第2章:鋼鉄の棺桶と砂漠の道行き
酒場の裏手、埃まみれの貸しガレージ。
錆びついたシャッターを押し上げると、むせ返るような機械油と排気ガスの匂いが鼻を突いた。
「これが……あなたの機体?」
リリアが薄暗いガレージの中心に鎮座する巨影を見上げ、息を呑んだ。
亜麻色の長い髪に砂埃が絡まり、青白い頰に緊張が浮かぶ。24歳とは思えないほどの落ち着きのある整った顔立ちだが、怯えを押し殺そうとする唇の震えが、彼女の育ちの良さを物語っていた。
全長約九メートル。分厚い漆黒の追加装甲を無造作にツギハギした無骨な鉄の塊。無数の傷とリベットが剥き出しで、荒野の野盗が乗り回す魔導鎧とほとんど区別がつかない。背部には機体の身の丈ほどもある巨大な銃剣をマウントしているが、煤と砂にまみれて威圧感すら薄れている。
「外見で判断するなよ、お姫様。こいつは不器用だが、中身は意外と紳士なんだ」
俺は無精髭の生えた顎を軽くしゃくり、肩をすくめてみせた。褐色の肌に刻まれた古い傷跡が、薄暗い照明に浮かび上がる。
物理ロックを解除すると、プシュゥゥッと圧縮空気が抜け、胸部装甲が重々しくスライドした。俺は慣れた手つきでタラップを登り、長い金髪を後ろで束ね直しながらリリアに顎で促した。
コックピット内部は四〜五メートル四方。本来単座式のため、メインシートの後ろに補助シートが一つあるだけだ。
おずおずと滑り込んできたリリアは、狭い空間を見回して目を丸くした。指先でシートに触れながら、意外そうな表情を浮かべる。
「意外……外見と違って、驚くほど洗練されているわ。まるで生き物みたい」
「俺の趣味じゃねえ。口うるさい同居人がいるからな」
『ええ。私が深層システムから徹底的に清潔に保っていますもの。この男に任せていたら、空薬莢と零れたコーヒーの染みだらけになっていたわ』
突然響いた艶やかな女性の声に、リリアがビクリと肩を跳ねさせた。彼女は無意識に自分の上質な衣服の襟元を直す仕草を見せた。
コンソール上空に青白い光の粒子が集まり、漆黒のゴシックドレスにベールを纏ったセリアのホログラムが優雅に顕現する。退廃的な美しさを持つ大人の女性の姿は、この鉄の棺桶の中でひどく異質だった。
「な、何……これ。高度な自律型AI?」
「おいおい、勝手に勘繰るんじゃねえ」
俺は操縦席にどっかりと腰を下ろし、傷だらけの指で無精髭を掻いた。
「荒野のジャンク屋で拾った、自己主張の激しい旧世界のナビAIだ。前の持ち主の趣味で無駄に喋る機能がついてるだけのポンコツさ」
『あら、拾われたのはそっちの方じゃない? 本当に口の減らない男ね』
セリアが優雅に腕を組み、口元に薄い笑みを浮かべて俺を睨む。いつものように、完璧に俺の意図を汲んでくれている。
「……セリア。主電源を入れろ。いつも通りでいい」
『了解したわ。……お嬢様、シートベルトをしっかり締めておくことね。この男の運転は、レディをエスコートする仕様にはなっていないわよ』
セリアが指先を優雅に弾くと、機体が低く唸りを上げた。意図的に取り付けた粗悪な内燃機関が黒煙を吐き、重低音のエンジン音を響かせる。
ガレージを出た漆黒の魔導鎧は、砂煙を上げて荒野へと走り出した。
隠し遺跡までは半日の道のり。わざとサスペンションを落としているため、機体は小刻みに揺れ、そのたびに後部シートでリリアが小さく息を呑むのが伝わってきた。彼女は両手でシートベルトを握りしめ、時折窓の外の荒涼とした景色を不安げに見つめている。
「……ねえ、ヴァンス」
「なんだ」
リリアは少し声を潜め、意を決したように続けた。
「そのAIは凄いけど……この機体、古すぎるわ。どう見ても最新型より重くて鈍重。いざという時に不利じゃないの?」
俺は操縦桿を握ったまま、長い金髪を指で軽く払い、荒涼とした砂漠の景色に目を細めた。
「俺は小洒落た最新鋭のオモチャが嫌いでね。レンチで叩けば直る、分厚くて頑丈な鉄屑の方が性に合ってる」
トリガーを指でゆっくり撫でながら、続ける。
「全部機体任せのスマートな戦い方なんて、いつか足元をすくわれる。弾丸の重さも、引き金の感触も、泥臭く手のひらに収まる実感だけが頼りだ。……ただの傭兵のこだわりさ」
『ええ、ええ。その泥臭いこだわりのせいで、私がわざわざ出力を絞ってドン亀のフリをしてあげてるのよ』
セリアが呆れたようにため息をつき、ホログラムのベールを軽く直す仕草を見せた。その瞬間——
網膜に警告音がけたたましく響いた。
『……おしゃべりはここまでね、ヴァンス。前方、熱源三。明らかに私たちを捕捉しているわ』
「チッ。クロノスの自警団か、アレス雇いの野盗か。歓迎の挨拶が熱烈すぎるな」
俺は操縦桿を強く握り直し、モニターを戦闘モードへ切り替えた。無精髭の奥で唇がわずかに歪む。
こいつの本当の力にはまだ頼らねえ。
「シートベルトを締め直せ、お嬢様。……少し、揺れるぜ」




