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あの時間をもう一度  作者: ゆうき
第三章 これからのこと

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第6話 再挑戦 後編


 翌朝。


 ダンジョン、第十五階層。


 昨日は開けなかった巨大な石扉の前に、五人は再び立っていた。


 薄暗い通路には、魔力結晶の青白い光が落ちている。


 昨日と同じ扉。


 昨日と同じ場所。


 けれど、五人の状態はまるで違った。


 一晩しっかり身体を休め、装備も整えてきた。さめちゃんの大盾には昨日の戦闘でついた細かな傷が残っているものの、留め具や握りには問題がない。おむたろの新しい槍も手入れを終え、赤銅色の穂先には曇りひとつなかった。


 ももちゃんは普段通り、小さくした大斧を腰へ下げている。


 ちゃまの右手には、第十三階層で手に入れた指輪。


 青緑色の小さな魔石が、時折呼吸するように淡く光っていた。


 ゆうきは四人を見回してから、最後に石扉へ目を向けた。


「昨日話した通り、最初から倒し急がない。まず取り巻きの武器と動きを確認する。ジェネラルがどう指示を出してるのかも見たい」


「うん。私も最初は受けすぎないようにするね。普通のオークより強いなら、ジェネラルの攻撃は無理に止めない方がいいと思う」


 さめちゃんはそう言いながら、大盾の握りを確かめた。


 怖がっているようには見えない。


 ただ、昨日までに知ったことを自分の中で整理している。


「取り巻き十体くらいだっけ? 普通に囲まれたら面倒だから、なるべく一方向にまとめたいよね。私も《彩域》で動きは崩してみるけど、全部を一気に見るのは難しいかな」


「ジェネラルも見たいからぁ、最初は私もあんまり前に出ない方がいいかもねぇ。昨日のオークと何が違うのか、ちょっと見てみるよぉ」


 おむたろとももちゃんの言葉を聞き、ゆうきは頷いた。


 最後にちゃまを見る。


 ちゃまは杖を胸元へ寄せながら、少し考えてから口を開いた。


「ちゃまは後ろから全体を見るね。昨日みたいに横から来る子がいたら早めに言うし、怪我した時も無理に隠さないでね。今日はボスなんだから、小さい傷でも動きに影響しそうならちゃんと教えてほしいな」


「分かった。ちゃまも無理はしないでくれよ」


「うん。指輪があるからって、いっぱい治していいわけじゃないのも分かってるよ」


 右手を少し上げる。


 指輪の魔石が淡く光った。


 魔力の自然回復を補助する。


 確かに強力な装備だ。


 だが、《星降る祈り》の代償である痛みまで消してくれるわけではない。


 そこを勘違いしてはいけない。


「じゃあ……行こうか」


 ゆうきが扉へ手を掛ける。


 一人では動かないほど重い。


 すぐ隣へさめちゃんが並んだ。


「手伝うね」


「ありがとう」


 二人で力を込める。


 石が擦れる低い音が響いた。


 昨日まで閉ざされていた扉が、ゆっくりと内側へ開いていく。


 冷たい空気が流れ出した。


 その奥。


 巨大な空間が広がっていた。


 これまでのボス部屋よりも明らかに広い。


 高い天井を太い石柱が支え、壁際には赤みを帯びた魔力結晶が等間隔に並んでいる。その光に照らされた岩床には古い傷が無数に刻まれ、中央だけが不自然なほど広く空いていた。


