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あの時間をもう一度  作者: ゆうき
第三章 これからのこと

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第2話 学院生活 


 学院長室の扉が静かに閉まり、廊下に再び穏やかな静けさが戻る。


 アムは一度だけ深く息を吐くと、軽く肩を回した。


 リリィと話し込んでいる間、ゆうきは学院の職員が案内してくれている。


 先ほど別れる前にそう聞いていた。


「……そろそろ終わる頃かな。」


 窓の外へ目を向ける。


 青空の下、白い校舎と色鮮やかな木々が風に揺れていた。


 この学院は何度訪れても変わらない。


 学生たちの笑い声が響き、誰もがそれぞれの未来へ向かって歩いている。


 リリィが守り続けてきた場所。


 そして――レイが託した未来。


 アムは小さく微笑み、そのまま廊下を歩き始めた。


     ◇


「こちらが講義棟になります。」


 学院職員の穏やかな声を聞きながら、ゆうきは周囲を見回していた。


 白い石造りの建物は五階建て。


 長く続く廊下の両側には教室が整然と並び、開け放たれた扉の向こうからは教師の講義が聞こえてくる。


「現在は一年生のホームルーム中ですので、中には入りませんが、明日からはこちらで授業を受けていただきます。」


「ありがとうございます。」


 学院へ来ることは決まっていた。


 けれど、こうして実際に歩いてみると実感が湧いてくる。


 本当に学生になるんだ。


 冒険者として各地を旅してきた自分が、机に向かって学ぶ日が来るとは思わなかった。


「こちらは実技棟です。」


 建物を抜けると、一気に視界が開けた。


 広大な訓練場。


 石畳の演習エリア。


 魔法用の的が並ぶ射撃場。


 木剣を打ち合わせる音。


 風を切る槍。


 炎を放つ魔法。


 結界に包まれた演習場では、多くの学生が真剣な表情で訓練していた。


「すごい……。」


 思わず声が漏れる。


「学院には様々な実技授業があります。剣術、槍術、魔法戦闘、連携訓練、模擬戦闘など、実践を重視した授業も多いですよ。」


 見ているだけで胸が高鳴る。


 ここなら、自分に足りないものを学べる。


 そんな期待が自然と膨らんでいた。


「続いてこちらが食堂になります。」


 建物へ入ると、昼食を終えた学生たちが談笑していた。


 香ばしい焼き立てパンの匂い。


 煮込み料理の優しい香り。


 冒険者ギルドの酒場とは違い、どこか穏やかな空気が流れている。


「学生価格ですので、一般のお店よりかなり安く利用できます。」


「それは助かります。」


 旅では食費も馬鹿にならない。


 少しでも節約できるならありがたい。


 職員は微笑みながら頷いた。


「特待生は一部補助もありますので、後ほど資料をお渡しします。」


「特待生……。」


 まだその響きに慣れない。


 自分が特待生と呼ばれることに、どこかくすぐったさを覚えた。


 食堂を後にすると、そのまま購買へ向かう。


 店内には教科書だけでなく、魔導書、インク、保存食、ロープ、包帯、小瓶に入った初級ポーションまで並んでいた。


「学院内でも簡単な装備品は購入できます。」


「冒険者向けなんですね。」


「ダンジョン実習がありますから。」


 その一言で、ゆうきは少しだけ背筋を伸ばした。


 冒険者として経験はある。


 それでも学院の実習はまた違うものなのだろう。


 新しい仲間。


 新しい戦い方。


 少し楽しみでもあった。


 続いて医務室。


 そして学生寮。


 鍛錬場。


 図書館は入口だけ案内された。


 巨大な白い建物を見上げるだけで、その規模が伝わってくる。


「ここは国立魔導図書館と繋がっています。」


 職員が説明する。


「詳しい利用方法は入学後に説明がありますので、本日は外観のみとなります。」


「……大きいですね。」


「世界最大級ですから。」


 ゆうきは思わず見入ってしまう。


 本好きなアムなら、一日中いても飽きないだろう。


