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あの時間をもう一度  作者: ゆうき
第三章 これからのこと

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第3話 ダンジョン実習


 石造りの階段を下りると、空気が少しだけ変わった。


 第一階層よりも湿度が高く、ひんやりとした風が頬を撫でていく。


 壁へ埋め込まれた魔石灯の明かりも少なくなり、通路の奥は薄暗く霞んでいた。


「四階層かぁ。」


 ちゃまが周囲を見回す。


「ここまで来ると、ちょっと雰囲気違うね。」


「魔力も少し濃い気がする。」


 なもが盾を抱え直しながら小さく呟いた。


 ゆうきも同じ感覚を覚えていた。


 魔物の強さそのものは大きく変わらない。


 それでも、階層を下りるごとに漂う空気は少しずつ重くなっている。


「五階がボス部屋だったよねぇ。」


 ももねが地図を開く。


 学院から渡された簡易地図には、現在地と階段の位置だけが記されていた。


 探索そのものも実習の一つなのだろう。


「あと少し。」


 おむたろが地図を覗き込みながら笑う。


「思ったより順調だね。」


 誰も慢心はしていない。


 けれど、初めてのダンジョン実習という緊張は、いつの間にか「この五人なら大丈夫」という安心感へ変わり始めていた。


 その時だった。


 通路の先から、甲高い叫び声が響く。


「ギギィッ!」


 物陰から飛び出してきたのは三体のゴブリン。


 しかし、その後ろに続く影を見て、ゆうきは僅かに目を細めた。


「あれ……。」


 普通のゴブリンより一回り大きい。


 革鎧を身につけ、腰には剣。


 粗末ながらも鉄製の兜まで被っている。


「ウォーリアーだ。」


 おむたろが槍を構える。


「階層が下がると出てくるんだよ。」


「へぇ。」


 ゆうきは短く息を吐く。


「普通のゴブリンより賢そうだ。」


 その予感は当たっていた。


 ウォーリアーは真っ先に飛び込まず、後ろのゴブリンへ手を振る。


 二体が左右へ散り、ゆうきたちを挟もうと動き始めた。


「回り込む気だ。」


「させない!」


 なもが前へ出る。


 ウォーリアーも剣を抜き、真正面から斬りかかってきた。


 金属同士がぶつかる高い音が洞窟へ響く。


「重っ……!」


 盾越しに伝わる衝撃に、なもの足が半歩だけ滑った。


 普通のゴブリンとは明らかに力が違う。


 だが、それだけだった。


「なも!」


「大丈夫!」


 返事と同時に体勢を立て直す。


 その横を、ゆうきが駆け抜けた。


 ウォーリアーもそれを見逃さず剣を返す。


 速い。


 だが、ゆうきは真正面から打ち合わない。


 刃を軽く流し、そのまま身体を半歩外へ。


 空いた脇腹へ剣を滑り込ませた。


 ウォーリアーが膝をつく。


 そこへ、おむたろの槍が伸びる。


「終わり!」


 槍の一撃でウォーリアーは魔石へ変わった。


 残っていた二体のゴブリンは、その様子を見るや否や動きが鈍る。


「ちゃま!」


「いっくよー!」


 光弾が一体の足元へ着弾する。


 驚いて止まったところを、ももねの大斧が横から薙ぎ払った。


 最後の一体は逃げようと踵を返す。


「逃がさない。」


 なもが前へ出る。


 盾で進路を塞がれたゴブリンは慌てて向きを変えたが、その先にはゆうきが立っていた。


 一閃。


 静かに戦闘が終わる。


 剣を納めたゆうきは、ウォーリアーが残した魔石を拾い上げた。


「普通のゴブリンとは動きが違うね。」


「うん。」


 おむたろが頷く。


「役割を分けて動いてた。」


「五階もあんな感じなのかな。」


 ちゃまの言葉に、誰もすぐ答えなかった。


 きっと違う。


 ボスなら、もっと。


