第2章:即席バディと海神の亡霊
潮風が吹き荒れる『鉄の鯨』の広大な甲板に、二つの鉄の巨影が降り立った。
一つは、俺が駆る漆黒の重装甲機『ノワール』。
もう一つは、エレナの乗る引き締まった中量級魔導鎧『ヴォルフ・ハウンド』だ。彼女の機体は脚部のスラスターを吹かし、身軽な跳躍で甲板に積まれた巨大コンテナの上へと陣取った。
ザーーッ、という波の音を掻き消すように、暗黒の海面が不自然に泡立ち始めた。
「来るわよ、ヴァンス。海中からの熱源、計十五! 大型よ!」
通信機越しに響くエレナの声は、氷のように冷静だった。
直後、海面を割って『それら』が這い上がってきた。
大戦時の海洋型無人兵器の成れの果て——掃除屋。
フジツボと赤錆に塗れた多脚型の巨大な蟹のようなフォルム。両腕には旧式の魚雷発射管と、不気味な赤い光を放つ劣化マナ・レーザーが備わっている。プログラムのバグでただ生命体を狩るだけの、海の亡霊どもだ。
「図体ばっかりデカくて、吐き気のするデザインだな……行くぞ、技術屋!」
俺はスロットルを押し込み、ノワールを前傾姿勢で突進させた。
波で濡れて滑る甲板だが、セリアの完璧な演算サポートと局所慣性制御のおかげで、漆黒の足裏は鉄板に吸い付くようにグリップする。
先頭の一機が、高出力レーザーを放ってきた。
俺は上半身の重心移動だけでそれを紙一重で躱し、懐へと飛び込む。背部の巨大な銃剣『ノワール・ブラスター』を抜き、下からかち上げるように多脚の関節部を粉砕した。
ギギギギィッ! と耳障りな電子音の悲鳴が上がる。
だが、倒れゆくその死角から、別の二機が左右へ回り込み、至近距離から魚雷を放とうと砲門を開いた。
「チッ、囲まれ——」
『動かないで、ヴァンス!』
エレナの鋭い声が響いた瞬間、頭上から二筋の青白い閃光が降ってきた。
ズキュゥゥンッ!!
コンテナの上から放たれたヴォルフ・ハウンドのリニアライフルが、左右のスカベンジャーのセンサーアイを正確に撃ち抜いた。狙撃の衝撃で敵の動きが一瞬遅れる。
「上出来だ!」
俺はその隙を見逃さず、機体を独楽のように回転させ、遠心力を乗せた巨大な銃口を左右の敵に連続で押し当ててトリガーを引いた。
爆音と共に、二機の海洋型スカベンジャーがただの鉄屑へと変わる。
『……あら。射角もタイミングも悪くないわね。でも、弾道の予測補正がコンマ二秒遅い。私がシステム側に割り込んで最適化してあげたんだから、感謝しなさい』
セリアのホログラムが腕を組んで不遜に微笑む。エレナには見えないが、彼女の精密射撃の裏でセリアがこっそり干渉していた。
「相変わらず性格が悪い魔女だぜ……よし、次が来るぞ!」
甲板によじ登ってくる後続の群れに対し、俺とエレナは完璧な連携を見せた。
俺が前衛でヘイトを集め、重装甲と『ガン=カタ』のステップで敵の陣形をかき乱す。
そこへ、エレナが高所から正確無比な狙撃を撃ち込み、敵の関節や武装を的確に削ぎ落としていく。
そしてトドメは、俺がゼロ距離から重い鉛玉をブチ込む。
インファイターとスナイパー。出会ったばかりとは思えないほど、呼吸が不気味に噛み合っていた。
「これで、最後よッ!」
エレナのリニアライフルが、最後の一機の脚を撃ち抜いて体勢を崩させる。
俺は跳躍し、落下エネルギーを乗せたノワールの踵で、スカベンジャーの頭部装甲を甲板ごと無惨に踏み砕いた。
沈黙。
燃え上がる赤錆の残骸と、重油の匂いだけが、夜の海風に溶けていく。
「……終わったようだな」
俺は息を吐き出し、ノワールのハッチを開けて甲板へと飛び降りた。
コンテナの上から、エレナのヴォルフ・ハウンドも身軽に飛び降りてくる。彼女も機体から降り、油に汚れた軍服の裾を払いながら俺の横に並んだ。
「助かったわ、ヴァンス。貴方が前を押さえてくれたおかげで、存分に的当てができた」
「あんたの射撃も悪くなかったぜ。俺の可愛い相棒も、少しは認めてるみたいだからな」
「……可愛い相棒?」
エレナが怪訝な顔で首を傾げたが、俺は肩をすくめて誤魔化した。
だが、次の瞬間。
残骸を観察していたエレナの鋭い瞳が見開かれた。
「……待って。これは、一体どういうこと?」
彼女は踏み潰された最後の一機の残骸に駆け寄り、ひしゃげた装甲の奥に手を突っ込んだ。
ギチリ、という金属音の後、彼女が引きずり出したのは、手のひらサイズの『白銀の金属片』だった。
「おい、それは……」
「大戦時のスカベンジャーのパーツじゃない。これは……クロノスの最新技術、いや、それ以上の代物よ。しかも、この破片から微弱な干渉波が出ている。……誰かが意図的に、この白銀のパーツをスカベンジャーの制御系に埋め込んで、この船を襲わせたのよ」
エレナの声が、怒りと確信に震えていた。
『ええ、間違いないわね。……あの忌まわしい「白銀のレガリア」の装甲片よ』
セリアの冷たい声が俺の脳内に響く。
「……どうやら、あんたの夫の死は、ただの始まりに過ぎなかったみたいだな」
俺が静かに告げると、エレナは白銀の破片を握りしめ、水平線の彼方——目的地である海上採掘基地の赤い光を、凄絶な瞳で睨みつけた。
「絶対に暴いてみせる。……この海の底に沈んだ、すべての真実を」
彼女の瞳に、復讐の炎が静かに、だが確かに燃え上がっていた。




