第4話「連携の一歩」 中編
おむたろの説明が終わっても、誰かがすぐに次の話を始めることはなかった。
湿った土を踏む音だけが、一定の間隔で洞窟へ残る。
前を歩くさめちゃん。
その少し後ろを並ぶゆうきとおむたろ。
一歩下がった位置でももちゃんが全体を見て、最後尾ではちゃまが時折後ろを振り返っている。
昨日までは、それぞれが何をできるのかを戦いの中で確かめるしかなかった。
今は違う。
少しずつ、言葉でも知り始めている。
だからだろうか。
さっきまでと同じ隊列なのに、ゆうきには仲間の立っている場所が以前よりはっきり見える気がした。
さめちゃんが前にいるのは、ただ盾を持っているからではない。
おむたろが少し後ろにいるのも、攻撃を控えているからではない。
その場所を選ぶ理由がある。
それが分かるだけで、隣を歩く感覚が少し変わった。
先頭のさめちゃんが足を止めた。
大盾を僅かに上げ、何も言わずに耳を澄ませる。
五人の足音が消える。
洞窟の奥から聞こえてくるのは、岩肌を伝った水滴が落ちる音だけだった。
ゆうきも探知魔法へ意識を向ける。
遠くに小さな反応はある。
けれど、こちらへ近づいてくるものはまだない。
「近くは大丈夫そうだな」
声を落として言うと、さめちゃんが小さく頷いた。
「うん。じゃあ行こう」
再び歩き始める。
少し進んだところで、後ろからももちゃんの声がした。
「じゃあ……次、私でいいかなぁ」
「お願い」
ゆうきが少し振り返る。
ももちゃんは普段と変わらない穏やかな表情で歩いていた。
巨大な大斧はまだ小さな装飾品の形で携帯している。
「私のユニークスキルは、《静謐なる観測者》だよぉ」
ゆうきはその名前を聞きながら、昨日の戦いを思い返した。
ゴブリンが動くより先に、ももちゃんが身体の向きを変えていたこと。
攻撃が来る場所へ先回りするように斧を構えていたこと。
避けられない瞬間だけを選んで、大きな一撃を入れていたこと。
「昨日、相手が動く前に分かってたみたいな時あったけど。それもその力?」
「うん。でもぉ、未来が見えてるわけじゃないよ」
「違うの?」
おむたろが横から聞き返す。
「名前だけ聞いたら、ちょっと予知っぽいけど」
「よく言われるねぇ」
ももちゃんは小さく笑った。
「でも、本当に未来が見えるならもっと楽なんだけどねぇ」
そう言いながら、足元へ視線を落とす。
少し先。
緩やかに傾斜している場所に、小さな石が一つ転がっていた。
ももちゃんは歩きながらそれを拾い、掌の上へ乗せる。
「例えばぁ」
指先で軽く弾く。
石は前へ落ち、一度土の上を跳ねた。
そこから斜面に沿って右へ流れ、岩の出っ張りへ当たって止まる。
「今の、どこに行くか何となく分かった?」
「右に流れるくらいなら」
ゆうきが答える。
「坂になってたし」
「うん。それと同じだよぉ」
ももちゃんが嬉しそうに頷いた。
「見えたわけじゃないでしょぉ? 地面の傾きとか、石が落ちた向きとか見て、たぶんこっちって考えたんだよねぇ」
「相手の動きも?」
「そう」
ももちゃんは前へ視線を戻した。
「足の向きとかぁ、目線とか。武器の持ち方とか、肩の動きとかぁ。重心も見るし、その人がさっきまでどう動いてたかも見るよぉ」
「それを全部見て、次を考える?」
「うん。いっぱい情報があるほど、当たりやすくなるかなぁ」
穏やかな説明だった。
けれど、内容は簡単ではない。
相手の身体を見て。
癖を覚えて。
その場の地形まで含めて次を読む。
昨日、ももちゃんがやっていたことが偶然ではないと改めて分かる。
「じゃあ、初めて見る相手だと難しいんだ」
さめちゃんが前を警戒したまま尋ねる。
「うん。最初はちょっとねぇ。動きが変わる相手も苦手かなぁ。急に今までと違うことされたら、普通に外れるよぉ」
「弱点もあるんだな」
「あるよぉ」
ももちゃんはあっさり頷いた。
「私が見落としたら、それも駄目だしねぇ」
少しだけ間を置く。
「だから、見るのは好き」
その声は、先ほどまでより僅かに柔らかかった。
「戦ってる時だけじゃなくてぇ、普段から人を見るのも好きだよぉ。その人がどういう時に困るとか、何が得意とか。分かってた方が、助けやすいからねぇ」
ゆうきは思わず、ももちゃんの横顔を見る。
派手なことを言うわけではない。
自分がすごいとも言わない。
それでも、昨日の戦いで仲間が動きやすい瞬間を選び続けていた理由が、少しだけ分かった気がした。
「ももちゃんらしいな」
口から自然に出た。
「そうかなぁ」
少し照れたように目を細める。
「でもぉ、考えすぎると遅れるからねぇ。最後はちゃんと動かないと駄目だよぉ」
「そこまで含めて半分って言ったのか」
「うん。能力だけじゃなくて、自分で見てきた分もあるからぁ」
