50 誘拐
ダーヴァの街中での銃撃戦。
その事の発端は、見知らぬ女性から声を掛けられた事だった。
勇一達が、朝市などの人通りの多い中を歩いていると、声を掛けられることは多い。
一時期はさすがにちょっと声を掛けてくる者の数も減ってきたと思っていたら、今度はディケーネが『十傑』入りしたことが街の話題になってしまった。おかげで、勇一達に声を掛ける者は減るどころか、さらに増加してしまっている。
そして、何か切っ掛けがあると、直ぐに『竜殺し』コールが始まる。
ディケーネが有名になったこともあり、勇一個人だけでなく、『名無き者』と言うパーティー名もかなり浸透してきている。その為もあるのだろうが、最近はパーティー名を引っ掛けた『名も無き竜殺し』コールが起きる事も増えてきた。
ちなみに勇一は、パーティー名の『名無き者』でも、中二病っぽくて恥ずかしいと思っているのに、この『名も無き竜殺し』と言う呼び名は、もう、輪を掛けて恥ずかしくて仕方ない。
この日は銀色の髪の少女『ぐーちゃん』の所に、顔を出しにいくために、まずは市場に食料の買い物に出かけていた。
その市場で何気にりんごを買っただけで、店の親父が「英雄にりんごを買ってもらえるなんて、光栄だよ」と言いだして、その一言をきっかけに、なぜか『名も無き竜殺し』コールが始まってしまったのだった。
正直、もう、許してくれ。
おちおち買い物もできやしない。
勇一は、ゲンナリした気分になってしまう。
少し時間がたって『名も無き竜殺し』コールが落ち着いた頃。
後ろから、その女性は声を掛けてきたのだった。
「そなた達が、話題の『名も無き竜殺し』か」
振り向くと、"それ"が目に飛び込んできた。
"それ"は、あまりに大きく、豊かで、そして美しい形をしている。
あまりに素晴らしい"それ"に勇一は言葉を失い、体の動きが止まってしまう。
"それ"は、美しい胸だった。
いや、ここはあえてオッパイと言わせてもらおう。
あまりに芸術的で美しい、人が作る芸術をあっさりと凌駕する程の、神が作りし軌跡のオッパイ。
ただ大きいだけでなく、黄金率のようなカーブを描くその形と、触らなくても解る程のその弾力性とが、見るものすべてを魅了する。思わず、石畳に跪いて崇め奉らざるを得ない気持ちにさせられる。
深緑色でシックな雰囲気でありながら、それでいて胸元が左右の大きく開くデザインの服が、その胸を更に強調している。
勇一は特別に胸に対して執着するような性癖は無かったが、そんな事は関係ない。一般的な男子高校生がこの胸を前にして、魅了されないはずがない。体がまるで金縛りにあったかのように、ただただ、その胸を凝視してしまった。
「ん? そなた達は『名無き者』と言う冒険者ではないのか?」
胸に目を奪われ動かない勇一に、その胸、もとい、その女性が不思議そうに聞きなおしてきた。
勇一は、ハッと正気に戻り、慌てて胸から目をそらしながら答える。
「えっと、そうです。俺達が『名無き者』です」
改めて、胸以外をみると、声をかけてきたのは妙齢の貴婦人だった。
やわらかそうに波打つ茶色の髪を縦巻きロールにしていて、顔つきはちょっとキツイ感じはするものの、かなり人目を引く美人だった。
一人ではなく、後ろに護衛であろう簡易ながら全身鎧を着た女兵士と、さらに数人のメイドさんを従えている。
「晩餐会で、会う事ができず残念におもっておったのだが、まさかこんな街中で偶然であえるとはのう。それにしても……」
彼女は、しげしげと勇一の顔を、覗きこむ。
「ドラゴンを倒したと言うから、どんな兵かと思いきや、こんな女性のような顔をした優男だったか」
俺の顔って、そんな女性っぽいかな?
