第8話 積み重ねた足跡 後編
大型ダンジョン《岩喰らいの迷宮》から町へ戻ったのは、攻略から二日後の夕方だった。
山道を抜けた先に石壁が見えた時、カイは一度立ち止まり、目を細めた。
「やっと着いたな」
「うん。帰りの方が長く感じたね」
「戦った後だったしな」
背中の大剣が、歩くたびに鎧へ当たって小さな音を立てる。
肩の痛みは薬で抑えていたが、完全には消えていない。スイも左肩を庇うように歩いており、普段より少しだけ歩幅が狭かった。
それでも、二人の足取りは沈んでいなかった。
カイの荷袋には、迷宮の主から回収した核の欠片と角の一部。
スイの腰には、宝物庫で手に入れた二丁の魔法拳銃が収められている。
右に白銃。
左に黒銃。
二丁一組の名は、《双雷鳥》。
歩くたび、専用の腰帯に収められた銃が僅かに揺れていた。
「スイ」
「なに?」
「もう一回だけ持ってみてもいい?」
「駄目」
「まだ何も言ってないだろ」
「《コク》の方、持ってみたいって顔してた」
「顔で分かるの?」
「帰り道で三回聞かれたからね」
「今なら反応するかもしれない」
「しないよ。宝物庫で試したでしょ」
「町に近付いたら気分が変わるかも」
「武器に気分があるの?」
「所有者を選ぶなら、好みもあるだろ」
「カイは選ばれなかったんだよ」
「はっきり言うなぁ」
カイの耳が少し下がる。
スイは笑いながら、《ハク》の握りへ軽く触れた。
魔力は繋がない。
ただ、そこにあることを確かめるだけだった。
まだ一発も撃っていない。
宝物庫で触れた瞬間、武器の性質と基本的な扱い方は感覚として伝わってきた。だが、どれほどの威力があり、どれほどの魔力を消費するのかまでは分からない。
疲労の残る迷宮内で試さなかったことは、正しい判断だった。
「町に戻ったらすぐ撃つ?」
「先にギルドへ報告。それから鑑定してもらう」
「その後?」
「治療」
「その後?」
「休む」
「練習は?」
「明日以降」
「遅くない?」
「未知の魔道具だよ。壊したくないし、怪我もしたくない」
「少しだけ撃てば分かるだろ」
「カイがそれを言うと、少しで終わる気がしないの」
「俺が撃つわけじゃないぞ」
「横で煽るでしょ」
「応援だよ」
「同じところへ十発撃ってみよう、とか言いそう」
カイは答えなかった。
スイが横目で見る。
「考えてた?」
「五発くらい」
「あはは。半分になっただけじゃん」
二人が町の門へ近付くと、見張りの兵士がこちらに気付いた。
最初は目を凝らしていたが、腰の武器と背中の大剣を確認すると、大きく手を振る。
「戻ったぞ!」
兵士の声が門の内側へ響いた。
何事かと周囲の人々が振り返る。
大型ダンジョンへ向かった二人が戻らないことは、町でも知られていたらしい。
門をくぐった時には、何人もの冒険者や商人が集まり始めていた。
「最下層まで行ったのか?」
「迷宮の主は?」
「怪我は大丈夫か?」
「二人だけで戻ったのか?」
次々に声が飛んでくる。
カイは立ち止まり、胸を張った。
「攻略したぞ!」
その一言で、周囲がどよめいた。
「本当に?」
「最下層の主も倒した!」
「証明部位は?」
「持ってる!」
カイが荷袋へ手を伸ばす。
スイはその腕を押さえた。
「先にギルドで報告」
「少しくらい見せてもいいだろ」
「道の真ん中で核を出したら落とすかもしれないよ」
「落とさないって」
「カイ、疲れてるでしょ」
「元気だぞ」
「さっき段差で躓いてた」
「あれは石が悪い」
「道のせいにしないの」
集まっていた者たちから笑いが起こる。
その中に、以前依頼で一緒になった冒険者の姿もあった。
「帰ってきたなら、それで十分だ。話は酒場で聞かせてもらう」
「今日?」
カイの耳が立つ。
「治療と報告が終わってからだ」
スイが先に答えた。
「俺に聞かれたんだけど」
「カイならすぐ行くって言うでしょ」
「行くよ」
「だから代わりに答えたの」
二人は人だかりを抜け、冒険者ギルドへ向かった。
扉を開けた瞬間、中にいた者たちの視線が集まる。