未来を見る力。
そう言ってしまえば簡単だった。
けれど実際には。
見る。
覚える。
考える。
選ぶ。
その積み重ねの上に《静謐なる観測者》がある。
「すごいな」
ゆうきは素直に呟いた。
「戦う前から、もう始まってるんだ」
「そんな感じかもねぇ」
ももちゃんが小さく笑う。
「はいっ!」
後ろから勢いよく声が上がった。
「次、ちゃま!」
杖を抱えていたちゃまが片手を上げる。
狐耳も一緒にぴんと立った。
「ちゃまのユニークスキルは、《星降る祈り》だよ!」
「昨日、回復で使ってたやつだよね」
さめちゃんが振り返る。
「うん!」
ちゃまは元気よく頷いた。
けれど。
「でもね。普通の回復魔法とは、ちょっと違うの」
その続きだけ、少し声が落ち着いた。
ゆうきも何となく後ろを見る。
ちゃまは杖を胸の前で抱え直し、少しだけ視線を下げていた。
「傷そのものは、ちゃんと治せるの。軽い怪我ならすぐだし、大きい怪我でも時間を掛ければかなり治せるよ」
「すごいじゃん」
おむたろが言う。
「うん。でも……治した時の痛みまで、なくなるわけじゃないんだ」
ちゃまは自分の胸元へ手を置いた。
「だから、その分をちゃまが引き受けるの」
ゆうきの足が僅かに止まりかける。
「……引き受ける?」
「うん。治した人が感じるはずだった痛みを、ちゃまが受ける」
あまりにも自然に言う。
だからこそ、一瞬意味を理解するのが遅れた。
「昨日も?」
ゆうきが聞く。
ちゃまは少し困ったように笑った。
「昨日は軽いのが多かったから、そんなにだよ」
「そんなにってことは、痛かったんだよね?」
おむたろの声が少し低くなる。
「えっと……ちょっとだけ?」
「ちゃま」
「はい」
「笑って誤魔化さない」
「うぅ」
狐耳が少し下がった。
さめちゃんも足を緩める。
「どれくらいまでなら大丈夫なの?」
「軽い怪我なら本当に平気だよ。ちょっと擦りむいたとか、小さく切ったくらいなら全然」
ちゃまは指先で小さな幅を作る。
「もう少し大きい怪我になると、何回も続けるとちょっときつくなるかな。重い怪我を治す時は……終わった後、あんまり動けなくなることもある」
声そのものは明るい。
けれど、最後のところだけ少し視線が逸れた。
ゆうきの脳裏に、昨日の実習が浮かぶ。
戦闘後。
ちゃまは笑っていた。
いつも通り元気に話していた。
ただ、何度か杖へ体重を預けていた。
呼吸も、少しだけ深かった。
疲れたのだと思っていた。
違ったのかもしれない。
「なんで言わなかったの?」
ゆうきが尋ねる。
「だって、みんな戦ってたし」
「それでも」
「治せるのに、痛そうにしてるの見てる方が嫌だもん」
返事は早かった。
考えて作った言葉ではない。
ちゃまにとっては、本当にそれが普通なのだろう。
「だからって、自分が無理していいわけじゃないよ」
さめちゃんの声は優しい。
責める響きもない。
「ちゃまちゃんが倒れたら、そのあと誰も治せなくなるから」
「……うん」
「私も気をつけるね。治してもらえるからって、無理に受けるのは違うと思う」
「さめちゃん……」
ちゃまが少しだけ目を丸くする。
おむたろもため息をついた。
「私も。今度からちゃまが何回使ったか見るからね」
「えっ」
「えっ、じゃないの。笑ってたら分かんないんだもん」
「ちゃま、隠してないよ!」
「言ってもないでしょ」
「それは……そうだけど」
ももちゃんが後ろを見ながら、ゆっくり口を開く。
「ちゃまが治すのをやめる必要はないと思うよぉ」
「うん?」
「でもぉ、ちゃまが痛くなるの知ってたら、みんなも戦い方変えられるからねぇ。知らないままより、知ってる方がいいよぉ」
ちゃまの狐耳が僅かに動く。
ゆうきも静かに頷いた。
「俺もそう思う」
回復してもらえる。
だから傷ついても平気。
そんな戦い方をしてはいけない。
ちゃまが引き受ける痛みまで含めて、初めて一つの回復なのだ。
「なるべく、ちゃまが大きいの使わなくて済むようにしよう」
「でも怪我したらちゃんと言ってね?」
すぐに返ってくる。
「隠すのは駄目だよ!」
「それは約束する」
「じゃあ、ちゃまも無理したら言う」
少し迷ってから付け足す。
「……たぶん」
「たぶんじゃない!」
おむたろの突っ込みに、ちゃまが小さく肩を竦める。
「言いますぅ」
声を抑えた笑いが、五人の間に広がった。
完全に安心できたわけではない。
きっとちゃまは、本当に誰かが傷つけば自分を後回しにする。
だから。
ゆうきは覚えておこうと思った。
ちゃまの笑顔だけを見て、大丈夫だと決めつけない。
それも仲間を知ることなのだろう。
「じゃあ、最後はゆうきくんだね」
さめちゃんが振り返った。
自然と四人の視線が集まる。
「俺か」
何となく照れくさくなって、ゆうきは後頭部へ手をやった。
