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傭兵と黒の魔女  作者: KK
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第二幕【硝煙の未亡人】プロローグ:潮騒と傭兵と未亡人

潮の香りと、重油、そして乾いた錆の匂い。

 新大陸の沿岸部に位置する中立港湾都市『ニケ・ハーバー』


 ここは、クロノス・アークのような圧倒的な武力も資源も持たない弱小勢力でありながら、情報屋と傭兵の仲介、海を使った裏交易ルートを握ることで、絶妙なバランスの上で生き延びている強かな街だ。


 巨大なクレーンとコンテナが迷路のように積み上がり、違法改造された船がひしめく波止場。壁の中の『綺麗事』とは無縁の、この掃き溜めは、荒野の人間たちにとってある意味で一番息がしやすい場所だった。


 リリアを逃走ルートへ送り届けた俺は、波止場の裏通りにある薄暗い酒場で、いつものように泥水みたいなバーボンを傾けていた。


 ――ギィィィッ


 潮風に晒されたスイングドアが開き、重いブーツの足音が響いた。


 グラスを傾けたまま視線だけを向けると、そこにはこの街の荒くれ者たちとは明らかに毛色の違う女が立っていた。

挿絵(By みてみん)


 艶のない黒髪のショートヘアに、射抜くような鋭い双眸。

 三十手前か。身に纏った黒の軍服は装飾をすべて剥ぎ取られ、肩や襟元に無数の機械油の染みと、微かな硝煙の匂いが染み付いている。


「……あなたがヴァンスね。クロノスの『お姫様』を無事に運び込んだ、腕利きの運び屋兼戦争屋」


 女は俺の隣の丸椅子に腰を下ろし、バーテンダーに目配せして強いジンをストレートで頼んだ。


「宣伝担当にはチップを弾まないとな。……だが今はオフだ。あんたみたいな物騒な服を着た女と踊る気はないぜ」


 俺が鼻で笑ってあしらおうとすると、彼女はジンを一息に飲み干し、グラスをドンと置いた。


「私はエレナ。エレナ・ヴォルフ。……このニケ・ハーバーのお抱え技術者をやっているわ。もっとも、数年前まではアレス・セキュリティで魔導鎧の設計と整備を統括する技術将校だったけれど」


「ほう」

 俺は少し目を細めた。


 アレスの元技術将校が、敵対こそしていないが『裏の街』に寝返って専属メカニックをやっている。相当な訳ありの匂いがした。


「単刀直入に言うわ。あなたを雇いたいの。……巨大タンカー『鉄の鯨』の護衛と、ある『真相』の調査のために」

 エレナは懐から電子手配書を取り出し、カウンターに滑らせた。


 そこには海上資源採掘基地の映像と、一人の優しげな男の写真が映っていた。


「これは?」


「私の夫よ。……半年前に、あの海上基地の爆発事故で死んだ」

 エレナの鋭い瞳に、一瞬だけ暗い影が落ちる。


「夫はクロノスの『マナ』に依存しない、完全独立型の融合炉技術を開発していた。それが完成すれば、ニケ・ハーバーのような小規模都市でも白い塔に首輪を握られずに済むはずだった。……でも夫は死に、研究データはすべて消えた」


「事故じゃねえと?」


「ええ。アレス・セキュリティの暗殺部隊による口封じよ」

 エレナは軍服のポケットから重い金属製データ端末を取り出した。指先には工具を握り続けた確かなマメができている。


「今夜、『鉄の鯨』が出航する。私は自前の魔導鎧を積んで乗り込む。あなたにはその船の護衛という名目で同行し、いざという時は前衛で私をサポートしてほしい。報酬は、あなたが一生遊んで暮らせる額を保証するわ」


 俺が口を開く前に、視界の隅で青白い粒子が舞った。


『……あら』


 セリアのホログラムが、不機嫌そうに腕を組んでエレナを値踏みしている。


『今度は自前の鉄屑を持った未亡人? ……あなた、最近女性の趣味が良いわね。少し苛立つわ』


「黙ってろ。俺は仕事の話を聞いてるんだ」


 俺が思わず声に出すと、エレナは小首を傾げた。

「誰かと話しているの?」


「いや。頭の中で計算機がエラーを吐いただけだ」


 俺は残ったバーボンを飲み干し、エレナの真っ直ぐな瞳を正面から見据えた。


「……いいだろう。ただし、俺はただの盾じゃねえ。邪魔な弾丸は全部、俺が引き金を引いて黙らせる。それでもいいなら、契約成立だ」


「ええ。それで構わないわ。……前衛は任せる。後ろは私が、死んでも護り抜くから」


 エレナが差し出した、無骨で、それでいて何処か優雅なオイルの染みついた右手を、俺は力強く握り返した。


 リリアの残した甘い香水の匂いはすでに消え、代わりに濃密な硝煙と重油の匂いが鼻腔を満たしていた。

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