おやすみ世界
「ああ」「ああ.........」「あぁ............」
目には見えない何か。
目には見えない、しかししっかりと見えるその輝く何かを砕き貫いた。
それは決別の一撃。
神を神たらしめる何かを砕いた一撃だった。
「なんで......」「ぼくらは.........」「わたしたちは............」「どうして......」「どうして............」「てんびん......」
「ぼくらの......」「てんびん...」
水の塊はその端から粒子状に霧散していく。
それは黄金の粒子。
輝きを放つ力の奔流。
それは、ゆったりとした流れをもってそのすべてが六鹿へと向かう。
「はぁっ......!!」
それを受けて、胸を抑えてうめく六鹿。
「六鹿!!」
「だ、い......じょうぶ!!」
六鹿は息も絶え絶えにそんなことを言う。
明らかに大丈夫ではない。
しかし、何が起きているのかが分からない。
先ほどからどんどんと六鹿の体に取り込まれている黄金の粒子のせいだろうか。
しかし、それを止める方法が分からない。
粒子は俺や希空といった六鹿以外の人物、建物のがれきなども含めた無機物もすり抜けて六鹿に集まってくる。
触れないものを止める方法なんて思いつかず、立ち尽くす。
「大丈夫だよ」
そう言うのはオウルだった。
「彼女は進化している途中なんだ、苦しそうに見えるけど悪い事じゃない」
「.........進......化?」
現実ではまず聞かないフレーズに思わず聞き返してしまう。
聞こえているのに、聞き間違えたのかと一瞬思ってしまう。
「そう、この世界の神すらを飲み込んだ彼女は、その座に座る新たな神として進化を果たそうとしている」
それは衝撃的であり、しかし納得もできるような話だった。
明らかに六鹿の使っている力は普通じゃなかったから。
「それは.........」
そしてそれが悪い事なのかどうかという判断を俺は出来なかった。
神という存在を俺はあの水の塊しか知らない。
六鹿があれのようになってしまうのはよくないと思う。
しかし、それが六鹿の生きる唯一の道と言われれば俺はそれを止めることはできないだろう。
どうすればいいのか、分からないくて思考を放棄したくなる。
戦いの疲れからか、上がっている息も一向に戻らない。
それが余計に思考の邪魔をしている。
「大丈夫だ」
そんな俺に、俺たちに声をかけたのは天使だった。
「大丈夫、恵麻なら平気だ。私達も、覚悟を決めておけばいい」
肝心なことはあえて避けたかのような言葉。
そして、それだけ言って「そうだろう?」と確認するかのような視線を天使がオウルに向ける。
オウルはそれに答えるかのように口にする。
「ああ、恵麻ちゃんなら楽しい事になるさ」
―――
意識が途切れそうだ。
すでに私の感覚は現実を上手く感じ取れていない。
視界は不安定に明滅し、匂いは異様に甘く、音も荘厳な鐘のような音が響いている。
私は私を抱きとめているはずなのに、何も触れていないかのように感触はなく、
口の中に飽和する吐き気を催すほどの濃厚な味。
そのどれもが現実とはかけ離れていて、しかし私が今感じている全てだった。
際限なく体の中に入ってくる、小さく蠢くもの。
入るたびに、私の一部を置換していく。
私の中で私達が叫ぶ。
「誕生」「産まれた」「産まれなおした」「私達が」「私が」「世界が」
無秩序に、無遠慮に叫ぶ声に頭がどうにかなりそうだった。
私がかつての私であった頃の意識が、どうにもその変化を受け入れられなかった。
そのせいで起きた拒絶反応。
私は、私にとって不都合な存在。
この世界を生み出し、好き勝手に弄り、遂にはいらなくなったからと削除しようとしていた神を認められずに否定した。
甘い陶酔の夢、その力によってこの世界を遍く満たしていた神を誘惑した。
それは天に唾するような行いだったがいくつものイレギュラーによって実を結ぶ。
誘惑し落とし、支配した神の一部によって神とこの世界の主導権の綱引きを行った。
結果として、皆の助けもあり思っていたよりもあっさりと主導権を奪えたのはよかったけれど、想定外もあった。
神を侮っていた。
この世界の全てが神。
であるならば、その力を主導権を奪った私は、今はこの世界の全てが私だ。
私であって私ではない私達。
その感覚が人間だった私にとっては酷く気持ちの悪いものに感じられるのだ。
『ハハハ、ああ、凄い凄い!いろんな世界を旅したけれど、神が産まれる瞬間なんて初めて見るよ』
『ンフフフフフ!!ええ、オウルの口車に乗ってこんな世界にまで来たかいがあるというもの、私としてもこんな面白い物を見れるとは思わなかった!』
そんな私を見ているのか、感じているのか、分からないが、魂に響くような声が聞こえてくる。
声の主は見えないが、なんとなく誰なのかは分かる。
それよりも意識をはっきりさせないと、世界にいくらでも拡散してしまいそうだ。
『とは言え、僕らみたいなのならともかく、ただの人ではちょっと耐えられそうないかな?』
『どうでしょう、仮にもその座を奪い取ることが出来るのだから器は十分では?形がどうなるかは別ですけど』
『それは、とてももったいない気がするね』
二人の声が何かを言っているという事だけ分かる。
ただ、それに意識は避けない。
私がどんどん世界に置換され、世界が私に置換されていく。
風も大地も、海も、息吹も、命も、全てが私で私達だ。
『仕方ない、あまり気は進まないけれど.........恵麻ちゃん。よく聞いて』
拡散しそうな私に無理やり介入してくるような声が響く。
それはいつもの胡散臭くて、どこか信用できない男の声。
『君がそのまま神を抱えてもきっとパンクするだろう、だから力を分けるんだ』
力を?分ける?
