表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの時間をもう一度  作者: ゆうき
間章 獣人の約束

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
72/94

第8話 積み重ねた足跡 後編


 大型ダンジョン《岩喰らいの迷宮》から町へ戻ったのは、攻略から二日後の夕方だった。


 山道を抜けた先に石壁が見えた時、カイは一度立ち止まり、目を細めた。


「やっと着いたな」


「うん。帰りの方が長く感じたね」


「戦った後だったしな」


 背中の大剣が、歩くたびに鎧へ当たって小さな音を立てる。


 肩の痛みは薬で抑えていたが、完全には消えていない。スイも左肩を庇うように歩いており、普段より少しだけ歩幅が狭かった。


 それでも、二人の足取りは沈んでいなかった。


 カイの荷袋には、迷宮の主から回収した核の欠片と角の一部。


 スイの腰には、宝物庫で手に入れた二丁の魔法拳銃が収められている。


 右に白銃ハク


 左に黒銃コク


 二丁一組の名は、《双雷鳥》。


 歩くたび、専用の腰帯に収められた銃が僅かに揺れていた。


「スイ」


「なに?」


「もう一回だけ持ってみてもいい?」


「駄目」


「まだ何も言ってないだろ」


「《コク》の方、持ってみたいって顔してた」


「顔で分かるの?」


「帰り道で三回聞かれたからね」


「今なら反応するかもしれない」


「しないよ。宝物庫で試したでしょ」


「町に近付いたら気分が変わるかも」


「武器に気分があるの?」


「所有者を選ぶなら、好みもあるだろ」


「カイは選ばれなかったんだよ」


「はっきり言うなぁ」


 カイの耳が少し下がる。


 スイは笑いながら、《ハク》の握りへ軽く触れた。


 魔力は繋がない。


 ただ、そこにあることを確かめるだけだった。


 まだ一発も撃っていない。


 宝物庫で触れた瞬間、武器の性質と基本的な扱い方は感覚として伝わってきた。だが、どれほどの威力があり、どれほどの魔力を消費するのかまでは分からない。


 疲労の残る迷宮内で試さなかったことは、正しい判断だった。


「町に戻ったらすぐ撃つ?」


「先にギルドへ報告。それから鑑定してもらう」


「その後?」


「治療」


「その後?」


「休む」


「練習は?」


「明日以降」


「遅くない?」


「未知の魔道具だよ。壊したくないし、怪我もしたくない」


「少しだけ撃てば分かるだろ」


「カイがそれを言うと、少しで終わる気がしないの」


「俺が撃つわけじゃないぞ」


「横で煽るでしょ」


「応援だよ」


「同じところへ十発撃ってみよう、とか言いそう」


 カイは答えなかった。


 スイが横目で見る。


「考えてた?」


「五発くらい」


「あはは。半分になっただけじゃん」


 二人が町の門へ近付くと、見張りの兵士がこちらに気付いた。


 最初は目を凝らしていたが、腰の武器と背中の大剣を確認すると、大きく手を振る。


「戻ったぞ!」


 兵士の声が門の内側へ響いた。


 何事かと周囲の人々が振り返る。


 大型ダンジョンへ向かった二人が戻らないことは、町でも知られていたらしい。


 門をくぐった時には、何人もの冒険者や商人が集まり始めていた。


「最下層まで行ったのか?」


「迷宮の主は?」


「怪我は大丈夫か?」


「二人だけで戻ったのか?」


 次々に声が飛んでくる。


 カイは立ち止まり、胸を張った。


「攻略したぞ!」


 その一言で、周囲がどよめいた。


「本当に?」


「最下層の主も倒した!」


「証明部位は?」


「持ってる!」


 カイが荷袋へ手を伸ばす。


 スイはその腕を押さえた。


「先にギルドで報告」


「少しくらい見せてもいいだろ」


「道の真ん中で核を出したら落とすかもしれないよ」


