第4話「連携の一歩」 前編
朝の魔法都市ルーメンには、昨日より少しだけ馴染んだ景色が広がっていた。
柔らかな陽射しが石畳の大通りへ斜めに差し込み、学院へ向かう学生たちの影を長く伸ばしている。行き交う制服や色とりどりのローブが朝風に揺れ、街角では露店の主人たちが慌ただしく店を開き始めていた。
開いたばかりのパン屋から漂う香ばしい匂いに、香草や果物の甘い香りが混ざる。
そんな人の流れに紛れながら、ゆうきは静かに息を吸った。
学院生活が始まって二日目。
見慣れない建物も、知らない道もまだ多い。昨日なら学院の塔が見えるたびに少し気持ちが引き締まっていたが、今日はそこまで肩に力が入っていなかった。
理由は分かっている。
昨夜、宿へ戻ってからも何度か昨日の実習を思い返していた。
五人で初めて潜った学院管理中級ダンジョン。
最初は、それぞれの役割を知っているだけだった。
さめちゃんは前で守る。
ももちゃんは大きな一撃を入れる。
ちゃまは後ろから回復する。
おむたろは前衛を支えながら動く。
自分は足りないところを補う。
言葉にすれば、それだけだ。
けれど実際に戦ってみると、同じ役割でも見え方はまるで違った。
さめちゃんが盾を構えるだけで、後ろにいる者がどれだけ動きやすくなるのか。
おむたろが敵の意識を一瞬ずらすことで、ももちゃんの大斧がどれほど深く入るのか。
ちゃまが後ろにいてくれることで、前衛がどれだけ迷わず踏み込めるのか。
自分一人では作れない戦い方だった。
それなのに。
振り返れば、まだ自分だけで何とかしようとした場面がいくつもある。
前へ出る必要のなかったところで踏み込んだ。
少し待てば、仲間が作ってくれる隙を使えた場面もあった。
もっと任せてもよかった。
そのことが、宿へ戻ってから何度も頭へ浮かんだ。
「今日は昨日より、ちゃんと頼れたらいいな」
誰に聞かせるでもなく小さく呟き、ゆうきは学院の門をくぐった。
門前には、待ち合わせをしている学生たちが何人も集まっていた。
手を振り合う者。
眠そうな顔で友人へ寄りかかる者。
朝から魔導書を開いたまま歩いて、隣の学生に注意されている者もいる。
昨日はそれら一つ一つが目新しかった。
今日は、その中を少しだけ自然に歩ける。
講義棟へ入り、教室の前まで来る。
扉を開けた途端。
「あーーっ! ゆうきくん、おはよー!」
教室の奥から、よく通る明るい声が飛んできた。
ちゃまだ。
杖を机の横へ立てかけ、椅子へ座っていた彼女が大きく手を振っている。狐耳まで嬉しそうに動いていた。
「おはよう、ちゃま」
「えへへ、おはよー!」
朝から変わらない調子だ。
その隣では、おむたろが椅子に浅く腰掛けたまま、こちらへ片手を上げた。
「おっ、ゆうきくんも来たね。おはよー」
「おはよう、おむたろ」
「昨日ちゃんと寝れた?」
「かなり。宿戻ってから少しだけ昨日のこと考えてたけど、横になったら気付いた時には朝だった」
「それならよし!」
満足そうに笑うおむたろの向こうで、さめちゃんが静かに立ち上がった。
「おはよう、ゆうきくん」
「おはよう、さめちゃん」
「昨日は……ありがとう」
一瞬だけ視線を落としてから、さめちゃんが近くへ立てかけていた大盾を見る。
昨日の実習で使っていた時よりも、その手つきに僅かだが馴染みが出ていた。
「朝、少しだけ振ったり構えたりしてみたんだけど、前より動かしやすいよ。まだ完全に慣れたわけじゃないけど……ちゃんと使えそう」
「もう試してきたんだ」
「うん。昨日より上手く使えたらいいなって」
控えめな声だったが、その言葉には迷いがなかった。
「似合ってたよぉ」
窓際から、ももちゃんがゆっくり顔を上げる。
「昨日見てて思ったけどぉ、さめちゃんにちゃんと合ってたねぇ」
「えっ……あ、ありがとう」
さめちゃんの頬がほんの少し赤くなる。
褒められると思っていなかったのか、大盾へ添えていた指先が僅かに迷った。
その反応を見て、ちゃまが楽しそうに笑う。
「今日って六階層からだよね!」
