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あの時間をもう一度  作者: ゆうき
第三章 これからのこと

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第3話 ダンジョン実習


 朝露をまとった芝生が、朝日に照らされてきらきらと輝いていた。


 魔法学院の正門前には、実習へ向かう生徒たちが次々と集まってくる。


 革鎧の具合を確かめる者。


 杖を磨く者。


 緊張した面持ちで教本を読み返す者。


 初めてのダンジョン実習ということもあり、どこか落ち着かない空気が漂っていた。


 その中で、ゆうきは肩に剣を下げながら四人の姿を探す。


「ゆうきくーん!」


 聞き慣れた元気な声とともに、狐耳を揺らしたちゃまが大きく手を振った。


 その後ろには、おむたろ、ももね、なもの三人も並んでいる。


「おはよう。」


「おはようなの!」


「ちゃんと時間より早く来たね。」


 おむたろが笑いながら腕を組む。


「ゆうきくんって意外と真面目タイプ?」


「意外は余計じゃない?」


「あははっ、ごめんごめん。」


 朝から賑やかなやり取りに、なもがくすっと笑う。


「みんな揃ったね。」


「今日はよろしくねぇ〜。」


 ももねがゆっくり手を振る。


「よろしく。」


 ゆうきも自然と笑顔になる。


 こうして並ぶと、本当に昔へ戻ったような気分だった。


 すると、教師の一人が前へ出た。


「静かに。」


 ざわついていた生徒たちが、一斉に教師へ視線を向ける。


「本日より、ダンジョン実習を開始します。」


 教師の後方には、大きな魔法陣が刻まれた転移門が設置されていた。


 学院管理ダンジョン。


 魔法学院が長年管理・研究を続ける教育用ダンジョンである。


「このダンジョンは全二十階層。」


 教師はゆっくり説明を続ける。


「本日は各班の力量を確認することが目的です。無理に先へ進む必要はありません。」


 生徒たちが真剣な表情になる。


「ダンジョン内では教員が巡回しています。危険を感じた場合は迷わず救援信号を使用してください。」


 そう言って、小さな赤い魔石を掲げる。


「命より大切な実習はありません。」


 その言葉に、生徒たちは静かに頷いた。


「それでは、一班から順番に転移してください。」


     ◇


 ゆうきたちの番になる。


 五人で魔法陣の上へ立つと、淡い光が足元から溢れた。


 ふわりと身体が浮くような感覚。


 一瞬だけ景色が白く染まり――。


 次の瞬間、湿った空気が肌へ触れた。


「着いたぁ。」


 ちゃまが周囲を見回す。


 そこは薄暗い石造りの洞窟だった。


 壁には魔石灯が一定間隔で埋め込まれ、青白い光が通路を照らしている。


 床は平坦に整備されているものの、自然洞窟らしい起伏も残っていた。


「思ったより広いね。」


 なもが辺りを見渡す。


 ゆうきも静かに頷いた。


「教育用って聞いてたけど、本物のダンジョンと変わらない。」


「管理されてるだけで、本物だもん。」


 おむたろが笑う。


「魔物もちゃんといるしね。」


「油断しちゃだめぇ〜。」


 ももねがのんびりと言いながらも、巨大な斧へそっと手を添えた。


 普段のおっとりした雰囲気とは違う。


 戦闘になると自然と意識が切り替わるらしい。


 ゆうきも剣へ手を掛ける。


「まずは隊列を決めよう。」


「そうだね。」


 おむたろがすぐ頷いた。


「前はさめちゃん。」


「うん。」


「その後ろにゆうきくん。」


「了解。」


「私は左右を動く。」


 槍を肩へ担ぐ。


「ももねは火力担当。」


「はぁ〜い。」


「ちゃまは後衛。」


「任せて!」


 誰も異論はない。


 短いやり取りだけで自然と隊列が決まった。


 それぞれが自分の役割を理解している。


 その様子に、ゆうきは少し驚いていた。


(ちゃんと連携できてる。)