 そんな予感だけが胸に残る。


     ◇


 何回かの戦闘を終えて歩いていくと、通路の先に大きな石造りの扉が見えてきた。


 他の通路とは明らかに違う。


 二倍ほどの高さがある両開きの扉には、剣と盾を模した古い紋章が刻まれていた。


「……あった。」


 ももねが小さく呟く。


「ボス部屋。」


 ちゃまがごくりと唾を飲み込む。


 さっきまでの明るさが少しだけ影を潜めていた。


 おむたろは扉へ近付き、そっと手を添える。


「まだ開けない方がいいね。」


「うん。」


 なもも頷いた。


「一回深呼吸しよう。」


 全員が自然とその場へ腰を下ろす。


 水を飲み、武器を確かめ、呼吸を整える。


 誰も焦ってはいない。


 それぞれが、それぞれのやり方で心を落ち着かせていた。


 ゆうきは静かに扉を見上げる。


 学院最初のボス。


 冒険者として見れば決して強敵ではない。


 それでも、この五人にとっては初めて挑む”ボス戦”だ。


 隣では、ちゃまが両手で自分の頬を軽く叩いていた。


「よし!」


 その小さな声に、おむたろが笑う。


「緊張してる?」


「ちょっとだけ!」


「私も。」


 なもが照れくさそうに笑った。


 ももねも大斧を抱えながら、ゆっくり頷く。


「でも、みんな一緒だから大丈夫。」


 その言葉に、ゆうきも静かに頷いた。


「行こう。」


 誰かを鼓舞するような言葉ではない。


 ただ仲間へ向けた一言だった。


 五人はゆっくり立ち上がる。


 重厚な石扉の前へ並び、それぞれが武器を構えた。


 学院での最初のボス戦が、静かに幕を開けようとしていた。


 重厚な石扉の前で、五人はもう一度だけ互いの顔を見渡した。


 誰かが無理に声を張り上げることもなければ、気負った様子もない。


 緊張はしている。


 それでも、この短い実習の中で積み重ねてきた時間が、「一人ではない」という安心感を与えてくれていた。


「開けるね。」


 おむたろが両手を扉へ当てる。


 石と石が擦れる重い音が響き、ゆっくりとボス部屋が姿を現した。


 中はこれまでの通路とは比べものにならないほど広い。


 天井は高く、等間隔に並ぶ魔石灯が薄暗く空間を照らしている。


 部屋の奥――玉座を思わせる岩の上に、一体のゴブリンが腰を掛けていた。


 通常種より頭一つ大きい体格。


 全身を覆う金属鎧。


 片手には巨大な戦斧、もう片方には丸盾。


 赤黒いマントを揺らしながら、ゆっくりと立ち上がる。


「ギィ……。」


 低く唸るような声。


 その瞳が五人を捉えた瞬間、空気が張り詰めた。


 ゴブリンジェネラル。


 学院ダンジョン五階層の主。


 そして――。


「ギャアアアアッ!!」


 雄叫びとともに、部屋の四方に魔法陣が浮かび上がった。


 淡い緑色の光が床を走り、一体、また一体とゴブリンが姿を現す。


「召喚……!」


 ちゃまが息を呑む。


 あっという間に十体近いゴブリンが部屋を埋め尽くした。


 ジェネラルはその後ろから一歩も動かず、戦斧を肩へ担いだまま全体を見渡している。


「まずは取り巻き!」


 おむたろの声に全員が頷いた。


 ジェネラルへ一直線に向かっても囲まれるだけだ。


 なもが先頭へ出る。


「来るよ!」


 最初に飛び込んできた二体を盾で受け止める。


 普通のゴブリンなら押し返せる。


 だが数が多い。


 一体を受ければ、その横からもう一体が回り込もうとする。


「右!」


 ゆうきが斬り込み、死角へ入ろうとした一体を倒す。


 その隙を逃さず、おむたろが槍を振るい、もう一体を壁際まで押し返した。


 しかし、その間にも別の三体がちゃまたちへ向かって走る。


「ちゃま!」


「うん!」


 杖を握り締め、光弾を放つ。


 先頭の一体が怯んだ。


「ももちゃん!」