受付の奥から、ギルド職員が慌てた様子で立ち上がった。
「スイさん、カイさん!」
「ただいま」
スイが答える。
「帰ったぞ。攻略してきた」
「報告は聞いています。迷宮入口の監視員から連絡がありました」
「もう知ってるの?」
「お二人が出てきた時点で、伝令が飛ばされています」
カイの耳が少し伏せる。
「俺が最初に言いたかった」
「町の入口で言ってたよ」
「ギルドでは最初じゃない」
「細かいなぁ」
奥からギルド長が現れた。
普段と変わらない厳しい顔つきだったが、二人の姿を確認した時だけ僅かに肩の力が抜けた。
「よく戻った」
「倒したぞ」
「見れば分かる。先に治療室へ行け」
「攻略証明は?」
「逃げない」
「核も腐らないしね」
「角もある」
「それも逃げないよ」
カイは不満そうだったが、スイに背中を押されて治療室へ向かった。
診察の結果、大きな怪我はなかった。
カイは肩と背中に強い打撲。
スイは左肩の腫れと、魔力の消耗。
どちらも数日休めば問題ないと言われた。
「数日って何日?」
カイが尋ねる。
「最低三日。大剣を振るなら五日は休め」
「見るだけなら訓練場に行っていい?」
「何を見る」
「スイの新しい武器」
治療師がスイの腰へ目を向ける。
「それが宝物庫の報酬か」
「はい。でも、まだ撃ってません」
「賢明だな」
「カイは撃とうって言ってたけど」
「言ってない。試そうって言っただけ」
「同じだよ」
「お前は大人しく寝ていろ」
治療師に言われ、カイは眉を寄せた。
「俺の怪我、そんなに悪い?」
「悪くしないために休むんだ」
「歩けるぞ」
「歩けることと、大剣を振っていいことは別だ」
「それ、前にも聞いたな」
「何度も言わせるな」
肩へ薬を塗られた瞬間、カイは顔を顰めた。
「痛っ」
「動くな」
「押してるだろ」
「腫れを確認している」
「スイも同じことする」
「必要だからだよ」
スイは隣の寝台に座りながら笑った。
治療を終えると、二人はギルド長の執務室へ案内された。
机の上へ、迷宮の主から回収した核の欠片と角の先端を置く。
鑑定担当の職員が、一つずつ魔道具を近付けて確認していった。
「核の魔力活動は完全に停止しています」
「角も、過去に上層で採取された欠片と同じ性質です。ただし、こちらの方が遥かに高密度ですね」
職員は慎重に角の表面を撫でる。
「最下層の主、《岩喰らい》の証明部位として問題ありません」
ギルド長が書類へ署名する。
「正式に、《岩喰らいの迷宮》の攻略を認定する」
その言葉が、静かな室内へ落ちた。
迷宮で勝った時よりも、現実味があった。
カイは隣のスイを見る。
「本当に攻略したんだな」
「今さら?」
「倒したのは分かってたけど、認められると違うだろ」
「うん。少し分かる」
二人で進んだ最下層。
崩れる橋。
岩の主。
熱線。
何度も危ない場面があった。
そのすべてを越え、自分たちはここへ戻ってきた。
ギルド長の視線が、スイの腰へ向く。
「宝物庫の報酬も確認していいか」
「はい」
スイは専用の腰帯から二丁を抜いた。
白銃。
黒銃。
二つを机の上へ並べる。
銃身には、雷を纏った鳥を思わせる模様と、細かな古代文字が刻まれている。
職員は素手で触れず、鑑定用の金属板を近付けた。
淡い光が銃身をなぞる。
「古代魔導武器ですね」
「拳銃みたいな形だけど、やっぱり魔道具?」
「はい。物理的な弾丸を使う構造ではありません」
職員は魔法文字の並びを追っていく。
「使用者の魔力を内部で圧縮し、弾体として射出する。基礎属性は雷。二丁一組で、一つの術式を構成しています」
「名前は《双雷鳥》って伝わってきました」
「銘と一致します」
「使い方も少しだけ分かる」
「所有者認証が成立したのでしょう。古代魔道具の中には、適合した者へ操作感覚を共有する物があります」
カイが身を乗り出す。
「俺は引き金が動かなかった」
「適合していないのでしょう」
「はっきり言うなぁ」
「無理に魔力を流しましたか?」
「流してない」
