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傭兵と黒の魔女  作者: KK
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第1章:出航と鉄の鯨

夜の帳が下りる頃、巨大輸送船『鉄の鯨』はニケ・ハーバーのドックを静かに出航した。


 その名の通り、古びた鉄板を繋ぎ合わせた鯨のような巨躯を持つタンカーだ。船倉には、新大陸の小規模都市を回るための劣化マナ結晶や、魔導鎧のジャンクパーツが所狭しと積み込まれている。


 その薄暗い中央格納庫の片隅に、俺のノワールと、エレナの愛機が並んで繋留されていた。


「これが、私の相棒——『ヴォルフ・ハウンド』よ」

 工具箱の上に腰掛けたエレナが、レンチで前髪を掻き上げながら自慢げに顎をしゃくった。


 そこにいたのは、ノワールの鈍重なシルエットとは対照的な、引き締まった四肢を持つ中量級の魔導鎧だった。


 元アレスの技術将校である彼女が自ら組み上げただけあって、無駄な装甲は徹底的に削ぎ落とされている。その分、背部と脚部に増設された高出力スラスターが、デタラメな機動性を物語っていた。


 右肩にマウントされた可変式リニアライフルは、汎用性が高く、実戦的だ。


「綺麗なフレームだな……だが、装甲が薄すぎる。荒野の野盗の弾でも掠りゃ、一発で骨まで達するぜ」

 俺はノワールの脚部を点検しながら、皮肉混じりに言った。


「当たらなければどうということはないわ。それに、いざとなったら貴方が前に立つんでしょう? 傭兵さん」

 エレナは悪びれもせず、悪戯っぽく微笑んだ。合理主義の技術者らしい割り切りだが、その瞳には自らの腕に対する絶対的な自負があった。


『……ふん。ハードウェアの調整だけは一人前のようね。でも、深層のシステムコードが少し雑だわ。アレスの軍用OSをベースにしているせいで、イレギュラーな電子戦への耐性が甘い。私が裏でパッチを当てておいたわよ』

 コンソール上に青白い粒子となって現れたセリアが、腕を組んで上から目線で言い放った。


「……おい、セリア。余計な真似をするな」

 俺が眉をひそめて呟くと、エレナが敏感に反応した。


「どうかした?」


「いや……機体のシステムが妙に機嫌が良さそうだと、俺のポンコツAIが言ってる」


「私の調整に文句があるとでも? ……でも不思議ね。さっきからコンソールの同期速度が、私の計算より15パーセントも向上しているわ。貴方のその『鉄屑』、一体どんな珍しいサブプロセッサを積んでいるのかしら」

 エレナが興味深そうにノワールを見上げ、一歩近づく。技術者としての本能が、ツギハギ装甲の奥にある異質さを察知し始めている。


『あら、意外と目端が利く未亡人じゃない。それ以上近づいたら、彼女の機体のOSを全部初期化してあげましょうか?』

 セリアがベールの奥で妖しく微笑む。


 旧世界の頂点たるAIの魔女と、現行技術の粋を極めた元軍隊メカニック。交わらない二人の天才の間に、俺を挟んで妙な火花が散っていた。


「……詮索はそこまでだ、エレナ。それより、貴方の夫の話の続きを聞かせろ」

 俺は話題を強引に切り替え、煙草に火を点けた。

 エレナは少し寂しげに息を吐き、工具箱から立ち上がると、船のハッチを開けて夜の甲板へと出た。俺もその後を追う。


 外は、どこまでも続く暗黒の海だった。


 波の音だけが響く中、遠く水平線の彼方に、微かに赤黒く光る海上資源採掘基地の影が見える。


「夫はね……『過ち』を正そうとしていたのよ」

 エレナは手すりに寄りかかり、潮風に黒髪をなびかせながら言った。


「クロノス・アークは劣化マナ結晶を独占することで新大陸を支配している。でも、そんな万能の力に頼り切った社会は、いつか必ず歪みが来るわ。夫は、純粋な物理法則と科学の力だけで動く『完全独立型の融合炉』を完成させて、人間が自らの足で歩く世界を取り戻そうとした」


 その言葉は、俺がノワールの力を封印し、泥臭い『ガン=カタ』にこだわる理由と、驚くほど深く共鳴した。


「……だから、アレスに消されたわけか。白い塔の連中にとって、マナに依存しない技術なんて、自分たちの支配を揺るがす絶対の禁忌だからな」


「ええ。それだけじゃないわ」


 エレナは声を潜めた。

「夫が殺される直前、私に遺した暗号通信の中に気になる単語があったの。……評議会が秘密裏に回収した、旧世界のもう一つの遺物。あらゆる物理法則を置き換える『白銀の巨神』。アレスの実験部隊は、夫が作った融合炉のプロトタイプを、その白銀の機体の『心臓』として組み込もうとしていた形跡があるわ」


 ——白銀のレガリア。

 リリアが遺したデータチップの影が、ここで一本の線で繋がった。


「なるほどな。どうやらあの白い塔の豚どもは、俺たちの想像以上にろくでもないオモチャを手に入れちまったらしい」

 俺は吸い殻を海に投げ捨て、冷たい銃の感触を確かめた。


『ヴァンス。……そろそろ、感傷的な夜のお散歩は終わりのようよ』

 セリアの冷徹な声が脳内に響いた。


 同時に、甲板のスピーカーからけたたましい警告サイレンが鳴り響いた。


『前方、海面および海中から高速で接近する熱源多数。——大戦時の自律型無人兵器の成れの果て、海洋型の「掃除屋」よ。この船の巨大なエンジン音に引き寄せられたみたいね』


「チッ。夜の海にゃ、厄介な鉄の魚がうようよしてるな」

 俺はエレナの顔を見た。彼女はすでに、悲しみの一切を消し去った「軍人」の鋭い表情に戻っていた。


「ヴァンス、出撃するわよ。前衛は任せたわ」


「ああ。……後ろは頼んだぜ、技術屋」

 俺たちは格納庫へと走り出した。


 漆黒の海を舞台に、血と重油のワルツが始まろうとしていた。

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