「落とさないって」


「カイ、疲れてるでしょ」


「元気だぞ」


「さっき段差で躓いてた」


「あれは石が悪い」


「道のせいにしないの」


 集まっていた者たちから笑いが起こる。


 その中に、以前依頼で一緒になった冒険者の姿もあった。


「帰ってきたなら、それで十分だ。話は酒場で聞かせてもらう」


「今日?」


 カイの耳が立つ。


「治療と報告が終わってからだ」


 スイが先に答えた。


「俺に聞かれたんだけど」


「カイならすぐ行くって言うでしょ」


「行くよ」


「だから代わりに答えたの」


 二人は人だかりを抜け、冒険者ギルドへ向かった。


 扉を開けた瞬間、中にいた者たちの視線が集まる。


 受付の奥から、ギルド職員が慌てた様子で立ち上がった。


「スイさん、カイさん!」


「ただいま」


 スイが答える。


「帰ったぞ。攻略してきた」


「報告は聞いています。迷宮入口の監視員から連絡がありました」


「もう知ってるの?」


「お二人が出てきた時点で、伝令が飛ばされています」


 カイの耳が少し伏せる。


「俺が最初に言いたかった」


「町の入口で言ってたよ」


「ギルドでは最初じゃない」


「細かいなぁ」


 奥からギルド長が現れた。


 普段と変わらない厳しい顔つきだったが、二人の姿を確認した時だけ僅かに肩の力が抜けた。


「よく戻った」


「倒したぞ」


「見れば分かる。先に治療室へ行け」


「攻略証明は?」


「逃げない」


「核も腐らないしね」


「角もある」


「それも逃げないよ」


 カイは不満そうだったが、スイに背中を押されて治療室へ向かった。


 診察の結果、大きな怪我はなかった。


 カイは肩と背中に強い打撲。


 スイは左肩の腫れと、魔力の消耗。


 どちらも数日休めば問題ないと言われた。


「数日って何日?」


 カイが尋ねる。


「最低三日。大剣を振るなら五日は休め」


「見るだけなら訓練場に行っていい?」


「何を見る」


「スイの新しい武器」


 治療師がスイの腰へ目を向ける。


「それが宝物庫の報酬か」


「はい。でも、まだ撃ってません」


「賢明だな」


「カイは撃とうって言ってたけど」


「言ってない。試そうって言っただけ」


「同じだよ」


「お前は大人しく寝ていろ」


 治療師に言われ、カイは眉を寄せた。


「俺の怪我、そんなに悪い?」


「悪くしないために休むんだ」


「歩けるぞ」


「歩けることと、大剣を振っていいことは別だ」


「それ、前にも聞いたな」


「何度も言わせるな」


 肩へ薬を塗られた瞬間、カイは顔を顰めた。


「痛っ」


「動くな」


「押してるだろ」


「腫れを確認している」


「スイも同じことする」


「必要だからだよ」


 スイは隣の寝台に座りながら笑った。


 治療を終えると、二人はギルド長の執務室へ案内された。


 机の上へ、迷宮の主から回収した核の欠片と角の先端を置く。


 鑑定担当の職員が、一つずつ魔道具を近付けて確認していった。


「核の魔力活動は完全に停止しています」


「角も、過去に上層で採取された欠片と同じ性質です。ただし、こちらの方が遥かに高密度ですね」


 職員は慎重に角の表面を撫でる。


「最下層の主、《岩喰らい》の証明部位として問題ありません」


 ギルド長が書類へ署名する。


「正式に、《岩喰らいの迷宮》の攻略を認定する」


 その言葉が、静かな室内へ落ちた。


 迷宮で勝った時よりも、現実味があった。


 カイは隣のスイを見る。


「本当に攻略したんだな」


「今さら?」


「倒したのは分かってたけど、認められると違うだろ」


「うん。少し分かる」


 二人で進んだ最下層。


 崩れる橋。


 岩の主。


 熱線。


 何度も危ない場面があった。


 そのすべてを越え、自分たちはここへ戻ってきた。


 ギルド長の視線が、スイの腰へ向く。