 まだ学院一年生。


 それなのに、自分たちで役割を理解し、確認し合っている。


 思っていた以上に実戦経験が積まれているようだった。


「じゃあ行こうか。」


 ゆうきの声で、一行はゆっくり歩き始めた。


     ◇


 歩き始めて十分ほど。


 前方の曲がり角から、小さな足音が聞こえた。


「止まって。」


 なもが静かに左手を上げる。


 全員がすぐ足を止めた。


 息を潜める。


 やがて姿を現したのは――。


 緑色の肌。


 百四十センチほどの小柄な身体。


 錆びた短剣を持った魔物。


「ゴブリン。」


 ちゃまが小さく呟く。


 まだこちらには気付いていない。


 なもが振り返った。


「どうする?」


 ゆうきは少し考え、答える。


「まずは一体だけ。連携を確認しよう。」


 全員が頷いた。


「じゃあ、始めるよ。」


 なもが盾を構える。


 一歩。


 また一歩。


 静かに距離を詰めた、その瞬間。


「ギィッ!」


 ゴブリンがこちらへ気付いた。


 短剣を振り上げ、一直線に突っ込んでくる。


「来る!」


 なもは慌てない。


 盾を少しだけ前へ出し、真正面から受け止める。


 鈍い音が響いた。


 体勢は崩れない。


「今!」


 ゆうきが横へ回り込み、一閃。


 銀色の軌跡が走る。


 ゴブリンはそのまま魔石へ変わり、静かに崩れ落ちた。


 戦闘は一瞬だった。


「ナイス!」


 おむたろが笑顔で親指を立てる。


「息ぴったりじゃん。」


 ゆうきは剣を鞘へ戻しながら、小さく笑った。


「いや。」


 首を横へ振る。


「まだ改善できる。」


 四人が不思議そうに見る。


「さめちゃん。」


「うん?」


「受け止める位置を半歩だけ左へずらせば、俺がもっと入りやすくなる。」


「……そっか。」


 なもは目を丸くした。


「確かに。」


「それと、おむたろ。」


「はいはい。」


「横へ回るのが少し早い。」


「見えてた?」


「うん。」


「えぇ〜、さすが。」


 おむたろが苦笑する。


「ももちゃんは完璧。」


「えへへぇ〜。」


「ちゃまも後衛の位置取りがいい。」


「ほんと?」


「うん。」


 褒められたちゃまは嬉しそうに狐耳を揺らした。


「じゃあ次はもっと上手くできる!」


 その笑顔を見て、ゆうきも自然と笑った。


 実習はまだ始まったばかり。


 ゆうきは剣の柄を軽く握り直し、再び仲間たちとともに第一階層の奥へ歩き始めた。


     ◇


 第一階層は思っていた以上に静かだった。


 天井から滴る雫が、一定の間隔で石畳を濡らしている。


 湿った空気の中を五人は慎重に進み、さきほどの戦闘を振り返っていた。


「さっきの、ゆうきくんすごかったね。」


 先頭を歩くなもが振り返る。


「ゴブリンが動き出す前から、もう次の場所にいたもん。」


「癖かな。」


 ゆうきは苦笑した。