 そして、その中央。


「……いる」


 ゆうきが呟く。


 一体の巨体が立っていた。


 昨日まで戦ったオークより、さらに大きい。


 二メートルを優に超える身体。


 厚い鉄板を重ねたような鎧。


 右手には巨大な戦斧。


 左腕には、さめちゃんのものほどではないが分厚い円盾。


 首元には牙を繋いだ飾りが巻かれ、額から頬へ一本の古い傷が走っている。


 オークジェネラル。


 その周囲には。


「十体……やっぱりいるね」


 おむたろの声が少し低くなる。


 取り巻きのオーク。


 大剣。


 槍。


 棍棒。


 斧。


 素手の個体まで混ざっている。


 全員が好き勝手に立っているわけではなかった。


 ジェネラルを中心に、左右へ分かれている。


 前方に重装備。


 その後ろに槍。


 外側には比較的軽装の個体。


 ゆうきは足を止めた。


 コボルトとは違う。


 だが。


「……考えて配置してるな」


「うん」


 おむたろも気付いたらしい。


「ただ力任せに来る感じじゃないね」


 五人が部屋へ入る。


 背後で石扉が閉まり始めた。


 重い音。


 逃げ道が塞がれる。


 同時に。


 オークジェネラルが顔を上げた。


「――ヴォォォォォッ!」


 咆哮。


 空気そのものが震えた。


 ちゃまの耳が伏せられる。


 ゆうきも思わず肩へ力が入った。


 その声に反応し、十体のオークが一斉に武器を構える。


 しかし。


 突っ込んでこない。


「来ない……?」


 さめちゃんが盾を構えたまま呟く。


「待ってるんだ」


 ゆうきはジェネラルを見る。


 戦斧を持った右腕。


 僅かに動いた。


 それだけだった。


 次の瞬間。


「左右!」


 ももちゃんが言った。


 十体のうち四体が動く。


 正面ではない。


 二体ずつ左右へ広がった。


 残る六体は正面を維持する。


「囲む気だ!」


「じゃあ、囲まれる前に動こう!」


 おむたろがすぐに右へ走る。


 だが、ゆうきは一瞬だけ迷った。


 右を止めれば左が来る。


 左右へ分かれれば正面が薄くなる。


 ジェネラルはそれを待っている。


「いや、下がろう! 入口側に寄せる!」


 五人が後退する。


 広い部屋の中央で戦う必要はない。


 背後には閉じた石扉。


 これ以上後ろから回り込まれることはない。


 左右から来た四体の進路が狭くなる。


「なるほど! それいいじゃん!」


 おむたろがすぐに戻ってくる。


 オークたちは止まらない。


 今度はジェネラルが戦斧を持ち上げた。


 正面の六体が走り出す。


「来るよ!」


 さめちゃんが前へ。


 ただし、一人ではない。


 ゆうきが右。


 ももちゃんが左。


 その後ろをおむたろが自由に動く。


 ちゃまは最後尾。


 昨日まで何度も繰り返した形。


 最初に来たのは棍棒を持つ二体だった。


「さめちゃん、一体だけ!」


「うん!」


 左の一体をさめちゃんが受ける。


 棍棒が振り下ろされる直前、大盾を斜めに差し込む。


 鈍い衝撃。


 完全には止めない。


 受け流す。


 もう一体はゆうきへ。


 棍棒を横へ振る。


 ゆうきは後ろへ跳ばず、前へ出た。


 柄に近い位置。


 もっとも威力の弱い場所へ身体を入れる。


 剣で棍棒を逸らし、そのまま脇腹へ一撃。


 浅い。


 それでいい。


 倒すためではない。


「おむたろ!」


「任せて!」


 槍が横から伸びる。


 膝。


 穂先が刺さる直前、オークが足を引いた。


「避けた!?」


「普通のより反応いい!」


 おむたろがすぐに槍を引く。


 追わない。


 その判断が正しかった。


 奥から槍持ちが突きを放った。


 おむたろが身体を捻る。


 穂先が服のすぐ横を通過した。


「危なっ!」


 軽い声。


 けれど、目は笑っていない。


「こいつら、ちゃんと隙を埋めてくるよ!」


「ジェネラル見て!」


 ちゃまの声。


 ゆうきが視線を上げる。


 ジェネラルはまだ動いていない。


 ただ。


 こちらを見ている。


 戦斧を小さく動かす。


 右。


 すると右側のオークが前へ出る。


 盾を上げる。


 左。


 別の二体が回り込もうとする。


「やっぱり指示してる!」


「ジェネラルを倒せば崩れるかも!」


 おむたろが叫ぶ。


「でも今は行けない!」


 正面に六体。


 左右に四体。


 その奥にジェネラル。


 無理に突破すれば囲まれる。


「まず数を減らそう! ジェネラルはももちゃんに見てもらう!」


「うん。見てるよぉ」


 ももちゃんは目の前のオークへ大斧を向けながらも、時折ジェネラルへ視線を送っている。


 普通なら難しい。


 目の前の敵だけでも十分な脅威だ。


 だが彼女は、最初から全部を同じように見ようとはしていなかった。


 必要なものだけを拾う。


 ジェネラルの腕。


 足。


 視線。


 指示を出す瞬間。


 その間にも戦闘は続く。


「ゆうきくん、右!」


 ちゃまの声。


 反射的に剣を上げる。


 槍。


 金属音。


 腕へ衝撃が走る。


「っ!」


 弾ききれない。


 槍の穂先が肩を掠めた。


 熱い痛み。


「ゆうきくん!」


「浅い! まだいい!」


 今は止まれない。


 ゆうきは槍の柄を剣で押し上げる。


 その下へ潜り込むように、おむたろが走った。


「じゃあ、こっちはもらうよ!」


 新しい槍の魔石が赤く輝く。


 炎。


 穂先を薄く包み込む。


 おむたろは敵の胸を狙わない。


 武器を持つ手。


 突く。


 オークが槍を引こうとする。


 遅い。


 炎を纏った穂先が手首を掠めた。


 オークが武器を落とす。


「武器なくても来るよ!」


「分かってる!」


 おむたろは距離を取る。


 素手になったオークが掴みかかる。


 その腕が伸び切る直前。


「そこぉ」


 ももちゃんの大斧が横から入った。


 刃ではない。


 柄。


 手首へ叩き込む。


 腕が逸れる。


「ありがと、ももね!」


「どういたしましてぇ」


 穏やかな声。


 その直後には、ももちゃんは別の敵を見ている。


 ゆうきも動いた。


「さめちゃん、左一体空けられる?」


「やってみるね」


 大盾を押す。


 正面のオークが一歩下がる。


 そこへ、ゆうきが無属性魔法を使った。


 念動力。


 狙うのは身体ではない。


 足。


 下がった足が着地する瞬間、僅かに外へ押す。


 重心が崩れる。


「おむたろ!」


「はいよ!」


 槍が伸びる。


 今度は外さない。


 炎の穂先が腿へ入る。


 オークが膝をついた。


 さめちゃんが大盾でさらに押し倒す。


「ももちゃん!」


「今だねぇ」


 巨大な大斧。


 一閃。


 一体目が瘴気へ還る。


「一体!」


 ちゃまの声が響いた。


 まだ九体。


 ジェネラルを含めれば十。


 それでも、一つ減った。


 ゆうきは息を整える。


 焦らない。


 一体ずつ。


 そう思った時。


「……違う」


 ももちゃんが呟いた。


「何が?」


「ジェネラル、さっきから同じ指示してないよぉ」


 大斧で敵の攻撃を逸らしながら、ももちゃんは続ける。


「私たちの動き、見て変えてるみたい」


 ゆうきはジェネラルを見る。


 目が合った。


 黄色く濁った瞳。


 その奥に、獣とは違う何かがある。


 考えている。


 こちらと同じように。


 直後。


 ジェネラルの戦斧が床を叩いた。


 ――ドンッ!