「任せてぇ。」


 大斧が横薙ぎに振るわれる。


 二体まとめて吹き飛ばされ、魔石へ変わった。


 だが、一体だけが斧をすり抜けるように懐へ飛び込む。


「きゃっ!」


 ちゃまが一歩下がる。


 その前へ、なもが滑り込んだ。


 盾が棍棒を受け止める。


「大丈夫?」


「ありがと!」


 短いやり取りを交わす間にも、ジェネラルは動かない。


 ただ腕を組み、部下たちの戦いを見ているだけだった。


 まるで品定めでもしているかのように。


「まだ来る!」


 魔法陣が再び光る。


「えっ!?」


 ちゃまが目を丸くする。


「また増えた!」


 五体。


 新たなゴブリンが召喚される。


「倒しても増えるのか。」


 ゆうきが小さく息を吐く。


 その視線は自然とジェネラルへ向いていた。


 今の召喚。


 あれはジェネラルの能力だ。


「ゆうきくん。」


 おむたろも同じ考えに至ったらしい。


「あいつ倒さないと終わらない。」


「うん。」


 ゆうきは頷いた。


 ただ、問題はそこへどう辿り着くかだ。


 ジェネラルは常に取り巻きを前へ出し、自分は後方で指揮を執っている。


 真正面から突っ込めば囲まれる。


「……。」


 ゆうきは周囲を見渡した。


 なもは正面を抑えている。


 ももねは広範囲を担当。


 ちゃまは援護。


 おむたろは素早く隙を埋めている。


 戦えている。


 だからこそ、一瞬だけなら。


「おむたろ。」


「ん?」


「道、作れる?」


 おむたろは少しだけ笑った。


「やってみる。」


 言葉はそれだけだった。


 十分だった。


「みんな!」


 おむたろが前へ飛び出す。


 槍を横薙ぎに振るい、一体、二体とまとめて押し込む。


 倒すのではなく、押す。


 僅かな隙間が生まれた。


「ももちゃん!」


「うん。」


 大斧が床を叩く。


 轟音と共にゴブリンたちが後ろへ弾き飛ばされた。


 一本道が開く。


「今!」


 ちゃまの光弾が左右のゴブリンを牽制する。


 その一瞬。


 ゆうきが駆けた。


 一直線。


 ジェネラルとの距離を一気に詰める。


 だが。


「ギャア!」


 ジェネラルは待っていた。


 巨大な戦斧が振り下ろされる。


 重い。


 受ければ終わる。


 ゆうきは身体を捻り、紙一重でかわす。


 床が砕け、石片が舞った。


 間髪入れず二撃目。


 横薙ぎ。


 剣で受け流す。


 腕へ衝撃が走る。


「っ……!」


 重い。


 だが隙も大きい。


 踏み込もうとした瞬間だった。


 ジェネラルが盾を突き出す。


「!」


 予想より早い。


 弾き飛ばされそうになる。


 そこへ――。


「ゆうき!」


 なもの声。


 盾を構えたまま一直線に駆け込み、ジェネラルの盾へ体当たりする。


 大きくは動かない。


 それでも十分だった。


 ジェネラルの視線が、一瞬だけなもへ向く。


「ありがとう。」


 その隙を逃さない。


 ゆうきは懐へ潜り込む。


 腹部へ一閃。


 鎧が裂ける。


 ジェネラルが唸り声を上げた。


 しかし、まだ倒れない。


 振り上げた戦斧が再び落ちる。


「危ない!」


 ちゃまの声。


 光弾がジェネラルの顔へ当たり、その軌道が僅かに逸れる。


 戦斧は床を砕いた。


「今だよぉ!」


 ももねが全力で踏み込む。


 大斧がジェネラルの脚へ叩き込まれる。


 巨体が膝をつく。


「おむたろ!」


「任せて!」


 槍が肩を貫き、体勢を崩す。


 完全に動きが止まった。


 ゆうきは深く息を吸う。


 剣を握り直し、真正面から駆けた。


「これで……!」


 踏み込み。


 渾身の一撃。


 銀色の軌跡がジェネラルの胸を斬り裂く。


