第7章:起動、反撃の狼煙
怒号と絶叫、そして鉄が砕ける轟音が交錯する中、俺とエレナは崩壊していくキャットウォークを駆け上がった。
眼下のドックは、完全に地獄の釜と化していた。
無尽蔵に湧き出す海洋型スカベンジャーの群れが、アレスの精鋭歩兵たちを次々と血祭りに上げている。
飛び交うレーザーの赤い閃光が、白銀の巨神の腕と、暴走する融合炉を不気味に照らし出していた。
「止まるな! 一気に上層のドックまで抜けるぞ!」
俺はエレナの背中を押し、ひしゃげた鉄の階段を二段飛ばしで駆け上がる。
その背後、下層から壁を這い上がってきた巨大なカニ型のスカベンジャーが、鋭い多脚を振り上げて俺たちに襲いかかってきた。
「ヴァンス、後ろ!」
エレナの叫びと同時、俺は振り返りざまにオートマチック拳銃を突き出した。
『左から三番目の関節部、装甲の隙間に腐食あり!』
セリアの演算データが網膜にターゲットマークを投影する。
俺は一切の躊躇なく、その一点へ向けて三発の弾丸を連続で叩き込んだ。
ギィィィンッ!
関節を正確に撃ち抜かれたスカベンジャーがバランスを崩し、ドックの底へと落下していく。
だが、息をつく暇もない。前方の通路を塞ぐように、今度はアレスの歩兵三人がアサルトライフルを構えて立ち塞がった。
「いたぞ! ネズミ共だ!」
銃口がこちらを向くより早く、俺の横から躍り出たエレナが、手にしたコンバットナイフを容赦なく投擲した。
ナイフは一直線に飛び、先頭の兵士の肩口に深々と突き刺さる。
「ぐあっ!?」
「どきなさいッ!」
エレナはその怯みを見逃さず、落ちていた鉄パイプを拾い上げて二人目の膝を粉砕した。
残った最後の一人がライフルを乱射しようとするが、俺が下から銃身を蹴り上げ、そのまま顎に強烈な掌底を叩き込んで意識を刈り取った。
「……やるじゃないか、技術屋」
「アレスの士官学校じゃ、護身術も必修科目なのよ。……貴方のその肩よりはマシに動けるわ」
エレナは荒い息を吐きながら、俺の血に染まった左肩を鋭い目で見つめた。
「心配すんな。俺のドン亀は、片腕でも十分に踊れる」
俺たちはさらに通路を駆け抜け、ようやく上層の『鉄の鯨』が停泊している搬入ドックの分厚い隔壁へと辿り着いた。
エレナが血濡れた手でコンソールに端末を繋ぎ、強引にロックを解除する。
プシューッ、という重い排気音と共に、巨大な鉄の扉がスライドした。
薄暗い格納庫の中。
そこには、持ち主の帰還を静かに待つ二つの巨影が鎮座していた。
引き締まった四肢を持つ中量級の『ヴォルフ・ハウンド』
そして、分厚いツギハギの装甲を纏った漆黒の鉄屑『ノワール』
「……待たせたな、相棒」
俺は傷を庇いながらタラップを登り、ノワールの重苦しい胸部ハッチを開いて、メインシートへと転がり込んだ。
血と硝煙の匂いが、狭いコックピットの中に充満する。
『……遅いわよ、ヴァンス』
コンソールの上に、青白い光の粒子が舞い、漆黒のドレスを纏ったセリアのホログラムが浮かび上がった。
彼女の視線が、俺の血で染まった左肩に注がれ、その美しく冷たい顔が微かに歪む。
『本当に……いつもいつも、私のマスターは無茶ばかりするんだから。……少し、嫌な匂いがするわね』
「かすり傷だ。それより、主電源を入れろ。下では最悪のバケモノが目を覚まそうとしてる。……お前のエステ代を稼ぐための、残業の時間だ」
『ええ、分かっているわ。……システムの制限解除。各部アクチュエータ、オンライン。ノワール・ブラスターのロックアウト、解除』
セリアが優雅に指先を弾く。
ノワールの奥底で眠っていた粗悪な内燃機関が、猛獣の咆哮のような重低音を上げて火を噴いた。機体全体が脈動するように震え、モニターに無数の戦術データが流れ込んでくる。
隣のデッキでは、エレナのヴォルフ・ハウンドも高周波の駆動音を響かせ、背部の高出力スラスターから青白いプラズマの炎を噴き上げていた。
『ヴァンス、聞こえる?』
通信機から、エレナの凛とした声が響く。先ほどの傷心の未亡人の面影はない。完全に『戦士』の声だった。
「ああ、感明瞭だ」
『アンスバッハは私が殺る。夫の技術を、これ以上あの豚どもに汚させはしない。……貴方は、私の背中を守って』
「安い御用だ。……行くぞ、エレナ!」
俺はスロットルを最大まで叩き込んだ。
漆黒の重装甲機と、銀狼の如き高機動機。二つの鉄の巨影が、甲板を蹴り砕く勢いで飛び出し、狂乱の三つ巴が繰り広げられる深淵の底へと降下していく。
過ぎた力を貪る亡霊どもに、泥臭い鉛玉をブチ込んでやるために。




