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あの時間をもう一度  作者: ゆうき
始まりの再会
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第4話 冒険者の第一歩

三日後――。

まだ日が昇りきる前の城下町は、静かな空気に包まれていた。

ゆうきは身支度を整え、宿を出る。

ひんやりとした朝の空気が心地いい。

三日の間、生活魔法の練習は欠かさなかった。

火も水も、今ではほとんど失敗しない。

身体強化も、短時間なら問題なく扱えるようになっていた。

それでも、今日は練習とは違う。

実際の森へ入り、魔物がいる場所へ向かう。

胸の奥に、自然と緊張が生まれていた。


「おはようございます。」


ギルドへ着くと、受付嬢が笑顔で迎えてくれる。


「おはようございます。」


「皆さん、奥でお待ちですよ。」


案内された中庭には、十人ほどの新人冒険者が集まっていた。

年齢は十代後半から二十代くらい。

革鎧を着た者。

剣を腰に下げた者。

杖を持つ者。

装備は様々だ。


「時間通りだな。」


ガレスが姿を見せる。


「今日は新人実践演習を行う。」


その隣には、二人の冒険者が立っていた。

一人は大剣を背負った大柄な男性。

もう一人は弓を背負った女性。

どちらも落ち着いた雰囲気を纏っている。


「今回の同行者だ。」


「森の中では必ず俺たちの指示に従え。」


「勝手な行動はするな。」


全員が頷く。


「よし。」


ガレスは街の門を指差した。


「出発する。」


新人たちは列を作り、その後ろへ続く。

街を出ると、朝露に濡れた草原が広がっていた。

風が草を揺らし、鳥たちが空を舞う。

遠くに見える森は、静かだった。


「今日向かうのは浅層。」


歩きながらガレスが説明する。


「危険度は低い。」


「だが、油断すれば怪我はする。」


その言葉に、自然と空気が引き締まる。

森の入口へ辿り着く。

木々が太陽の光を遮り、少しだけ空気が変わった。

ひんやりとしている。

葉の擦れる音。

鳥の鳴き声。

どこか遠くで、小枝が折れる音が聞こえた。

ゆうきは無意識に息を飲む。

街とはまるで違う。

ここは、人ではなく魔物の世界だ。

ガレスが足を止める。


「ここからが演習だ。」


新人たちの表情が変わる。


「まず最初に教える。」


そう言って地面へしゃがみ込む。


「森で一番大切なのは――」


ガレスは地面に残る小さな足跡を指差した。


「敵を見つけることじゃない。」


全員が耳を傾ける。


「敵に先に見つからないことだ。」


ガレスは足跡の横へしゃがみ込んだ。


「これはホーンラビットだ。」


地面には小さな足跡がいくつも残っている。


「一匹なら危険は少ない。」


「だが、音に驚いて逃げた先で別の魔物を刺激することもある。」


そう言いながら、周囲へ視線を向ける。


「森では常に周りを見ろ。」


「足元だけじゃない。」


「前だけでもない。」


「上も、横も、後ろもだ。」


新人たちは真剣な表情で頷いた。

ゆうきも同じだった。

街とは違う。

ここには、人間の都合など関係ない。

命を奪う者と、奪われる者しかいない世界。