「昨日、ちょっとだけ聞いたけどね」
おむたろが横から笑う。
「気になってたんだよね。《魂の共鳴》でしょ?」
「ああ」
ゆうきは一度、前方へ探知魔法を広げる。
近くに反応はない。
話していても問題なさそうだ。
「俺のユニークスキルは、《魂の共鳴》」
口にしてから、少しだけ言葉を選ぶ。
能力のことだけを説明するなら難しくない。
けれど。
この力は、相手がいて初めて成立する。
だからこそ、一方的に便利な能力だと思われたくはなかった。
「簡単に言うと、相手と繋がって、その人が持ってる技術や魔法を借りられる力なんだけど」
「魔法も?」
ちゃまが聞く。
「うん。ただ、何でも勝手に使えるわけじゃない」
ゆうきは右手を見た。
「ちゃんと共鳴するには条件がある」
四人が静かに聞いている。
「まず、握手すること」
「あ」
ちゃまが声を漏らした。
「昨日した!」
「そう。あれは最初のきっかけ」
「じゃあ、もう共鳴してるの?」
さめちゃんが自分の手を見る。
「まだ。握手しただけだと足りないんだ」
ゆうきは首を振った。
「お互いが同意してること。それと、ちゃんと信頼関係があること。その二つがないと正式な共鳴にはならない」
「勝手にはできないんだねぇ」
「できない。したくもないかな」
ゆうきは苦笑する。
「相手の力を借りるのに、その人を無視するのは違うと思うし」
おむたろが小さく頷いた。
「で、共鳴したら何ができるの?」
「正式に繋がると、その人が使ってる魔法や技術を借りられる。それと、相手自身も少し能力が上がる」
「え、こっちも?」
「うん。大きくじゃないけど」
「それすごくない?」
「便利ではある」
ゆうきはそこで少し間を置いた。
「ただ、ユニークスキルそのものをコピーする能力じゃないよ」
「《守護領域》とかは使えない?」
さめちゃんが尋ねる。
「使えない。《彩域》も《静謐なる観測者》も《星降る祈り》も無理」
ゆうきは一人ずつ見る。
「でも、その人が身につけてきたものは借りられる」
「身につけてきたもの?」
「例えばさめちゃんなら、盾の扱い方とか、受け流す時の身体の使い方。おむたろなら槍の使い方や、戦場全体を見る時の感覚」
次にももちゃんを見る。
「ももちゃんが普段どこを見て相手の動きを考えてるのか、そういう部分も少し分かると思う」
「ちゃまは?」
自分を指差す。
「回復魔法そのものなら、俺が扱える属性や技術の範囲次第で借りられる可能性はある。でも、《星降る祈り》の肩代わりまで使えるわけじゃない」
「そっかぁ」
「だから」
ゆうきは少し考え、言葉を選び直した。
「その人そのものを借りるっていうより、その人が積み上げてきたものを分けてもらう感じかな」
数秒。
誰も言葉を返さなかった。
「……なんか」
最初に口を開いたのは、おむたろだった。
こちらを見ながら、少し面白そうに笑っている。
「めちゃくちゃゆうきくんっぽいね」
「そう?」
「うん」
槍を肩へ軽く寄せる。
「一人で何でもできる力じゃないじゃん。相手がいないと始まらないし、信頼されないと使えないし」
「確かに」
「人と一緒に強くなるための能力って感じ」
その言葉に、ゆうきは少しだけ照れた。
自分でも似たことを考えたばかりだったからだ。
誰かを知る。
力を借りる。
その分、自分もその人を支える。
一人で完成する力ではない。
「でも、一つお願いがある」
ゆうきは少し真面目な声に戻した。
「共鳴は、嫌なら断ってほしい」
「嫌?」
「自分の技術を俺に貸すことになるから。たぶん、人によっては嫌だと思う」
実際にどう感じるかも、人それぞれだろう。
珍しい能力だからこそ、気味悪がられる可能性だってある。
「無理に使うつもりはない。必要な時に、納得してもらえた人とだけ使いたい」
歩きながら四人の反応を待つ。
最初に答えたのはさめちゃんだった。
「私は、いいよ」
大盾を構えたまま、少しだけ顔をこちらへ向ける。
「ゆうきくんなら大丈夫」
あまりに迷いのない返事に、ゆうきの方が少し驚く。
「いいの?」
「うん。一緒に戦うために必要なら、使ってほしいかな」
「ちゃまも!」
最後尾からすぐ声が飛んでくる。
「面白そうだし!」
「ちゃまちゃんはもう少し考えてもいいと思うけど……」
さめちゃんが少し困ったように笑う。
「考えたよ!」
「早いねぇ」
ももちゃんも笑った。
「私も大丈夫だよぉ。ゆうきがどう使うのか気になるしねぇ」
「私もいいよ」
おむたろが最後に答える。
「ていうか、ここまで聞いて断る理由あんまりないし。何か変だったらその時言うから」
ゆうきは一度、四人を見た。
「ありがとう」
思っていたより自然に言葉が出た。
肩に入っていた力が少し抜ける。
「じゃあ、試すなら安全な今のうちがいいか」