「宝物庫の報酬も確認していいか」


「はい」


 スイは専用の腰帯から二丁を抜いた。


 白銃ハク


 黒銃コク


 二つを机の上へ並べる。


 銃身には、雷を纏った鳥を思わせる模様と、細かな古代文字が刻まれている。


 職員は素手で触れず、鑑定用の金属板を近付けた。


 淡い光が銃身をなぞる。


「古代魔導武器ですね」


「拳銃みたいな形だけど、やっぱり魔道具?」


「はい。物理的な弾丸を使う構造ではありません」


 職員は魔法文字の並びを追っていく。


「使用者の魔力を内部で圧縮し、弾体として射出する。基礎属性は雷。二丁一組で、一つの術式を構成しています」


「名前は《双雷鳥》って伝わってきました」


「銘と一致します」


「使い方も少しだけ分かる」


「所有者認証が成立したのでしょう。古代魔道具の中には、適合した者へ操作感覚を共有する物があります」


 カイが身を乗り出す。


「俺は引き金が動かなかった」


「適合していないのでしょう」


「はっきり言うなぁ」


「無理に魔力を流しましたか?」


「流してない」


「正解です。認証外の者が魔力を接続した場合、反発が起きる可能性があります」


「爆発する?」


「可能性は否定できません」


 カイの手が机から離れた。


「もう触らない」


「さっき持ちたいって言ってたのに」


「爆発するなら話は別だろ」


「あはは。そこは慎重なんだね」


 職員は白銃へ板を近付ける。


「こちらは、魔力を細かく分割して連続射出する構造です。威力よりも速度と手数を重視しています」


「《ハク》は速射」


「その認識で間違いありません」


 続いて黒銃。


「こちらは、魔力を一つに圧縮して射出する構造。連射には向きませんが、貫通力が高い」


「《コク》は一発を強くする」


「はい。ただし、込めた魔力が多いほど銃身への負担も増えます」


「撃ちすぎると壊れる?」


「すぐに壊れることはないでしょうが、限界を超えれば損傷する可能性があります。最初は最低限の魔力から試してください」


 スイは真剣な表情で頷いた。


「魔力がなくなるまで撃たない方がいいよね」


「当然です。スイさんはユニークスキルも魔力を消費するのでしょう?」


「はい」


「拳銃だけへ魔力を使いすぎれば、領域を維持できなくなる。戦闘では残量の管理が必要です」


「やっぱり、撃てるからって撃ち続けたら駄目だね」


「弾がなくならないんだろ?」


 カイが言う。


「代わりに私の魔力がなくなるの」


「ああ、そっか」


「魔力切れになったら、カイに運んでもらうことになるよ」


「それくらい余裕」


「そうならないように使うんだよ」


「運ぶ練習も必要かも」


「いらないよ」


 鑑定は続いた。


 二丁を同時に使用することで、魔力の変換効率が上がること。


 《ハク》だけ、《コク》だけでも使用はできること。


 使用者の属性魔力を弾へ重ねられる可能性があること。


 ただし、雷以外の属性を無理に混ぜれば、術式が不安定になる恐れがあること。


「まずは雷属性のみ。慣れてから無属性に近い魔力を試すべきです」


「風属性は?」


「相性自体は悪くありません。ただ、弾道や速度に影響が出る可能性がある。十分な練習をしてからにしてください」


「分かりました」


「土は?」


 カイが尋ねる。


「使うのはスイさんです」


「聞くだけ」


「土属性を重ねれば、着弾時の衝撃や重量を増やせる可能性があります。ただし銃身への負担も増すでしょう」


「強そう」


「試すのはずっと先だよ」


 スイが釘を刺す。


「今言ったばっかりなのに?」


「カイの顔が今すぐやろうって言ってる」


「俺は撃たないって」


「隣で言うでしょ」


「少しだけ試そうって」


「それを止めてるの」


 ギルド長が小さく息を吐く。


「訓練場の使用を許可する。ただし、最初は魔道具技師の立ち会いをつける」


