第3章:底なしの群れと、見えざる統率者
エレボス最深部、旧世界の廃棄区画。
そこは、文字通り大戦時の鉄の墓標が乱立する、広大な地下空間だった。
ドーム状の天井から垂れ下がる無数のパイプ。その奥の暗闇から、無数の赤いセンサーアイが一斉に点灯した。
数え切れないほどの海洋型スカベンジャーの群れが、カニのような多脚を軋ませながら這い出してくる。
だが――肝心の『巨大な標的』の姿は、どこにもなかった。
『……警戒しろ。アルファはまだ姿を見せていない』
後方の高台に陣取ったライオスの機体から、冷徹で緊張感を孕んだ通信が飛ぶ。
『奴はただの獣じゃない。どこかの暗がりから様子を窺い、群れを使って俺たちの戦力を削りながら、陣形のほころびを探っているんだ』
「……嫌な知能を持ったバケモノだぜ。だが、まずは目の前の雑魚どもを掃除しねえと、こっちがすり潰されるな」
俺はテッカブラIIIの重い操縦桿を握り直し、ノワール・ブラスターの巨大な銃剣を構えた。
『ミラ、右翼の群れを散らせ。傭兵、お前は中央で壁になれ。エレナと言ったな、あんたは傭兵の死角をカバーしてやってくれ』
「了解」
「言われなくても!」
ライオスの指示を合図に、ミラの駆る白銀の高機動機体が凄まじい加速で右翼の群れへと突撃する。
彼女は一切の無駄口を叩かず、両手に構えた熱光学ダガーで、スカベンジャーの関節部やカメラアイを流れるような連撃で切り裂いていく。銀色の閃光が走るたびに、鉄屑の雨が降った。
「さて、鈍亀の意地を見せてやるか!」
俺はテッカブラIIIのスロットルを限界まで叩き込んだ。
群れから放たれる牽制のレーザー群と実弾の雨。セリアの演算回避がない今、その全てを避けることは不可能だ。
ガガガガガンッ!!
「……チッ、やけに重い弾だぜ!」
分厚いリベット打ちの装甲が激しく軋み、火花を散らす。だが、ロキが徹底的に鍛え上げた鉄塊は、決して歩みを止めなかった。
俺が中央でヘイトを一身に集めている間に、死角から迫るスカベンジャーどもを、エレナのヴォルフ・ハウンドが正確無比なライフル射撃で次々と撃ち抜いていく。
「ヴァンス、左斜め後ろから三機! そのまま直進して!」
「おうよ!」
エレナの指示と同時に、俺の背後で三つの爆発音が響く。魔女の演算には及ばないが、彼女の技術者としての完璧な空間把握が、俺の背中を完全に守っていた。
『――そこだ』
高台から、ライオスの長砲身スナイパーライフルが火を噴く。
極太のビームが戦場を一直線に切り裂き、俺たちを包囲しようとしていた群れの指揮個体を正確に撃ち抜いた。
四人の完璧な連携。
このまま群れを削り切れば、アルファもたまらず姿を現す——そう確信した、次の瞬間だった。
「ゴホッ……! ガハッ……!!」
通信機越しに、ライオスの激しい咳込みが響いた。
「お兄ちゃん!?」
ミラの悲痛な声。
高台のライオス機がガクンと膝をつき、二射目の狙撃が大きく狙いを外して天井のパイプを撃ち抜いた。
病の発作だ。
そして――暗闇に潜む『統率者』は、そのたった一瞬の陣形のほころびを、決して見逃さなかった。
キィィィンッ……!!
突如、暗闇の奥から特殊な周波数の駆動音が響き渡る。
それを合図に、俺とミラを取り囲んでいたスカベンジャーの群れが、一斉に背を向け、高台で無防備になったライオスの機体へと雪崩を打って殺到したのだ。
「させないっ!」
ミラの機体が、自身の危険も顧みず、兄の盾になるべく凄まじい推進力で高台へと跳躍する。
「チッ、あそこからじゃ間に合わねえ!」
俺はテッカブラIIIのひしゃげた操縦桿を力任せに引き絞り、強引に機体を反転させた。
「エレナ! ライオスを狙う群れの先頭を削れ! 俺が壁になる!」
「分かってるわよ! 無茶しないで!」
エレナのヴォルフ・ハウンドがライフルを連射し、押し寄せる群れの先頭数機を空中で迎撃する。
その僅かな隙に、俺はテッカブラIIIの無骨な巨体を、ライオスの機体と群れの間に滑り込ませた。
グォォォォォンッ!!
殺到する数十機ものスカベンジャーの質量が、テッカブラIIIの正面装甲に激突する。
「ぐぉっ……!」
コックピットに凄まじい衝撃が走り、アラートが狂ったように鳴り響く。
分厚い装甲が大きくひしゃげ、機体が瓦礫の山に深くめり込んだ。
「傭兵……! すまない……俺のせいで……!」
血を吐くようなライオスの声が通信機から漏れる。
「気にするな……! むしろ、病気持ちの兄貴を庇う妹の図なんて、嫌いじゃねえよ」
俺は口の中に広がった血の味を吐き捨て、警報音を無視して、泥だらけの鉄塊を再び立ち上がらせた。
ノワール・ブラスターを横薙ぎに振るい、群れの先頭を強引に吹き飛ばす。
「いいか、ライオス。あんたは深呼吸でもして、次の『一発』だけを確実に撃ち抜く準備をしろ。ミラ、お前は兄貴の周りの雑魚を片付けろ。……この鉄屑どもは、俺とエレナで引き受ける!」
俺の言葉に、ミラが高台でダガーを構え直し、エレナが俺の背後へとピタリと機体を寄せた。
再び連携が整い、群れの波を押し返し始めた、その時だった。
――ズズンッ
地下空間全体を揺るがすような、重々しい地響き。
そして、これまで群れを盾にして闇の奥に潜んでいた『巨大な何か』が、ついにゆっくりと姿を現した。
「……お出ましだぜ、鉄の王様」
大戦時の巨大な多脚戦車に、無数のジャンクパーツが異様に融合した悪夢のようなシルエット。
獲物が十分に疲弊し、陣形を乱したこの完璧なタイミングを待っていたのだ。アルファの巨大な単眼センサーが、血走ったように赤黒く発光し、テッカブラIIIを真っ直ぐに見下ろしていた。