「やってみよう!」
ちゃまが嬉しそうに言う。
「ただ、正式な共鳴は最大二人までなんだ」
「二人?」
おむたろが聞き返す。
「ああ。同時に繋げるのは二人まで。だから今日は、まず感覚を確かめたい」
そこでゆうきは少し考える。
「握手だけなら、正式な共鳴じゃなくても一時的に技術を借りることはできる。簡易的なものだけど」
「じゃあ、そっちならみんな試せる?」
「うん。今日はそっちにしよう」
能力の確認が目的だ。
誰かと正式に繋がることを急ぐ必要はない。
ゆうきは足を止め、もう一度探知魔法へ意識を向けた。
周囲に危険な反応はない。
「ここなら大丈夫そうだ」
さめちゃんも辺りを見てから、大盾を持ち替えた。
「じゃあ、私から?」
「お願い」
差し出された右手を、ゆうきも握る。
柔らかな手の感触。
その直後。
身体の奥へ、微かな魔力の揺れが触れた。
光が派手に溢れることはない。
ただ、握った手の間から薄い魔力が一度だけ脈打ち、それが腕を伝って胸の奥へ流れ込んでくる。
記憶が見えるわけではない。
さめちゃんの考えていることが分かるわけでもない。
代わりに。
身体の使い方が、少しだけ近くなった。
「……あ」
ゆうきは手を離す。
近くの岩壁を見る。
「盾、貸してもらっていい?」
「うん」
さめちゃんから大盾を借りるのは難しいため、携帯していた小型の訓練盾を手へ取る。
普段なら、ただ前へ構えるだけだった。
今は。
左足が自然と半歩前へ出た。
膝が僅かに沈む。
盾の面を真正面には向けない。
少し斜め。
受け止めるためではなく、力を流すための角度。
「……こうか」
考えてから動いたわけではない。
身体がその位置を知っている。
さめちゃんが目を丸くした。
「ゆうきくん……それ」
「合ってる?」
「うん。私が受け流す時と、かなり近いよ」
ゆうきも盾を見つめる。
知識として知ったわけではない。
何年も練習した感覚が、自分の身体へ薄く重なっている。
「変な感じだな」
「痛くない?」
「全然。むしろ自然」
何度か構えを変える。
簡易的な借用だからだろう。
完璧に同じではない。
細かなところまでは分からない。
それでも、昨日までの自分とは明らかに違う。
「すごい……」
ちゃまが後ろから覗き込む。
「さっきまでと構え違うよ!」
「自分でも分かる」
ゆうきは盾を戻した。
「じゃあ次、私!」
おむたろがすぐ手を差し出す。
「こういうの見ると試したくなるよね」
「じゃあお願い」
手を握る。
再び。
魔力が薄く重なった。
今度は、身体の重心より先に視線が変わる。
正面。
右。
左。
仲間の位置。
足場。
どこへ動けば、次の攻撃へ繋がりやすいか。
視界そのものは同じなのに、見る順番が変わった。
「ああ……」
「何か分かる?」
おむたろが覗き込んでくる。
「全部見ようとするんじゃなくて、動く場所から見てる感じがする」
「お、それっぽい」
「敵だけじゃなくて、味方がどこにいるかも先に見るんだな」
「そうそう。私、誰もいないとこに動いても意味ないからね」
ユニークスキルである《彩域》そのものは見えない。
色も分からない。
けれど。
おむたろが支援役として、どんなふうに戦場を見ているのか。
ほんの一部だけだが、確かに身体へ入ってくる。
「面白いな」
「でしょ?」
おむたろが嬉しそうに笑う。
手を離す。
少しずつ感覚は薄れていく。
ただ、一度見た景色の見方は完全には消えない。
「次、ももちゃんお願い」
「うん」
ももちゃんがゆっくり手を差し出す。
触れた瞬間。
今までの二人とは、また違う感覚だった。
身体が軽くなるわけではない。
視界が広がるわけでもない。
なのに。
目へ入ってくるものが、自然と細かく分かれていく。
岩壁の角度。
湿った土。
細い横道。
さめちゃんの立つ位置。
ちゃままでの距離。
もし正面から敵が来たら。
右の岩陰から来たら。
その時、誰が一番動きやすいか。
「……すご」
ゆうきは思わず声を漏らす。
「そんなに?」
ももちゃんが小さく笑う。
「ももちゃん、ずっとこんなに色々見てるの?」
「ずっと考えてるわけじゃないよぉ」
「でも、勝手に目に入る?」
「うん。たぶん癖だねぇ」
ゆうきは一度、後ろを見る。
ちゃまが最後尾。
少し左側に岩の窪みがある。
もし正面から魔物が来て、さらに右から回り込まれたら。
ちゃまは左へ動かした方がいい。
そこまで、自然に考えが繋がる。
「景色が違って見えるな」
「ほんとに?」
「うん。全部、使い道があるものに見える」
ももちゃんが少し嬉しそうに目を細めた。
「それなら、ちゃんと借りられてるねぇ」
手を離す。
三人分。
どれも違った。
同じダンジョンを歩いている。
同じ敵を見ている。