「魔物と戦う時は、相手じゃなくて次に立つ場所を見るようにしてる。」


「へぇ~。」


 おむたろが感心したように頷く。


「だから動きが無駄ないんだ。」


「わたしなんか、つい敵ばっか見ちゃうんだよね。」


「それも悪くはないよ。」


 ゆうきは少し考えながら言葉を続けた。


「でも周りが見えなくなると、仲間の位置も見失いやすいよね。」


「……なるほど。」


 おむたろは素直に頷いた。


「そこは直したいかも。」


「私もぉ~。」


 ももねがのんびり手を挙げる。


「斧を振る時、ゆうきくんが近くにいると少し怖いんだよねぇ~。」


「遠慮しなくていいよ。」


「でも当てたら嫌だもん。」


 その一言に全員が笑う。


 大きな斧を扱うももねだからこその悩みだった。


「私は大丈夫かな?」


 ちゃまが首を傾げる。


「後ろでぼーっとしてなかった?」


「全然。」


 ゆうきは首を横へ振る。


「ちゃんと周りを見てた。」


「えへへ。」


「ただ。」


 ちゃまがぴくっと耳を動かす。


「回復魔法を使う位置だけ覚えておいた方がいい。」


「位置?」


「味方全員が見える場所。」


「そっか!」


「前に出過ぎると危ないし、後ろ過ぎると届かない。」


「なるほどー!」


 ちゃまは何度も頷いていた。


 こうして話しながら歩くだけでも、一つずつ改善点が見えてくる。


 それが学院実習なのだろう。


 魔物を倒すことだけが目的ではない。


 戦い方を学ぶ場所なのだ。


「……来る。」


 なもが小さく呟いた。


 その声だけで全員の空気が変わる。


 前方の暗闇から、足音がいくつも聞こえてきた。


「一体じゃない。」


 おむたろが槍を構える。


 ゆうきも剣へ手を添えた。


 曲がり角から現れたのは、三体のゴブリンだった。


 それぞれが錆びた剣や棍棒を持ち、獲物を見つけたように笑っている。


「ギギッ!」


「今回は三体か。」


 ゆうきが静かに息を吐く。


「さめちゃん。」


「うん!」


「一体引きつけて。」


「任せて!」


 なもは盾を前へ構え、一歩踏み出した。


 ゴブリンが一斉に襲い掛かる。


 そのうち一体が真っ直ぐなもへ飛び込んできた。


 ガンッ!


 盾へ剣が当たり、鈍い音が響く。


「もう一体来る!」


 おむたろがすぐ横から飛び出す。


 槍の石突でゴブリンの足を払う。


 体勢を崩した隙に、ゆうきが斬り込んだ。


 一閃。


 一体目が魔石へ変わる。


「ももちゃん!」


「はぁ~い。」


 ももねは大斧を軽々と振り上げる。


 その動きはゆったりして見えた。


 しかし。


 振り下ろされた瞬間だけ速度が一変する。


 ドゴォッ!


 地面ごと叩き潰すような一撃。


 二体目のゴブリンが吹き飛び、そのまま消滅した。


「わ……。」


 ゆうきは思わず目を見開く。


(見た目以上に重い。)