杖を抱えたまま身を乗り出す。
「次はどんな魔物がいるんだっけ?」
「コボルトだな」
ゆうきが答えると、おむたろが「あー」と思い出したように腕を組んだ。
「先生が言ってたやつね。ゴブリンより群れで動くのが上手いって」
「うん。単純に前から来るだけじゃなくて、囲んだり待ち伏せしたりするらしい」
「じゃあ、昨日よりもっと周り見ないとだね」
さめちゃんが静かに頷く。
「前だけ見てたら危なそう」
「そうだな」
ゆうきも自然と四人を見る。
「昨日みたいに、それぞれが自分の役割だけやるんじゃなくて、周りが何してるかも見ながら動けたらいいと思う」
「昨日より一歩進んだ感じ!」
ちゃまが楽しそうに杖を持ち上げる。
「ちゃま、今日はもっとみんな見る!」
「見るのはいいけど、前見ないで転ばないでね」
おむたろが笑う。
「転ばないもん!」
「昨日ちょっと危なかったよぉ」
「ももちゃんまで!」
教室に小さな笑い声が広がった。
その時、前方の扉が開いた。
実習担当の教師が教室へ入ってくる。
それだけで、先ほどまで賑やかだった空気が自然と落ち着いた。
「おはよう」
教壇へ立った教師は、集まった生徒たちを一度見渡してから黒板へ向く。
「昨日は五階層までの攻略、ご苦労だった。初日の実習として見れば、各班とも概ね問題なく進められている」
魔法で黒板へ簡単な階層図が描かれていく。
第一階層から第五階層まで。
そして、その下へ第六階層以降の区画。
「本日は昨日の続き、第六階層から探索を開始する」
教師が六階層を示す。
「ここから出現する魔物はコボルトだ。昨日まで相手にしたゴブリンと比べて身体能力が高く、とくに群れでの連携に優れる。前後から挟む、地形を利用して待つ、先行する個体が注意を引いて別の個体が回り込む。そうした動きも珍しくない」
教室の空気が少し引き締まる。
昨日一日実習を経験したからこそ、説明の意味が以前より具体的に想像できる。
「数だけを見るな。目の前にいる個体だけを相手にするな。昨日と同じパーティで行動し、常に仲間の位置を把握しておけ」
教師は一度言葉を切った。
「準備ができた班から地下転移室へ向かえ。危険と判断した場合は無理をせず、帰還すること」
説明が終わる。
「よしっ!」
おむたろが椅子から立ち上がった。
「今日も頑張ろう!」
「うん」
さめちゃんも大盾を持ち上げる。
「昨日より、ちゃんと周りを見ながら動こうね」
「ちゃまも頑張るー!」
「焦らないでねぇ」
ももちゃんがゆっくり席を立つ。
ゆうきも自分の剣を確かめた。
「じゃあ、行こうか」
五人で教室を出る。
誰かが先を急ぐわけでもない。
話しながら廊下を進み、地下へ続く階段を降りていった。
◇
地下転移室には、すでにいくつもの実習パーティが集まっていた。
学院の地下深くに造られた広い空間。
床には規則正しく転移魔法陣が並び、それぞれの紋様が淡い光を脈打たせている。
教師たちが各所で実習証を確認し、学生たちは武器や装備の最終確認をしていた。
昨日も来た場所だ。
それでも、今日は少しだけ空気が違って感じる。
緊張が消えたわけではない。
けれど、初めてダンジョンへ入る前のような硬さは少ない。
代わりに、それぞれの顔には昨日の経験を持ち込んだ者らしい落ち着きがあった。
「結構いるね」
ゆうきが周囲を見回す。
「五階層まで突破した班は、だいたい今日から六階層なんじゃない?」
おむたろも周囲へ目を向ける。
「みんな同じくらいの進み方なんだね」
「でもぉ、中に入ったらそんなに一緒にはならないと思うよぉ」
ももちゃんが並ぶ転移魔法陣を眺めながら言った。
「ダンジョン自体が広いしぃ、道もいっぱいあるからねぇ」
「入口が一緒でも?」
ちゃまが首を傾げる。
「うん」
ゆうきが頷く。
「探索してるうちに自然と進む方向が分かれることが多いんだ。魔物もずっと同じ場所にいるわけじゃないし、別のパーティと一緒になるとしても最初くらいだと思う」
「なるほどー」
ちゃまの狐耳がぴくりと動く。