それでも、見えているものはこんなにも違う。
「ちゃまは?」
最後尾から声が飛んでくる。
「ちゃまもやる?」
「やりたい!」
ゆうきは少しだけ考えた。
「回復魔法をここで使う必要はないし、今日は感覚だけでもいい?」
「うん!」
ちゃまが前へ来て手を差し出す。
握る。
魔力が触れる。
今度、最初に感じたのは。
人だった。
前の三人とは違う。
誰がどこにいるか。
誰の呼吸が少し乱れているか。
誰が無理をしていないか。
戦場全体ではなく、仲間一人一人へ意識が向きやすくなる。
「……ちゃま、こんなにみんな見てるんだ」
「え?」
「怪我してるかどうかだけじゃない」
ゆうきは四人を見回す。
「呼吸とか、歩き方とか。顔色も」
「あー……うん」
ちゃまが少し照れたように笑う。
「治す時に気付けなかったら嫌だから」
そこにも。
能力とは別に、ちゃまが積み重ねてきたものがあった。
ゆうきは手を離す。
残った感覚を確かめるように、自分の右手を一度開いた。
「……やっぱり、全然違うな」
四人を見る。
「同じ場所にいても、見てるものが全部違う」
「それが借りられるんだよね?」
さめちゃんが聞く。
「ああ。全部じゃないし、正式な共鳴ならもっと深くなると思う。でも、今のだけでもかなり分かった」
おむたろが腕を組み、少し考えるようにゆうきを見る。
「何かさ」
「ん?」
「能力を借りてるっていうより、本当にその人の戦い方を借りてる感じなんだね」
「俺も今、そう思ってた」
ゆうきは右手を握る。
《魂の共鳴》。
今までも使ってきた。
便利な力だと思っていた。
誰かの魔法。
誰かの技術。
足りないものを補える。
けれど。
今、四人からほんの少しずつ借りてみて分かった。
技術だけではない。
なぜその動きを選ぶのか。
どこを見ているのか。
何を守ろうとしているのか。
そこまで理解して初めて、借りたものを本当に使える。
「ゆうきくん」
さめちゃんが静かに声を掛ける。
「どう?」
「うん」
ゆうきは四人を見た。
「もっと知りたくなった」
「何それ」
おむたろが笑う。
「能力の感想じゃないじゃん」
「でも本当にそうなんだよ」
ゆうきも笑った。
「知ってる相手ほど、この力はちゃんと使えるんだと思う」
「じゃあいっぱい話さないとね!」
ちゃまが元気よく言う。
「戦いながらでも!」
「戦ってる時はちゃんと前見ようねぇ」
「はーい」
小さな笑い声が響いた。
その時。
ゆうきの表情が変わった。
探知魔法へ反応が触れた。
一つ。
二つ。
すぐに増える。
「……みんな」
声を落とす。
四人もすぐに話を止めた。
「来る」
「どっち?」
さめちゃんが大盾を上げる。
「前。六……いや」
ゆうきは一瞬目を閉じ、反応を追う。
「六体」
おむたろが槍を構える。
ももちゃんの手が腰の装飾品へ移る。
ちゃまも後ろへ下がり、杖を両手で持った。
ほんの少し前まで笑っていた空気が、静かに切り替わる。
足音。
軽い。
ゴブリンより速い。
しかも一方向から重なって聞こえるのではない。
左右へ細かく散っている。
「広がって来てる」
ゆうきが言う。
「囲むつもりかも」
「じゃあ、ここで受けるね」
さめちゃんが前へ出た。
通路はそこまで広くない。
左右には岩の張り出しがある。
ゆうきは先ほどのももちゃんの感覚を思い出す。
右側。
僅かに高くなった岩棚。
左側には細い横道。
「ちゃま、少し左寄って」
「うん!」
「おむたろは右を見てて。岩棚から回るかもしれない」
「了解!」
「ももちゃん、正面お願い」
「うん」
言葉が自然に出た。
自分一人で考えたというより。
さっき借りた四人の見方が、少しずつ残っている。
暗がりの奥。
赤茶色の毛並みが一瞬見えた。
すぐに消える。
「速いね」
さめちゃんが声を抑える。
次の瞬間。
一体のコボルトが岩陰から飛び出した。
短剣を右手に持ち、姿勢を低くしたまま一気に距離を詰めてくる。
そのすぐ後ろ。
二体目。
同じ軌道ではない。
最初の個体の影を使うように僅かに右へずれている。
「二体!」
ゆうきの声とほぼ同時。
さめちゃんの盾が上がった。
一体目の短剣が大盾へ当たる。
高い音。
さめちゃんは押し返さない。
盾を斜めへ流す。
相手の勢いを横へ逃がした。
コボルトの身体が僅かに崩れる。
「今だよ」
その声を聞く前に。
ゆうきの足は動いていた。
昨日なら、盾で止まった敵を見てから踏み込んでいた。
今日は違う。
さめちゃんがどこへ流すのか。
その先へ隙ができることを、身体が少しだけ知っている。
剣を振る。
コボルトは咄嗟に身体を引いた。
完全には届かない。
刃が肩を浅く裂く。
「ギャッ!」
後退する。
その瞬間。
二体目が入れ替わるように前へ出た。
「交代した!」
おむたろが声を上げる。