 細い身体からは想像できない威力だった。


 残る一体は、その光景に一瞬だけ足を止める。


「ちゃま!」


「任せて!」


 ちゃまの杖が淡く光る。


「《ライトアロー》!」


 光の矢が一直線に飛ぶ。


 ゴブリンの肩を貫き、動きを止めた。


「今だよ!」


「了解!」


 ゆうきは地面を蹴る。


 肩を撃ち抜かれて体勢を崩したゴブリンへ一気に距離を詰め、そのまま剣を横へ薙いだ。


 戦闘終了。


 静寂が戻る。


「やったぁ!」


 ちゃまがぴょんと飛び跳ねた。


「今の連携よくなかった?」


「うん。」


 なもも嬉しそうに頷く。


「さっきより合わせやすかった。」


「ゆうきくんのおかげかな。」


 おむたろが笑う。


 ゆうきは首を横へ振った。


「違う。」


 四人がきょとんとする。


「みんながちゃんと話を聞いて、すぐ動きを変えられたから。」


 戦い方を教えるのは簡単だ。


 けれど、その場ですぐ実践できる人は意外と少ない。


 この四人には、それができる。


「学院生ってもっと初心者ばかりだと思ってた。」


 ゆうきが正直な感想を口にすると、おむたろが笑った。


「そりゃ学院だもん。」


「戦う勉強する場所だからね。」


「一年生でも、みんな結構頑張ってるんだよ。」


 ちゃまも胸を張る。


「ちゃまたちもいっぱい怒られたし!」


「そこ威張るところ?」


「違った?」


 また笑いが起きる。


 張り詰めすぎない。


 けれど、戦う時は集中する。


 そんな心地よい空気が、五人の間に少しずつ生まれ始めていた。


 第一階層の奥へ続く通路を見つめながら、ゆうきは小さく微笑む。


 この実習は、思っていた以上に面白くなりそうだった。


 第一階層を歩き始めてから、それなりの時間が過ぎていた。


 湿った石壁には薄い苔が張り付き、天井から落ちる雫が一定のリズムで地面を叩いている。


 最初こそ緊張していた五人だったが、何度かゴブリンとの戦闘を繰り返すうちに、少しずつ肩の力が抜け始めていた。


「ここ、本当に学院のダンジョンなんだよね。」


 ゆうきが周囲を見回しながら呟く。


「もっとこう……訓練場みたいなのを想像してた。」


 その言葉に、おむたろが笑う。


「最初みんなそう言うよ。」


「でも、ちゃんと本物なんだよねぇ。」


 ももねが石壁へそっと触れた。


「魔物も自然に湧くし、油断すると普通に怪我するよぉ。」


「だから先生たちも結構本気。」


 ちゃまが振り返る。


「実習って言っても、怒られる時はすっごく怒られるもん。」


「ちゃまは何回怒られたの?」


「……数えてない!」


「絶対多いじゃん。」


 おむたろが吹き出す。


 その笑い声に釣られるように、ゆうきも笑みを漏らした。


 賑やかな空気のまま歩いていると、不意になもが足を止める。


 盾へ添えた手に、少しだけ力が入った。


「……前。」


 その一言だけで、全員の表情が切り替わる。


 笑顔は消えない。


 けれど視線だけが鋭くなる。


 曲がり角の向こうから、小さな足音が近付いてきた。


 やがて姿を現したのは三体のゴブリン。


 棍棒を持つ二体の後ろで、一体だけが粗末な木の弓を構えている。


「後ろに弓がいるね。」


 ゆうきが小さく呟く。


 おむたろも同じ方向を見ながら頷いた。


「先にあっちを何とかしたいな。」


「ちゃま、届く?」


「届くよ!」


 狐耳がぴんと立つ。


 その返事を聞いたゆうきは頷いた。


「じゃあ前は任せてもいい?」


「もちろん。」


 なもが盾を構え、一歩前へ出る。


 その姿は派手ではない。


 けれど、誰よりも迷いがなかった。


 ゴブリンたちが一斉にこちらへ駆け出す。


 先頭の一体が棍棒を振り上げると、なもは腰を落として盾を前へ突き出した。


 鈍い衝撃音が洞窟へ響く。


 そのまま押し込まれるかと思ったが、なもは半歩だけ足を滑らせ、力を受け流す。


「今!」


 ちゃまの杖が淡く光る。


 放たれた光弾は一直線に飛び、後方の弓兵へ向かった。


 弓を持つゴブリンは慌てて身体をひねる。


 直撃は避けたものの、肩をかすめた光に体勢を崩し、放たれた矢は大きく逸れて壁へ突き刺さった。