 そんな姿が容易に想像できた。


 学院を歩いているだけで、一つの街を巡っているようだった。


 講義棟。


 実技棟。


 研究棟。


 学生寮。


 医務室。


 食堂。


 購買。


 図書館。


 どれもが整然と並び、多くの学生を支えている。


「最後になります。」


 職員は廊下を歩き、一つの教室の前で足を止めた。


「こちらが、明日からゆうきさんが所属するクラスになります。」


 扉の向こうからは、ちょうどホームルームが終わったらしい話し声が聞こえてきた。


 椅子を引く音。


 笑い声。


 友人同士の何気ない会話。


「今日はすでに終わっていますので、ご紹介は明日にしましょう。」


「はい。」


 ゆうきも静かに頷く。


 扉を開けて顔を出すこともできた。


 けれど、初対面ならきちんと時間を取った方がいい。


 そう思えた。


「今日はゆっくり休まれてください。」


「ありがとうございました。」


 深く頭を下げる。


 職員も穏やかに微笑み、その場を後にした。


「終わった?」


 聞き慣れた声が聞こえた。


 振り向くと、廊下の向こうからアムが歩いてくる。


「アム。」


「案内どうだった?」


「思ってたより広かった。」


「でしょ?」


 アムは少し嬉しそうだった。


「図書館なんて、外から見ただけで圧倒されたよ。」


「中はもっとすごいよ。」


「今度一緒に行こう。」


「もちろん。」


 二人は自然と並んで歩き始める。


 学院を出る頃には、太陽はゆっくりと西へ傾き始めていた。


 石畳が夕日に照らされ、街全体が橙色へ染まっていく。


「今日は宿を探そうか。」


「学院から近い方がいいよね。」


「毎日通うしね。」


 二人は学院近くの通りを歩き始めた。


 長期滞在向けの宿。


 冒険者向けの宿。


 商人向けの宿。


 ルーメンには様々な宿が並んでいる。


「ここなんてどう?」


 アムが立ち止まったのは、白い壁に青い屋根の落ち着いた宿だった。


 入口には花壇が置かれ、派手さはないものの手入れが行き届いている。


 中へ入ると、年配の女将が笑顔で迎えてくれた。


「いらっしゃい。」


 二人部屋も空いているという。


 学院まで徒歩十分ほど。


 食事付き。


 静かな環境。


 条件は十分だった。


「ここにしよう。」


「うん。」


 部屋へ案内されると、窓から学院の塔が見えた。


「思ったよりいい部屋だね。」


「当たりだったかも。」


 荷物を置き、一息つく。


 夕食を終える頃には、窓の外はすっかり夜になっていた。


 虫の鳴き声が静かに響く。


 部屋には柔らかなランプの灯りだけが揺れていた。


 ゆうきは窓辺へ立ち、夜の学院を眺める。


「緊張してる?」


 後ろからアムが聞いた。


「少しだけ。」


 素直に答える。


「知らない人ばかりだから。」


「だよね。」


 アムも隣へ来る。


 しばらく夜景を眺めた後、小さく笑った。


「でも、それでいいと思う。」


「え?」


「明日からは別行動しよう。」


 その言葉に、ゆうきは少しだけ目を丸くした。


 アムはゆっくり続ける。


「もちろん困ったらいつでも頼っていい。でも学院生活は、ゆうき自身が歩いた方がいいと思う。」


 窓の外では、学院の灯りが静かに揺れている。


「うちはリリィのところにも行くし、図書館にも顔を出したい。昔から知ってる先生もいるから。」


 少し照れたように笑う。


「だから学生としての時間は、ゆうきが自分で楽しんで。」


 ゆうきは少しだけ考え、小さく頷いた。


「……うん。」


 それは突き放す言葉ではなかった。


 親友だからこそ、自分の力で新しい世界へ踏み出してほしい。


 そんな優しさが伝わってくる。


「じゃあ、放課後は?」


「その時は一緒。」


「それなら安心だ。」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 明日から始まる学院生活。


 新しい仲間との出会いは、もうすぐそこまで来ていた。


 翌朝。


 東の空が白み始める頃、窓から差し込んだ柔らかな朝日が部屋を照らした。