コボルトは傷を負った仲間を後ろへ下げ、自分が前へ入った。
一体目へ追撃しようとすれば。
こちらが二体目の間合いへ入る。
「追わない!」
ゆうきが止まる。
その判断と同時に、二体目が短剣を突き出した。
さめちゃんの盾。
また受け流す。
「右!」
おむたろの声。
さらに別の一体が、右側の岩棚を走っていた。
四足に近い姿勢で岩を蹴り、こちらの横へ回り込もうとしている。
「やっぱり来た!」
おむたろが槍を向ける。
突かない。
穂先を進路へ置く。
コボルトがそれを嫌い、僅かに外へ跳ぶ。
その一歩で。
「そこだよぉ」
ももちゃんの装飾品が展開した。
巨大な大斧。
重い刃が持ち上がる。
コボルトが避けようと身体を捻るより早く、斧が落ちた。
轟音。
土が跳ねる。
コボルトの身体が黒い瘴気へ変わる。
「一体!」
ちゃまの声。
だが、正面はまだ動いている。
傷を負った個体が後ろへ下がった代わりに、二体が左右へ広がり始めた。
「中央で注意引いて、横から来る!」
ゆうきが言う。
コボルトの動きは速い。
けれど無秩序ではない。
誰かが前に出れば。
その後ろで別の一体が動く。
群れとしてこちらを崩そうとしている。
「左、来るよ!」
最後尾のちゃまが声を上げた。
ゆうきが振り返る。
左の細い横道から、一体が飛び出している。
「ゆうきくん、お願い!」
さめちゃんは正面を離れられない。
「ああ!」
左へ走る。
コボルトの短剣が突き出された。
真正面から剣で受ける。
そう考えかけて。
半歩ずれた。
刃を自分の身体へ当てず、外へ流す。
さめちゃんから借りた感覚。
完全ではない。
でも。
受け止める必要はない。
コボルトの腕が伸び切る。
ゆうきはその手首へ剣の腹を当てた。
短剣が弾かれる。
「おむたろ!」
「分かってる!」
槍が横から入る。
ゆうきが開けた場所へ、おむたろが迷わず滑り込んできた。
穂先を胸へ突き込むと見せて。
直前で止める。
コボルトが後ろへ逃げる。
その足元へ槍の石突。
引っ掛ける。
身体が浮く。
「ももちゃん!」
「うん」
大斧を引きずる音が一度だけ鳴った。
次の瞬間には。
逃げられない位置へ刃が落ちる。
黒い瘴気。
二体目。
「いい感じ!」
ちゃまの声が明るく響く。
その声で少しだけ空気が緩みそうになった時。
ゆうきの探知魔法へ違和感が走った。
「……待って」
まだ反応が四つある。
二体倒した。
最初は六。
計算は合っている。
なのに。
目に見えるのは三体だけだった。
「一体いない」
おむたろの表情が変わる。
「どこ?」
「分からない」
探知にはいる。
近い。
けれど岩が複雑に重なり、正確な位置が掴みにくい。
正面の三体も攻めてこない。
少し距離を取り、低い声で鳴き合っている。
ゆうきはそれを見て、嫌な感覚を覚えた。
「……待ってる?」
ももちゃんが小さく呟く。
「何か来るまで、時間作ってる感じだねぇ」
その時だった。
石が一つ。
上から落ちた。
小さな音。
ゆうきが顔を上げる。
「上!」
青白い苔の光を背に、一つの影が岩棚から飛び出した。
赤茶色の毛。
両手に短剣。
他の個体より細身。
狙っているのは。
最後尾。
「ちゃま!」
ゆうきが叫ぶ。
ちゃまも気付いた。
杖を上げる。
けれど遅い。
コボルトは落下の勢いを乗せたまま、短剣を振り下ろす。
ゆうきの身体が先に動いた。
ちゃままでの距離。
進路。
さっき、ももちゃんとの簡易共鳴で見えていた位置関係が頭に残っている。
最短。
横から入る。
「っ!」
剣を差し込む。
短剣とぶつかった。
金属音。
腕へ衝撃。
体重だけではない。
落下の力まで乗っている。
「重っ……!」
押し返そうとした。
その瞬間。
コボルトのもう一方の腕が動く。
左の短剣。
横。
「二本目!」
剣を戻すには遅い。
ゆうきは身体を引こうとする。
間に。
大盾が滑り込んだ。
硬い音。
さめちゃんの盾が短剣を斜めから受け、軌道を外へ流す。
「ゆうきくん、大丈夫?」
「うん、助かった!」
「よかった」
それだけ言って、さめちゃんはすぐにコボルトへ向き直った。
正面にいた三体は。
もう動いている。
さめちゃんが後ろへ下がったことで、前が空きかけていた。
「正面、俺が見る!」
ゆうきが前へ出ようとした時。
「待ってぇ」
ももちゃんの声。
「飛んできた子、右へ逃げるよぉ」
短剣を持ったコボルトが、さめちゃんの盾から距離を取ろうとしている。
左にはゆうき。
後ろにはちゃま。
正面には盾。
空いているのは右だけ。
「おむたろ!」
「もういる!」
槍が右から伸びた。
突くのではない。
逃げ道へ置く。
コボルトが急停止する。
一瞬。
視線が槍へ向いた。
その足元へ。
「そこぉ」
ももちゃんの大斧。
