51 家具
勇一はディケーネと共に、現場に向かう為、鐘楼から地上へと降りる。
地上に降りてしまうと鐘楼の上から見ていた時と視線が違う為、現場の場所が直接見えず、正確にはわからない。
だいたいの予想を立てて、現場に向かって駆け出す。
だが、"奴ら"の死体が転がる現場の下にたどり着く手前で、頭の上から声を掛けられた。
「あ、御主人様。ストップ! ストーーップ!」
見上げると、建物の屋根の上にニエスが立っていた。
ほぇ。っと、変な掛け声と共に地上に舞い降りてくる。
「今、現場に行くと衛兵とか来てますよ。色々聞かれたりして、面倒な事になりそうだったんで私も逃げて来ちゃいました」
ニエスは、いたずらっぽく、ニシシシと笑う。
「逃げてきたのは全然かまわないけど、ブレッヒェさんとかアレーさん達は、大丈夫だったのか?」
「はい。御主人様が敵を全滅させた直後くらいに護衛の兵士の方々が追いついてきてました。安全確保のためとか言って、すぐさま護衛の人と共にどっか行っちゃいましたけど。
あ、ブレッヒェさん、もちろん御主人様に感謝してましたよ。彼女達を助けたのは私じゃなくて、御主人様だって事もちゃんと説明もしておきました。
で、お礼もあずかってます」
そう言ってからニエスは、べらぼうにでっかい宝石の付いた短剣を差し出してきた。まったく実戦では使えそうに無いが、そのかわり換金したら幾らぐらいになるのか、ちょっと想像できないくらい豪華な短剣だ。
勇一は知らぬことだが、この異世界では『昔々に戦いに負け逃走している王が見知らぬ村人に助けられ、その謝意として、自分の身を守る為の短剣を譲った』と言う故事にのっとり、短剣を人に贈るのは最大限の感謝や信頼の印でもある。
「それと、ブレッヒェさんからは、御主人様宛の伝言もあります」
「伝言?」
ニエスは、いきなり胸をもちあげるようにして強調する。それから、ブレッヒェさんのちょっと高飛車な感じの喋り方を真似しながら、言った。
「よくぞ、我と我の身内を助けてくれた。とりあえず手元にある短剣を渡すが、我としてはまだまだ礼がしたい。王都に来たならば、いつでも構わぬから必ずハルミア商会を尋ねよ」
正直な感想を言うと、ニエスの物まねは、あまりブレッヒェさんに似て無かった。
特に平べったいニエスの胸で、ブレッヒェさんの真似は、かなり無理がある。
いや、もちろん、そんな事は口に出しては言わないけど。
まあ、それは置いといて。
「王都に来たら尋ねてくれか……。でも、王都なんか行く予定無いしなあ。もし、この先に王都に行く事があって、覚えていたら行く事にするか。
あ! それとブレッヒェさん、何か"奴ら"について言ってなかった? "奴ら"の正体がわかるような事とか」
"奴ら"の正体は勇一としては、かなり気になっている。
両姫様を襲撃したのも、エイシャ様の誘拐を企んだのも"奴ら"だ。
そして、勇一は"奴ら"の企みを何度も邪魔している。間違いなく、敵対勢力だと認識されているだろうし、下手すれば命を狙われても不思議じゃないくらいだ。だが、今の所、勇一には"奴ら"の情報らしい情報はまったく無い状態だ。
少しでも情報が欲しい。
「"奴ら"の正体には何も言ってませんでしたよ。でも、なんか知っている感じはありましたねえ。
うーーーん、聞いたら教えてくれたかも知れないです、気がきかなくてごめんなさい」
「いやいや、聞けなかったのは残念だけど、ニエスが謝るようなことじゃないさ」
けっきょく"奴ら"に関しての情報無しか。
今から現場に行って調べても何か解るとは思えないし、衛兵に色々聞かれるのも面倒だ。
まあ、向こうから直接、攻撃してこないから、とりあえず無視しておけば良いか。
などと、勇一は暢気に考えていた。
――――――
勇一達三人は、改めて、本日の本来も目的地の装甲指揮車の隠してある森の中を目指す。
ちなみに、その場所は今までは電動バギーで、チョイと走ればすぐ着いた距離だった。だが、歩いて行くと三十分以上かかってしまった。
うーむ。歩くと結構遠くてメンドクサイな。
一度、文明の利器に慣れてしまうと、歩くのが面倒で仕方ない。人間って駄目な生き物だ。
装甲指揮車に近づくと、すぐ横では銀髪の少女『ぐーちゃん』が黒猫と一緒に遊んでいるのがみえた。
勇一達三人を見つけると、こちらに走りよってきた。
けっこうな勢いで、走りよってくる。そして胸の中へ飛び込んだ。
ニエスの、平べったい胸の中へ。
「ぐーちゃん、お待たせしましたー。 また食べ物もって遊びにきましたよー」
「○△!☆・ラァ△・・・フ」
「ぐーちゃんの好きなりんごもありますからねー」
「ии・・@! ・@○△ラ・~◇!!」
更にニエスの足元に黒猫も擦り寄る。その黒猫はもちろん、バニアの街でぐーちゃんが助けた黒猫だ。
「ちゃんと、クロちゃんの好きなお魚もありますからねー」