「正解です。認証外の者が魔力を接続した場合、反発が起きる可能性があります」
「爆発する?」
「可能性は否定できません」
カイの手が机から離れた。
「もう触らない」
「さっき持ちたいって言ってたのに」
「爆発するなら話は別だろ」
「あはは。そこは慎重なんだね」
職員は白銃へ板を近付ける。
「こちらは、魔力を細かく分割して連続射出する構造です。威力よりも速度と手数を重視しています」
「《ハク》は速射」
「その認識で間違いありません」
続いて黒銃。
「こちらは、魔力を一つに圧縮して射出する構造。連射には向きませんが、貫通力が高い」
「《コク》は一発を強くする」
「はい。ただし、込めた魔力が多いほど銃身への負担も増えます」
「撃ちすぎると壊れる?」
「すぐに壊れることはないでしょうが、限界を超えれば損傷する可能性があります。最初は最低限の魔力から試してください」
スイは真剣な表情で頷いた。
「魔力がなくなるまで撃たない方がいいよね」
「当然です。スイさんはユニークスキルも魔力を消費するのでしょう?」
「はい」
「拳銃だけへ魔力を使いすぎれば、領域を維持できなくなる。戦闘では残量の管理が必要です」
「やっぱり、撃てるからって撃ち続けたら駄目だね」
「弾がなくならないんだろ?」
カイが言う。
「代わりに私の魔力がなくなるの」
「ああ、そっか」
「魔力切れになったら、カイに運んでもらうことになるよ」
「それくらい余裕」
「そうならないように使うんだよ」
「運ぶ練習も必要かも」
「いらないよ」
鑑定は続いた。
二丁を同時に使用することで、魔力の変換効率が上がること。
《ハク》だけ、《コク》だけでも使用はできること。
使用者の属性魔力を弾へ重ねられる可能性があること。
ただし、雷以外の属性を無理に混ぜれば、術式が不安定になる恐れがあること。
「まずは雷属性のみ。慣れてから無属性に近い魔力を試すべきです」
「風属性は?」
「相性自体は悪くありません。ただ、弾道や速度に影響が出る可能性がある。十分な練習をしてからにしてください」
「分かりました」
「土は?」
カイが尋ねる。
「使うのはスイさんです」
「聞くだけ」
「土属性を重ねれば、着弾時の衝撃や重量を増やせる可能性があります。ただし銃身への負担も増すでしょう」
「強そう」
「試すのはずっと先だよ」
スイが釘を刺す。
「今言ったばっかりなのに?」
「カイの顔が今すぐやろうって言ってる」
「俺は撃たないって」
「隣で言うでしょ」
「少しだけ試そうって」
「それを止めてるの」
ギルド長が小さく息を吐く。
「訓練場の使用を許可する。ただし、最初は魔道具技師の立ち会いをつける」
「ありがとうございます」
「今日から?」
「お前は治療師の話を聞いていなかったのか」
「スイは撃てるだろ」
「私も明日以降にする」
「今日少し触るだけでも」
「駄目」
「二人とも休め」
ギルド長の声に押され、カイはようやく黙った。
その後は、迷宮内部の報告に移った。
階層ごとの地形。
確認した魔物。
安全地帯。
崩れた石橋。
最下層の主が使った熱線と岩の槍。
三つの魔力反応と、腹部に隠されていた核。
スイが地図へ書き込み、カイが細かな部分を補足する。
「熱線は俺の耳すれすれだった」
「もっと離れてたよ」
「焦げた匂いしただろ」
「あれ、床が焼けた匂いじゃない?」
「俺の毛だって」
「今見ても変わってないよ」
「もう戻ったんだよ」
「二日で?」
職員が笑いを堪えながら記録していく。
報告が終わった頃には、窓の外が夕焼けに染まっていた。
ギルド長は二人の冒険者証を机へ置いた。
「今回の攻略を含め、二人のランクを更新する」
「上がる?」
カイがすぐに尋ねる。
「大型ダンジョンを攻略したからといって、一気に高ランクへ上がるわけではない」
「分かってる」
「今、少し残念そうだったよ」
「少しだけな」
ギルド長は書類へ目を落とす。
「この一年、依頼の達成率は高い。途中撤退した依頼もあるが、どちらも危険を把握した上での判断だった。護衛、探索、採取、討伐。どの評価も安定している」