元の世界では、女性っぽいなんて言われた事なんて一回も無いんだけどな。
勇一はそう思ってしまうが、この異世界の人間は、農夫であろうと商人であろうと、基本的にかなりきつめの肉体労働が必要になるため、全体的に皆、ごつい。
元の世界の欧州の人々のように背丈も高めだ。日本の高校生の標準的な背丈の勇一よりも、背丈の高い女性もさほど珍しくないぐらいだ。
妙齢の貴婦人は、さらに一歩、近づいてくる。
甘い香りが、ふわりと漂ってきて、勇一の鼻をくすぐる。
そして、白い手袋をした右手が伸びて来て、勇一の頬に触れようとした。
勇一はその動きに反応して、思わず、飛び退くように大きく後ろに下がった。
その様子を見て、妙齢の貴婦人は口を抑えて、クックックックと笑う。
「そんな飛びのく程に、怖がらなくてもよかろう。英雄殿は、女性が苦手かえ?」
飛び退いた勇一自身も、自分の行動に、驚いていた。
自分でも、そんな飛び退くつもりは無く、勝手に体が反応してしまったのだ。
うーん。
なんか、眼球舐められたり、いきなり唇奪われたり色々あったせいで女性に不意に顔を触られるのが、ちょっとトラウマになってるのかな? 困ったもんだな。
「えっと、どちら様ですか?」
勇一は、誤魔化して話をそらすように女性に質問をした。
そんな勇一の質問に対して、彼女は本気で不思議そうな表情を浮かべている。
「なんだ、我を知らぬのか?」
どうやら、有名人らしい。でも、もちろん勇一は知らない。
ディケーネなら知っているかな? そう思って、そちらをチラリと見る。
だが、ディケーネは勇一の目線に気がついたものの、『どうした?』と言った感じで少し不思議そうな表情を浮かべただけだった。
いつも色々と察してくれるディケーネではあるが、さすがにいつもいつも以心伝心と言う訳にはいかないらしい。
「お、そうじゃ。いかんいかん。ここは田舎街のダーヴァであったな。我の事を知らぬ者がおっても不思議ではないな。それでは名乗らせてもらおうか。我は、王家御用達商会、ハルミア商会のブレッヒェ・カイネン・ゾ・ハルミアなるぞ。覚えておくがいい」
今はダーヴァの街に第二王子のクルスティアル王子が来訪している。それと共に、王都の一部貴族や商人などもダーヴァの街に来訪してきていた。
どうやら、この妙齢の貴婦人も、そういった王都から来ている商人の一人のようだった
名乗られたので、礼儀として名乗り返すことにする。
「俺は、勇一五百旗頭です。宜しくお願いします」
後ろにいたディケーネとニエスは、名乗らなかった。
勇一は気付いていなかったが、ディケーネは、ニエスと共にあえて一歩下がって、名乗らずにいた。
一般的に、貴族や大商人など、身分の高い者同士が名乗りあうときに、御付の者は名乗らない。
実際に、妙齢の貴婦人にも何人もの御付の女兵士やメイドがいるが、名乗ったりしない。
微妙な話だが、パーティーメンバーとはいえ、奴隷身分の自分が名乗りあげるのを、快く思わぬ貴族や大商人は居るだろう。
そう判断したディケーネが、無用なトラブルを避ける目的で、あえて名乗らずにいたのだった。
「ふむ、"竜殺し"ユーイチよ。そなた達の活躍は耳にしておるぞ。ドラゴンを倒しただけでなく、何でも、両姫の事も助けたそうだな。さらに……」
ブレッヒェは、ニヤリと笑う。
「魔法使いの配下となったアドリアーンを倒し、かの者を救ったそうではないか」
勇一の顔に緊張が走る。
アドリアーンを倒した事は有名な話だ。だが、それがエイシャ様の救出が目的だった事は、世間は知らないはずの話だ。
「そう、怖い顔をするな。ちょっとした話題よ、話題」
そう言ってからまたクックックックと声を殺して笑う。
話題と軽く言われたって、納得などできるはずがない。
エイシャ様が誘拐されていたことや助け出した事は極秘事項はずなのだ。
何者なんだ、この女性?
なんで、エイシャ様の話を知ってるんだ?