それが肌で伝わってくる。

演習はゆっくりと進んだ。

魔物の痕跡を探し、薬草を見分け、危険な植物を教わる。

歩くだけでも学ぶことは多かった。


「止まれ。」


先頭を歩くガレスが右手を上げる。

全員がその場で足を止めた。

前方の茂みが、小さく揺れる。

ガサッ。

姿を現したのは、一匹の魔物だった。

白い毛並み。

額には短い一本角。

体格は小型犬ほど。


「ホーンラビットだ。」


ガレスが小声で言う。


「初心者が最初に相手をすることの多い魔物だ。」


ホーンラビットはまだこちらへ気付いていない。

草を食べながら耳を動かしている。


「ゆうき。」


突然名前を呼ばれた。


「はい。」


「やってみろ。」


胸がどくりと鳴る。

周囲の新人たちが一斉にこちらを見る。


「俺ですか。」


「演習だ。」


「失敗しても俺たちがいる。」


ガレスは落ち着いた声で続ける。


「落ち着いて行け。」


ゆうきは静かに息を吐いた。

腰へ手を伸ばく。

そこにあるのは、一振りの剣。

この世界へ来た時には、すでに身に着けていた装備だった。

違和感なくこの世界へ溶け込めるよう、女神が用意してくれたもの。

派手さはない。

冒険者なら誰でも使っていそうな、ごく普通の片手剣。

鞘からゆっくりと引き抜く。

銀色の刃が朝日を受けて光った。

身体強化。

講習で覚えた魔力を足へ巡らせる。

力が少しだけ軽くなる。

ホーンラビットとの距離を詰める。

あと五歩。

四歩。

三歩。

その瞬間。

ホーンラビットがこちらへ気付いた。

赤い瞳がゆうきを捉える。

次の瞬間には、鋭い角を向けて一直線に飛び込んできた。


「っ!」


反射的に剣を振る。

ガキン、と角が刃へ当たる。

思った以上に重い。

身体が少しだけ後ろへ押された。


「落ち着け!」


ガレスの声が飛ぶ。


「目を離すな!」


ホーンラビットが再び飛びかかる。

今度は見えた。

横へ半歩避ける。

すれ違う。

今だ。

剣を振り下ろせば届く。

届くのに――


(……斬れる。)


その一瞬、体が止まった。

目の前にいるのは魔物。

そう理解している。

それでも。

自分の剣で命を奪う。

その事実が、腕を鈍らせた。

ホーンラビットが振り返る。

もう一度、こちらを見た。


「ゆうき!」


ガレスの声が響く。


「迷うな!」


その声に、ゆうきは強く剣を握り直した。


ゆうきは強く剣を握り直した。

迷っている暇はない。

目の前のホーンラビットは、自分を獲物として見ている。

次に躊躇えば、傷付くのは自分かもしれない。

大きく息を吸う。

そして、一歩踏み込んだ。

身体強化で軽くなった足が、地面を力強く蹴る。

ホーンラビットも同時に飛び出した。

互いの距離が一瞬で縮まる。


「はぁっ!」


短く息を吐きながら剣を振る。

銀色の刃が、ホーンラビットの首元を掠めた。

ドサリ。

小さな体が地面へ転がる。

数度だけ足を震わせると、そのまま動かなくなった。

静寂。

森から聞こえていた鳥の声だけが耳に届く。


「……。」


ゆうきは剣を握ったまま立ち尽くしていた。

手が震えている。

恐怖ではない。

緊張でもない。

胸の奥に重く残る感覚。


(……俺が。)


