おはよう世界
視界が桃色に染まる。
優しく、蕩けそうな桃色。
どこか見覚えのあるその光が見えている世界を全て染め上げた。
彼女も、俺たちも等しく飲み込まれた。
輝きが増し、遂にはそれだけで目を灼き殺すことが出来そうなほどに。
「なに?」「なんで?」「もうこれないはず!」「どうして?」「おまえが」
輝きが強すぎてもはやシルエット程度にしか見えないが、どうやら彼女にとって不都合なことはまだ続いているようだ。
だが、そのチャンスをものにする力がない。
悔しさに歯噛みしていると、そのシルエットに変化が訪れる。
その彼女の影はふらつき、内側から何かを抑えるかのようにうずくまる。
「まて!」「だめ!」「それは」「ぼくらの」「わたしたちの」「もの」「てんびん」「かえせ!」
そんな悲鳴とも、懇願ともとれるような悲痛な彼女の声が響く。
それは、音として認識の出来ない声。
頭の中に直接響くような、不思議な声。
それが響くごとに、彼女のシルエットは崩れて、光は強まる。
そして―
「――ッ!」
その時は来る。
「―ッぁぁぁぁぁ!!」
本来の彼女ならきっとそんな声を出すことはなかっただろう。
だけど、この極限の状況で、それでもと振り絞った。そんなことを感じさせる声がやって来る。
「ぁぁあああああああ!!!」
ドンッ!っと衝撃音と共に彼女のシルエットがはじけ飛ぶ。
それは内側から何かが爆ぜて飛んだかのように。
それと同時に光は収まった。
視界を染め上げていた桃色は消え去り、通常の色彩が戻ってくる。
急な光の喪失と、通常の色とのギャップに目が慣れずに明滅する。
それを振り払う様に目を閉じて数度首を振ってから、ゆっくりと目を開ける。
「............は、はは」
そこに映っていたのは、弾けて原型をとどめていない、かろうじて水の塊というそれを保っている神と―
水による形を造ったものではない、ちゃんとした、本来の色を持った、六鹿の姿だった。
「おかえり、六鹿」
「ただいま戻りました、晴くん」
六鹿は何か吹っ切れたかのように迷いを捨てた笑みを浮かべて、俺たちを一瞥して視線を前に戻す。
そして、そっと一つのカードを取り出す。
銀色のカード。
すなわち、能力の源であるティリス・アナザーだった。
六鹿が見る先には明らかに弱っているのに、それでも動き出そうとしている水の塊。
ドロドロに溶けては形を造り、すぐに崩壊する。
そんなことを繰り返しながらも、人の形になろうとしながらも、神はまだ生きていた。
「まだ!」「かえせ!」「かたちが!」「もどれ!」「ぼくの!」「わたしの!」「かけら!」「うらぎりもの!!」
「返しません。戻りません。私は貴方の一部ではなく、この子達も貴方の一部ではないから」
そして、
「『特に集え、戻れ!――夢を見る同胞!!』」
あの言葉が放たれた。
神としての絶対の命令。
誰も逆らえない、能力という神の力の一端である限り、逆らえない能力を奪う力。
だが、それはあくまでも神として絶対の力があるからだ。
その力が弱まるか、同じ力を持っている場合はその命令はきっと通用しない。
六鹿の言葉が響く。
「天秤の星、私と神の力を計りに乗せて、傾け、『私に従え、小さく蠢くもの』」
星の意思として、六鹿の意思が、声という音となって響く。
それは切実な願いであり、すでに決まった事実でもあった。
六鹿のティリス・アナザーが桃色に輝き、力を行使する。
現れたのは神が出したのとは比べものにもならないほど小さな、黄金の天秤。
二つの皿しかない、シンプルなそれはしかし、シンプルな二つを計りにかけた。
「やめろ!」「やめろ!」「やめろ!」「やめろ!」「やめろ!」「これいじょううばうな!!」
「いいえ、私の意思の通りに、我儘のままに、『従え』」
黄金の何かが、神から六鹿へと流れ始める。
それは高いところから低いところに流れる水のように、自然に。
「やめろ!!」
それは確実に神にとって不都合であり、致命的な行いだったのだろう。
神は体を構成する水の形を変えて、俺たちに向かってやっていたような水の槍を形成する。
そしてそれをノータイムで六鹿に放った。
それは、神にとっての本能的な抵抗だったのだろう。
狙いは正確で、六鹿を捉えていた。
それを見て、駆けだそうにもすでに放たれた槍に追いつくことが出来ない。
「六鹿!」
「私のなかの、私達に告げる。再現、生成、『無力』」
槍は確かに六鹿へと抵抗なく到達した。
しかし、それだけだった。
貫くこともなく、その槍は勢いを、六鹿を刺し貫くためのエネルギーをゼロにされたかのように空中で止まった。
六鹿の言葉が形となって形成される。
それは輝く事は無い全てをゼロにする銀色のティリス・アナザーだった。
「まだ!」「おわれない!」「おわりたくない!!」「ぼくらの!」「わたしたちの!」「あたらしいせかい!」
だが槍は落ちない。
まるで外部からエネルギーを補給しているかのように、物理的なエネルギーを無にする領域を無理やり押し進むように、勢いを増す。
「......くッ!!」
六鹿が苦悶の声を漏らす。
六鹿の言葉の通りなら、今六鹿が使っているのは九重と同じ能力なのだろう、それでエネルギーをゼロにして落とせないのなら、あの槍が特別なのか、六鹿の再現には限界があるのか......どちらにしろこのままではまずそうだと漠然とした理解をした。
最後の手段としてこの身を投げ出してでも六鹿の盾となろうと一歩踏み出した時だった、すでに六鹿の隣に九重の姿があった。