新しい証が二人の前へ置かれた。
「正式にDランクへ昇格させる」
「Dランク」
カイは証を手に取り、何度も裏返した。
「二つ上がったの?」
スイが尋ねる。
「Eランクの昇格基準はすでに満たしていた。今回の攻略実績と報告内容を加味した結果だ」
「これで依頼も増えるな」
「同時に責任も増える」
ギルド長の声が少し低くなる。
「今後、下位の冒険者と組む場合、二人が判断を求められることもある。自分たちだけが帰ればいい立場ではなくなる」
カイの指が止まった。
「俺たちが教える側になるのか」
「すぐにではない。だが、いつまでも新人ではいられないということだ」
カイは少し困ったようにスイを見る。
「できるかな」
「全部教えられなくても、危ないことは止められると思う」
「俺が止める側?」
「自分と似てる子がいたら、気持ちは分かるでしょ」
「それ、すごく面倒そうだな」
「あはは。カイを止めてた人たちも同じこと思ってたかもね」
「俺、そんなに面倒だった?」
スイはすぐには答えなかった。
「少しだけ」
「間が長い」
新しい冒険者証を胸元へしまい、二人はギルドを出た。
外はすでに薄暗くなっていた。
通りの先にある酒場から、大勢の声が聞こえる。
「行く?」
カイが尋ねる。
「ご飯だけね」
「攻略祝いだぞ」
「二杯まで」
「まだ何も言ってないだろ」
「三杯以上飲みたいって顔してる」
「また顔?」
「カイ、分かりやすいから」
酒場へ入ると、歓声が上がった。
卓には料理が並び、すでに何人もの冒険者が杯を持っている。
「主役が来たぞ!」
「攻略者に酒を持ってこい!」
「飯もだ!」
カイの目が一気に輝く。
「スイ」
「二杯」
「まだ頼んでない」
「大きい杯も駄目」
「小さい杯を二つ?」
「同じだよ」
二人は空いていた中央の席へ案内された。
焼いた肉。
川魚の香草蒸し。
根菜の煮込み。
焼きたてのパン。
旅の保存食ばかり食べていた身体には、どれも眩しく見える。
カイは杯を受け取ると、すぐに立ち上がった。
「一年目の大型ダンジョン攻略に!」
「急に始めないでよ」
「いいだろ。スイも持て」
スイは果実酒の入った小さな杯を持ち上げた。
周囲の者たちも、それぞれ杯を掲げる。
「攻略、おめでとう!」
声が重なった。
カイとスイは杯を合わせる。
軽い音。
カイは一息に半分ほど飲み、満足そうに喉を鳴らした。
「美味い」
「ゆっくり飲んでよ」
「一杯目は喉で飲むんだよ」
「二杯しかないのに?」
「なら三杯目を――」
「水ね」
「分かってるって」
周囲から、迷宮での戦いについて次々に尋ねられた。
カイは大きな身振りを交えて話し始める。
熱線。
崩れる橋。
三体のロックゴーレム。
最下層の主。
「それで俺が大剣を腹へ突き刺して――」
「その前に私が岩を削ったんだけど」
「今そこ話そうと思ってた」
「後から思い出したでしょ」
「忘れてないって」
「尾を逸らしたのも?」
「スイが風で逸らして、俺が核を壊した」
「うん。それなら合ってる」
カイは自分一人が倒したようには話さなかった。
スイが魔力の流れを見つけたこと。
カイが敵を誘導したこと。
二人で一度離れ、次の攻撃を組み立てたこと。
何度も戻る判断をしながら、最下層へ辿り着いたこと。
「俺一人じゃ無理だった」
カイは空になりかけた杯を見つめた。
「スイがいたから、最後まで行けた」
スイの耳が僅かに動く。
「私もだよ。カイが前にいたから、核まで近付けた」
「それ、俺たちの能力そのままだな」
「何が?」
「一人でも戦えるけど、二人だともっと強い」
「私は一人でも結構強いよ」
「そこは合わせろよ」
「あはは!」
周囲からも笑いが起きる。
焚き火代わりの炉から、薪の弾ける音がした。
一年。
里を出た時には、町の外を歩くだけで胸が高鳴っていた。
初めての依頼。
初めてのダンジョン。
ゴブリンメイジ。
傷ついた風牙狼。