 低い音。


 取り巻きが動く。


 今まで前へ出ていた重装備が後退。


 代わりに、槍持ち三体が並んだ。


「下がって!」


 槍が一斉に突き出される。


 さめちゃんが大盾を立てる。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 穂先が盾へ当たり、連続した衝撃が響く。


「さめちゃん!」


「大丈夫……!」


 だが、足が滑った。


 普通のオーク一体の攻撃ではない。


 三方向から同時。


 さめちゃんの身体が少しずつ後ろへ押される。


「なもちゃん、一回離れて!」


 ちゃまが叫ぶ。


 さめちゃんは盾を押し返そうとせず、横へ身体を逃がした。


 三本の槍が前へ抜ける。


 そこへおむたろが走る。


「まとめてるなら、こっちもやりやすいよ!」


 《彩域》。


 本人にしか見えない色が、三体の足元へ広がる。


 一体の動きが鈍る。


 もう一体の槍が僅かに下がる。


 全員へ同じ効果ではない。


 その一瞬の違い。


 ゆうきは見逃さない。


「真ん中!」


 身体強化。


 踏み込む。


 剣を振る。


 槍の柄を叩き上げる。


 胸元が開く。


 斬る。


 一撃。


 深く入った。


 しかし倒れない。


「硬い……!」


 オークが反撃しようと腕を伸ばす。


 その前に。


「ゆうき、離れてぇ」


 ももちゃんの声。


 考えるより先に下がる。


 巨大な大斧が頭上を通過した。


 重い一撃。


 オークが床へ叩き倒される。


 二体目。


 残り八。


 その直後。


 ジェネラルが初めて前へ出た。


「来る!」


 床が震える。


 一歩が重い。


 取り巻きとは比べものにならない速度で、巨体が距離を詰めてくる。


 狙いは。


「さめちゃん、避けて!」


 ゆうきが叫ぶ。


 ジェネラルの戦斧が振り上げられた。


 さめちゃんは一瞬だけ盾を構えかける。


 だが。


 受けない。


 横へ跳ぶ。


 次の瞬間。


 戦斧が岩床へ叩き込まれた。


 轟音。


 床が砕ける。


 石片が飛ぶ。


「……っ」


 さめちゃんの顔から血の気が引いた。


 もし受けていたら。


 考える必要もない。


「これは止めない方がいいね……」


「うん。絶対やめよう!」


 おむたろが即答する。


 ジェネラルが斧を持ち上げる。


 重い武器。


 普通なら戻すまで時間が掛かる。


「今なら――」


「待ってぇ」


 ももちゃん。


 ゆうきが止まる。


 直後。


 ジェネラルの円盾が振るわれた。


 斧の隙を狙っていたオーク――ではなく、こちらへ。


 もし踏み込んでいれば直撃していた。


「誘ってるよぉ」


 ももちゃんの声が少しだけ低い。


「斧の後、わざと隙作ってる」


「……なるほど」


 ゆうきは剣を握り直した。


 強いだけではない。


 戦い方を知っている。


 そして。


 こちらが学習することまで利用してくる。


「面白くなってきたじゃん」


 おむたろが笑った。


 息は上がっている。


 額には汗。


 それでも、その目は前を向いていた。


「普通のオークと同じだと思ったらダメってことだよね。じゃあ、こっちも変えよう!」


「そうだな」


 ゆうきは周囲を見る。


 残り八体。


 ジェネラル。


 こちらは五人。


 正面から全部相手にする必要はない。


「一回、ジェネラルから離れよう。取り巻きを先に減らす」


「でも、また指示されるよ?」


「それでいい」


 おむたろが目を瞬く。


「指示させるんだ」


 ゆうきはジェネラルを見る。


「ももちゃん。ジェネラルが指示を出す時、何か癖ある?」


「まだ分かんないなぁ。でも、見てみるよぉ」


「頼む。俺たちは取り巻きを減らす」


「うん」


 動く。


 今度はこちらから。


 ジェネラルを避けるように右へ。


 取り巻きが追う。


 戦斧が動く。


 ジェネラルが指示を出す。


 配置が変わる。


 ももちゃんが見る。


 戦闘は長くなった。


 一体。


 また一体。


 簡単には倒れない。


 オークは硬い。


 こちらも少しずつ傷を負う。


 さめちゃんの頬に浅い傷。


 おむたろの左腕に打撲。


 ゆうきの肩からは先ほどの傷が僅かに血を流している。


 ももちゃんも一度、斧の柄を腕へ受けた。


「みんな、一回寄って!」


 ちゃまの声。


 四人が後退する。


 杖の魔石が輝いた。


 柔らかな光が広がる。


 大きな傷ではない。


 だから、一人ずつ深く治さない。


 戦闘へ影響する痛みだけを軽くする。


 光がゆうきの肩を包む。


 熱が引く。


 代わりに。


「……っ」


 ちゃまの肩が僅かに揺れた。


「ちゃま?」


「平気。これくらいなら大丈夫だよ。まだみんな動けるから、今は軽くしか治してないし」


 右手の指輪が淡く光る。


 魔力は少しずつ戻る。


 けれど、ちゃまが引き受けた痛みは残る。


 ゆうきはそれを見て、頷いた。


「ありがとう。もう無理に治さなくていい。次は本当に必要な時だけ頼む」


「うん。ちゃまもそのつもり」