 しばらく動きを止めていた巨体が、ゆっくりと崩れ落ちた。


 その身体は光となり、無数の粒子へ変わっていく。


 同時に、部屋中にいたゴブリンたちも一斉に姿を消した。


 静寂。


 誰もすぐには動かなかった。


 やがて。


 ゴゴゴ……。


 部屋の中央に魔法陣が現れる。


 光が収まると、一つの宝箱が静かに置かれていた。


「出た……。」


 ちゃまが目を輝かせる。


「宝箱!」


 その隣では、青白い光を放つ転移ポータルが静かに揺れていた。


 学院の入口へ戻るための魔法陣だ。


「終わったんだね。」


 なもが安堵したように息を吐く。


 おむたろは宝箱の前へしゃがみ込む。


「開ける?」


「うん。」


 全員が頷いた。


 蓋を開く。


 中に収められていたのは、一枚の大きな盾だった。


 白銀に近い灰色の金属で作られた、なもの身体ほどもある大楯。


 縁には淡く青い魔法紋が刻まれ、持ち手には魔石が埋め込まれている。


「……きれい。」


 なもが思わず呟く。


 学院教師から事前に聞いていた説明を思い出す。


 ダンジョンの宝箱には、その攻略者に縁のある装備が現れることがある、と。


 ゆうきは自然と笑みを浮かべた。


「さめちゃんにぴったりだ。」


 なもは少し照れながら、その大楯を両手で抱き上げた。


 魔力を通すと、盾の表面を淡い光がゆっくりと走る。


 受けた衝撃を和らげる効果を持つ、マジックアイテムだった。


 その光を見つめるなもの表情は、どこか誇らしげだった。


第3話 ダンジョン実習 後編③


 ボス部屋の転移ポータルへ足を踏み入れると、視界が白く染まった。


 ふわりと身体が浮くような感覚のあと、次の瞬間には学院ダンジョンの入口広間へ戻ってきていた。


 朝と変わらない場所。


 それなのに、ほんの数時間前とは景色が少し違って見える。


「戻ってきたぁ……。」


 ちゃまが大きく伸びをする。


 張り詰めていた緊張が解けたのか、狐耳も力なく揺れていた。


「お疲れさま。」


 なもが笑いかけると、ちゃまも照れたように笑い返す。


「途中はちょっと焦ったけどね。」


「でも、ちゃんと勝てた。」


 おむたろが槍を肩へ担ぎ直す。


 その声には、少しだけ自信が混じっていた。


 学院の教員が近付いてきて、五人から魔石と攻略証を受け取る。


 傷の有無を確認し、簡単な聞き取りを終えると、教員は満足そうに頷いた。


「初回実習としては十分だ。無理に先へ進まず、状況を見て判断できたのも良かった。」


 それだけ言い残し、次の班の対応へ向かっていく。


 大げさに褒められることはない。


 だが、その一言だけで十分だった。


     ◇


 学院へ戻ると、実習を終えた生徒たちが次々と集まってきていた。


 廊下には今日の戦闘を振り返る声があちこちから聞こえてくる。


「オーガだったら無理だったな。」


「ゴブリンでも意外と苦戦した。」


「うちの班なんて全滅しかけたよ。」


 そんな会話を聞きながら、五人も教室の一角へ腰を下ろした。


「疲れたぁ……。」


 ちゃまは机へ突っ伏す。


「今日はご飯いっぱい食べられそう。」


「ちゃまは毎日いっぱい食べてるでしょ。」


 おむたろが笑うと、教室の空気も少し和らいだ。


「みんなはどうだった?」


 ゆうきの問いに、最初になもが口を開く。


「私ね、守ることばかり考えてたんだけど……。」


 一度言葉を探すように視線を落とし、それからゆっくり続ける。


「今日戦ってみて、止めるだけじゃ足りない場面もあるって分かった。ちゃんと前へ出る勇気も必要なんだね。」


「私は逆だったぁ。」


 ももねが苦笑する。


「早く倒そうって考えてたけど、待つことも大事なんだなって。」


「私も。」


 ちゃまが頷く。


「回復とか魔法ばっかり考えてたけど、周りを見る余裕がまだ全然ないや。」