何度も危ない思いをし、何度も人に教えられた。
逃げたこともある。
諦めた依頼もある。
それでも、帰るたびに少しずつ学び、次の町へ進んだ。
その積み重ねの先で、大型ダンジョンを制覇した。
「スイ」
「なに?」
「新しい武器、名前もう一回教えて」
「《双雷鳥》」
「格好いいな」
「カイの能力名より?」
「比べるな」
「《愛を求める怪獣》」
「人前で言うなって!」
近くにいた冒険者たちが一斉に振り返る。
「何だ、その名前」
「カイのユニークスキル」
「スイ!」
「ごめん。声大きかった」
「絶対わざとだろ」
「あはは!」
カイは耳まで赤くしながら杯を飲み干した。
「もう一杯」
「二杯目ね」
「今のは忘れるための酒だから、祝いとは別」
「同じだよ」
翌日。
スイは町外れの訓練場に立っていた。
肩の腫れはまだ少し残っている。
そのため、長時間は行わない。
魔道具技師とギルド職員が、少し離れた場所で準備を進めていた。
木板を幾重にも重ねた標的。
その後ろには、土魔法で作られた分厚い壁。
さらに離れたところでは、カイが地面へ座っている。
「遠くない?」
カイが声を張る。
「近いと危ないから」
「細かいところ見えない」
「終わったら見せるよ」
「一丁だけ持たせて」
「駄目」
「爆発しないよう、魔力は入れない」
「昨日もう触らないって言ったよね」
「昨日は昨日」
「そこは変えないで」
技師が標的の状態を確認し、スイへ向き直った。
「まず白銃だけです。魔力は最小限にしてください」
「はい」
「引き金へ指をかけるのは、標的へ向けてから」
スイは《ハク》を抜いた。
握りが手へ収まった瞬間、銃身の文字が淡く光る。
初めて扱うはずなのに、腕の伸ばし方や指を置く位置が自然と分かる。
武器そのものが、正しい形を伝えてくれているようだった。
「構えて」
右腕を伸ばす。
銃口の先に、木板の標的。
「魔力を少しだけ接続してください」
指先から流れた魔力が、握りの奥へ吸い込まれる。
小さな雷鳴が、手の中で鳴った。
「撃ちます」
引き金を引く。
青白い魔力弾が銃口から飛び出した。
鋭い音。
弾は標的の端を掠め、その後ろの土壁へ突き刺さる。
「外れた」
遠くからカイの声が聞こえた。
「分かってるよ!」
「最初だから仕方ない!」
「なら言わないで!」
スイは手首に残る感覚を確かめた。
反動は小さい。
ただ、発射の瞬間に銃口が僅かに上へ跳ねた。
魔力の消費も少ない。
普段使う下級魔法より軽いほどだった。
「二発目を」
技師の許可を得て、再び構える。
二発目は標的の左端。
三発目は中央より少し下。
「当たったぞ!」
「見えてる!」
四発目。
五発目。
撃つたび、武器の癖が少しずつ分かってくる。
《ハク》は考えていた以上に素直だった。
狙った場所へ、ほとんど遅れなく弾が飛ぶ。
詠唱も複雑な魔力制御も必要ない。
だからこそ、腕と視線の僅かなずれがそのまま結果へ表れた。
「次は、同じ場所へ二発」
「はい」
一発。
すぐに二発目。
二つの魔力弾が続けて飛び、木板へ近い位置に穴を開けた。
「速いな」
カイの声が少し低くなる。
今度は茶化しているのではなく、本気で驚いていた。
「連射性能はかなり高いですね」
技師が標的を確認する。
「ただし、連続して撃つほど狙いが上へ流れています」
「手首が動いてる?」
「僅かに。反動が小さい分、本人が気付きにくいのでしょう」
「練習します」
「今日は十発までにしてください。肩の状態もあります」
「はい」
「十発だけ?」
カイが言う。
「十分だよ」
「二十発くらい撃たないと分からなくない?」
「ほら、煽るでしょ」
「応援だって」
「聞かなくていいです」
技師が淡々と言い、カイは口を閉じた。
《ハク》の射撃を終えると、次は《コク》へ持ち替えた。
黒銃を握った瞬間、先ほどとは違う感覚が手へ伝わる。
重さそのものは変わらない。
だが、魔力を受け入れる器が深い。
「魔力は少量ずつ。銃身の文字が半分以上光る前に止めてください」
スイは慎重に魔力を流した。