勇一だけでなく、後ろで話を聞いていたディケーネも警戒の度合いを高めている。
その緊張した空気をあざ笑うかのように、ブレッヒェは急に話を変えた。
「そういえば……、よかったなあ、アレーよ」
大きな胸をゆらしながら振り返り、後ろにいるメイドさんの集団の中の一人に、声をかける。
五人いるメイドさんのちょうど真ん中。まるで隠れるような状態になっていたメイドさんが、急に話を振られて、ちょっとうろたえている。
「え? あ、 わたしですか?」
たぶん、彼女がアレーなのであろう。
「実はこのアレーは、お前のファンじゃ。晩餐会でもお主を見ることができるかもと、一番期待しておったのはこのアレーじゃよ。ほれ、握手でもしてもらうとよかろう」
そういうとブレッヒェは、メイドさんの集団の中に隠れるようにしているアレーの手を取り、引っ張りだそうとする。
自分だけが、特別あつかいされた事に、後ろめたさでも感じたのだろうか。手を引かれるアレーは『いいのかしら?』 そんな感じの表情を浮かべて、一旦周りを見回す。
そんなアレーに対して、周りのメイド達は無言で、ただニッコリと笑ってうなずいた。
その笑顔に後押しされたかのように、アレーはおずおずと一歩前へと進み出る。
隠れるようにしていて目立たなかったメイドさんだが、改めてみると、驚異的なまでの美しさだった。
ちょっと線が細く気弱そうな感じだが、逆にそのことが儚げな美しさを強調している。
着ているメイド服は、某喫茶店で着ているような派手なものではなく、シックでシンプルなヴィクトリアンメイド風の本物だ。綺麗な金髪を編みこんだ後に、頭の上にまとめている。
そういえば、この髪形って……、何て言う名前の髪型か知らないけど、元の世界で北欧の美人大統領さんがしてるの見て『いいなあ』と思ってたんだよな。
勇一はそんな事を思いだす。
儚げで美しいアレーは、メイドの集団から一歩進み出た後も、恥ずかしそうにしていた。
ここはひとつ、ビシッと男らしい所をみせるべきかな。
そう考えた勇一は、自分の方から近づいていって手を差し出した。
「勇一 五百旗頭です。宜しく」
差し出された手を、アレーは恥ずかしそうに握ってくる。
アレーの勇一の手の中にすっぽり隠れてしまいそうなほど細く華奢な手だったが、気持ちと力を込めてしっかりと勇一の手を握った。
「あ、あの、本当に、有難うございまし、ございます」
緊張した為ちょっと噛んだのか、言い間違えてしまう。さらに恥ずかしがって、白い頬が僅かに紅くなる。
それでも、握った手は真摯にきゅっと力を込めてくれている。
いいね!
いいね いいね、メイドさん。かわいいね。
「あ、あの、よろしかったら、他のパーティーの皆さんも握手してもらえますか?」
勇一の手を放した後に、アレーは、ディケーネとニエスの二人にも握手を求めた。
「そちらが希望するならば、別に、かまわないぞ」
「もちろん、いいですよー」
アレーは、有難うございますとお礼をいいながら、二人の手も真摯に握る。
うーん、いいなあ、礼儀正しくて。かわいいなあ、メイドさん。俺もあんなメイドさんがほしいな。
あ、お金あるから買っちゃおうかな。
などと、ちょと本気で勇一は考えてしまう。
「それでは"竜殺し"ユーイチよ。機会があったら、またどこかで会おうぞ」
握手も終わりひと段落すると、そう言い残してブレッヒェさんは、部下を従えてさっさとどこかへと向かって行ってしまった。
滅茶苦茶怪しいけど、なんか、今ひとつ掴みどころの無い人だったな。
エイシャ様の事を知ってた事とか気になるけど……、まあ、いいか。
相手はどうやら王都から来てる、王家御用達の商人らしいし、今後、そうそう会うことも無いだろうからな。
「さて。改めて食料を買い込んでから、ぐーちゃんの所へ行くかな」
「ああ、そうしよう」
「ぐーちゃん。お腹すかしてまってますよー」
三人で、気を取り直して買い物を再開するにした。
それから、間もなくの事だった。
ゆっくりと野菜売り場をみている時。
ぎぃやぁあぁぁぁ。耳をつんざくような悲鳴が市場に響き渡った。
なんだ? 何があったんだ?
悲鳴が聞こえた方向に、勇一も目をやるがあふれかえる人垣で何が起こっているのか解らない。
急激に市場が騒がしくなる。
「賊だ」「衛兵をよべ」「うわ、死んだんじゃないか、あれ」「逃げろ、逃げろ」「怪我人がでたぞ」
混乱する人々。
その人垣の隙間から僅かに、走り去る賊らしき者達の姿が見えた。
「あ?! あれは?!」
勇一は思わず叫ぶ。
忘れもしない。賊らしき者達は、姫様達を襲った黒い革鎧を着た"奴ら"だった。
数は十二~三人程。
そして"奴ら"は、先ほど話をしていたブレッヒェさんと、さらにメイドを二人、合計三人の女性を抱えているのが見えた。しかも、その浚われようとしているメイドの一人は、あの可愛らしいアレーだった。
当然、あの立派なオッパイ……もといブレッヒェさんと、あの美しいアレーを、見捨てる訳には行かない。
勇一は、人垣を掻き分け"奴ら"が走り去った方向へと駆け出したのだった。