 長く話している暇はない。


 敵が来る。


 再び散る。


 残り七体。


 六体。


 五体。


 少しずつ。


 本当に少しずつ。


 戦場が広くなっていく。


 オークが減るたび、こちらが動ける場所が増える。


 同時に。


 ジェネラル自身が動く回数も増えた。


「右!」


 戦斧。


 避ける。


 円盾。


 さめちゃんが受け流す。


「おむ、後ろぉ」


「分かってる!」


 槍を返す。


 炎。


 オークの足を止める。


「ちゃまちゃん、下がって!」


「うん!」


 さめちゃんが間へ入る。


 大盾が棍棒を弾く。


 ゆうきは戦場を走りながら、呼吸を整えた。


 見えている。


 最初より。


 ずっと。


 敵だけではない。


 仲間も。


 さめちゃんが受ける前に、どちらへ盾を向けるのか。


 おむたろが何を崩そうとしているのか。


 ももちゃんがどこを見ているのか。


 ちゃまが誰を気にしているのか。


 《魂の共鳴》を使っているわけではない。


 それでも分かる。


 何度も一緒に戦ったから。


 能力を聞いたから。


 失敗も見たから。


 任せたから。


「ゆうき」


 ももちゃんの声。


「分かったか?」


「たぶんねぇ」


 大斧を振り、迫ったオークを牽制する。


「ジェネラル、指示出す前に左肩が少し下がるよぉ」


「左肩?」


「うん。でも、それだけじゃないかなぁ。たぶん、視線でも伝えてる」


 ゆうきはジェネラルを見る。


 左肩。


 視線。


 戦斧。


 コボルトジェネラルの時と同じように、単純な弱点があるわけではない。


 それでも。


 何かが見え始めている。


「使える?」


「うーん」


 ももちゃんは少し考えた。


 その間にも敵の攻撃を半歩で避ける。


「取り巻きが減ったらぁ、たぶんジェネラル自身がもっと動くと思う。そこまで見たいかなぁ」


「分かった」


 ゆうきはそれ以上聞かない。


 ももちゃんがそう言うなら、今は待つ。


 信じる。


 残る取り巻きは四体。


「先にそっち!」


 おむたろが槍を構える。


 赤い炎。


 今度は穂先だけではない。


 柄の先まで薄い熱が広がる。


 新しい武器を使い始めたばかり。


 それでも、昨日より魔力の流し方が滑らかになっていた。


「なもちゃん、一体お願い!」


「うん。任せて」


 さめちゃんが前へ出る。


 オークの斧。


 大盾で流す。


 おむたろが横へ。


 槍。


 足。


 崩れる。


 ゆうきが入る。


 剣。


 一撃。


 まだ。


 オークが腕を伸ばす。


「今かなぁ」


 ももちゃん。


 大斧。


 決着。


 三体。


 さらに戦う。


 二体。


 一体。


 最後の取り巻きが瘴気へ変わった時。


 部屋の中央に残っていたのは。


 オークジェネラルだけだった。


「……やっと一対五」


 おむたろが息を吐く。


「いや、最初から五対十一だったけどな」


「細かいことはいいの!」


 笑う。


 だが全員、疲れている。


 さめちゃんの呼吸も少し深い。


 ちゃまは杖を握り直している。


 ももちゃんの額にも汗。


 ゆうき自身も身体が重い。


 ジェネラルは。


 まだ立っている。


 取り巻きをすべて失っても、怯む様子はない。


 戦斧を持ち上げる。


 円盾を構える。


「来るよぉ」


 ももちゃんが呟いた。


 次の瞬間。


 ジェネラルが走った。


「散って!」


 五人が左右へ分かれる。


 狙われたのは。


 ちゃま。


「――っ!」


 後衛を理解している。


 回復役。


 最初に潰すべき相手。


「ちゃまちゃん!」


 さめちゃんが割り込む。


 ジェネラルの戦斧。


 避ける時間がない。


 大盾を構える。


「さめちゃん、駄目だ!」


 振り下ろされる。


 轟音。


 さめちゃんの身体が浮いた。


「なもちゃん!」


 大盾ごと後ろへ飛ばされる。


 床を転がる。


「っ……!」


 止まる。


 盾は手放していない。


 だが、すぐには立てない。


 ゆうきの頭から一瞬、音が消えた。


「さめちゃん!」


「大……丈夫……」


 声はある。


 意識もある。


 ちゃまが駆け寄ろうとする。


「ちゃま、待って!」


 ジェネラルがまだ近い。


 ゆうきが間へ入る。


 戦斧。


 受けられない。


 避ける。


 円盾。


 剣で流す。


 腕が痺れる。


「おむたろ!」


「いるよ!」


 炎の槍がジェネラルの横から迫る。


 円盾が向く。


 防がれる。


 金属音。


「うわ、硬っ!」


 おむたろはすぐに離れる。


 その間に、ちゃまがさめちゃんのもとへ走った。


「なもちゃん、見せて!」


「腕……ちょっと痛いかな」


「ちょっとじゃないよ!」


 大盾を受けた左腕。


 骨折まではしていない。


 それでも強い打撲。


 肩にも衝撃が抜けている。


 ちゃまが杖を向ける。


 光。


 傷が癒えていく。


 同時に。


「ぅ……」


 ちゃまの左腕が震えた。


