第4話 冒険者の第一歩
講習が終わると、受講者たちは席を立ち始めた。
「実践演習へ参加される方は、受付で手続きをお願いします。」
ガレスの声に、新人たちは次々と部屋を後にする。
ゆうきもその流れに続き、受付へ向かった。
「演習への参加ですね。」
昨日対応してくれた受付嬢が微笑む。
「はい。」
「では、こちらへお名前を。」
受付用紙へ名前を書き込む。
「ありがとうございます。」
受付嬢は確認すると、小さく頷いた。
「集合は三日後、日の出前になります。」
「遅刻された場合は安全上の理由から参加できませんので、お気を付けください。」
「分かりました。」
「何か質問はございますか?」
ゆうきは少し考えた。
「一つだけ。」
「はい。」
「今日教わった生活魔法ですが、練習できる場所はありますか?」
受付嬢は少し驚いたような顔を見せる。
「熱心なんですね。」
そう言って優しく笑った。
「街の中で魔法を使うことは禁止されていませんが、周囲への迷惑になる場合があります。」
「できれば街の外をおすすめします。」
「ありがとうございます。」
礼を言うと、ゆうきはギルドを後にした。
外へ出ると、昼の日差しが石畳を照らしていた。
露店から漂う香ばしい匂い。
商人たちの威勢のいい声。
荷車を引く馬の足音。
街は昨日と変わらず賑やかだった。
(少し歩くか。)
まだ宿へ戻るには早い。
街の景色を眺めながら、西門へ向かって歩き出す。
城壁を抜けると、一気に景色が開けた。
緩やかな草原。
遠くには森が広がり、そのさらに奥には低い山々が見える。
街道を行き交う人はいるものの、少し外れれば人影は少ない。
ゆうきは周囲を見回し、街道から離れた小さな林へ足を踏み入れた。
鳥のさえずりが聞こえる。
木漏れ日が揺れ、風が草を撫でていく。
「ここなら……。」
もう一度周囲を確認する。
誰もいない。
深く息を吸い、講習で教わったことを思い出す。
『体の内側を流れる温かいものを感じろ。』
静かに目を閉じる。
意識を自分の内側へ向ける。
すると、胸の奥から全身へ流れていく温かな感覚があった。
血液とも違う。
呼吸とも違う。
これが魔力。
ゆうきはゆっくりと右手を前へ出した。
(焦らなくていい。)
(流れを感じる。)
(少しだけ……。)
体の中を巡る魔力が、腕を通り、掌へ集まっていく。
「──火。」
ぼっ。
小さな火が灯った。
蝋燭ほどの大きさ。
ゆらゆらと揺れる橙色の炎。
「……。」
成功した。
熱は感じる。
だが、不思議と怖くはない。
自分の意思で消せるという確信があった。
「消えろ。」
炎は静かに消える。
ゆうきは思わず息を吐いた。
「本当に使えた……。」
胸が高鳴る。
昨日まで映像や物語でしか見たことがなかった魔法。
それを今、自分が使った。
その事実だけで心が躍った。
「次は……。」
今度は左手を前へ出す。
同じように魔力を集める。
「──水。」
掌の上へ、一滴。
続いて二滴。
やがて透明な水が小さな球となって浮かび上がった。
光を受けてきらきらと輝く。
ゆうきは恐る恐る指で触れた。
冷たい。
間違いなく、本物の水だった。
「すごいな……。」
思わず笑みがこぼれる。
これが生活魔法。
派手さはない。
けれど、旅をするには十分すぎるほど便利な力だ。
水を地面へ流し、もう一度試す。
今度も成功。
火も。
水も。
失敗する気配すらない。
(講師は、感覚を掴むまで時間がかかる人もいると言っていた。)
それなのに、自分は一度で成功した。
(魔力量が多いから……なのか。)
理由は分からない。
だが、今考えても答えは出ない。
それよりも。
(もう少しだけ試してみよう。)
ゆうきは再び掌を見つめた。
生活魔法。
その小さな一歩が、冒険者として歩み始めた自分を少しだけ実感させてくれた。
ゆうきはもう一度掌へ意識を向けた。
小さな火を灯す。
消す。
今度は水を生み出す。
手の中で揺れる透明な水球を見つめ、地面へそっと流した。
一度できたからといって油断はしない。
何度も繰り返す。
火。
水。
火。
水。
回数を重ねるたびに、魔力を集める感覚が少しずつ掴めてきた。
「……なるほど。」
魔法は呪文だけではない。
魔力をどれだけ滑らかに流せるか。
その感覚の方が大切なのだろう。
ふと、講習中のガレスの言葉を思い出す。
『身体強化も魔力の基本的な使い方の一つだ。』
詳しい説明はなかった。
だが、魔力を体へ巡らせるだけなら、今の自分にもできるかもしれない。
ゆうきは静かに目を閉じる。
掌ではなく、全身へ。
胸から流れる魔力を、両足へと巡らせる。
「……。」
ゆっくりと一歩踏み出す。
体が軽い。
気のせいではない。
もう一歩。
軽く地面を蹴る。
普段より高く跳び、着地も自然だった。
「これが……身体強化。」
思わず感心する。
剣を振ったり戦ったりするほどの強化ではない。
それでも、身体能力が少し底上げされているのは確かだった。
だが。
「……っ。」
数歩走ったところで、胸の奥が重くなる。
さっきまで感じていた温かな流れが、少しだけ細くなった気がした。
「これが魔力の消耗か。」
生活魔法よりも、明らかに消費が大きい。
無理を続ければ動けなくなる。
ガレスが言っていた意味を身をもって理解した。
「今日はここまでだな。」
深追いはしない。
使えるようになったばかりなのだ。
焦る必要はない。
木々の隙間から見える街へ目を向ける。
三日後には実践演習が待っている。
それまでにできることは、今日覚えた感覚を忘れないこと。
ゆうきは土を払い、ゆっくりと街へ向かって歩き出した。
西日に照らされた城壁が、黄金色に染まっている。
門をくぐる頃には、露店を片付け始める商人の姿も見え始めていた。
宿へ戻ると、主人が笑顔で迎えてくれる。
「おかえり。」
「ただいま。」
短いやり取りだったが、不思議と心が落ち着く。
部屋へ戻り、窓の外を眺める。
今日一日で学んだことは多かった。
冒険者としての心得。
魔力。
生活魔法。
身体強化。
どれもまだ始まったばかりだ。
それでも、一歩ずつ前へ進めている。
そんな実感があった。
「明日も頑張るか。」
そう呟き、ゆうきは静かにベッドへ腰を下ろした。
三日後の実践演習。
冒険者として、本当の第一歩が始まろうとしていた。




