

 俺はパイプ椅子に深く腰掛け、無意識に懐の煙草へ手を伸ばした。

 だが、隣でライオスが口元をハンカチで覆い、重い咳をするのを見て、ピタリと動きを止める。


 代わりに、冷めきった不味いコーヒーの紙コップを手に取った。


「ただの無人機が、そんな自己改修を行うなんて……。まるで生存本能を持った生き物じゃない」

 エレナが腕を組んでモニターを睨みつける。


「奴は『統率者アルファ』だ。自己保存と群れの拡大のためなら、プログラムの限界すら超える」

 ライオスが息を整え、言葉を継いだ。


「初戦で俺の狙撃を喰らったことで、奴は『遠距離からの極大火力』を最大の脅威と学習したはずだ。……熱源反応から推測するに、おそらく戦艦の残骸から『リアクティブ・アーマー』や、重力場を歪める『偏向シールド』の類を引っ張り出して纏っている。初戦と同じ手は、二度と通用しない」


 ガレージに重い沈黙が落ちた。


 病魔に侵されたライオスでは、何度も発作を抑え込んで狙撃のチャンスを待つことはできない。次の一戦で確実に仕留めきれなければ、俺たち全員が進化する鉄の王の餌食になる。


「……お兄ちゃん」

 ミラが、静かに歩み出た。


 彼女の瞳には、兄を守るための悲壮な決意が宿っている。


「私が、アルファの懐に特攻する。機体のジェネレーターを過負荷にして、至近距離から奴のシールドごと自爆すれば、確実に大きな隙ができる。その瞬間に、あんたたちが……」


「却下だ、馬鹿野郎」

 俺はミラの頭を、乱暴だが力を抜いてポンと叩いた。


「……ッ、何すんのよ!」


「俺の契約書にはな、『ガキの命を盾にして日当を稼ぐ』なんてくだらねえ項目はねえんだよ。そんな三流の脚本を押し付けられたら、俺の頭の中の魔女がうるさくてかなわねえ」


『当然よ。……私のマスターが、小娘一人の自爆に頼るような間抜けだと思われたら、私の演算能力の沽券に関わるわ』

 セリアが腕を組み、ふんぞり返る。


「傭兵の言う通りよ、ミラ」

 エレナも優しく、だが凛とした声でミラの肩を抱いた。

「私たちは猟犬だけど、捨石じゃない。生き残って、あの合金を手に入れて、クロノスの連中に一泡吹かせるためにここにいるのよ。……ライオス、貴方の戦術脳なら、あのバケモノを崩す『三流じゃない脚本』が書けるはずでしょう?」


 エレナに促され、ライオスは小さく息を吐き、モニターの戦場マップを拡大した。


「……ああ。生存率を度外視するなら、一つだけ、あの進化するバケモノの装甲を完全に剥がして、コアを撃ち抜く方法がある」

 ライオスがマップ上に、三つの赤いポイントを打った。


「作戦は三段階だ。第一段階。ミラとエレナの二機で、アルファを囲む無数の群れを強引に引き剥がし、奴をドームの中央——巨大な戦艦の残骸の真下へと誘い込む」


「問題ないわ。ヘイト管理と遊撃は私の専門よ」とエレナ。


「……分かった。雑魚は一匹残さず私が引き受ける」とミラ。


「第二段階。ここが最も重要だ」

 ライオスはマップの天井部分を指差した。


「アルファが学習して纏ったシールドと反応装甲は、俺の狙撃じゃ抜けない。だから……頭上にある巨大な戦艦の『主砲塔』の残骸を切り離し、数千トンの質量兵器としてアルファの頭上に直接叩き落とす」


「なるほど、大層な物理攻撃だ。……で、誰がその天井の主砲塔を撃ち落とすんだ? 俺のドン亀には、空を飛ぶ機能はねえぞ」


 俺が呆れたようにコーヒーを啜ると、ライオスは真剣な眼差しで俺を見た。


「天井の支持アームの破壊は、俺の狙撃でやる。だが、数千トンの鉄塊が落ちてくれば、アルファも当然回避行動をとる。……傭兵。あんたの『テッカブラIII』には、アルファの懐に張り付き、その超質量が落ちてくるまでの数秒間、奴をその場に完全に『縫い留める』役目を頼みたい」


「……おいおい」

 俺は思わず、泥水みたいなコーヒーを噴き出しそうになった。


「数千トンの鉄塊が落ちてくる真下で、あのデカブツと取っ組み合いをしろってのか? 一歩間違えれば、俺も一緒にペシャンコだぞ」


「ええ。だからこそ、最高にイカれた傭兵にしか頼めない」

 ライオスが、微かに口角を上げて笑った。


「……上等だ」

 俺がニヤリと笑い返すと、ロキが車椅子を軋ませて進み出た。


「ヒヒヒッ! それなら話は早い。テッカブラの右腕に、ノワール・ブラスターを強制射出する『パイルバンカー』を組み込んでおいた。これなら、奴の装甲に楔を打ち込んで、強引に動きを止めることができるはずだ」


『支持アームの崩落計算と、落下タイミングの逆算は私がやるわ。……ライオスと言ったわね、貴方のスコープに、私の演算データを直接リンクさせてあげる。発作で腕が震えても、ミリ単位の補正をかけてあげるから安心なさい』

 セリアが不敵に微笑み、ライオスの端末へデータを送り込む。


「……恩に着る、魔女殿」

 ライオスは深く頷き、最後のポイントを指差した。


「第三段階。天井の質量攻撃でアルファのシールドと追加装甲が完全に剥がれた直後、俺の最後の一発で、奴の胸にある『超高密度合金のコア』を撃ち抜く。……今度こそ、確実にだ」


 一歩間違えれば全員が全滅する、狂気の綱渡り。

 だが、ここにいる猟犬たちは誰一人として、その作戦に恐怖を抱いていなかった。


「……悪くない脚本だ」

 俺はパイプ椅子から立ち上がり、残っていたコーヒーを一息に飲み干して、紙コップをゴミ箱へ放り投げた。


「爺さん、パイルバンカーの最終調整を頼む。……さあ、冥界の猟犬どもの、本気の狩りを見せてやろうぜ」


 進化を遂げた最悪の鉄の獣を屠るため。


 それぞれの覚悟と美学を胸に、俺たちは決戦の地であるドームの底へと向けて、静かに闘志を燃え上がらせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