「ありがとう!」


 ゆうきは短く返すと、その隙を逃さず駆け出した。


 しかし、弓兵の前へもう一体のゴブリンが飛び込んでくる。


 進路を塞ぐように棍棒を振り回した。


「っと!」


 踏み込めない。


 そう思った瞬間だった。


「どいて!」


 横から飛び込んできたおむたろが、槍の石突でゴブリンの脇腹を押し込む。


 倒すためではない。


 ほんの一瞬、身体をずらすだけ。


 それだけで十分だった。


 空いた道を、ゆうきは迷わず駆け抜ける。


 剣を振るう。


 銀色の軌跡が弧を描き、弓兵は魔石へと姿を変えた。


「あと二体!」


 ちゃまの声が響く。


 振り返ると、なもが一体を抑え続けている。


 もう一体はおむたろへ向きを変え、棍棒を振り下ろした。


 おむたろは槍で受けず、半歩だけ横へ。


 空振った棍棒の勢いに合わせるように柄を押し当てると、ゴブリンはふらりと体勢を崩した。


「ももちゃん!」


「うん。」


 ゆったりと返事をしながら歩み寄る。


 大斧を肩から下ろし、深く息を吸う。


 そして、一歩。


 その瞬間だけ、動きが鋭く変わった。


 振り下ろされた斧が地面を叩き、鈍い音が洞窟へ響く。


 土煙が舞い上がる頃には、一体目はすでに消えていた。


 残る一体は、仲間を失って後ずさる。


 逃げようと背を向けたその瞬間、なもが前へ出た。


 盾で強く押し込むのではない。


 進む方向を塞ぐように立つ。


 行き場を失ったゴブリンは慌てて向きを変え――その先には、ゆうきがいた。


 短く剣が閃く。


 最後の一体も静かに魔石へ変わった。


 再び洞窟へ静けさが戻る。


 誰からともなく息を吐き、肩の力を抜いた。


「ふぅ……。」


 ちゃまが額の汗を袖で拭う。


「今のちょっと焦ったぁ。」


「弓がいると、一気にやりづらくなるね。」


 おむたろが槍をくるりと回しながら笑う。


「でも、何とかなった。」


 ゆうきが剣を鞘へ納めると、なもが少しだけ照れたように笑った。


「さっき、ちゃんと止められてたかな。」


「うん。」


 ゆうきは頷く。


「助かった。」


 それだけだった。


 長い言葉ではない。


 けれど、なもの表情はぱっと明るくなる。


「えへへ。」


 その様子を見たちゃまが、にやにやしながら肘でおむたろをつついた。


「今の見た?」


「見た見た。」


「さめちゃん褒められて照れてる。」


「もう、ちゃま。」


 なもは困ったように笑う。


 そのやり取りに、ももねも小さく口元を緩めた。


「なんかぁ……。」


 みんなが自然と視線を向ける。


「最初より、いい感じになってきたねぇ。」


 その言葉に誰もすぐ返事はしなかった。


 けれど、否定する者もいない。


 まだぎこちない部分はある。


 それでも、一緒に戦うたび、少しずつ互いの動きが分かるようになってきた。


 その変化は、誰もが同じように感じていた。


 ゆうきは薄暗い通路の先へ目を向ける。


 第一階層は、まだ終わっていない。


 それでも、この実習は魔物を倒すだけでは終わらない──そんな予感が、静かに胸の奥へ芽生え始めていた。


第3話 ダンジョン実習 中編②


 第一階層の探索は順調に進んでいた。


 通路は何度も枝分かれし、その先には小部屋のような空間が点在している。魔物が潜みやすい場所なのか、角を曲がるたびに自然と全員の足取りが慎重になっていた。


「静かだねぇ。」


 ももねが周囲を見渡しながら小さく呟く。


「逆にちょっと怖い。」


 ちゃまが杖を抱きしめるように持ち直した。


「さっきまで結構いたのに。」


「こういう時ほど気を付けた方がいいかも。」


 おむたろの声に、ゆうきも頷く。


 冒険者として旅をしてきた経験から、静かな時間ほど油断が生まれやすいことを知っていた。


 耳を澄ませる。


 滴る水音。


 誰かの足音。


 呼吸。


 その中に、かすかな石を蹴る音が混じった。


「右。」


 ゆうきが短く言う。


 ほぼ同時になもが盾を構えた。


 物陰から飛び出してきたのは二体のゴブリン。


 しかし、それだけでは終わらなかった。


 反対側の通路からも二体。