 さめちゃんの痛みが移る。


「ちゃまちゃん……」


「大丈夫。なもちゃんが盾持てない方が困るから。全部じゃなくて、動けるくらいにするね」


 指輪が光る。


 魔力を補う。


 ちゃまは治療を途中で止めた。


「これでどう?」


 さめちゃんが腕を動かす。


 痛みは残る。


 だが。


「持てるよ。ありがとう」


「無理はしないでね」


「うん」


 さめちゃんが立ち上がる。


 その間。


 ゆうき、おむたろ、ももちゃんの三人でジェネラルを止める。


 倒そうとはしない。


 近づきすぎない。


 攻撃させる。


 避ける。


 観察する。


「ももちゃん、何か見える?」


「もうちょっとぉ」


 ジェネラルの斧。


 大きく振る。


 ゆうきが避ける。


 盾。


 おむたろが槍で触れ、すぐ離れる。


 また斧。


 次。


 次。


「……あ」


 ももちゃんの声。


 小さい。


 だが、ゆうきには聞こえた。


「分かった?」


「うん。たぶん」


 ももちゃんの目が、ジェネラルの足を追っている。


「この子、盾で押す時だけ右足が前に出るよぉ。斧の時は左。でも、盾から斧に繋ぐ時……一回だけ両足が揃う」


「そこ?」


「うん。でも短いよぉ」


「どれくらい?」


「一秒もないかなぁ」


 十分。


 そう思った。


 以前なら。


 自分でそこを狙った。


 今は違う。


 ゆうきは周囲を見る。


 おむたろ。


 槍。


 さめちゃん。


 盾。


 ちゃま。


 回復後、まだ動ける。


 ももちゃん。


 大斧。


 そして自分。


 五人。


「じゃあ、作ろう」


「何を?」


 おむたろが聞く。


「その一秒」


 ジェネラルが向き直る。


 もう長く話せない。


「さめちゃん。次の盾、正面から受けなくていい。横へ流せる?」


「やってみる」


「おむたろは盾の外側。ももちゃんは足を見る。ちゃまは全体」


「ゆうきくんは?」


 ちゃまが聞く。


 ゆうきは剣を握り直した。


「俺は、みんなが作ったところに入る」


 それだけ。


 十分だった。


 ジェネラルが走る。


 戦斧。


 狙いはゆうき。


 避ける。


 床が砕ける。


 追撃。


 円盾。


「さめちゃん!」


「うん!」


 大盾が横から差し込まれる。


 円盾と大盾。


 二つの盾がぶつかる。


 さめちゃんは止めない。


 受け流す。


 ジェネラルの身体が僅かに横へ向く。


「おむ!」


「はいよ!」


 炎の槍。


 円盾の外側を叩く。


 さらに外へ。


 ジェネラルが踏ん張る。


 右足。


 前。


「まだぁ」


 ももちゃん。


 ジェネラルが斧を持ち上げる。


 盾から斧へ。


 踏み替え。


 右足が戻る。


 左足が出る。


 その瞬間。


 両足が。


「今!」


 ももちゃんの声。


 大斧が振り下ろされた。


 狙うのは身体ではない。


 足元。


 岩床。


 ――轟音。


 床が砕ける。


 ジェネラルの両足が沈む。


「ヴォッ!?」


 初めて。


 巨体が大きく揺れた。


「さめちゃん!」


「任せて!」


 大盾。


 正面から押す。


 倒すためではない。


 後ろへ逃がさない。


 ジェネラルが円盾を戻そうとする。


「戻させないよ!」


 おむたろの槍が引っ掛かる。


 炎を纏った穂先が円盾の縁を押さえる。


 力では負ける。


 だから、一瞬だけ。


「ゆうきくん!」


 ちゃまの声。


 見えている。


 胸。


 開いた。


 ゆうきは踏み込む。


 身体強化。


 一歩。


 ジェネラルが斧を戻そうとする。


 間に合わない。


 二歩。


 剣へ魔力を集中する。


 無属性。


 余計な性質を持たない魔力が、刃そのものを強化する。


 三歩。


 胸元。


 鎧の継ぎ目。


 剣を突き込む。


「――っ!」


 硬い。


 止まりそうになる。


 さらに魔力。


 押す。


 刃が入る。


 ジェネラルが咆哮した。


 腕が動く。


「ゆうき、離れてぇ!」


 ももちゃん。


 剣を抜く。


 後ろへ。


 直後。


 戦斧が目の前を通過した。


 風圧。


 頬が痛い。


 だが。


 入った。


 深い。


「まだ倒れない!」


 おむたろが叫ぶ。


「分かってる!」


 ジェネラルは立っている。


 胸から瘴気が漏れている。


 それでも戦斧を握っている。


 強い。


 本当に。


 普通のオークとは違う。


 ジェネラルが咆哮する。


 今度は指示する相手はいない。


 ただ自分のための声。


 戦斧を両手で握った。


「盾捨てた!」


 円盾が床へ落ちる。


 両手。


 戦斧。


「来るよ!」


 全員が身構える。


 ジェネラルが斧を振り上げた。


 今までより高い。


 魔力が集まっている。


 岩床の細かな砂が震える。


 受ければ。


 今度こそ危ない。


「避ける!」


 ゆうきが叫ぶ。


 五人が散る。


 振り下ろされる。


 ――ドォンッ!