「じゃあ、今日も基本はちゃまたち五人で頑張るんだね!」
「何かあった時のために先生はいるけどね」
さめちゃんが柔らかく笑う。
「でも、自分たちで考えるための実習なんだと思う」
「そのために潜ってるんだろうな」
ゆうきが答えたところで、担当教師から声が掛かった。
「次の班、準備を」
五人は呼ばれた魔法陣へ向かう。
昨日と同じように円の中へ入り、それぞれ位置を取った。
「装備は問題ないか」
「はい」
ゆうきが代表して答える。
「本日は第六階層からの探索だ。帰還用魔道具は必ず使える位置にしておけ。無理に先へ進む必要はない。危険だと思った時点で戻れ」
「はい!」
五人の声が重なった。
教師が魔法陣へ魔力を流す。
足元の紋様が白く輝き、その光がゆっくりと視界を覆っていった。
身体がほんの一瞬浮くような感覚。
次の瞬間。
肌へ触れる空気が変わった。
冷たい。
少し湿っている。
外とも、学院の地下とも違う匂いがした。
湿った土。
苔。
岩。
どこか遠くで、水滴が落ちる小さな音が聞こえる。
光が消える。
「わぁ……」
最初に声を漏らしたのはちゃまだった。
第六階層は、第五階層までとはまるで景色が違っていた。
転移した場所は、天然の洞窟をそのまま広げたような大きな空洞だった。
足元には石だけでなく湿った土が広がり、ところどころに背の低い草や灌木が生えている。
天井は高い。
そこへ張りつく青白い苔が淡く発光し、まるで地下へ小さな星空を閉じ込めたように周囲を照らしていた。
遠くには複数の洞窟が枝分かれしている。
岩壁を伝う細い水の流れが、時折その光を反射していた。
「きれい……」
ちゃまが周囲を見上げる。
「五階までと全然違うね」
さめちゃんも大盾を持ったまま、静かに辺りへ目を向けていた。
石造りの通路が続いていた昨日までと違い、ここには人の手で整えられた感じがほとんどない。
自然にできた洞窟の中へ、そのまま足を踏み入れたようだった。
「こういうところなんだぁ」
ももちゃんが発光する苔を見上げ、小さく笑う。
「きれいだねぇ。ずっと見てたら眠くなりそうだけどぉ」
「いや、寝ちゃ駄目でしょ」
おむたろが笑いかけ。
途中で表情を変えた。
「……でもさ」
声が少しだけ低くなる。
「静かすぎない?」
その一言で、全員の意識が周囲へ向いた。
耳を澄ます。
水滴。
遠くを抜ける風。
足元の草が微かに擦れる音。
それだけ。
昨日までの階層では、ゴブリンの声や足音が遠くから聞こえることも珍しくなかった。
ここにはない。
何も聞こえないことが、逆に誰かに見られているような感覚を強めていた。
「先生が言ってたな」
ゆうきは声を落とす。
「コボルトは待ち伏せもする」
「うん」
さめちゃんが大盾を構え直した。
「私が前を歩くね」
それだけで十分だった。
誰も反対しない。
自然と位置が決まる。
先頭にさめちゃん。
その少し後ろを、ゆうきとおむたろが左右へ分かれて歩く。
ももちゃんはそこから一歩下がり、前の三人と後ろの両方が見える位置へ入る。
最後尾にはちゃま。
昨日なら、一度立ち止まって隊列を確認していたかもしれない。
今日は誰も何も言わなかった。
それでも五人が、それぞれ一番動きやすい場所へ入っている。
ゆうきはそのことに気付いて、ほんの少しだけ口元を緩めた。
一日。
たったそれだけだ。
それでも、五人で戦った時間は確かに残っている。
「探知、広げる」
ゆうきは声を抑え、無属性魔法を周囲へ薄く広げた。
目には見えない魔力が地面や岩壁をなぞるように伸びていく。
近くに大きな生命反応はない。
少し遠くまで探る。
それでも、すぐ戦闘になりそうな反応は見つからなかった。
「今のところ近くには何もいない」
「了解」
おむたろが短く答える。
さめちゃんがゆっくり前へ進み始めた。
◇
十分ほど歩いただろうか。
洞窟は少しずつ狭くなり、足元も緩やかな下り坂へ変わっていた。
青白い苔の光はまだ十分にある。
けれど岩の起伏が増えたことで、ところどころに大きな影が落ちている。