命を奪った。

魔物だ。

人ではない。

危険な存在。

頭では何度もそう言い聞かせる。

それでも、目の前で動かなくなった小さな命を見れば、割り切れるものではなかった。

胃の奥が締め付けられる。

息が浅くなる。


「……初めてか。」


隣へガレスが立つ。

ゆうきは黙って頷いた。

ガレスは倒れたホーンラビットを見下ろし、小さく息を吐いた。


「その反応でいい。」


意外な言葉だった。


「え?」


「最初から平然と命を奪える奴の方が少ない。」


ガレスはしゃがみ込み、ホーンラビットの瞼を静かに閉じた。


「慣れろとは言わない。」


「忘れるな。」


ゆうきは黙って聞いていた。


「相手が魔物でも、生き物には変わりない。」


「命を奪ったという事実から目を逸らすな。」


「だが。」


ガレスはゆっくり立ち上がる。


「迷い続ければ、お前が死ぬ。」


その言葉は重かった。


「お前が死ねば、お前を待つ誰かが泣く。」


「だから、生きろ。」


「生きるために剣を振れ。」


森を抜ける風が二人の間を通り過ぎる。

ゆうきは静かにホーンラビットへ頭を下げた。

ほんの数秒。

それだけだった。

剣を鞘へ納める。


「……ありがとうございます。」


誰へ向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

ホーンラビットへなのか。

ガレスへなのか。

それとも、この命を背負う覚悟を与えてくれた、この世界へなのか。


「よし。」


ガレスは小さく笑う。


「それでいい。」


新人たちの表情も、先ほどまでとは少し違っていた。

誰もが黙って、ゆうきを見ている。

その空気を変えるように、弓を背負った女性冒険者が森の奥へ目を向けた。


「ガレス。」


「どうした。」


「……来る。」


その一言で、場の空気が一変した。

全員が武器を構える。

ガサガサッ――。

茂みの奥から聞こえる複数の足音。

一つではない。

二つでもない。

ゆっくりと姿を現したのは、小柄な人影だった。

緑色の肌。

黄色く濁った瞳。

錆びた短剣を握りしめた、小鬼。


「ゴブリンだ。」


ガレスの表情から笑みが消える。


「新人は下がれ。」


その声と同時に、茂みの奥からさらに二体。

合計三体のゴブリンが姿を現した。

演習は終わった。


「新人は下がれ!」


ガレスの一声で、全員が一歩後ろへ下がる。

その瞬間だった。


「ギィッ!」


三体のゴブリンが一斉に走り出す。

錆びた短剣を振りかざし、一直線に飛び込んできた。


「来るぞ!」


大剣を背負った冒険者が前へ出る。

踏み込みと同時に、大剣を横薙ぎに振るった。

鈍い音と共に、一体のゴブリンが吹き飛ぶ。

そのまま木へ叩きつけられ、動かなくなった。

速い。

目で追えた。

だが、反応はできない。

それほどまでに一瞬だった。


「右!」


弓使いの女性が短く叫ぶ。

弦が鳴る。

放たれた矢は寸分違わず二体目の肩を射抜いた。

体勢を崩したところへ、大剣が振り下ろされる。

一撃。

それだけで決着がついた。


(これが……。)


冒険者。

ゆうきは息を呑む。

講習で見た穏やかな空気とはまるで違う。

無駄がない。

迷いもない。

命を懸ける者だけが持つ動きだった。


「残り一体!」


ガレスが叫ぶ。

その声に反応したように、最後の一体が進路を変えた。

真っ直ぐ、新人たちへ向かって走り出す。


「しまっ……!」


弓使いが次の矢を番える。

だが、間に合わない。


「ギャアッ!」


ゴブリンが新人の一人へ飛びかかった。

新人は腰を抜かし、その場へ尻もちをつく。


「た、助け――」


言葉は最後まで続かなかった。

ゆうきの体が、無意識に動いていた。

地面を蹴る。

身体強化。

魔力を脚へ巡らせ、一気に距離を詰める。

ゴブリンが新人へ短剣を振り下ろす。

その腕へ、自分の剣を滑り込ませた。

ギィン!

金属同士がぶつかる甲高い音。

衝撃が腕へ伝わる。


「っ!」


重い。

ホーンラビットとは比べ物にならない。

力だけなら、人間と大差ない。

ゴブリンは黄色い瞳でゆうきを睨みつけた。

鼻を突く獣臭。

荒い息遣い。

目の前にいるのは、生きた敵だった。


「離れろ!」


ゆうきは新人へ叫ぶ。

我に返った新人が慌てて後ろへ転がる。

その一瞬の隙だった。


「よくやった!」


ガレスが割って入る。

剣閃が走る。

ゴブリンは短い悲鳴を上げ、その場へ崩れ落ちた。

静寂。

森に再び鳥のさえずりが戻ってくる。


「怪我は!」


ガレスが全員を見回す。


「ありません!」

「大丈夫です!」


新人たちが次々に返事をする。

最後に、ガレスの視線がゆうきへ向いた。


「無茶だった。」


そう言いながらも、その表情は厳しいだけではなかった。


「だが、よく動いた。」


ゆうきは剣を鞘へ納める。

手の震えは、まだ止まっていない。

ホーンラビットとは違う。

相手が武器を持ち、自分へ殺意を向けてきた。

その恐怖は、今も胸の奥に残っていた。


「怖かったか。」


ガレスの問いに、ゆうきは迷わず頷く。


「はい。」


「それでいい。」


ガレスは小さく笑った。


「怖さを忘れた冒険者から先に死ぬ。」


その言葉を胸に刻みながら、ゆうきは森の奥へ視線を向けた。

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