第4話 冒険者の第一歩
ガレスは小さく笑った。
「怖さを忘れた冒険者から先に死ぬ。」
その言葉を胸に刻みながら、ゆうきは森の奥へ視線を向けた。
演習はそこで終わりではなかった。
「全員、ついて来い。」
ガレスは歩き出す。
新人たちも緊張した面持ちのまま後に続いた。
先ほどまで賑やかだった空気は消え、誰も無駄口を叩かない。
命を懸けた戦いを目の当たりにした今、この森を見る目が変わっていた。
「歩きながら覚えろ。」
ガレスは一本の草の前で足を止める。
「これは薬草だ。」
葉は細長く、淡い緑色をしている。
演習で見たものと同じだった。
「依頼でもよく指定される。」
「ただし。」
すぐ隣に生えたよく似た草を指差す。
「こっちは毒草。」
「間違えて納品すれば依頼失敗だ。」
新人たちから小さなどよめきが起こる。
「見分け方は葉脈だ。」
「薬草は中央から真っ直ぐ。」
「毒草は途中で枝分かれしている。」
ゆうきはしゃがみ込み、二つを見比べた。
確かによく見れば違う。
しかし、知らなければ見逃してしまいそうな違いだった。
「冒険者は戦うだけじゃない。」
ガレスは薬草を丁寧に摘み取りながら続ける。
「知識も武器になる。」
「覚えておけ。」
その後も森を歩きながら、食べられる木の実、触れてはいけない茸、魔物が好む縄張りの特徴など、次々と教えられた。
気付けば太陽は頭上近くまで昇っている。
「……今日はここまでだ。」
ガレスが立ち止まる。
新人たちから安堵の息が漏れた。
「帰るぞ。」
帰り道は、不思議と行きより短く感じた。
街へ戻る頃には、皆どこか疲れた顔をしている。
それでも、その表情には朝にはなかった自信が少しだけ宿っていた。
ギルドへ戻ると、受付嬢が笑顔で迎える。
「皆さん、お疲れさまでした。」
参加者全員の無事を確認すると、小さな革袋を一人ずつ手渡していく。
「こちらは演習参加の報酬です。」
ゆうきも革袋を受け取る。
中には銀貨が数枚。
高額ではない。
けれど、自分の力で歩いた一日の証だった。
「ありがとうございます。」
受付嬢は優しく頷く。
「今回の演習はこれで終了です。」
「ですが、冒険者としての勉強は今日からが本番になります。」
「分からないことがあれば、いつでもギルドへ来てください。」
「はい。」
短く返事をすると、ゆうきは革袋を腰へしまった。
ギルドを出ると、街は夕暮れに染まり始めていた。
石畳は赤く照らされ、人々はそれぞれの帰路につく。
露店からは夕食の匂いが漂い、子どもたちの笑い声が遠くで聞こえてくる。
平和な光景だった。
けれど、城壁の外には命のやり取りをする世界が広がっている。
その境界を、今日初めて自分の足で越えた。
宿へ戻ると、主人がいつものように声を掛けてくる。
「おかえり。」
「ただいま。」
部屋へ戻り、ベッドへ腰を下ろした。
静かな部屋。
窓の外では、夕焼けがゆっくりと夜へ溶けていく。
ゆうきは腰の剣へ目を向けた。
今日初めて、その剣で命を奪った。
あの感触は、きっと忘れない。
忘れてはいけない。
だからこそ、生きて帰る。
ガレスの言葉が胸の奥で静かに響く。
――怖さを忘れた冒険者から先に死ぬ。
ゆうきはゆっくりと目を閉じた。
明日からは、誰かに守られる演習ではない。
自分で依頼を選び、自分で判断し、自分で生きる。
冒険者としての日々が、いよいよ始まろうとしていた。