 街はまだ静かだった。


 通りを歩く人影も少なく、パン屋から漂う焼き立ての香りだけが、一日の始まりを知らせている。


 ゆうきはゆっくりと目を開けた。


 昨日までとは違う朝。


 冒険へ向かうためでも、依頼を受けるためでもない。


 今日は、学院へ通う学生として迎える最初の一日だった。


 身支度を整えて部屋を出ると、ちょうど隣の部屋からアムも姿を現した。


「おはよう。」


「おはよう、アム。」


 眠そうな様子はまったくない。


 長命種だからというわけではなく、昔から朝は強かった。


「よく眠れた?」


「思ったよりぐっすり。」


「それならよかった。」


 二人は一階へ降り、宿の食堂で簡単な朝食を取る。


 焼き立てのパンに野菜のスープ。


 厚切りのベーコンと卵。


 豪華ではないが、どこか家庭的で温かい味だった。


「学院の食堂も楽しみだな。」


 ゆうきが呟くと、アムが笑う。


「種類が多いから飽きないよ。」


「そんなに?」


「うちでも全部は食べ切れてない。」


「それはすごい。」


 食事を終えると、二人は並んで学院へ向かった。


 朝のルーメンは、昨日とはまた違う表情を見せている。


 学生たちは教科書や杖を抱えながら足早に歩き、商店街では店主たちが開店準備に追われていた。


 学院へ近づくにつれ、人の流れも自然と増えていく。


 正門へ到着すると、アムが歩みを止めた。


「じゃあ、ここからは別行動。」


 昨日話した通りだった。


「うん。」


「放課後になったらまた宿で。」


「分かった。」


 ゆうきは少しだけ笑う。


「なんか不思議だな。」


「何が?」


「一緒に旅をしてきたのに、ここで『行ってきます』って言うの。」


 アムも少しだけ目を細めた。


「旅も続いてるよ。ただ、今日は違う景色を見るだけ。」


 その言葉は、どこかアムらしかった。


 長い時間を生きてきたからこそ言える、穏やかな考え方。


「それじゃ。」


「うん。頑張って。」


 軽く手を振る。


 アムはそのまま学院の奥へと歩いていき、ゆうきも職員棟の方へ足を向けた。


 昨日案内してくれた職員が、入口で待っていてくれた。


「おはようございます、ゆうきさん。」


「おはようございます。」


「こちらへどうぞ。」


 二人は講義棟へ向かう。


 廊下には昨日よりも多くの学生が歩いていた。


 友人同士で笑い合う者。


 授業の確認をする者。


 慌てて走っていく者。


 様々な表情が行き交う。


 その様子を眺めながら歩いていると、不思議と緊張が湧いてきた。


 冒険者ギルドで初めて依頼を受けた時とも違う。


 剣を握って魔物と向き合う時とも違う。


 もっと静かで、胸の奥が少しくすぐったくなるような緊張だった。


「こちらです。」


 昨日教えてもらった教室の前で職員が立ち止まる。


「ホームルームが始まる前にご紹介します。」


「お願いします。」


 深呼吸を一つ。


 扉がゆっくりと開かれた。


 教室では、すでに多くの生徒が席についていた。


 談笑している者。


 本を読んでいる者。


 眠そうに机へ突っ伏している者。


 視線が一斉に入口へ集まる。


「皆さん、おはようございます。」


 職員が教壇へ立つ。


「今日から、このクラスへ新しく編入する生徒を紹介します。」


 教室が静かになった。


「どうぞ。」


 ゆうきは一歩前へ出る。


「初めまして。ゆうきです。」


 軽く頭を下げる。


「まだ分からないことも多いですが、よろしくお願いします。」


 顔を上げた、その瞬間だった。


「……ぁ。」


 一人の少女が目を見開く。


 ミルクブラウンの長い髪。


 ぴんと立った狐耳。


 星を思わせる飾りの付いた制服。


 金色の瞳が、まるで信じられないものを見るように揺れていた。


 次の瞬間。


「ぁーーーーーー!!!!」


 教室中へ響き渡るほど大きな声だった。


 勢いよく立ち上がった少女は、机へ両手をついたままゆうきを指差す。


「ゆうきくんだぁーーーーーーっ!!」


 教室が静まり返る。