 衝撃。


 岩床が大きく割れた。


 足元が揺れる。


「きゃっ!」


 ちゃまが体勢を崩した。


「ちゃまちゃん!」


 さめちゃんが手を伸ばす。


 掴む。


 二人とも倒れない。


「ありがとう!」


「うん。大丈夫?」


「大丈夫!」


 その間にジェネラルが斧を引き抜く。


 遅い。


 今度こそ。


「おむたろ!」


「行く!」


 炎の槍。


 ジェネラルの腕へ。


 刺さる。


 完全には入らない。


 でも動きが止まる。


「ももちゃん!」


「こっちだねぇ」


 大斧。


 反対側。


 膝へ。


 巨体が沈む。


 ジェネラルが片膝をついた。


 ゆうきは走る。


 今度は誰かが作った一瞬ではない。


 全員が繋いだ一瞬。


 さめちゃんが守った。


 ちゃまが支えた。


 おむたろが止めた。


 ももちゃんが崩した。


 そこへ。


 自分が行く。


「終わりだ!」


 剣を振る。


 首元。


 一閃。


 刃が抜ける。


 ゆうきはそのまま横へ走り抜けた。


 背後。


 音が消える。


 一秒。


 二秒。


 振り返る。


 オークジェネラルは、まだ片膝をついたままだった。


 戦斧を握る腕がゆっくり下がる。


 巨体が傾く。


 倒れる。


 地面へ触れるより先に。


 身体が黒い瘴気へ変わった。


 戦斧。


 鎧。


 牙の飾り。


 すべてが崩れ、煙のように空中へ溶けていく。


 最後に。


 拳より大きな魔石が床へ落ちた。


 硬い音が一つ。


 静寂。


「……」


 誰もすぐには喋らなかった。


 ゆうきは剣を下ろす。


 肩で息をする。


 腕が重い。


 足も痛い。


 さめちゃんは大盾へ身体を預け、おむたろは槍を杖のように床へ立てている。


 ももちゃんも珍しく大きく息を吐いた。


 ちゃまは。


 全員を見ていた。


「……終わった?」


 おむたろが最初に口を開いた。


 ゆうきは魔石を見る。


「たぶん」


「たぶんって!」


 おむたろが笑った。


 その笑いにつられて、張り詰めていた空気がほどける。


「やったー……! 疲れたぁ!」


 今度こそ槍へ体重を預ける。


 さめちゃんも安心したように笑った。


「よかった。みんな立ってる」


「そこ基準なんだ」


「大事だよ」


「それはそう!」


 ゆうきも小さく笑った。


 ももちゃんは大斧を元の小さな姿へ戻し、腰へ付け直す。


「ジェネラル、強かったねぇ。普通のオークと全然違ったよぉ」


「ああ。でも、ももちゃんが最後の癖見つけてくれなかったら、もっと長引いてた」


「みんながいっぱい動かしてくれたから見えたんだよぉ。最初から一人で見てても、たぶん分からなかったかなぁ」


 それは。


 ゆうきには妙に印象に残る言葉だった。


 一人で見ていても分からない。


 相手を動かす者がいる。


 受ける者がいる。


 崩す者がいる。


 支える者がいる。


 その全部があって、初めて見えるものがある。


「ゆうきくん」


 ちゃまが近づいてくる。


「肩、もう一回見せて。さっきので開いてるよ」


「あ……」


 見れば、治療してもらった傷からまた血が滲んでいた。


 戦っている間は気付かなかった。


「でも、ちゃまも痛いだろ」


「今は戦闘終わったから大丈夫。帰る途中で困らないくらいには治しておこうよ。ちゃまも全部引き受けるつもりはないから」


「……分かった」


 ゆうきは素直に座る。


 ちゃまが杖を向ける。


 淡い光。


 肩の痛みが和らいでいく。


 完全には消えない。


 必要な分だけ。


 ちゃま自身も、それを分かって使っている。


「はい。これくらい」


「ありがとう」


「どういたしまして」


 指輪が淡く光る。


 その様子を見ながら、おむたろが笑った。


「その指輪、もう馴染んでるね」


「そうかな?」


「うん。昨日見つけたばっかりなのに、前からつけてたみたい」


 ちゃまは少し照れたように右手を見る。


「えへへ。じゃあ、大事にしないとね」


 その時。


 部屋の奥で音がした。


 石が動く。


 五人が一斉にそちらを見る。


「あ」


 壁際。


 先ほどまで何もなかった場所。


 床から石の台座がゆっくりとせり上がってくる。


 その上に。


 宝箱。


「来た!」


 おむたろが一瞬で元気になる。


「ボス倒した後のお楽しみ!」


「さっきまで疲れたって言ってなかった?」


「宝箱は別!」


 ゆうきは笑いながら立ち上がった。


 第五階層。


 さめちゃんの大盾。


 第十階層。


 おむたろの火属性槍。


 そして第十五階層。


「今度は何だろうね」


 さめちゃんも少し楽しそうに宝箱を見る。


 五人で近づく。


 罠はない。


 これまでと同じ、階層ボスを倒した報酬。


「開けようか」


「どうぞどうぞ!」


 なぜかおむたろが譲る。


「今回は開けないの?」


「だって、開ける瞬間を正面から見たいじゃん!」


「そういう理由か」


 ゆうきは宝箱の前へしゃがむ。


 金具を外す。


 蓋を持ち上げた。


 中。


「……布?」


 最初に見えたのは、柔らかな布だった。


 手を入れ、取り出す。


 細長い。


 軽い。


「リボンだねぇ」


 ももちゃんが覗き込む。


 髪を結ぶためのリボン。


 派手な装飾はない。


 けれど、よく見れば生地の中へ細い魔力の流れが織り込まれている。


 魔道具。


「誰用だろ?」


 おむたろが首を傾げる。