床へ叩き込むのではなく、低い軌道で薙ぐ。
コボルトが後ろへ跳ぶ。
避けた。
けれど。
「ゆうきくん!」
ちゃまの声。
そこはもう、ゆうきの間合いだった。
「分かってる!」
深く踏み込まない。
逃げる方向へ刃を置く。
コボルトの肩口へ剣が入った。
身体が崩れる。
ゆうきは追わない。
残る三体。
それを忘れない。
「前!」
さめちゃんが盾を上げる。
三体が同時に動いた。
一体が中央。
二体が左右。
今度は完全に囲むつもりだ。
「広がるよ!」
ちゃまが後ろから知らせる。
「おむたろ、右!」
「任せて!」
「俺、左行く!」
「うん。真ん中は私が止めるね」
さめちゃんが一歩出る。
中央のコボルト。
短い棍棒を振り上げる。
盾。
受ける。
流す。
けれど。
今度の役割は倒すことではない。
真ん中に居続ける。
左右へ抜かせない。
ゆうきは左へ回った個体を見る。
短剣。
低い姿勢。
一度こちらを見て。
すぐにちゃまへ視線を移した。
「後ろ狙いか!」
進路へ入る。
コボルトが横へずれる。
ゆうきも追う。
深追いはしない。
通さないだけ。
その時。
右側からおむたろの声が上がった。
「こっち二体目来る!」
正面にいた一体が、さめちゃんを避けて右へ流れた。
おむたろ一人に二体。
「ももちゃん!」
「見えてるよぉ」
大斧を持ったまま、ももちゃんが右へ動く。
速くはない。
けれど迷いがない。
一体目がおむたろへ飛び込む。
槍で受ける。
押される。
二体目が横から入ろうとする。
「そこじゃないよぉ」
ももちゃんの斧。
二体目の進路へ。
攻撃そのものを当てるより。
行きたい場所を潰す。
コボルトが止まる。
その瞬間。
「おむたろ、下がって!」
「了解!」
一歩下がる。
前へ出たコボルトが追う。
追った分だけ、さめちゃんから離れる。
それを見て。
ゆうきにも形が見えた。
「さめちゃん、中央押して!」
「うん!」
大盾が前へ出る。
真正面の一体を後ろへ下げる。
これで三体の距離が離れた。
「今なら一体ずついける!」
「じゃあ右から!」
おむたろが叫ぶ。
槍を握り直す。
《彩域》。
ゆうきには色は見えない。
けれど、コボルトの足が僅かに重くなったのは分かった。
「遅くした!」
「ももちゃん!」
「うん」
大斧が上がる。
コボルトは避けようとする。
けれど足が一瞬遅れた。
刃が入る。
三体目。
残り二体。
ゆうきの左にいた一体が、仲間が倒れた瞬間に後ろへ跳ぶ。
逃げる。
そう見えた。
「追わないで!」
さめちゃんの声。
ゆうきの足が止まる。
直後。
後退したコボルトが身体を反転させた。
追っていれば、そこから短剣が飛んできていた。
ゆうきは息を吐く。
「危な……」
「まだ終わってないよ」
「ああ!」
二体。
今度は距離を取ったまま動かない。
目線だけで互いを確認している。
短く鳴く。
左右へ分かれる。
「また挟むつもり」
おむたろが言う。
「でも、さっきより分かる」
ゆうきは剣を構え直す。
コボルトが連携する。
だから厄介。
でも。
自分たちも。
さっきまでとは違う。
「ちゃま、後ろお願い」
「うん!」
「ももちゃん、右の動き見て」
「見てるよぉ」
「おむたろ、俺が左止めたら入れる?」
「もちろん」
「さめちゃん、中央」
「任せて」
長い指示はいらなかった。
それぞれが、自分の場所へ入る。
右。
左。
同時にコボルトが走った。
ゆうきは左へ。
短剣。
一度目。
外へ流す。
二撃目。
来る。
身体を半歩引く。
避ける。
相手が前へ出過ぎる。
「おむたろ!」
「はいよ!」
横から槍。
逃げ道を塞ぐ。
コボルトが止まる。
「ももちゃん!」
「今だねぇ」
右を見ていたはずのももちゃんが。
もう中央へ寄っている。
最後の一体がさめちゃんへ踏み込んだ瞬間に。
そちらではなく、ゆうき側へ来ていた。
大斧。
黒い瘴気。
四体目。
残る一体。
さめちゃんの前。
仲間がいなくなったコボルトは、初めて動きを止めた。
逃げる。
前へ出る。
迷っている。
ゆうきには。
その一瞬が分かった。
ももちゃんから借りた感覚が、ほんの僅かに残っている。
「迷ってる」
「うん」
ももちゃんも同時に言った。
「今ならいけるよぉ」
さめちゃんは攻め込まない。
ただ盾を構え、逃げ道を限定する。
おむたろが右。
ゆうきが左。
ちゃまは後ろ。
コボルトは一歩下がる。
もう一歩。
壁。
「終わり!」
おむたろの槍が足元へ入る。
体勢が崩れる。
ゆうきが一歩前へ出た。
余計に踏み込まない。
一太刀。
最後のコボルトが黒い瘴気へ変わった。
静かになった。
先ほどまで何度も鳴っていた金属音が消える。
水滴。
呼吸。
それだけが戻ってきた。
ゆうきは剣を下げたまま、すぐには鞘へ戻さなかった。
探知魔法を広げる。