「それなら一緒だよ。」


 おむたろも笑った。


「気付いたら前しか見えてなかったし。」


 四人の話を聞きながら、ゆうきは小さく息を吐いた。


 誰かが失敗を責めることもなければ、自分だけを褒める者もいない。


 だから自然と、「次はもっと良くしたい」という言葉が出てくる。


 それが少し嬉しかった。


「ゆうきくんは?」


 ちゃまが首を傾げる。


 急に話を振られ、ゆうきは少し考え込む。


「……俺も、みんなと同じかな。」


「同じ?」


「一人で戦う癖がまだ残ってる。」


 その言葉に、おむたろが納得したように頷いた。


「確かに最初そんな感じだった。」


「うん。」


 ゆうきは苦笑する。


「旅ではアムと一緒だったから、自然と任せられてるって思ってた。でも今日みたいに初めて組む人だと、まだ自分で動こうとしちゃうんだ。」


「それでも、ちゃんと頼ってくれたよ。」


 なものその一言に、ゆうきは少しだけ目を丸くした。


「最後のボス。」


 なもは照れくさそうに笑う。


「『道、作れる?』って言ってくれた時、ちょっと嬉しかった。」


 ゆうきもつられて笑う。


「ありがとう。」


 短い言葉だったが、それで十分だった。


 教員が教室へ入り、今日の実習について簡単な総評を伝える。


 大きな怪我人もなく、全班が無事帰還したこと。


 次回はさらに深い階層へ挑む班も出てくること。


 そして、実習は魔物を倒すことではなく、自分たちを知るための時間でもあること。


 話が終わると、その日の授業は解散となった。


     ◇


 校門へ出る頃には、西日が石畳を橙色へ染め始めていた。


「じゃあ、また明日!」


 ちゃまが大きく手を振る。


「明日は座学だから寝坊しないでねー。」


「ちゃまにだけは言われたくないなぁ。」


 おむたろが笑い、ももねものんびりと手を振る。


「またねぇ。」


 なもも新しい大楯を背負い直し、小さく会釈した。


「今日はありがとう。」


「こちらこそ。」


 四人は学院の寮へ向かって歩いていく。


 夕日に照らされた後ろ姿を見送りながら、ゆうきはふっと笑みを浮かべた。


 ほんの一日。


 それでも、朝より少しだけ距離が縮まった気がする。


     ◇


 宿へ戻ると、一階の食堂から夕食の香りが漂ってきた。


 焼きたてのパンと香草の匂いに、思わずお腹が鳴る。


「おかえり。」


 窓際の席で本を読んでいたアムが顔を上げる。


 水色の髪が夕日に照らされ、柔らかく揺れた。


「ただいま。」


 向かいへ腰を下ろすと、宿の娘が温かいお茶を運んできてくれる。


 湯気を眺めながら一口飲むと、ようやく身体から力が抜けた。


「どうだった?」


 アムは本を閉じ、静かに尋ねる。


「思ってたより楽しかった。」


 その一言に、自分でも少し驚く。


 もっと疲れたとか、大変だったとか、そんな言葉が先に出ると思っていた。


「いい人たちだった?」


「うん。」


 ゆうきは今日一日を思い返す。


 照れながら笑ったなも。


 場を明るくするちゃま。


 落ち着いたももね。


 よく周りを見ているおむたろ。


 まだ知り合ったばかりなのに、不思議と居心地は悪くなかった。


「それなら良かった。」


 アムはそれ以上深く聞こうとはしなかった。


 ただ、その穏やかな笑顔だけで十分だった。


 窓の外では、魔法都市ルーメンに夜がゆっくりと降り始めている。


 学院での一日目は終わった。


 けれど、今日積み重ねた小さな経験は、きっと明日も、その先も、少しずつ五人を変えていく。


 そんな予感を胸の奥に残したまま、ゆうきは湯気の立つカップへ静かに手を伸ばした。

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