「ありがとうございます」


「今日から?」


「お前は治療師の話を聞いていなかったのか」


「スイは撃てるだろ」


「私も明日以降にする」


「今日少し触るだけでも」


「駄目」


「二人とも休め」


 ギルド長の声に押され、カイはようやく黙った。


 その後は、迷宮内部の報告に移った。


 階層ごとの地形。


 確認した魔物。


 安全地帯。


 崩れた石橋。


 最下層の主が使った熱線と岩の槍。


 三つの魔力反応と、腹部に隠されていた核。


 スイが地図へ書き込み、カイが細かな部分を補足する。


「熱線は俺の耳すれすれだった」


「もっと離れてたよ」


「焦げた匂いしただろ」


「あれ、床が焼けた匂いじゃない?」


「俺の毛だって」


「今見ても変わってないよ」


「もう戻ったんだよ」


「二日で?」


 職員が笑いを堪えながら記録していく。


 報告が終わった頃には、窓の外が夕焼けに染まっていた。


 ギルド長は二人の冒険者証を机へ置いた。


「今回の攻略を含め、二人のランクを更新する」


「上がる?」


 カイがすぐに尋ねる。


「大型ダンジョンを攻略したからといって、一気に高ランクへ上がるわけではない」


「分かってる」


「今、少し残念そうだったよ」


「少しだけな」


 ギルド長は書類へ目を落とす。


「この一年、依頼の達成率は高い。途中撤退した依頼もあるが、どちらも危険を把握した上での判断だった。護衛、探索、採取、討伐。どの評価も安定している」


 新しい証が二人の前へ置かれた。


「正式にDランクへ昇格させる」


「Dランク」


 カイは証を手に取り、何度も裏返した。


「二つ上がったの?」


 スイが尋ねる。


「Eランクの昇格基準はすでに満たしていた。今回の攻略実績と報告内容を加味した結果だ」


「これで依頼も増えるな」


「同時に責任も増える」


 ギルド長の声が少し低くなる。


「今後、下位の冒険者と組む場合、二人が判断を求められることもある。自分たちだけが帰ればいい立場ではなくなる」


 カイの指が止まった。


「俺たちが教える側になるのか」


「すぐにではない。だが、いつまでも新人ではいられないということだ」


 カイは少し困ったようにスイを見る。


「できるかな」


「全部教えられなくても、危ないことは止められると思う」


「俺が止める側?」


「自分と似てる子がいたら、気持ちは分かるでしょ」


「それ、すごく面倒そうだな」


「あはは。カイを止めてた人たちも同じこと思ってたかもね」


「俺、そんなに面倒だった?」


 スイはすぐには答えなかった。


「少しだけ」


「間が長い」


 新しい冒険者証を胸元へしまい、二人はギルドを出た。


 外はすでに薄暗くなっていた。


 通りの先にある酒場から、大勢の声が聞こえる。


「行く?」


 カイが尋ねる。


「ご飯だけね」


「攻略祝いだぞ」


「二杯まで」


「まだ何も言ってないだろ」


「三杯以上飲みたいって顔してる」


「また顔?」


「カイ、分かりやすいから」


 酒場へ入ると、歓声が上がった。


 卓には料理が並び、すでに何人もの冒険者が杯を持っている。


「主役が来たぞ!」


「攻略者に酒を持ってこい!」


「飯もだ!」


 カイの目が一気に輝く。


「スイ」


「二杯」


「まだ頼んでない」


「大きい杯も駄目」


「小さい杯を二つ?」


「同じだよ」


 二人は空いていた中央の席へ案内された。


 焼いた肉。


 川魚の香草蒸し。


 根菜の煮込み。


 焼きたてのパン。


 旅の保存食ばかり食べていた身体には、どれも眩しく見える。


 カイは杯を受け取ると、すぐに立ち上がった。


「一年目の大型ダンジョン攻略に!」


「急に始めないでよ」


「いいだろ。スイも持て」


 スイは果実酒の入った小さな杯を持ち上げた。


