第6章:深淵の底、狂乱の三つ巴
アンスバッハが指を鳴らした瞬間、無人警備魔導鎧のガトリング砲が一斉に火を噴いた。
「伏せろッ!」
俺はエレナの腰を抱え込み、キャットウォークの鉄板へと強引に押し倒した。
頭上を暴風のような銃弾の雨が通り過ぎていく。分厚い鋼鉄の手すりが飴細工のようにひしゃげ、火花と金属の破片が容赦なく降り注いだ。
「くそっ……!」
俺は伏せた状態から半身を起こし、コートの隙間からオートマチック拳銃を突き出した。
セリアの戦術データが網膜に描き出す『射撃の隙間』。そのコンマ数秒のタイミングに合わせ、引き金を連続で引く。
ズガンッ! ズガンッ!
四五口径の重い弾丸が、先頭の無人機二機のメインカメラを正確に撃ち抜いた。視界を奪われた無人機が同士討ちを避けるために一瞬だけ射撃を停止する。
「エレナ、走れ! 左の配電盤の陰だ!」
俺はエレナを引っ張り起こし、弾幕の隙間を縫うように駆け出した。
背後から迫る凶弾を、勘とセリアの演算だけを頼りに背後へ向けて発砲し、追撃の狙いを強引に逸らす。
だが、相手は分厚い装甲を持った鉄の化け物だ。
生身の『ガン=カタ』では急所を削り取ることはできても、その圧倒的な質量を止めることはできない。
「……チッ」
配電盤の陰に滑り込んだ瞬間、左肩に熱い痛みが走った。掠っただけだが、軍用ライフルの威力は侮れない。コートの袖が赤黒く染まり、血の匂いが鼻を突く。
「ヴァンス! 貴方、血が……!」
エレナが顔を青ざめさせ、俺の肩に手を伸ばそうとする。
「気にするな。安い手当じゃ塞がらねえよ」
俺は空になったマガジンを捨て、新しいものを叩き込んだ。
『……右翼から三機、回り込んでくるわ! ヴァンス、このままじゃジリ貧よ。お嬢様を庇いながら、この数を生身で捌き切れる物理的余裕はないわ!』
セリアの警告通りだった。エレナを抱えた状態では、俺の機動力は半分以下に落ちる。
「逃げ場はないぞ、ネズミ共! そこから飛び降りて、この美しい白銀の贄となるか、鉄屑の雨に撃たれて肉塊になるか選べ!」
眼下からアンスバッハの嘲笑が響く。
配電盤の左右から無人機が距離を詰め、下層からは歩兵たちも包囲の網を縮めていた。
「……ヴァンス。私を置いて逃げなさい」
エレナがコンバットナイフを逆手に構え、震える声で言った。彼女の瞳には、自らの死を受け入れた冷たい覚悟が宿っている。
「夫の技術が、あんな化け物の心臓にされている……。私はあいつらを少しでも道連れにする。その隙に貴方だけでも——」
「バカ言ってんじゃねえぞ、技術屋」
俺はエレナの肩を乱暴に掴み、その切れ長の双眸を真っ直ぐに睨み返した。
「俺の契約書に『途中で荷物を投げ出す』なんて項目はねえ。それに……あんたをここで死なせたら、頭の中のうるさい幽霊に一生小言を言われるんでな」
俺が口の端を歪めて笑った、その瞬間だった。
――ドクンッ
ドック全体を、得体の知れない『脈動』が震わせた。
空気が一瞬で重くなり、肌を刺すような静電気が全身の産毛を逆立てる。
「……な、なんだ!?」
眼下のアンスバッハが狼狽の声を上げた。
見下ろすと、エレナの夫が遺した『独立型融合炉』が、本来の青白い光からどす黒い赤色へと変色し、けたたましい警告音を鳴らし始めていた。
「出力が規定値を超えています! 大尉、これ以上は炉が暴走……!」
「構わん! 抑え込め! 白銀のレガリアを今ここで目覚めさせるのだ!」
アンスバッハの怒号を掻き消すように、培養シリンダーの中に浮かぶ巨大な『白銀の腕』が、ビクリと痙攣した。
繋がれた極太ケーブルがちぎれ飛び、圧倒的な干渉波がドック全体に叩きつけられる。
バチバチッ! と凄まじい火花が散り、無人警備魔導鎧の赤いセンサーアイが一斉に明滅した。
『強烈な電磁干渉よ! アレスの無人機どもの火器管制システムが、一時的にダウンしているわ!』
セリアの叫びと同時、さらなる異変が起きた。
メキメキメキッ……ドゴォォォォンッ!!
ドックの最下層、分厚い鋼鉄の壁と床が、外側から凄まじい力で粉砕された。
大量の海水と共に流れ込んできたのは、赤錆とフジツボに塗れた異形の群れ——大戦時の海洋型『掃除屋』たちだった。
「……嘘だろ。どうやってこんな地下深くまで」
「融合炉と白銀の腕が発した莫大なエネルギーよ……! 海底の奥深くに眠っていた奴らまで、その熱に引き寄せられて……!」
壁を食い破って現れた数十機ものスカベンジャーが、無差別に破壊を始めた。
アレス側もすぐさま応戦を始め、ドックは一瞬にして、飛び交うレーザーと血飛沫、鉄が砕ける音が交錯する『狂乱の三つ巴』へと変貌した。
「ひぃぃっ! 防衛ラインを死守しろ! あの白銀の腕に傷一つでもつけたら、お前らを極刑にしてやるぞ!」
安全な防弾ガラスの奥へ逃げ込んだアンスバッハが、醜くわめき散らしている。
完全に統制は崩壊した。
「……風向きが変わったな」
俺は拳銃をホルスターに収め、エレナの腕を力強く引いた。
「ヴァンス!?」
「ここから一気に上層の格納庫まで駆け抜ける。逆襲の時間だ!」
白銀の巨神の脈動と、這い寄る亡霊たちの咆哮。
深淵の底で巻き起こった地獄絵図を背に、俺とエレナは、反撃の狼煙を上げるべく血路を走り出した。