一つ。
二つ。
銃身に刻まれた文字が、順番に淡く輝いていく。
《ハク》ならすぐに弾へ変わっていた量でも、《コク》はまだ受け入れようとしていた。
「そこで止めて」
技師の声に従い、魔力を切る。
スイは両手で銃を支えた。
「撃ちます」
引き金を引く。
今度は、腹へ響くような低い音が鳴った。
黒銃から放たれた光は細い。
けれど、その一撃は木板の中央を貫き、後ろにある土壁へ深い穴を穿った。
訓練場が静かになる。
「……強すぎない?」
スイ自身が呟いた。
「すげぇ!」
カイが立ち上がり、こちらへ走ってくる。
「近付かないでって言ったでしょ!」
「もう撃った後だろ!」
「次も撃つかもしれないよ!」
「岩でも抜けそうだな!」
技師は標的へ近付き、穴の深さを確認する。
「この魔力量で、これほどの貫通力ですか」
「消費は多かった?」
「中級魔法一度分にも届いていません。ただし、内部で極端に圧縮されています」
「連続では撃てない?」
「銃身が熱を持っています。最低でも十数秒。魔力を多く込めた場合は、さらに間隔を空けてください」
スイは《コク》の表面へ手を近付けた。
僅かに熱が伝わる。
「近くの敵には使いにくいね」
「俺が止めればいい」
カイが言う。
「ハクで動きを止めて、俺が敵を抑える。弱点が見えたらコク」
「カイの近くへ撃つことになるよ」
「当てないだろ?」
迷いのない声だった。
スイは一瞬、言葉を止める。
カイはこちらを見たまま、少しも疑っていない。
「……練習する」
「信用してる」
「だからって、射線には入らないでね」
「分かってる」
「大剣で弾を斬ろうともしない」
「まだ覚えてたの?」
「忘れるわけないでしょ」
その日から、スイの新しい訓練が始まった。
最初は止まった標的。
次は左右へ揺れる板。
転がる木の輪。
遠い標的。
近い標的。
魔力を少なく撃つ練習。
同じ場所へ当て続ける練習。
《ハク》から《コク》へ持ち替える練習。
二丁を同時に抜く練習。
初めて両手で構えた時は、左右の腕が僅かにずれた。
《ハク》は速く撃てる。
《コク》は魔力を溜める時間が必要になる。
性質の違う二丁へ同時に意識を向けることは、想像以上に難しかった。
「両方撃ってみたら?」
カイが言う。
「まだ構えるだけって決めたでしょ」
「一回撃たないと分からない」
「技師さんにも早いって言われたよ」
「スイならできる」
「その言い方で何度失敗させる気?」
「失敗して覚えることもある」
「危なくないところでね」
数日後。
十分な距離と防壁を用意し、二丁同時の射撃を試した。
結果は、綺麗に分かれた。
《ハク》の弾は標的の上を抜け。
《コク》の弾は地面へ突き刺さり、土を大きく抉った。
カイを含め、見ていた者たちが一斉に後ろへ下がる。
「今のは危なかった」
カイが真面目な顔で言う。
「誰のせいで試したと思ってるの?」
「スイならできるって」
「できなかったよ」
「次はできる」
「しばらく別々に練習する」
「でも一回やったから分かっただろ」
「何が?」
「まだ早いって」
スイはしばらくカイを見つめ、それから小さく息を吐いた。
「それはそうだけど」
「それな」
「何でカイが得意そうなの?」
片手ずつ。
一丁ずつ。
扱いを身体へ馴染ませる。
構える。
狙う。
魔力を流す。
撃つ。
収める。
何度も同じ動作を繰り返した。
カイも、肩の怪我が治ると訓練を再開した。
力任せに大剣を振るのではなく、スイが射線を作りやすいように敵の向きを変える。
足を止める。
弱点を晒す。
自分で倒すことだけを考えず、スイが撃てる形を作る。
二人の戦い方は、少しずつ変わっていった。
その成果を初めて実戦で試したのは、町の近くに現れた甲殻猪の討伐だった。
硬い甲殻に覆われた大型の魔物。
正面から剣を当てても、浅い傷しかつかない。
「右へ向ける!」
カイが大剣の腹を使い、突進を横へ流す。
巨体の側面がスイへ向いた。
「見えた!」
《ハク》を二発。