その影へ意識を向けながら進んでいた時。
「……待ってぇ」
ももちゃんの声がした。
先頭のさめちゃんがすぐに足を止める。
それに合わせるように、残りの四人も立ち止まった。
ゆうきが振り返る。
「どうした?」
ももちゃんは答えず、少し前の地面を指差した。
湿った土の上。
そこに、いくつもの足跡が残っている。
ゴブリンのものとは違う。
先端に細長い爪の跡があり、人間より少し小さい。
犬や狼の足跡を、人の足に近づけたような形だった。
「これ……コボルト?」
ちゃまが少し腰を落として覗き込む。
「たぶんな」
ゆうきもしゃがみ、足跡をよく見る。
一つではない。
何体分もの跡が同じ方向へ重なって続いている。
「結構いるね」
おむたろが周囲を警戒しながら呟く。
「これ全部同じ群れかな」
「大きさ違うよぉ」
ももちゃんが隣へしゃがみ込む。
「こっちはちょっと大きくてぇ、こっちは小さいねぇ。深さも違うから、持ってる物とか身体の重さも違うかもぉ」
「ほんとだ」
ゆうきも見比べる。
大きな足跡。
小さな足跡。
深く沈んだもの。
ほとんど表面だけを掠めたもの。
それらは無秩序に重なっているわけではなかった。
進む方向は揃っている。
ばらばらな個体が偶然同じ道を通ったというより、まとまって移動した跡に見えた。
「群れで動いてる感じするね」
さめちゃんが少し離れた位置から周囲を見渡す。
「うん。授業で聞いた通りなら、近くに縄張りがあるかもしれない」
ゆうきは立ち上がる。
さらに少し進むと、今度は岩壁に傷が残っていた。
何度も爪で引っ掻いたような跡。
その近くには、短い灰色の毛が数本引っかかっている。
ちゃまが近づき、狐耳を僅かに動かした。
「こういうのも見て歩くんだね」
「戦うだけが探索じゃないからな」
ゆうきは傷の位置を見る。
「縄張りを示してる可能性もあるし、よく通る場所なのかもしれない。少なくとも、この辺にコボルトがいるのは間違いなさそう」
「昨日はこんなの気にしてなかったなぁ」
おむたろが壁の傷を見る。
「ゴブリンの階層だと、こんな分かりやすいのなかったしね」
「魔物が変わるとぉ、探し方も変わるんだねぇ」
ももちゃんがゆっくり頷いた。
五人は再び歩き出す。
まだ探知には近い反応がない。
敵がいないことを安心するより、その静けさを使って周囲を見る。
岩陰。
足元。
横穴。
さっき見つけた痕跡の続き。
昨日は、敵が現れたらどう戦うかばかりを考えていた。
今日は、戦う前に見えるものが少し増えている。
それだけで、歩く速度まで変わった気がした。
急いで先へ進もうとする者はいない。
誰かが少し足を緩めれば、残りも自然と合わせる。
ちゃまが後ろを振り返れば、ゆうきも一度横道を見る。
さめちゃんが盾を僅かに上げれば、おむたろも槍へ手を添える。
言葉にしなくても分かることが、昨日より増えていた。
ゆうきは前を歩く四人の背中を見ながら、息を静かに吐いた。
少しずつ。
本当に少しずつだ。
それでも、ただ同じ実習班になった五人ではなくなってきている。
◇
湿った土を踏む足音が、規則正しく洞窟へ響いていた。
先頭のさめちゃんは、大盾を完全に身体の正面へ固定せず、どの方向から攻撃が来ても動かせるよう少し余裕を持って構えている。
そのすぐ後ろ。
ゆうきは左側。
おむたろは右側。
二人とも横道や岩陰を確認しながら進む。
ももちゃんは一歩後ろから全体を見ていた。
最後尾のちゃまは時折後ろを振り返り、前との距離が開きすぎないよう歩幅を合わせている。
誰かが隊列を決めたわけではない。
歩き始めたら、そうなっていた。
昨日とは違う。
隣に誰がいるのか分かっているだけで、自分が全部を見る必要がなくなる。
ゆうきは左側の岩陰を確認したあと、前へ視線を戻した。
その時だった。
「そういえばさ」
右を歩いていたおむたろが、いつもの軽い調子で口を開いた。
「昨日あれだけ一緒に戦ったのに、私たちってお互いのユニーク、ちゃんと知らなくない?」
ゆうきの足が僅かに緩む。