「鑑定してみる」


 ゆうきは学院から支給された簡易鑑定の魔道具を近づけた。


 淡い文字が浮かぶ。


「えっと……装備者の身体動作を補助する。動きを軽くして、さらに状態異常への耐性を高める……だって」


「いいじゃん!」


 おむたろがすぐ反応する。


「身軽になるの、普通に強くない? しかも状態異常耐性付きでしょ?」


「誰が使っても便利そうだな」


 ゆうきはリボンを見る。


 さめちゃん。


 盾を扱う。


 おむたろ。


 機動力が必要。


 ちゃま。


 後衛。


 ももちゃん。


 巨大な大斧。


「……ももちゃんじゃない?」


 ちゃまが言った。


 全員の視線がももちゃんへ集まる。


「私ぃ?」


 ももちゃんが自分を指差した。


「うん。ももちゃん、大きい斧使うでしょ? 身体が軽く動くようになったら、もっと戦いやすくなるんじゃないかな」


「あ、それ私も思った!」


 おむたろが頷く。


「ももねって一発一発はすごいけど、斧が大きい分、動く時どうしても重くなるじゃん。身体の方が軽くなるなら相性いいと思う」


「私も、ももちゃんがいいと思うよ」


 さめちゃんも静かに続ける。


「今日もジェネラルを見るために、何度も位置を変えてくれてたから。もっと動きやすくなったら、ももちゃん自身も少し楽になるんじゃないかな」


 三人の意見を聞き、ゆうきも頷いた。


「俺も賛成。状態異常への耐性も、前に出るももちゃんにはあった方がいい」


「……みんな、いいのぉ?」


 ももちゃんはリボンと仲間たちを交互に見る。


「いいに決まってるじゃん!」


 おむたろが笑う。


「ほら、つけてみてよ!」


「今ぁ?」


「今!」


「髪、短いよぉ」


「結べるところあるでしょ!」


 ももちゃんは自分の灰銀色の髪へ触れる。


 短いボブ。


 確かに長くはない。


 それでも後ろの一部なら、小さくまとめられそうだった。


「じゃあ……つけてみようかなぁ」


 ゆうきからリボンを受け取る。


 指先で触れ、少し眺める。


 それから後ろ髪を小さく集めようとして。


「……見えないねぇ」


「そりゃ自分の後ろだからね!」


「おむ、やってぇ」


「任せなさい!」


 おむたろが嬉しそうにももちゃんの後ろへ回る。


「じっとしててね。……ここをこうして……」


「引っ張らないでねぇ」


「大丈夫大丈夫! 私、こういうの得意だから!」


「その大丈夫、ちょっと不安だよぉ」


「信用ないなあ!」


 言いながらも、おむたろの手つきは意外なほど丁寧だった。


 灰銀色の髪を少量まとめる。


 リボンを結ぶ。


「よし!」


 おむたろが一歩下がる。


「できた!」


 ももちゃんが振り返る。


 後ろ髪に、小さなリボン。


 普段の落ち着いた雰囲気を崩すほど派手ではない。


 むしろ、よく馴染んでいた。


「似合ってるよ」


 さめちゃんが柔らかく笑う。


「うん! かわいい!」


 ちゃまも嬉しそうに頷く。


 ももちゃんは少しだけ照れたのか、後ろ髪へ手を伸ばそうとして、途中でやめた。


「自分じゃ見えないけどぉ……ありがとう」


「動いてみたら?」


 ゆうきが言う。


「効果も確認しておいた方がいいだろ」


「そうだねぇ」


 ももちゃんは周囲を確認し、少し歩く。


 一歩。


 二歩。


「……あ」


「どう?」


「軽いよぉ」


 いつもより少しだけ目を開く。


「身体そのものが軽くなったっていうよりぃ、動こうとした時についてきてくれる感じかなぁ」


「斧持ったら?」


「やってみるねぇ」


 腰の装飾品へ触れる。


 魔力。


 巨大な大斧が展開する。


 その重さで、ももちゃんの身体が僅かに沈む。


 いつもなら。


 そこから姿勢を作り直す。


 だが今回は違った。


 足を動かす。


 一歩。


 横。


 さらに一歩。


「おお!」


 おむたろが声を上げた。


「速い!」


「ちょっとだけねぇ。でも、動きやすいよぉ」


 ももちゃん自身も気に入ったらしい。


 小さく微笑む。


 大斧を元へ戻し、リボンへそっと触れた。


「大事にするねぇ」


 その一言に、全員が笑った。


 第五階層では、さめちゃん。


 第十階層では、おむたろ。


 第十三階層では、ちゃま。


 第十五階層では、ももちゃん。


 偶然とはいえ。


 少しずつ、五人の装備が整っていく。


 ゆうきはそれを眺めながら、ふと自分の腰の剣へ触れた。


「……ゆうきくん」


「ん?」


 ちゃまがこちらを見ている。


「今、自分だけないって思った?」


「いや」


「ほんと?」


「ほんとだって」


 答えると、おむたろまでこちらを見る。


「ちょっと思った顔してたよ?」


「してない!」


「じゃあ二十階層はゆうきくん用かもね!」


「そういう仕組みじゃないだろ」


「分かんないじゃん!」


「期待すると何も出なかった時悲しいからやめよう」


 笑い声が広いボス部屋へ響く。


 つい先ほどまで命を懸けて戦っていた場所とは思えないほど、空気は柔らかくなっていた。


 ゆうきは少し離れた場所に落ちているオークジェネラルの魔石へ目を向ける。


 勝った。


 十五階層。


 ここまで来た。


 けれど。


 自分が強かったからではない。


 今日の最後の一撃だってそうだ。


 さめちゃんが盾を流した。


 おむたろが盾を押さえた。


 ももちゃんが足場を崩した。


 ちゃまが全体を見ていた。


 そこへ、自分が入っただけ。


 誰か一人が欠けていれば、同じ形にはならなかった。