その言葉に反応してか、ミャァアと鳴き声をあげる。
うーん。知らぬ間に、どうやら黒猫のほうは『クロ』という呼び名になったらしい。
いや、そんな事よりも、二人と一匹。
三者とも、言葉はお互いにまったく理解していないはずなのに、どこか心が通じてしまっているぞ。
ぐーちゃんの言葉はけっきょくまったく解らないままだ。
ちなみに、勇一が一番最初にこの異世界にきた時にディケーネが貸してくれた"人種の言葉が理解できる魔法具"のペンダントをぐーちゃんに使ってみても、なぜか無効化されてしまって使うことができない。
勇一は、思わず隣のディケーネに聞いてしまう。
「言葉も通じないのに、いつの間に、こんなに仲良くなったんだ?」
「まあ、ユーイチが寝てる間、毎日来てたからな。昨日なんかは装甲指揮車を河につれていって、二人で洗ったりしてたいたぞ」
そういえば、バニアの街で死霊達の血と肉片がこびり付き、汚れきっていた装甲指揮車がすっかり綺麗になっている。かなり頑張って洗ってくれたようだ。
なんとなく、仲良くなっている二人と一匹を見ているだけで、勇一は心が和んでくる。
ちなみに河で装甲指揮車を洗う時。水着などもっていないニエスとぐーちゃんは、周りに人が居ないのを良いことに、素っ裸で河に飛び込んでいた。
もし、その事実を知ったなら勇一は『なぜ、俺は寝込んでしまって、その場にいなかったんだ!』と、血を涙を流しながら、悔しがった事だろう。
「あっ、そうだ、御主人様、みてみて、見て下さい」
ニエスが、ぐーちゃんをベアハッグのような形で無理矢理抱っこしながら連れてくる。
「どうですか、ぐーちゃんのこの服。可愛いと思いませんか? 可愛くて似合うでしょー。わたしが市場で見つけたんですよー」
銀髪の少女ぐーちゃんは、出会った時はほぼ全裸で、色々と見えてしまっていた。
いまは、キルトと刺繍の入った朱色の民族服風の可愛らしい服を着ている。ダーヴァの街でも殆ど見かけないような、めずらしい服だ。勇一のいまひとつ怪しい元の世界の知識だと、エベレストだかネパールだかの山岳少数民族が確かこんな感じの民族服を着ていた。
ぐーちゃんの肩ぐらいの長さになった銀髪のくしゃくしゃの髪や北欧系の少女の顔つきと、その民族衣装との組み合わせは、ミスマッチのようでいて、それでいて不思議な魅力がある。間違いなく可愛らしい。
ちょっと変わってはいるが、確かに可愛いので、"有り"だな。
『グッジョブ!』と言う意味合いで、親指をグッと突き立ててみた。
「きゃーー! 御主人様の変態!! 子供の前で、なんでそーゆー変態なことするんですか!」
ニエスに怒られた。しかも、結構本気で怒っている。
しまった! またやってしまった。
そう言えば、こっちの世界では、親指を立てるジェスチャーは、違う意味があるんだった。
ディケーネがいつものように、横から『なにやってるんだ お前は』的な目で見つめてくる。
うううぅぅ。元の世界で、結構『親指を立てる』を、よくやってて癖になってるんだよな。
その癖が抜け切ってない。今度からは、本当に気をつけよう。
勇一は、心の中だけで、改めて誓うのだった。
その後、なにげに装甲指揮車の中を覗くと、後部に不思議な物があった。
木の枝や蔓を編んで、その上にやわらかそうな草を敷き詰めた物。
勇一の知識と照らし合わせると、それは鳥の巣のように見える。だが、大きい。直径1mくらいありそうな、鳥の巣だ。
「あ、それ、ぐーちゃんが自分で作ったベッドですよー。そこで黒ちゃんと一緒に寝てるんです」
ニエスが後ろから教えてくれた。
なるほど。
ぐーちゃんは黒猫と一緒に、この鳥の巣っぽいベッドで丸くなって寝てるのか。
ちょっと、その想像してみる。かなり可愛い。
良く見ると、その鳥の巣型ベッドだけでなく、木の枝と弦で編み合わせたお手製らしいテーブルっぽい物や椅子っぽい物なんかも置いてあり、壁面のあちこちにも花が飾ってある。
装甲指揮車の後部席部分は、半分は電動バイクなどの物置に、そして残り半分はすっかり『ぐーちゃんの部屋』と化していた。
「△ии#。○▼∵rк†レ。・・・@:◇」
ニエスの後ろから入ってきたぐーちゃんが、ベッドやテーブルを指差しながら、話しかけてきた。
何を言ってるかもちろん解らないが、どうやら、それぞれの家具を説明してくれてるらしい。
一緒に入ってきた黒猫のクロもテーブルにあがり、手でぺんぺんとテーブルの表面を叩きながら、にゃぁあにゃぁあと、鳴き声をあげる。ひょっとするとクロも、材料集め等を手伝ったのかもしれない。
最後に、ぐーちゃんとクロは、そろって不思議かわいいポーズを取ってから、自慢げに『ドヤ』と言わんばかりの表情を浮かべた。
うーん。こんなにかわいらしい幼女と黒猫のドヤ顔は初めてみたよ。
装甲指揮車の中を完全に部屋にされてしまったけど、ま、いいか。