「あ」
後ろから、ちゃまの声。
「ほんとだ!」
「名前くらいしか知らないかもな」
ゆうきも考えてみる。
それぞれがユニークスキルを持っていることは分かっている。
実戦の中で、使っている場面も見た。
けれど、それが何をできて、何ができないのか。
どこまで頼っていいものなのか。
詳しく聞いたことはなかった。
「昨日は説明してる余裕なかったもんね」
おむたろが笑う。
「目の前のゴブリン何とかする方が先だったし」
「でも、知っておいた方がいいと思う」
さめちゃんが前を見たまま静かに続けた。
「自分でできることも、みんなができることも分かってた方が、動きやすいよね」
「今なら敵も近くにいないしぃ」
ももちゃんがゆっくり周囲を見回す。
「歩きながらなら話せそうだねぇ」
ゆうきは探知魔法の感覚へ意識を向ける。
まだ近くに反応はない。
「そうだな。このまま進みながら聞こう。何か反応あったら、その時は一回止めればいい」
「賛成!」
おむたろが軽く槍を持ち直す。
「できるなら実際に見せた方が分かりやすいよね」
「じゃあ……私からでいい?」
先頭のさめちゃんが少しだけ振り返った。
「もちろん」
ゆうきが答える。
さめちゃんは前へ視線を戻したまま、一度だけ息を整えた。
「私のユニークスキルは、《守護領域》」
大盾を持つ腕へ、ゆっくり魔力が流れる。
直後。
盾の表面から淡い光が滲むように広がった。
派手な光ではない。
銀色に近い薄い魔力が、さめちゃんを中心に柔らかく周囲へ伸びていく。
やがて五人の足元を包むほどまで広がると、空気そのものへ薄い膜が重なったような感覚が生まれた。
「わぁ……」
ちゃまが小さく声を漏らす。
「これが《守護領域》?」
ゆうきが手を伸ばす。
何か壁があるわけではない。
けれど領域の境目を越えた瞬間、身体へまとわりつく魔力の感触が僅かに変わる。
「うん」
さめちゃんが小さく頷く。
「この中にいる仲間を、守りやすくしてくれる力なの」
「守りやすく?」
「私の防御が届きやすくなるっていう方が近いかな。盾で受けた時も踏ん張りやすくなるし、近くにいるみんなも攻撃で体勢を崩されにくくなるよ」
さめちゃんは歩きながら大盾の角度を少し変える。
それに合わせるように、薄い魔力の流れも揺れた。
「ずっと出せるの?」
おむたろが興味深そうに尋ねる。
「小さくなら長く使えるけど、広くしたり強くしたりすると魔力は結構使うかな」
「なるほど」
「それと……」
さめちゃんの声が少しだけ小さくなる。
「領域の中なら、仲間が受けるはずだった攻撃を、私の方へ引き寄せることもできるよ」
ゆうきは思わずさめちゃんを見る。
「攻撃を?」
「全部じゃないよ」
驚かれたことに気付いたのか、さめちゃんが少し困ったように笑う。
「何でも肩代わりできるわけじゃないし、距離や強さにも限界はあるから。私が守れる範囲だけ」
「それでも十分すごいよ!」
ちゃまの狐耳がぴんと立つ。
「危ない時に助けられるってことでしょ?」
「うん。でも……使えば私がその分受けるから」
さめちゃんは一度、自分の盾へ目を落とした。
「ちゃんと考えて使わないと駄目だと思ってる。私が倒れたら、その後みんなを守れなくなるから」
声は柔らかい。
強がるような響きもなかった。
ただ、自分の役割として当然のことを口にしているだけだった。
「そこまで含めて考えてるんだな」
ゆうきが言うと、さめちゃんは少しだけ照れたように笑った。
「守るための力だから」
短い言葉だった。
それでも、昨日一日見てきたさめちゃんらしさが、そのまま入っている気がした。
前へ出る。
盾を構える。
自分が傷つくことを怖がらない。
けれど、自分を投げ出していいとは思っていない。
守り続けるために、自分が立っていることも必要だと分かっている。
ゆうきは改めて、前を任せられる理由を少しだけ理解した気がした。
「じゃ、次は私かな!」
空気が静かになりすぎる前に、おむたろが明るく声を上げた。