近くに反応はない。
上。
横道。
岩棚。
もう一度確かめる。
「……今度こそ終わり」
「ふぅ……」
さめちゃんが大盾を下ろした。
「みんな、大丈夫?」
「ちゃま元気!」
「早い早い」
おむたろが笑いながら肩を落とす。
「まだ全員答えてないって」
「だって元気だもん」
ゆうきも腕を軽く回す。
最初に飛び込んできたコボルトの一撃を受けた時、少し痺れた程度だ。
「俺も大丈夫」
「私もぉ」
ももちゃんが大斧を小さく戻す。
「おむたろは?」
「もちろん。ちょっと走ったくらい」
さめちゃんも四人の顔を見てから、ようやく小さく笑った。
「よかった」
ちゃまが杖を抱え直しながら、倒したコボルトのいた場所を見る。
「でも、ゴブリンと全然違ったね」
「うん」
ゆうきも周囲へ目を向ける。
「一体ずつが強いっていうより、誰かが動いたら次が動く感じだった」
「仲間が怪我したら入れ替わったしね」
おむたろが言う。
「後ろ狙うために隠れてたやつもいた」
「ちゃま、ほんとにびっくりした……」
狐耳が少し下がる。
さめちゃんがすぐそちらを見る。
「でも、ちゃんと気付けてたよ」
「ゆうきくんとさめちゃんが来てくれたから!」
「ちゃまが上を見てたら、もっと早く分かったかもねぇ」
「うぅ……次は見る」
「全部見るのは無理だよ」
ゆうきが笑った。
「だから五人いるんだろ」
言ってから。
自分で少しだけ驚く。
昨日までなら。
自分が見落とした。
もっと見なければ。
そう考えていた気がする。
今は違った。
一人で全部を見る必要はない。
後ろはちゃまが見ている。
前はさめちゃん。
動きはももちゃん。
全体の流れをおむたろが見ている。
自分は。
足りないところへ入ればいい。
「昨日より、ちゃんと戦えたねぇ」
ももちゃんが穏やかに言った。
「うん」
さめちゃんも頷く。
「誰かが一人で何とかしようとしてなかったと思う」
「それ、ゆうきくんに言ってる?」
おむたろがにやりと笑う。
「……ちょっと俺も思った」
「自覚あるならよし!」
「何目線なんだよ」
「お姉さん目線」
「だから同い年だって」
「こっちではね!」
ちゃまが声を押し殺して笑う。
ももちゃんも肩を揺らした。
ゆうきは少しだけ照れくさくなりながら、剣を鞘へ戻した。
「でも」
自然と四人を見る。
「ありがとう」
さっきまで笑っていた四人が、一度きょとんとする。
「急にどうしたの?」
おむたろが聞く。
「いや。今日、ユニークの話聞いてさ」
さめちゃんの盾。
おむたろの視線。
ももちゃんの観察。
ちゃまが仲間を見る感覚。
どれも。
さっきの戦いで少しずつ役に立っていた。
「昨日より、ちゃんとみんなに任せられた気がしたから」
言葉にすると、少し恥ずかしい。
それでも。
昨夜から考えていたことだった。
「一人で全部やろうとするより、全然楽だった」
「それはそうだよ」
さめちゃんが柔らかく笑う。
「私も、一人だったら前しか見られないから」
「私もぉ」
ももちゃんが続ける。
「みんなが動いてくれるから、見ることに集中できるんだよぉ」
「ちゃまも!」
杖を抱えたまま、ちゃまが一歩前へ出る。
「みんなが守ってくれるから、後ろからちゃんと見られる!」
「私は元々人に任せるの得意だからね!」
おむたろが胸を張る。
「それ自慢していいやつ?」
「いいの!」
小さな笑い声がまた洞窟へ広がった。
戦いが終わったばかりだというのに、不思議と息苦しさはない。
ゆうきは前方へ探知魔法をもう一度広げる。
遠くには、まだいくつかの反応がある。
第六階層は始まったばかりだ。
「行こうか」
「うん」
さめちゃんが再び先頭へ出る。
その後ろへ。
誰に言われるでもなく。
ゆうき。
おむたろ。
ももちゃん。
ちゃま。
それぞれが自分の場所へ戻った。
歩き出す。
湿った土の感触。
青白い苔の光。
遠くで響く水の音。
景色は、さっきまでと何も変わっていない。
けれど。
ゆうきには少しだけ違って見えた。
右の岩陰は、おむたろが見ている。
前方の狭い場所なら、さめちゃんが守りやすい。
足元の痕跡は、ももちゃんが気付くかもしれない。
後ろから誰かが来れば、ちゃまが声を掛けてくれる。
自分一人では見えなかったものが。
四人を知ったことで、少しずつ見えるようになっている。
ゆうきは歩調を合わせながら、自分の右手を一度だけ見た。
《魂の共鳴》。
誰かの力を借りるための能力。
そう思っていた。
それだけではないのかもしれない。
借りる前に。
その人が何を見て。
どう動いて。
何を大切にしているのか。
知らなければ、きっと本当の意味では使えない。
隣を歩く仲間の足音が、静かな洞窟へ重なっていく。
五人分。
昨日より。
ほんの少しだけ、揃って聞こえた。




