第5章:冥界の休息と、金髪の亡霊
エレボス最下層。
純度の高い機械油の匂いが充満するロキのガレージに、ひしゃげた分厚い鉄塊が重い足音を立てて帰還した。
「……まったく。貸したばかりの『テッカブラIII』を、一日でここまでスクラップ寸前にして帰ってくる馬鹿がどこにおる!」
車椅子に乗ったロキが、ひしゃげた右腕の装甲を見上げて怒鳴り声を上げる。
だが、その濁った瞳の奥には、自分の組んだ鉄塊がアルファの自爆に耐え抜いたことへの、技術者としての歪んだ誇りが微かに見え隠れしていた。
『……言わんこっちゃないわ。私の完璧な演算なしでバケモノに特攻するから、そんな泥だらけの無様な姿になるのよ』
ノワールのコンソールから、セリアのホログラムが呆れたように溜め息をつく。
口では冷たいことを言いながらも、彼女の視線は、コックピットから降りてきた俺の血の滲む額や傷ついた体へと、心配そうに注がれていた。
「悪かったな。……だが、あのデカブツの装甲に『亀裂』は入れてきたぜ」
俺は痛む肩を回しながら、ガレージの片隅にあるパイプ椅子に深々と腰を下ろした。
隣ではエレナが救急箱を開き、慣れた手つきで俺の額の傷に消毒液を押し当てる。
「痛っ……」
「我慢しなさい。貴方が馬鹿みたいに前に出てくれなかったら、今頃全員ミンチになっていたわ」
エレナは呆れ顔で絆創膏を貼りつけ、ふっと艶やかな笑みを零した。
その時だ。
俺とエレナの前に、小柄な人影が音もなく立ち止まった。
銀髪をサイドテールにまとめた少女、ミラだ。
彼女は手にした熱光学ダガーを鞘に収めたまま、少し居心地が悪そうに視線を彷徨わせ、やがて真っ直ぐに俺の目を見つめた。
「……あんた」
ミラの声は、出会った時の冷徹な暗殺者のそれではなく、年相応の不器用な響きを持っていた。
「あの時……お兄ちゃんを庇ってくれて、ありがとう。あんたが『壁』になってくれなかったら、お兄ちゃんは死んでた。……鈍亀とか言って、ごめんなさい」
ペコリと、深く頭を下げる。
俺は少し面食らい、火を点けようとしていた煙草を指先で弄んだが、ライオスの青白い顔を見てそっとポケットに戻した。
「気にすんな。俺の契約に『味方の背中を見捨てる』って項目はねえだけだ。……それに、あの場じゃどう考えても、俺の分厚い装甲サマサマが一番の盾だったからな」
「……それでも、よ」
ミラが顔を上げ、俺の肩にかかる長い金髪をじっと見つめる。
その瞳に、ほんの一瞬だが、底冷えするような暗い影がよぎった。
「最初……あんたの金髪を見て、両親の『仇』だと思った。……同じ金髪の長髪の男に、両親は惨殺された。奴は笑いながら、圧倒的な力で命を弄んでいた……」
ミラの声がわずかに震える。
俺は静かに頷いた。
「……金髪の亡霊、か。悪いな、似たような見た目で」
「違う。あんたは……違う」
ミラは小さく首を振り、サイドテールの銀髪を揺らした。
その後ろで、救護用ベッドに横たわっていたライオスが、血の気の引いた顔でゆっくりと身を起こした。
「俺たちの両親を殺したのは、凄まじい魔法を操る金髪長髪の傭兵だ」
ライオスの声には、病魔に侵されながらも決して消えない、底なしの復讐心が宿っていた。
「奴は機体の性能なんかじゃなく、己の『巨大なマナ』だけで全てを蹂躙した。……だが、あんたは違う。マナに一切頼らず、ただひたすらに機体の物理的な強度と、泥臭い己の技量だけで死線を潜り抜けている」
ライオスは小さく咳き込み、俺に向けて薄く笑いかけた。
「だから、確信したんだ。あんたは俺たちの追っている『亡霊』じゃない。……ただの、とびきり無茶をするイカれた傭兵だってな」
「……違いないわね。マナの恩恵なんて欠片もない、ただの泥臭いガンマンよ」
エレナが腕を組んで頷き、コンソールの上のセリアも『全くその通りね』とばかりに優雅に扇を広げた。
「おいおい、勝手に俺の評価を固めるな。……まあいい、これでガキどもからの不気味な殺意からは解放されたってわけだ」
俺はゆっくりと息を吐き出し、天井の薄暗い蛍光灯を見上げた。
「圧倒的なマナを操る、金髪長髪の男か。……新大陸は広い。いつか、どこかの戦場でそいつとカチ合う日が来るかもしれねえな」
その言葉に、ミラが力強く頷く。
猟犬の兄妹との間には、出会った時の冷たい緊張感はなく、血と硝煙を共有した者同士の確かな信頼が芽生えていた。
「ロキ、テッカブラの応急処置はどのくらいで終わる?」
俺が問いかけると、ロキは義手の指先でペンチを回し、ニヤリと悪魔のように笑った。
「あのアルファのヒビ割れた装甲が直るよりは、確実に早く仕上げてやる。……ワシの徹夜の修理を舐めるなよ」
「頼もしいぜ。ライオス、あんたの体の具合はどうだ?」
「……問題ない。特効薬は打った。次も確実に、あの『亀裂』をぶち抜いてやる」
俺たちは互いに視線を交わし、短く頷き合った。
冥界の奥深くに逃げ込んだ鉄の王。そして、その胸に眠る超高密度合金。
ロキのガレージに響き渡る溶接の火花と金属音を背に、俺たちは次なる決着の時へ向けて、静かに牙を研ぎ始めた。