『そうだ、君の神としての力は一時的に著しく低下するだろう。だけど、君を保ったままいられる可能性が最も高い』
でも、分けてもすぐに私になる、分けた私が私に帰ってくる。
『ただ分けるだけじゃだめだ、分けた君を預けるんだ』
預ける?
『ここには君が世界の全てを支配してでも、維持したいと思える世界が人がいるんだろう?』
見透かしたかのような、実際にあの私が陥っていた甘い夢の世界を見たかのような物言い。
いや、実際見たのだろう。
この状態になって分かる、この男は私じゃない。
私にならない。
世界の全てが私へとゆっくり変わっていく中で、この男は何も変化がない。
晴くんたちですら、一度私が複製、再現した能力を使用したせいか、肉体ではなくその魂とも言うべき場所に私を感じるのに、この男はそれを使っていないにしても不自然なほど私を感じない。
それが示すことは、つまりこのオウルという男は、一ノ瀬羽衣と名乗っていた男は、この世界の存在ではなかったのだ。
だからこそ、この世界に置いて自由に振舞う事が出来た。
世界そのものとも言える神のいるこの世界において、楽しく我儘に過ごすことが出来たのだ。
ならば、私が神に取り込まれてみていたあの夢もきっと覗き見していたのかもしれない。
『ちょうどいいから、彼らに分けた力を与えてしまおう』
ちょうどいいって......?何を言っているの?
そんなことをしたら晴くんたちまで、世界に呑まれちゃう。
私になってしまう。
『いいや、むしろこのままの方が恵麻ちゃんにとって嫌な結末になるんじゃないかな?』
どういう?
『よく見てごらん、目を逸らさないで、今の君は世界そのものだ、だから分かるはずだ。今の晴くんたちがどうなっているかを』
言葉の通りに意識を集中させる。
うっかり、彼らの全てを私で塗りつぶさない様に気を付けながら、その存在を確かめる。
「.........えっ?」
そこに映るのは、弱弱しく今にも消えそうな灯。
おおよそ命、魂と呼ばれるそれは、例え健常な人のそれを見たことがなかったとしても、私以外の誰かが何も知らずに見たとしても、それはもう終わりかけているのだと、そう判断するかのような小さな火。
「なん............で?」
『当然の事だよ』
私の不意に口からでた言葉に答える。
『よく考えてごらんよ、彼らは人間だ。能力という形とはいえ神の力の一片をあれだけ使っていたんだ、ただの人間がそんな力を使うのに、一体どこからエネルギーを持ってきていたんだと思っているんだい?』
それを言われて、妙に納得してしまった。
そうだ。
私たちの能力はあくまでも外付け、自身の体から生じたものではない。
ティリス・アナザーという神の模倣を可能とする技術があって初めて成り立つ奇跡だったのだ。
それに.........