青白い魔力弾が前脚の関節へ当たり、動きを鈍らせる。
甲殻猪がカイへ身体を向けようとする。
カイは大剣を地面へ差し込み、巨体の進路を塞いだ。
「コクいくよ!」
「撃て!」
合図と同時に、カイは姿勢を低くして射線を外す。
《コク》の一撃が、甲殻の継ぎ目を正確に貫いた。
甲殻猪は数歩進んだ後、その場へ崩れ落ちた。
静かになった草原で、スイは銃口を下げる。
「……当たった」
「今までだって当たってただろ」
「動いてる魔物の、狙った場所にだよ」
「俺もちゃんと避けた」
「避けたんじゃなくて、最初から射線を空けたんでしょ」
「それな」
カイは嬉しそうに大剣を肩へ乗せた。
「今の、よかったな」
「うん」
「もう一回やりたい」
「魔物を探してまでやらないよ」
「訓練用の動く的が欲しいな」
「カイが走れば?」
「俺を撃つなって」
「あはは!」
ショートソードは手放さなかった。
腰の後ろへ一本だけ残し、敵に懐へ入られた時や、魔力を温存したい場面で使う。
音を立てたくない時。
狭い場所。
銃口を向ける余裕がない距離。
一年間使い続けた剣は、主武器ではなくなっても役目を失わなかった。
何度も研ぎ直された刃。
手に馴染んだ柄。
触れるたび、スイは旅を始めたばかりの頃を思い出した。
武器が変わっても、積み重ねてきたものがなくなるわけではない。
その上に、新しい選択肢が増えただけだった。
大型ダンジョン攻略から一か月後。
二人は再び旅支度を整えていた。
迷宮の素材は高値で売れ、当面の旅費には困らない。
装備を修理し、薬と保存食を買い足す。
《双雷鳥》の手入れに使う専用の油と、魔力を遮断する布。
カイの大剣も、迷宮の戦いで歪んだ部分を鍛え直してもらった。
「これだけあれば、しばらく依頼を受けなくても進めるな」
カイが報酬袋を持ち上げる。
「全部使わないでね」
「分かってるって」
「酒蔵を買えるかな、とか考えてない?」
「小さいのなら」
「考えてるじゃん」
「旅の拠点になるだろ」
「酒を飲みたいだけでしょ」
「両方」
スイは帳簿へ残金を書き込み、袋を自分の荷物へしまった。
「報酬は私が持つね」
「半分は俺のだぞ」
「必要な時は渡すよ」
「酒を買う時は?」
「必要なら」
「酒は必要だろ」
「旅に?」
「心に」
「前にも聞いたよ」
二人は宿の部屋を見回した。
この町へ滞在した時間は、それほど長くない。
けれど、大型ダンジョンを攻略し、新しい武器を手に入れた場所として、忘れることはないだろう。
荷袋の底には、仲間の人数分だけ用意された木の駒がある。
一年探しても、手掛かりは見つからなかった。
それでも、荷物から外そうとは思わない。
「次はどこへ行く?」
スイが地図を広げる。
「北は山が多い。南は大きな森。西へ戻れば、まだ寄ってない町がある」
「西」
カイは迷わず答えた。
「即答だね」
「気になる噂がある」
カイは荷袋から、何度も折り畳まれた古い紙を取り出した。
旅の途中、酒場の主人から聞いた話を書き留めたものだった。
「これ」
スイは紙を受け取る。
西の山岳地帯。
一定の季節にしか入口が現れない古代ダンジョン。
過去に多くの冒険者が挑み、最奥へ辿り着いた者はいない。
そして、その奥には――
「神の酒?」
スイは眉を寄せた。
「そう。神様が造った酒が眠ってるらしい」
「絶対、酒場の人がカイをからかっただけでしょ」
「同じ噂を三つの町で聞いた」
「全部酒場で?」
「酒の噂は酒場に集まるだろ」
「それはそうだけど」
紙には、ダンジョンの危険度についても書かれていた。
伝説級。
入口付近だけでも、高ランクの魔物が確認されている。
内部構造は不明。
生還者の記録も少ない。
「行くつもり?」
「今すぐじゃない」
予想外の答えに、スイは顔を上げた。
「珍しい」
「俺だって、今の俺たちで無理なのは分かる」
「本当に?」
「大型ダンジョンでもギリギリだっただろ。伝説級なら入口で死ぬかもしれない」
カイは紙の端を指で押さえる。
目には憧れがある。