 突然の大声に、全員が固まっていた。


 ゆうきも思わず目を丸くする。


「……ちゃま?」


 その一言で、少女の表情がぱっと明るくなる。


「やっぱりゆうきくんだぁ!」


 今にも飛び出してきそうな勢いだった。


 しかし、その袖を隣に座る銀髪の少女がそっと掴む。


「ちゃま。」


 落ち着いた声だった。


「……授業、始まるよぉ」


「あ。」


 狐耳がぴくりと動く。


 ようやく周囲の視線に気付いたらしい。


「えへへ……。」


 照れ笑いを浮かべながら、ゆっくり椅子へ座り直した。


 教室のあちこちから小さな笑い声が漏れる。


「ちゃまらしい。」


「朝から元気だな。」


「びっくりした。」


 そんな声が聞こえてきて、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。


 職員も苦笑しながら咳払いを一つする。


「……それでは、ゆうきさんの席はこちらです。」


 案内された席は、ちゃまたちのすぐ近くだった。


 椅子へ腰掛けると、ちゃまはそわそわと落ち着かない様子で何度もこちらを見てくる。


 話しかけたい。


 でも授業前だから我慢している。


 そんな様子が表情からよく伝わってきた。


 ゆうきは思わず笑みを浮かべる。


 変わっていない。


 昔と同じ、人懐っこい笑顔だった。


 やがて教師が教室へ入り、ホームルームが始まる。


 編入の簡単な説明。


 今日の授業内容。


 そして最後に、一枚の紙が配られた。


「本日から一年生はダンジョン実習を開始します。」


 教室の空気が少し引き締まる。


「実習は五人一組で行います。すでに編成済みの班もありますが、一部調整がありますので後ほど発表します。」


 ちゃまの耳がぴくりと動いた。


 その視線が、ちらりとゆうきへ向く。


 どこか期待に満ちた表情だった。


 ホームルームが終わると同時に、教室中へ一斉に話し声が広がった。


 椅子を引く音。


 教科書を閉じる音。


 あちこちで友人同士が次の授業やダンジョン実習の話を始める。


 そんな中、一番最初に席を立ったのは、やはりちゃまだった。


「ゆうきくーーん!!」


 勢いよく駆け寄ってきたかと思えば、寸前でぴたりと足を止める。


「……あ。」


 我慢するように両手を胸の前で握りしめる。


「飛びつこうと思った。」


「思っただけで止まれたんだ。」


「えっへん!」


 胸を張るちゃまに、ゆうきは思わず笑ってしまう。


「久しぶり。」


「久しぶりなのー!」


 嬉しそうに尻尾が左右へ大きく揺れていた。


「まさかゆうきくんが同じ学院に来るなんて思わなかったよ!」


「俺も、ちゃまたちがここにいるなんて知らなかった。」


「ちゃまたちも昨日まで知らなかったもん!」


 相変わらず感情がそのまま表情へ出る。


 その明るさに、教室の空気まで自然と和んでいく。


「やっほー! ゆうきくん!」


 ちゃまの後ろから、ひらひらと大きく手を振る少女が歩いてきた。


 淡いピンクゴールドの長い髪が揺れ、屈託のない笑顔が弾ける。


「こっちでは初めまして、になるのかな?」


「そうなるね。」


「なんか変な感じだねぇ。でも、また会えて嬉しい!」


 昔と変わらない距離感。


 初対面のような言葉を口にしながらも、その笑顔には昔からの親しさが溢れていた。


「改めてよろしく、おむたろ。」


「うん! よろしくね、ゆうきくん!」


 おむたろは満足そうに頷くと、そのまま隣の少女の背中を軽く押した。


「ほらほら、ももねも!」


「わぁ〜……。」


 銀髪の少女が、ふんわりと笑う。


 穏やかな青い瞳がゆうきを映した。


「ゆうきくんだぁ〜。」


 間延びした口調は昔のまま。


「久しぶりだねぇ〜。」


「久しぶり、ももちゃん。」


「えへへぇ〜。また会えたねぇ〜。」


 その柔らかな笑みに、ゆうきの頬も自然と緩む。


 最後に、小柄な少女が少し照れたように一歩前へ出た。


「あ、ゆうきくんだ。」


 紫色の優しい瞳が細められる。


「やっほー。」


「やっほー、さめちゃん。」


「ふふっ。また一緒になれたね。」