そもそも私達、私も含めて、純粋な人間と言えるのは九重さんぐらいだ。
晴くんも希空ちゃんも零さんも実験により生み出されている。
十六夜君は一度死んで、能力によって蘇っている。
なら、もう普通の人間は九重さんだけ。
その九重さんも、能力がかなり特殊な部類。
それをあれだけ戦いの中で行使し続けていた。
それは当然と言われてしまえば仕方ない。
そして彼らを助ける方法が、私のこの状況を助ける一助となるのなら、それは願ってもない事なのだろう。
『神の力は人には強すぎる、だから分割して魂に埋め込もう。これは神が自身の眷属を作る時によくやる方法だ。だから、大丈夫』
「眷属?」
『僕や、歪んだ桃色.........敷浪さんみたいな存在さ、神々の眷属はその神の下僕となるけれど生命としてはむしろ高次元の準神様のような存在になれる。魂が疲弊した程度なら少し休めば回復するほどだ』
なるほど、この世界の住人ではない確信はあったが、彼らは神の眷属だったのか。
どうりで意味不明な力があるわけだ。
『いいかい、力は8つに分割するんだ。それぐらい小さければきっと耐えられる。埋め込む魂は僕が誘導して、一気に流し込んでボンッってならないようにしてあげる』
「8つ?」
なぜ8つなのか、私達は私を含めても6人では?
残りの二つはどうするのか?
『余った二つは力を渡すのにふさわしい魂がちょうどあるから、そっちに流しちゃおう』
助っ人がいるから頼もうぐらいの軽いノリで言う。
私の知らない魂に流すのに少しだけ抵抗を感じつつ、オウルによって示された魂を知覚して納得する。
燃えるような冷たい魂と力強く弱弱しい魂。
彼女たちの魂になら、なるほど渡してもいいか.........
『あ、あときっとこの世界は崩壊するから』
「えっ!?」
『世界を維持していた神の力を分割しちゃうからね、維持できなくなるよ』
「じゃ、じゃあ結局私達は世界と一緒に......」
『あはは、神とその眷属が世界が無くなる程度の事でどうにかなるわけないじゃん!恵麻ちゃんの力が戻って世界を作り出せるようになったら普通にその世界に誕生すると思うよ?』
「えぇ.........」
あまりにも人間とはかけ離れた考え方、現象に戸惑いというか呆れのようなものを感じる。
『気になるなら、恵麻ちゃんの力が戻るまで僕が別の世界を案内しようか?』
「え!」
『僕や敷浪さんも、世界が無くなるなら自分たちの世界に戻るか、また別の世界に遊びに行くことになるし......偉大なる梟さんから異世界行きのチケットのプレゼントだよ』
それを聞いて私はとても楽しそうだと思った。
思ってしまった。
ああ、やっぱり私はどうしようもない人間なんだ。
いやもう人間じゃなくて神か......
私の大切な日常を支えた人たち、その人たちを助けるのに勝手に眷属にしてしまおうなんて我儘。
この世界が崩壊して、犠牲になるその他大勢の人間。
それでも別の世界にみんなでいけるならそれでいいかと開き直る自分。
なんて利己的。
なんて我儘。
なんて醜悪。
でも、それでいいかと思ってしまう。
『大丈夫、キミは凄く醜悪で醜い人間だけど、神様の中じゃかなりマシだよ。フォローにならないけど』
それは、酷いね。
神様ってものが醜悪な物なのだろうな。
『それは否定できないね、さ、新しい世界への扉を開こう』
それは現実に現れた扉なのか、私の頭の中で現れた扉なのか分からない。
ただ、扉の向こうを何も感じ取れない。
それはつまり私の知らない世界が広がっているということ。
私はその世界に胸を躍らせながら、自身の力を8つに分割した。
その一つ一つがオウルによって形を変え、勢いを変えて私の大切な人たちの体に吸い込まれる。
アレは私だ。
私が抑えきれなかった私達だ。
だから、吸い込まれた私がどうなったのか否でも分かる。
誰一人としてそれを拒絶することなく、自然と私と一体になった。
消えそうになっていた魂は、眠そうな魂へと変わった。
ああ、なんだか一気に緊張感がなくなったな。
『うん、あとは時間が彼らに力を定着させて、恵麻ちゃんの力を回復させてくれるだろう』
そう、ならもうこの世界に用はないね。
『そうだね』
さっそく行こうかな
『いいね!実を言えば僕もとても楽しみなんだ!皆と新しい世界に行くのは!』
どんな世界でも皆で楽しめるのなら退屈はしないね。
皆同じで、一緒なんだから。
『そうだね!さて、じゃ行こうか、新しい六鹿恵麻』
―――
これにて完結という事にしたいと思います。
正直、書きたかった設定や扱いきれなかった設定とかいっぱいありますが、
作品のテンポが悪くなって読み難くなりそうだったので〆です。
彼らの今後がどうなるかは、きっと楽しいものになるでしょう。
結局練るだけ練って、登場しなかった設定とかは後日まとめて設定資料的な話を更新するので興味があれば一読していただけると嬉しいです。