それでも、すぐに向かおうとする勢いはなかった。
「もっと強くなる」
「酒のために?」
「酒もある」
「他には?」
「今の俺たちが、どこまで行けるのか確かめたい」
スイは地図へ目を落とした。
遠い西の山。
ここから辿り着くだけでも、長い旅になる。
その間にも多くの町を通り、ダンジョンへ入り、仲間を探せる。
「何歳くらいなら行けると思う?」
スイが尋ねる。
「十八」
「あと四年もあるよ」
「四年あれば、今よりずっと強くなれる」
「どうして十八なの?」
「和の国じゃ十二で成人だけど、外の国だと十八を大人として扱う場所も多いだろ」
「一応、考えてるんだ」
「あと、伝説級ダンジョンへ入るなら、そのくらいの実績は必要だって言われた」
「そっちが本当の理由?」
「両方」
カイは紙を畳み、スイへ向けて右手を出した。
「十八になったら行こう」
軽い誘いではなかった。
四年後。
今より多くを知り、今より強くなった自分たちで。
神の酒が眠るという伝説級ダンジョンへ挑む。
スイはすぐには手を取らなかった。
「条件がある」
「何?」
「それまでに無茶しない」
「難しくない?」
「じゃあ行かない」
「する。無茶しない」
「危ないと思ったら戻る」
「分かった」
「宝箱を見つけても先に調べる」
「分かった」
「お酒の匂いがしても?」
カイは少しだけ黙った。
「……調べる」
「今、迷ったよね」
「でも答えた」
「あと、私の話を聞く」
「いつも聞いてる」
「聞いてから勝手に解釈しない」
「細かいなぁ」
「大事だよ」
カイは差し出した手を動かさずに待っている。
スイは少し考え、最後に笑った。
「分かった」
その手を握る。
「十八歳になったら、神の酒を探しに行こう」
「それな!」
カイの声が部屋へ響く。
「声大きいよ」
「約束だからな」
「忘れないよ」
「俺も忘れない」
スイは手を離し、再び地図を見た。
まずは西。
まだ訪れていない町を巡る。
仲間を探す。
依頼を受ける。
ダンジョンへ挑む。
四年という時間は長い。
けれど、今の二人には、遠すぎるとは思えなかった。
里を出てからの一年も、振り返ればあっという間だった。
「じゃあ、次の目的地は西の交易都市」
スイが地図を指す。
「酒が有名?」
「知らないよ」
「調べよう」
「仲間の情報もね」
「当たり前だろ」
翌朝。
二人は町の門前に立っていた。
カイは大剣を背負い。
スイは《双雷鳥》を腰へ収め、ショートソードを背中側へ携えている。
見送りに来たギルド職員や冒険者たちへ手を振る。
「また来いよ!」
「次は一人前の後輩を連れてこい!」
「迷宮の地図、間違ってたら戻って直せ!」
いくつもの声に、カイが笑う。
「次はもっとでかいダンジョン攻略してくる!」
「その前にちゃんと休め!」
「分かってる!」
スイも町へ向かって頭を下げた。
「お世話になりました!」
二人は歩き出す。
町の石壁が少しずつ遠ざかっていく。
以前と同じように、カイが少し前。
スイがその隣。
ただし、旅を始めた頃とは装備も歩き方も違っていた。
「スイ」
「なに?」
「《双雷鳥》、格好いいな」
「昨日から何回言うの?」
「見慣れても格好いい」
「カイも新しい武器欲しい?」
「欲しい」
「じゃあ次の大型ダンジョンで探そうか」
「次は俺の番な」
「報酬が武器とは限らないよ」
「酒でもいい」
「結局それなんだ」
「あはは」
二人の声が、街道へ続いていく。
一年かけて辿り着いた、大型ダンジョンの制覇。
新たに手にした二丁の魔法拳銃。
そして、四年後へ向けた約束。
仲間の手掛かりは、まだ見つかっていない。
それでも、旅の道標は少しずつ増えていた。
世界のどこかにいる仲間たち。
まだ見ぬ町。
新しいダンジョン。
神の酒が眠るという、伝説の奥。
そのすべてへ辿り着くために、二人はまた歩き始める。
カイの背で大剣が揺れ。
スイの腰で、《ハク》と《コク》が朝の光を反した。
積み重ねた一年は、ここで終わる。
けれど、二人の旅はまだ始まったばかりだった。