 挟み込むように現れた四体が、一斉に唸り声を上げる。


「囲まれる!」


 ちゃまが声を上げる。


「落ち着いて!」


 おむたろがすぐに返す。


「背中合わせ!」


 五人は慌てて散らばることなく、小さく円を作る。


 なもが前。


 ゆうきが右。


 おむたろが左。


 ももねとちゃまが中央寄りに位置を取る。


 ゴブリンたちは簡単には飛び込んでこない。


 獲物を囲み、隙を探るようにじりじりと距離を詰めてくる。


「なんか……嫌な感じ。」


 ちゃまが唇を結ぶ。


「いつもと違う。」


 ゆうきも同じことを感じていた。


 一体ずつ飛び込んでくる相手とは違う。


 数が増えるだけで、視線を配る場所も増える。


 誰か一人が前へ出すぎれば、別の一体が死角へ回る。


「来るよ!」


 なもの声と同時に、一体が飛び込んできた。


 盾で受け止める。


 その衝撃に合わせるように、左側のゴブリンがおむたろへ棍棒を振り下ろした。


 受けるより先に、おむたろは半歩だけ後ろへ下がる。


 棍棒が空を切った。


「ゆうきくん!」


「うん!」


 おむたろが作った隙へ踏み込み、一体を斬り伏せる。


 その瞬間。


「後ろ!」


 ちゃまの声が響いた。


 背後へ回り込んでいた一体が、ゆうきへ飛びかかる。


 咄嗟に振り向くが間に合わない。


 その前へ、小さな背中が滑り込んだ。


 ガンッ!


 盾へ爪が食い込む。


 なもだった。


「大丈夫?」


「助かった。」


 短く言葉を交わし、ゆうきはすぐに距離を取り直す。


 その間にも、ももねは前へ出るタイミングを静かに待っていた。


「まだぁ……。」


 焦らない。


 大斧は一度振れば隙も大きい。


 だからこそ、確実な一瞬を待つ。


 その時だった。


 おむたろが槍でゴブリンの腕を払う。


 体勢が崩れる。


「今だよぉ。」


 ももねが踏み込む。


 重い斧が横薙ぎに振るわれ、一体をまとめて吹き飛ばした。


 地面へ転がったもう一体へ、ちゃまの光弾が飛ぶ。


 眩い光に怯んだ隙を逃さず、ゆうきが距離を詰める。


 剣が閃く。


 最後の一体も魔石へ変わり、洞窟は再び静けさを取り戻した。


 しばらく誰も口を開かなかった。


 戦闘時間は長くなかった。


 それでも、一体ずつ相手をしていた時とは疲労が違う。


「ふぅ……。」


 ちゃまがその場へしゃがみ込む。


「ちょっと焦ったぁ。」


「うん。」


 なもも息を整えながら頷いた。


「囲まれるだけで、こんなに違うんだ。」


 おむたろは槍の先を布で拭きながら苦笑する。


「わたし、さっき危うく前に出すぎるところだった。」


「私もぉ。」


 ももねが斧を背負い直す。


「振る場所がなくて困っちゃったぁ。」


 誰かが失敗したわけではない。


 けれど、それぞれが自分の課題に気付き始めていた。


 ゆうきは魔石を拾い上げながら、四人の横顔を見る。


 誰も落ち込んではいない。


 むしろ、「次はもっと上手くできそう」という表情をしている。


 その空気が心地よかった。


「休憩しよ!」


 ちゃまが近くの岩へ腰を下ろした。


「さすがにちょっと疲れたもん。」


「賛成。」


 おむたろも隣へ座る。


 なもは水筒を取り出し、一口飲んでからゆうきへ差し出した。


「飲む?」


「ありがとう。」


 冷たい水が喉を通る。


 ダンジョンのひんやりした空気もあって、身体の熱が少しずつ落ち着いていく。


 その様子を眺めながら、ももねがふっと笑った。


「なんだかさぁ。」


「ん?」


「朝より、ちゃんとパーティになってきた気がする。」


 誰もすぐには返事をしなかった。


 けれど、ちゃまが照れくさそうに笑い、おむたろが「確かに」と小さく頷く。


 ゆうきも思わず口元を緩めた。


 強いからではない。


 完璧だからでもない。


 戦って、笑って、少し失敗して、また次へ進む。


 そんな時間を積み重ねることで、少しずつ仲間になっていくのだと、この薄暗いダンジョンの中で改めて感じていた。

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