 それを以前なら。


 自分が決めた。


 そう考えていたかもしれない。


 今は違う。


 自分が最後に剣を振ったことと、自分一人で倒したことは、まったく同じではない。


「ゆうき?」


 さめちゃんの声で我に返る。


「どうしたの?」


「いや……ちょっと考えてた」


「疲れた?」


「それもある」


 ゆうきは笑ってから、もう一度四人を見る。


「でも、今日の戦い。図書館に行く前だったら、たぶんもっと苦戦してたなって思って」


「そうだねぇ」


 ももちゃんが答える。


「普通のオークで先に色々見れたのも大きかったと思うよぉ。ジェネラルは違ったけど、全部違うわけじゃなかったからねぇ」


「知ってたから、違うところにも気付けたって感じかな?」


 おむたろが槍を肩へ乗せる。


「普通のオークと同じだと思ってたら危なかったけど、普通のオークを知らなかったら『何が違うのか』も分かんないもんね」


 ゆうきはその言葉に頷いた。


 まさに、それだった。


 本で読んだこと。


 実際に戦って知ったこと。


 仲間が見つけたこと。


 全部が重なって、ようやく一つの判断になる。


「ちゃまは、みんながちゃんと避けるようになってくれたのが一番よかったかな」


 杖を抱えたちゃまが少しだけ頬を膨らませる。


「最初の頃って、攻撃受けても『これくらいなら大丈夫』ってそのまま戦おうとすること多かったでしょ? 治すのはちゃまだけど、怪我しないのが一番なんだからね」


「……耳が痛い」


「ゆうきくんが一番言ってるよ」


「はい」


 素直に答える。


 おむたろが吹き出した。


 さめちゃんも小さく笑う。


「でも、私も同じだったかな。盾を持ってるから受けないとって思ってたし」


 さめちゃんは自分の大盾を見る。


 ジェネラルの一撃を受けた場所には、新しい傷が残っていた。


「今日も一回、受けちゃったけど……次はもう少し早く避けられるようにしたい。守るために盾を持ってるのに、私が動けなくなったら守れないもんね」


 誰も否定しない。


 必要以上に褒めもしない。


 ただ、その言葉を受け取る。


 ゆうきはそんな空気が、少し好きになっていた。


 最初に会った頃は。


 まだ「学院の実習で組んだパーティ」だった。


 知っている相手もいた。


 初めて会う相手もいた。


 役割だけ決めて。


 とりあえず一緒に戦った。


 今は。


 誰が何をするのか。


 何が得意なのか。


 何を苦手としているのか。


 どこまで任せていいのか。


 少しずつ知っている。


 それでも、まだ全部ではない。


 きっと、これからも知らないことは出てくる。


 そのたびに聞けばいい。


 見ればいい。


 一緒に考えればいい。


「そろそろ帰ろうか」


 ゆうきが言う。


「さすがに疲れた」


「賛成!」


 おむたろが即答する。


「帰ったら何か食べたい! めちゃくちゃお腹空いた!」


「さっきまで宝箱で元気だったじゃん」


「宝箱とお腹は別!」


「何でも別になるな」


「便利でしょ?」


「便利なのか、それ」


 そんな会話をしながら、五人は出口へ向かう。


 ボスを倒したことで、部屋の奥には帰還用の転移魔法陣が現れていた。


 その手前で、ももちゃんが一度立ち止まる。


「どうした?」


「んー」


 振り返る。


 誰もいなくなったボス部屋。


 岩床には戦闘の跡が残っている。


 砕けた床。


 斧の傷。


 盾が擦れた跡。


「ここまで来たんだなぁって思って」


 静かな声だった。


「最初、五階層でも結構大変だったよねぇ」


「大変だった」


 さめちゃんが頷く。


「ゴブリンジェネラルの時、私も盾で受けることばっかり考えてたから」


「私なんて新しい槍なかったしね!」


「おむ、それ関係あるぅ?」


「あるよ! たぶん!」


 ももちゃんが小さく笑う。


 ゆうきも部屋を振り返った。


 第五階層。


 第十階層。


 第十五階層。


 あと五つ。


 次は。


 第十六階層から十九階層。


 オーガ。


 そして二十階層。


 オーガジェネラル。


 学院管理中級ダンジョンの最深部。


「次で最後か」


 ゆうきが呟く。


「うん」


 さめちゃんが答えた。


 その一言の後。


 少しだけ静かな時間が流れた。


 誰もすぐには続きを言わなかった。


 終わりが近い。


 ダンジョンの終わり。


 実習の終わり。


 その先に何があるのか。


 今はまだ、はっきり考える必要はない。


「じゃあ次も、ちゃんと帰ってこよう!」


 おむたろが明るく言った。


 重くなりかけた空気を、いつものように自然に変える。


「二十階層まで行って、みんなで帰る。それでいいじゃん!」


「そうだね」


 ちゃまが笑う。


「ちゃまも、それがいいな」


「私も」


 さめちゃんが頷いた。


 ももちゃんも小さく微笑む。


「じゃあ、そうしよっかぁ」


 ゆうきは四人を見る。


 それから。


「ああ。行こう」


 転移魔法陣へ足を踏み入れる。


 一人。


 また一人。


 最後にゆうきが入る。


 淡い光が足元から広がった。


 視界が白く染まる直前。


 ゆうきはもう一度だけ、十五階層のボス部屋を見た。


 そこに残っているのは。


 勝った証ではなく。


 五人で戦った跡だった。


 光が満ちる。


 次の瞬間。


 誰もいなくなった広い部屋に、静けさだけが戻った。

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