 その一言だけで、胸の奥の緊張がすっとほどけていく。


 知らない学院へ来たはずなのに、気付けば昔と変わらない空気に包まれていた。


「そういえば!」


 ちゃまが両手を叩く。


「先生から聞いた?」


「ダンジョン実習のこと?」


「そうそう!」


 狐耳をぴんと立てながら大きく頷く。


「実習って五人一組なんだけど、ゆうきくんの班、まだ決まってないんだよね?」


「そうみたい。」


「だったらさ!」


 ちゃまが身を乗り出す。


「一緒の班になろうよ!」


 ゆうきは四人の顔を順番に見渡した。


 おむたろはにっと笑いながら親指を立てる。


「わたしは大歓迎!」


 ももねも、ゆったりと頷く。


「ゆうきくんと一緒なら安心だよねぇ〜。」


 なもも優しく微笑んだ。


「僕も賛成です。」


「ちゃまももちろん賛成!」


 四人とも迷いがない。


 その様子に、ゆうきは少し照れくさそうに笑った。


「俺でよければ。」


「やったぁーーー!!」


 ちゃまが勢いよく両手を上げる。


 教室中へ響く歓声に、周囲からも笑い声が漏れた。


「またちゃまだ。」


「朝から元気だなぁ。」


「でも、ちゃまらしいよね。」


 そんな声が聞こえても、本人はまったく気にしていない。


「じゃあ放課後!」


 拳をぎゅっと握る。


「実習の準備しに行こ!」


     ◇


 授業を終える頃には、空は少しずつ夕暮れ色へ染まり始めていた。


 学院を出た五人は、そのまま冒険者向けの商店街へ向かう。


「まずはポーション見に行こっか。」


 おむたろが先頭を歩きながら振り返る。


「実習で使う分くらいは揃えといた方が安心だしね。」


「賛成〜。」


 ももねがのんびりと頷く。


「こっちこっち!」


 ちゃまが元気よく先導し、迷いなく路地を曲がっていく。


 最初に入ったのは薬屋だった。


 棚には色とりどりの薬瓶が並び、ほのかに薬草の香りが漂っている。


「初級回復ポーションは二本くらいあると安心かなぁ〜。」


 ももねが一本手に取りながら言う。


「状態異常回復も一本あると便利だよ。」


 おむたろが隣の棚から小瓶を取り、ゆうきへ見せた。


「ありがとう。」


 ゆうきは一本ずつ籠へ入れていく。


「学院の実習だからって油断しない方がいいもんね。」


「うん!」


 なもが小さく頷く。


「準備しておけば安心だから。」


 次は道具屋へ。


 包帯や保存食、ロープなどを見て回る。


「さめちゃんは何か買うの?」


 ゆうきが尋ねると、なもは背中の大盾へ手を添えた。


「盾の革紐だけ替えようかな。」


「ちゃんと手入れしてるんだ。」


「うん。この子は相棒だから。」


 そう言って優しく盾を撫でる姿は、いかにもなもらしかった。


 一方、ちゃまは杖を眺めながら腕を組んでいる。


「ちゃまは?」


「見るだけ!」


「買わないの?」


「お金ない!」


 胸を張って言い切る。


 一瞬静まり返り、次の瞬間、全員が吹き出した。


「威張るところじゃないでしょ。」


 おむたろが笑いながら頭を軽く小突く。


「えへへ。」


 ちゃまは悪びれる様子もなく笑った。


 必要な物を買い終え、店を出る頃には夕日が街を優しく染めていた。


「これで準備ばっちりだね!」


 ちゃまが大きく伸びをする。


「明日の実習、楽しみだなぁ〜。」


 ももねが空を見上げながら微笑む。


「みんなで一緒だもんねぇ〜。」


「うん。」


 なもも嬉しそうに頷く。


 ゆうきは四人の後ろ姿を眺めながら、小さく息を吐いた。


 学院へ来る前は、新しい生活に少しだけ不安があった。


 知らない場所。


 知らない仲間。


 けれど、そのどれもが杞憂だった。


 またこうして笑い合える仲間がいる。


 それだけで、この学院生活はきっと楽しいものになる。


 夕暮れの風が五人の間を吹き抜ける。


 その穏やかな風に背中を押されるように、ゆうきたちは明日から始まる初めてのダンジョン実習へ向け、ゆっくりと宿への帰り道を歩き始めた。

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