「あかんよ、この能力はもっと効率よく、相手に合わせて使わなあかん」
九重は六鹿の生み出したすでに起動しているティリス・アナザーを手にする。
六鹿は驚愕しつつも、その能力を九重に託す。
「ありがとう九重さん」
「ええって、弟妹のためや」
九重は軽く手を向けて、いつものように軽く発動する。
「手本見せたるわ、無力」
ただそれだけだった。
九重は何か特別な技を使ったわけじゃない。
ただ能力を起動し直しただけ。
それだけで、物理的なエネルギーではなく、能力的なエネルギーをゼロにされた水の槍はあっけなく霧散した。
そうして役目を終えたのか、無力のティリス・アナザーは粒子となって消えた。
「再現限界ですね.........私ではまだ完全な定着は難しいです」
粒子となったティリス・アナザーと霧散した槍は黄金の何かとなって六鹿に吸収されていく。
「よくわからんが、あの神様の力を奪ってる感じか?」
「はい、そして今のでよくわかりました。今のアレに霧散した自分を回収するほどの力はない。攻撃を加え続ければ......」
「なるほどな......聞いたな?」
「ああ!」「うん!」
攻撃をし続ければ、神の力を奪える。
その言葉を聞いて、俺たちは沸き立った。
ようやくこの戦いの決着が見え始めたからだ。
だから、俺と希空は返事をして六鹿を見た。
「......時間はかかりますけど、きっと私だけでもなんとかなりますよ?」
「ここに来てそれはないぜ」
「うん、私もずっと迷惑かけちゃってたみたいだから、焼くにたたなきゃ」
俺たちを見る六鹿が、仕方がないものを見るかのように目を伏せて、俺たちにそれぞれティリス・アナザーを生み出して渡してくれる。
「私のなかの、私達に告げる。再現、生成、『増幅』『分裂』」
「ありがとう」
「頑張るね」
「本来の力ほどは出せないから気を付けて」
「応っ!」
俺と希空は同時に飛び出す。
「くるな!」「かえせ!」「それは!」「ぼくらだぞ!」「わたしたちだぞ!」
それを神が複数の触手を生み出して、攻撃してくる。
「増幅!」
「分裂!」
それを俺は身体強化で自身の速さを増幅して躱していく。
なんだか懐かしい感じだ。
この能力に目覚めて、名前を知った当初はその強化幅に振り回されない様に自身の何を強化するかというのを強く意識していた。
最終決戦で三重起動なんてしたせいで、凄いスケールダウンした気持ちになるが、この使い方が染みついた俺にとっては慣れたものだった。
希空は無数の分身を生み出して、俺に襲い来る触手をある程度引き受けてくれた。
これで動きやすい。
無数の触手を躱して、避けて、近づくにつれて激しくなる抵抗。
その様は、まるで先ほどまでの俺たちのようだった。
「私のなかの、私達に告げる。再現、生成、『光』お願いね」
「任せろ」
触手の抵抗が激しく、なかなか近づくことが出来なくなってきたあたりで、後ろからそんな言葉が聞こえた。
「光、『光の階段』!!」
瞬間、頭上から光が降りてきた。
それは神の体を完全に覆い、そして灼いた。
「ああああああああああ!!」「あつい!」「だめ!」「はなれちゃ!」「もどれない!!」
範囲を広げたからか、見覚えのあるその攻撃の割に攻撃力は控えめのようで、神の全身を灼きつつもそれは一瞬で蒸発させるような力は無いようだ。
だが、触手の動きも含めて神の動きが止まった。
このタイミングしかない。
脚に強化を集中させて一足で飛ぶ―
「起きたばっかりでごめん」
「気にすんな、親友が戦ってるんだ必要だろ?」
「...私のなかの、私達に告げる。再現、生成、『拡張』」
その前に聞こえた、声に驚愕して思わず脚が止まる。
だってその声は、その名前の力を使うものはすでに死んでいたはずだ。
俺の能力を使って無理やりにこの世にとどまっていた奴は、神の能力の奪取によって最後のその力すらを奪われてこと切れたはずだ。
とっさに後ろを振り向くと、そこには体中から血でも炎でもなく、黄金の粒子を吹き出しながら右腕を頭上に掲げ上段のような構えをする男の姿。
「拡張.........虚剣、抜刀!!」
すでにない右腕の先。
そこにもやはり黄金の粒子で構成された手刀のようなものがあり、それを奴の最も得意にして最強の技として放った。
死んでいた悲しみも生きていた喜びも、今のその状況すらも疑問や思いは端に起き、前を向く。
光の檻のようになっていた天使の技が消える、と同時に訪れたのは不可視の神速の一撃。
轟音を立てて神に着弾したそれは、神の体のおよそ半分を消し飛ばした。
「ああ!」「どうして!」「どうして!」
それでも神はまだ、言葉を紡ぐ。
元々水の塊。
それどう吹き飛ぼうとも、生命とすら言えないその身体に何の支障もないらしい。
「このままじゃ忘れられそうだからね、僕の全知を貸してあげよう」
目の前にひらりと舞うものがあった。
それはこげ茶の、梟の羽。
それがふわりと俺の体に触れた瞬間、なにかこの世界の物とは思えない知識が脳に流し込まれる。
それのせいで一瞬目の前が見えなくなるが、すぐに収まり、目を開けた時には水の塊の中に輝く何かが見えた。
「思いっきりやれ」
その輝き何なのか俺には分からない。
ただ、流し込まれた知識が、開かれた視界が、それを破壊しろとささやく。
だから、能力による強化をすべて拳に込めて、
「うおおおおおおお!!!!!!」
水の塊の中で輝くそれを打ち抜いた。




