第6章:進化する鉄の獣と、猟犬たちの円卓
「……最悪の知らせだ。あのバケモノ、ただ巣穴で傷を舐めているわけじゃないぞ」
むせ返るような機械油の匂いが充満するロキのガレージ。
徹夜で『テッカブラIII』のひしゃげた装甲を叩き直していたロキが、油まみれの手でメインコンソールを叩き、厳しい声を上げた。
モニターには、エレナとライオスが初戦で収集したアルファの戦闘データと、エレボスの環境センサーが捉えた最新の熱源反応が映し出されている。
『ええ、お爺さんの言う通りよ』
ノワールのコンソールの上に顕現したセリアのホログラムが、漆黒の扇を広げて忌々しげに目を細めた。
『アルファが逃げ込んだのは、大戦時の戦艦の残骸が眠る最深部のすり鉢状ドームよ。奴はそこで、ライオスに撃ち抜かれた装甲の亀裂を直しているだけじゃない。……周囲の強力なジャンク兵装を、自身のフレームに強制的に融合させているわ』
「進化している、ってことか」
俺はパイプ椅子に深く腰掛け、無意識に懐の煙草へ手を伸ばした。
だが、隣でライオスが口元をハンカチで覆い、重い咳をするのを見て、ピタリと動きを止める。
代わりに、冷めきった不味いコーヒーの紙コップを手に取った。
「ただの無人機が、そんな自己改修を行うなんて……。まるで生存本能を持った生き物じゃない」
エレナが腕を組んでモニターを睨みつける。
「奴は『統率者』だ。自己保存と群れの拡大のためなら、プログラムの限界すら超える」
ライオスが息を整え、言葉を継いだ。
「初戦で俺の狙撃を喰らったことで、奴は『遠距離からの極大火力』を最大の脅威と学習したはずだ。……熱源反応から推測するに、おそらく戦艦の残骸から『リアクティブ・アーマー』や、重力場を歪める『偏向シールド』の類を引っ張り出して纏っている。初戦と同じ手は、二度と通用しない」
ガレージに重い沈黙が落ちた。
病魔に侵されたライオスでは、何度も発作を抑え込んで狙撃のチャンスを待つことはできない。次の一戦で確実に仕留めきれなければ、俺たち全員が進化する鉄の王の餌食になる。
「……お兄ちゃん」
ミラが、静かに歩み出た。
彼女の瞳には、兄を守るための悲壮な決意が宿っている。
「私が、アルファの懐に特攻する。機体のジェネレーターを過負荷にして、至近距離から奴のシールドごと自爆すれば、確実に大きな隙ができる。その瞬間に、あんたたちが……」
「却下だ、馬鹿野郎」
俺はミラの頭を、乱暴だが力を抜いてポンと叩いた。
「……ッ、何すんのよ!」
「俺の契約書にはな、『ガキの命を盾にして日当を稼ぐ』なんてくだらねえ項目はねえんだよ。そんな三流の脚本を押し付けられたら、俺の頭の中の魔女がうるさくてかなわねえ」
『当然よ。……私のマスターが、小娘一人の自爆に頼るような間抜けだと思われたら、私の演算能力の沽券に関わるわ』
セリアが腕を組み、ふんぞり返る。
「傭兵の言う通りよ、ミラ」
エレナも優しく、だが凛とした声でミラの肩を抱いた。
「私たちは猟犬だけど、捨石じゃない。生き残って、あの合金を手に入れて、クロノスの連中に一泡吹かせるためにここにいるのよ。……ライオス、貴方の戦術脳なら、あのバケモノを崩す『三流じゃない脚本』が書けるはずでしょう?」
エレナに促され、ライオスは小さく息を吐き、モニターの戦場マップを拡大した。
「……ああ。生存率を度外視するなら、一つだけ、あの進化するバケモノの装甲を完全に剥がして、コアを撃ち抜く方法がある」
ライオスがマップ上に、三つの赤いポイントを打った。
「作戦は三段階だ。第一段階。ミラとエレナの二機で、アルファを囲む無数の群れを強引に引き剥がし、奴をドームの中央——巨大な戦艦の残骸の真下へと誘い込む」
「問題ないわ。ヘイト管理と遊撃は私の専門よ」とエレナ。
「……分かった。雑魚は一匹残さず私が引き受ける」とミラ。
「第二段階。ここが最も重要だ」
ライオスはマップの天井部分を指差した。
「アルファが学習して纏ったシールドと反応装甲は、俺の狙撃じゃ抜けない。だから……頭上にある巨大な戦艦の『主砲塔』の残骸を切り離し、数千トンの質量兵器としてアルファの頭上に直接叩き落とす」
「なるほど、大層な物理攻撃だ。……で、誰がその天井の主砲塔を撃ち落とすんだ? 俺のドン亀には、空を飛ぶ機能はねえぞ」
俺が呆れたようにコーヒーを啜ると、ライオスは真剣な眼差しで俺を見た。
「天井の支持アームの破壊は、俺の狙撃でやる。だが、数千トンの鉄塊が落ちてくれば、アルファも当然回避行動をとる。……傭兵。あんたの『テッカブラIII』には、アルファの懐に張り付き、その超質量が落ちてくるまでの数秒間、奴をその場に完全に『縫い留める』役目を頼みたい」
「……おいおい」
俺は思わず、泥水みたいなコーヒーを噴き出しそうになった。
「数千トンの鉄塊が落ちてくる真下で、あのデカブツと取っ組み合いをしろってのか? 一歩間違えれば、俺も一緒にペシャンコだぞ」
「ええ。だからこそ、最高にイカれた傭兵にしか頼めない」
ライオスが、微かに口角を上げて笑った。
「……上等だ」
俺がニヤリと笑い返すと、ロキが車椅子を軋ませて進み出た。
「ヒヒヒッ! それなら話は早い。テッカブラの右腕に、ノワール・ブラスターを強制射出する『パイルバンカー』を組み込んでおいた。これなら、奴の装甲に楔を打ち込んで、強引に動きを止めることができるはずだ」
『支持アームの崩落計算と、落下タイミングの逆算は私がやるわ。……ライオスと言ったわね、貴方のスコープに、私の演算データを直接リンクさせてあげる。発作で腕が震えても、ミリ単位の補正をかけてあげるから安心なさい』
セリアが不敵に微笑み、ライオスの端末へデータを送り込む。
「……恩に着る、魔女殿」
ライオスは深く頷き、最後のポイントを指差した。
「第三段階。天井の質量攻撃でアルファのシールドと追加装甲が完全に剥がれた直後、俺の最後の一発で、奴の胸にある『超高密度合金のコア』を撃ち抜く。……今度こそ、確実にだ」
一歩間違えれば全員が全滅する、狂気の綱渡り。
だが、ここにいる猟犬たちは誰一人として、その作戦に恐怖を抱いていなかった。
「……悪くない脚本だ」
俺はパイプ椅子から立ち上がり、残っていたコーヒーを一息に飲み干して、紙コップをゴミ箱へ放り投げた。
「爺さん、パイルバンカーの最終調整を頼む。……さあ、冥界の猟犬どもの、本気の狩りを見せてやろうぜ」
進化を遂げた最悪の鉄の獣を屠るため。
それぞれの覚悟と美学を胸に、俺たちは決戦の地であるドームの底へと向けて、静かに闘志を燃え上がらせた。




