第8章:硝煙の未亡人と深淵の決着
搬入ドックの床を蹴り破り、二機の鉄の巨影が地獄の底へと垂直降下した。
眼下に広がるのは、赤黒い炎と青白いマナの光が交錯する狂乱の戦場。
無尽蔵に湧き出す海洋型スカベンジャーの群れが、アレスの精鋭歩兵たちを次々と血祭りに上げている。
飛び交うレーザーの赤い閃光が、白銀の巨神の腕と暴走する融合炉を不気味に照らし出していた。
「邪魔だ、どきやがれッ!」
降下の勢いのまま、俺はノワールの身の丈ほどもある巨大な銃剣『ノワール・ブラスター』を、眼下にいたスカベンジャーの脳天へと突き立てた。
数十トンの質量による圧殺。直後、至近距離から極大の鉛玉をブチ込んで肉壁代わりに爆破する。
ズドォォンッ!!
爆煙を切り裂き、エレナのヴォルフ・ハウンドが滑るように着地した。背部スラスターからプラズマの炎を噴射し、慣性を完全に制御しながら右肩のリニアライフルを連射する。
チュド、チュド、チュドォンッ!
流れるような三連射。俺の左右から飛びかかろうとしていたアレスの無人機三機の脚部関節が、ミリ単位の狂いもなく正確に撃ち抜かれ、次々と爆破の炎に呑まれていった。
「前は私が開ける! 貴方はそのまま突き進んで!」
通信機から響くエレナの声は、かつての傷心の未亡人の弱さなど微塵もない、完全に『戦士』の声だった。
「了解だ、技術屋! 背中は任せたぜ!」
俺はスロットルを全開にし、ノワールを再突入させた。
ふたたび足を踏み入れた、最深部の第4研究ブロック——地下実験室。
そこは、天井から大量の海水と瓦礫が降り注ぎ、崩壊の一途を辿っていた。ドックの中央では、あの『白銀の腕』が神経組織のような発光体を激しく明滅させ、空間そのものを歪めるような不気味な波動を放ち続けている。
「愚か者が! 自ら墓穴に入り込んでくるとはな!」
ドックの奥、白銀の腕を背にするようにして、一機の異形が立ちはだかった。
アレス・セキュリティの重装甲指揮官機。白い塗装に身を包み、両腕に高出力のマナ・カノンを装備したアンスバッハの乗機だ。
「エレナくん、君の夫の融合炉は素晴らしいよ! この白銀の出力を強制的に引き上げ、我が機体のマナ・カノンへと直結させた! 生身の人間など、一瞬で分子レベルに分解してくれるわ!」
アンスバッハの咆哮と共に、指揮官機の両腕から、太陽の落とし子のような極太の熱線が放たれた。
ゴバァァァァァッ!!
かすっただけで、ノワールの左側の偽装装甲がドロドロに融解し、コックピット内に致命的な熱量警告が狂ったように鳴り響く。
『ヴァンス! 敵のエネルギー伝達効率が異常よ! このまま正面から受ければ、次の射撃でこの機体ごと灰にされるわ!』
セリアの鋭い悲鳴。
周囲からは、さらにアレスの残存部隊とスカベンジャーが、俺たちを圧殺せんと押し寄せてくる。完璧な数の暴力と、圧倒的な出力の絶望。
「……くそ、ここまでか」
俺の右手が、コンソールの奥にある『物理ロック』のリミッターレバーへと伸びた。
その瞬間——
『――やめなさい、ヴァンス!!』
『諦めないで、貴方!!』
脳内のセリアの絶叫と、通信機からのエレナの悲痛な叫びが同時に響いた。
「エレナ……セリア……」
「夫の技術は、そんな破壊のために作られたんじゃない! 私が今、あの融合炉の制御プロトコルを強制的に書き換える! 貴方は……貴方の信じる弾丸を、あの男にブチ込みなさい!」
モニターの隅で、ヴォルフ・ハウンドが背部スラスターを限界まで過負荷させ、アンスバッハの指揮官機の頭上へと跳躍するのが見えた。
エレナは敵の猛烈な対空砲火を浴び、装甲を紙切れのように引き裂かれながらも、白銀の腕の根元にある融合炉のメインコンソールへと肉薄していく。
その指先が、最期のハッキングを開始した。
「おのれ、小賢しい未亡人がっ!」
アンスバッハがエレナを消し飛ばそうと、マナ・カノンの砲口を頭上へと向け直す。
「……誰を見てやがる、豚が」
俺はレバーから手を離し、操縦桿を力強く引き絞った。
リミッターなんていらねえ。俺の隣には、世界最高の魔女と、命を預けてくれる最高の相棒がいる。
「セリア! 泥臭いステップの、本当の最適解を見せてやれ!」
『ええ……喜んで! 私のすべての演算を、貴方の指先に捧げるわ!』
セリアが妖艶に吼えた瞬間、網膜のグリッドが極彩色の光を放ち、アンスバッハの機体のすべての死角が弾道予測線となって一本に収束した。
ノワールが、爆発的な重心移動で地を滑る。
アンスバッハが放った二度目の熱線。その極光の『外縁』を、ノワールは装甲を焼きながらも、紙一重の螺旋ステップで完全に躱しきった。
「な、何ぃぃぃ!? 躱しただと!?」
驚愕するアンスバッハの懐へ、漆黒の巨躯が文字通り滑り込む。
それと同時に、エレナのハッキングが完了した。
――ガキィィィンッ!
どす黒く光っていた融合炉が、強制的な過負荷停止を自ら起こし、アンスバッハの機体から全てのマナの光が消失した。完全な動力不全。
「終わりだ、アンスバッハ」
俺はノワール・ブラスターの銃身を、指揮官機の剥き出しになったコックピットハッチへ、力任せに突き刺した。
鉄がひしゃげる凄絶な音がドックに響き渡る。
「ま、待て! 私はクロノス評議会の——」
「俺の契約書に、命乞いの項目はねえんだよ」
俺はゼロ距離で、本日最後の引き金を引いた。
ズガァァァァァンッッ!!!!
至近距離で炸裂した極大の鉛玉が、指揮官機のコックピットを、その中にいた男の野心ごと粉々に消し飛ばした。
頭部と胸部を失った白い魔導鎧が、派手な火花を散らしながら、崩壊するドックの底へと膝から崩れ落ちていく。
戦闘開始から、わずか数分。
夫の仇を討ち果たし、俺たちの泥臭い美学が、白い塔の傲慢を完全に打ち砕いた瞬間だった。




