第2章:双頭の猟犬と鉄の統率者
光の届かないエレボス最深部。
俺の駆る分厚い鉄塊『テッカブラIII』と、エレナの『ヴォルフ・ハウンド』は、むせ返るようなカビと鉄錆の匂いが充満する『スカベンジャーの巣窟』の入り口で、その重い駆動音を沈黙させた。
「ロキの指定したランデブーポイントは、この先の廃工場よ。機体のままじゃ身動きが取れない区画みたいね」
エレナの通信に応じ、俺たちはそれぞれの機体をカモフラージュネットで隠し、生身で暗闇の中へと足を踏み入れた。
セリアの演算サポートがない状況は、ひどく静かで、不便だった。網膜に広がるはずの戦術グリッドも、死角からの警告もない。頼れるのは己の直感と、隣を歩くエレナの微かな足音だけだ。
その時だ。
頭上の巨大な配管の陰から、音もなく『銀色の影』が降ってきた。
一切の殺気を殺した、奇襲。
俺は咄嗟にコートの奥から大型拳銃を引き抜き、交差するように振り下ろされた二本の高周波ダガーを、分厚い銃身で辛うじて受け止めた。
ガキィィンッ! と激しい火花が散り、襲撃者の顔が非常灯に浮かび上がる。
銀髪の髪をサイドテールにまとめた、まだあどけなさの残る少女だった。年齢は十代の後半といったところか。
交刃の瞬間、彼女の瞳は俺の反応速度を推し量るような熱を帯びていた。だが――俺の肩にかかる『長い金髪』を視界に捉えた途端、少女の顔から一切の感情が消え失せ、底冷えするような凄絶な殺意へと変わった。
「……ッ!」
少女が声もなくダガーの出力を上げ、俺の首元へと刃を滑らせようとした、その時だった。
「……待て、ミラ。ダガーを収めろ」
闇の奥から、静かだがよく響く男の声がした。
瓦礫の山の上に、長砲身のスナイパーライフルを構えた青年が立っていた。歳は俺より少し下、二十代の半ばといったところか。青白い顔色をしており、時折苦しそうに口元を覆っている。
「……お兄ちゃん。でも、この男、金髪の長髪……」
ミラと呼ばれた少女が、ダガーを押し付けたまま俺を真っ直ぐに睨みつけて低く唸る。
「歩法が違う。そいつは俺たちの獲物じゃない。……腕試しはそこまでだ。ロキの爺さんが見込んだ通り、ただの鈍重な的じゃないらしい」
兄のライオスがライフルを下ろすと、ミラは忌々《いまいま》しげに舌打ちをし、軽業師のような身のこなしで後方へ跳躍して距離を取った。
「俺はライオス・ロイド。こっちは妹のミラだ。……あんたたちが、爺さんの言っていた『イカれた鉄屑』の持ち主か。手荒な真似をして悪かったな」
ライオスは小さく咳込みながら、瓦礫から降りて俺たちの前へと歩み寄ってきた。
俺も銃を下ろし、肩をすくめる。
「S級のスカベンジャーハンターと聞いていたが……随分と物騒な歓迎だな。俺たちはノワールを直すための『超高密度合金』を狩りに来ただけだ」
「ああ、爺さんから聞いてる。……だが、勘違いするなよ、傭兵。その合金は、その辺の鉄屑の山を掘り返せば出てくるような代物じゃない」
ライオスが重い溜め息をつき、闇の奥に広がる巣窟の中心を指差した。
「大戦時の無人兵器どもは、プログラムのバグでただの野生の獣に成り下がった。……だが、ごく稀に、その群れ全体を統率する『指揮官型の上位種』が生まれる。俺たちが『統率者』と呼んでいる特殊な巨大個体だ。あんたたちが欲しがっている無垢な合金は、そのアルファのメイン装甲にしか使われていない」
俺は無意識にポケットへ手を伸ばしかけたが、ライオスの青白い顔と、再び込み上げてきた咳を見て、煙草を諦めた。
病人を前にして、煙を吹きかけるのは野暮というものだ。
「なるほどな」
俺が相槌を打つと、エレナが腕を組んでライオスを見据えた。
「S級ハンターのあなたたちでも、そのアルファを仕留めきれていないのね?」
「……恥ずかしながらな」
ライオスは自嘲気味に笑い、再びゴホリと重い咳をした。
妹のミラが心配そうに兄の背中を撫でる。
「アルファ自体の装甲が絶望的に分厚い上に、奴は無数のスカベンジャーの群れを完璧な陣形で操り、肉の盾にする。……俺の狙撃とミラの近接戦術だけじゃ、どうしても手数が足りず、群れの波に押し潰されるんだ。俺のこの厄介な病気のせいで、長期戦もできない」
ライオスはそこで言葉を切り、俺の瞳を真っ直ぐに射抜いた。
「だから、爺さんの提案に乗ることにした。……あんたのその分厚い『鉄塊』の前衛突破力と、そっちの元アレス技術将校の精密支援。俺たち四人が組めば、アルファの防衛網をこじ開けられる」
「俺のドン亀を、バケモノの群れに突っ込ませる『槍』にしろってことか」
俺が皮肉混じりに笑うと、エレナがフッと艶やかな息を吐いた。
「悪くない提案じゃない。分厚い装甲に物を言わせてヘイトを集めるのは、貴方の一番の得意技でしょう? 魔女がいなくたって、私が貴方の死角を全部撃ち抜いてあげるわ」
「……どうやら、俺の相棒も乗り気らしい」
俺は苦笑しながら、ライオスに向けて右手を差し出した。
「取引成立だ。合金のコアは俺たちが貰う。その代わり、アルファの首と縄張りの平和はあんたたち兄妹のものだ」
「感謝する、傭兵」
ライオスが冷たくも力強い手で、俺の右手を握り返す。ミラはまだ俺の金髪を鋭く睨みつけていたが、兄の決定には逆らわず、静かにダガーを鞘に収めた。
冥界の猟犬たちとの、奇妙な共闘協定。
俺たちはそれぞれの愛機が眠る場所へと引き返し、暗闇の奥で蠢く無数の赤いセンサーアイと、その中心で君臨する巨大な鉄の王を屠るべく、再び分厚い装甲を軋ませて戦場へと歩みを進めた。