「私のユニークは《彩域》って書いて、《パレット》って読むんだけど、名前だけ聞いたら何するのってなるよね」
「気になってた」
ゆうきが笑う。
「でしょ?」
おむたろは自分の目元へ指を当てる。
「私ね、人や魔物の魔力が色みたいに見えるの」
「色?」
ちゃまが首を傾げる。
「うん。ほんとの色が付いてるっていうより、私にはそう見えるって感じ」
おむたろの視線がゆうきへ向く。
「例えば、ゆうきくん」
「俺?」
「無属性だからって真っ白とかじゃなくてね。かなり透明に近い感じ。周りの色を邪魔しないっていうか、混ざりやすそうな色してる」
「へぇ……」
自分では何も見えない。
ゆうきが手のひらを眺めていると、おむたろの視線が次へ移った。
「さめちゃんは落ち着いた感じ。ちゃんとそこにある色っていうか、安心する」
「私?」
さめちゃんが少し驚いたように振り返る。
「ちゃまは、ほんと分かりやすいよ。きらきらしてる」
「星みたい?」
ちゃまが嬉しそうに聞く。
「そうそう、そんな感じ。で、ももねは静かな銀色っぽいかな」
「へぇ」
ももちゃんが自分の手を見た。
「私には全然分からないねぇ」
「本人には見えないからね」
おむたろが笑う。
「でも、見るだけじゃないんでしょ?」
ゆうきが尋ねる。
「もちろん」
おむたろの声が少しだけ弾む。
「見えてる色へ、少し手を加えられる」
「手を加える?」
「味方なら、得意な動きを少しやりやすくしたり、魔力の流れを整えたり。敵なら逆に、動きを鈍くしたり、力を出しにくくしたり」
「昨日やってたの、それか」
「そうそう!」
昨日の戦闘中。
おむたろが何かをした直後、ゴブリンの足取りが少し変わった場面があった。
あれが《彩域》だったのだろう。
「じゃあ、かなり色々できるんだな」
ゆうきが言うと、おむたろはすぐに首を横へ振った。
「万能ってほどじゃないよ。色をちゃんと捉えられない相手には効きにくいし、何人にも強い効果を同時に出すのもまだ無理」
指先を軽く振りながら続ける。
「一人にいっぱい塗るより、必要なところへ必要な分だけって感じ。だから私が前だけ見てると駄目なんだよね」
「全体見ながら使うんだ」
「そう。誰を上げるか。誰を下げるか。その時その時で変える」
その説明を聞きながら、ゆうきは昨日の戦いを思い出していた。
さめちゃんが受ける。
おむたろが崩す。
ももちゃんが決める。
ちゃまが支える。
それぞれが単独で完結しているわけではない。
一つの動きが次へ繋がる。
そして。
自分の《魂の共鳴》も同じだった。
誰かを知ることで使えるものが増える。
さめちゃんの盾を扱う感覚。
敵を受け止めるのではなく、守るためにどこへ立つのかという判断。
おむたろの、戦場全体を見る感覚。
誰へ何を足せば流れが変わるのかを考える視野。
共鳴すれば、それらの一部を借りることができる。
もちろん、二人のユニークスキルそのものが使えるわけではない。
《守護領域》を自分が展開できるわけでも、《彩域》の色が見えるようになるわけでもない。
それでも。
積み重ねてきた技術。
身体の使い方。
見る場所。
判断の癖。
そういうものを借りられるだけで、自分の選択肢は大きく増える。
ゆうきは少し前を歩くさめちゃんと、隣のおむたろを見る。
昨日までなら。
《魂の共鳴》は、誰かの力を借りられる能力だと思っていた。
それだけではないのかもしれない。
相手がどう戦うのか知らなければ、借りたものをどう使えばいいのかも分からない。
知る。
信じる。
任せる。
その先で初めて、自分もその人の力を扱える。
ゆうきは無意識に右手を軽く握った。
前方では、さめちゃんが変わらず慎重に道を見ている。
おむたろは話しながらも、右側の岩陰へ何度も視線を送っていた。
ももちゃんは二人の話を静かに聞き。
最後尾のちゃまは、いつでも誰かの声を拾える距離を保っている。
少しずつでいい。
まだ知らないことは多い。
だからこそ。
もっと知ればいい。
仲間のことを。
この先で、一緒に戦うために。




