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その女は、

さっきより少しだけ、こちらに近づいていました。


見間違いだと思いたかったです。


だって、ほんの数秒前まで、あれは確かにベッドの足元の床にいたはずなんです。

這いつくばるみたいな低い姿勢で、部屋の隅にうずくまっていたはずなのに。


今は、そこよりも明らかに近い位置にいました。


ベッドの端に、手をかけられるくらいの距離。


頭の中では、何度も


そんなわけがない


と繰り返していたのに、目の前のそれだけが、

どうしても現実みたいな輪郭を持っていました。


私は必死に視線を逸らしました。


見なければいい。

目を閉じればいい。


そう思ったのに、不思議なことにまぶたはぴくりとも動かなくて、

ただ開いたままの目だけが、勝手に震えていました。


見たくないのに、見えてしまう。


それだけが、何より嫌でした。


私はできるだけ女の顔を見ないようにしながら、

視界の端でその姿だけを追っていました。


長い髪が、顔のほとんどを隠していました。

前に垂れた黒い髪の隙間から、肌だけがやけに白く見えたのを覚えています。


服を着ていたのかどうかは、よくわかりません。

ただ、腕だけが妙に細くて、関節の位置がおかしいような、

人の形をしているのに、人っぽく見えない違和感がありました。


その女は、音も立てずに、ゆっくりと体を引きずるように動いていました。


ずる、とか、がさ、とか、そういう音があってもおかしくないのに、

部屋の中は不自然なくらい静かで、

だからこそ余計に、気味が悪かったんです。


でも、確かに動いていました。


少しずつ。

本当に少しずつ。


私の方へ。


気づいたときには、女の手がもうベッドの上にかかっていました。


そこで初めて、私は自分の呼吸がかなり浅くなっていることに気づきました。


胸のあたりが重い。


さっきからずっとそうだったはずなのに、

そのときになってようやく、


これは、ただ動けないだけじゃない


と気づいたんです。


何かに押さえつけられているみたいでした。


見えない重さが、胸の上にじわじわ乗ってきているような感覚。


そして、その理由が、すぐにわかりました。


女が、這い上がってきたんです。


本当に、ゆっくりでした。


急に飛びかかってくるわけでもなく、ただ当然みたいな顔で、少しずつベッドの上に上がってきました。


膝。


腰。


腹。


どこをどう通ってきたのかもわからないまま、

気づけばその重さは、私の体の上に確かにありました。


布団越しのはずなのに、冷たい感じがしたのを覚えています。


体温じゃない。

人のぬくもりとは違う、湿った冷たさ。


喉の奥が、ひゅっと鳴りました。


女は、私の胸のあたりまで来ていました。


そこまで近づいて、ようやく、

髪の奥にある顔の輪郭が少しだけ見えました。


でも、今でもそこだけはうまく思い出せません。

思い出したくないからかもしれません。


ただ、


目だけは見えた気がします。



髪の隙間から、こちらを見ていた気がするんです。


目が合った、と思った瞬間、

全身の内側を冷たいものが一気に走りました。


だめだ、と思いました。


何がだめなのかもわからないのに、

このままだと本当にまずい

とだけははっきり感じたんです。


そのとき、女の右手がゆっくりと持ち上がりました。


細い腕が、ぎこちなく折れ曲がりながら、

少しずつ、少しずつ、私の肩の方へ伸びてくる。


その動きがあまりにも遅くて、

だからこそ余計に、嫌でした。

「来る」とわかっているのに逃げられない。

その時間が長すぎて、頭がおかしくなりそうでした。


やめて、と思いました。


来ないで、とも思いました。


でも声は出なくて、

体も相変わらずぴくりとも動かなくて、

ただその手だけが、確実に近づいてきました。


指先が見えました。


爪が、やけに長かった気がします。


白くて細い指が、

私の肩に触れようとした、その瞬間――


私は、ベッドの横に置いていたスマホのことを思い出しました。


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