 周囲の者たちも、それぞれ杯を掲げる。


「攻略、おめでとう!」


 声が重なった。


 カイとスイは杯を合わせる。


 軽い音。


 カイは一息に半分ほど飲み、満足そうに喉を鳴らした。


「美味い」


「ゆっくり飲んでよ」


「一杯目は喉で飲むんだよ」


「二杯しかないのに?」


「なら三杯目を――」


「水ね」


「分かってるって」


 周囲から、迷宮での戦いについて次々に尋ねられた。


 カイは大きな身振りを交えて話し始める。


 熱線。


 崩れる橋。


 三体のロックゴーレム。


 最下層の主。


「それで俺が大剣を腹へ突き刺して――」


「その前に私が岩を削ったんだけど」


「今そこ話そうと思ってた」


「後から思い出したでしょ」


「忘れてないって」


「尾を逸らしたのも?」


「スイが風で逸らして、俺が核を壊した」


「うん。それなら合ってる」


 カイは自分一人が倒したようには話さなかった。


 スイが魔力の流れを見つけたこと。


 カイが敵を誘導したこと。


 二人で一度離れ、次の攻撃を組み立てたこと。


 何度も戻る判断をしながら、最下層へ辿り着いたこと。


「俺一人じゃ無理だった」


 カイは空になりかけた杯を見つめた。


「スイがいたから、最後まで行けた」


 スイの耳が僅かに動く。


「私もだよ。カイが前にいたから、核まで近付けた」


「それ、俺たちの能力そのままだな」


「何が?」


「一人でも戦えるけど、二人だともっと強い」


「私は一人でも結構強いよ」


「そこは合わせろよ」


「あはは!」


 周囲からも笑いが起きる。


 焚き火代わりの炉から、薪の弾ける音がした。


 一年。


 里を出た時には、町の外を歩くだけで胸が高鳴っていた。


 初めての依頼。


 初めてのダンジョン。


 ゴブリンメイジ。


 傷ついた風牙狼。


 何度も危ない思いをし、何度も人に教えられた。


 逃げたこともある。


 諦めた依頼もある。


 それでも、帰るたびに少しずつ学び、次の町へ進んだ。


 その積み重ねの先で、大型ダンジョンを制覇した。


「スイ」


「なに?」


「新しい武器、名前もう一回教えて」


「《双雷鳥》」


「格好いいな」


「カイの能力名より?」


「比べるな」


「《愛を求める怪獣》」


「人前で言うなって!」


 近くにいた冒険者たちが一斉に振り返る。


「何だ、その名前」


「カイのユニークスキル」


「スイ!」


「ごめん。声大きかった」


「絶対わざとだろ」


「あはは!」


 カイは耳まで赤くしながら杯を飲み干した。


「もう一杯」


「二杯目ね」


「今のは忘れるための酒だから、祝いとは別」


「同じだよ」


 翌日。


 スイは町外れの訓練場に立っていた。


 肩の腫れはまだ少し残っている。


 そのため、長時間は行わない。


 魔道具技師とギルド職員が、少し離れた場所で準備を進めていた。


 木板を幾重にも重ねた標的。


 その後ろには、土魔法で作られた分厚い壁。


 さらに離れたところでは、カイが地面へ座っている。


「遠くない?」


 カイが声を張る。


「近いと危ないから」


「細かいところ見えない」


「終わったら見せるよ」


「一丁だけ持たせて」


「駄目」


「爆発しないよう、魔力は入れない」


「昨日もう触らないって言ったよね」


「昨日は昨日」


「そこは変えないで」


 技師が標的の状態を確認し、スイへ向き直った。


「まず白銃だけです。魔力は最小限にしてください」


「はい」


「引き金へ指をかけるのは、標的へ向けてから」


 スイは《ハク》を抜いた。


 握りが手へ収まった瞬間、銃身の文字が淡く光る。


 初めて扱うはずなのに、腕の伸ばし方や指を置く位置が自然と分かる。


 武器そのものが、正しい形を伝えてくれているようだった。


「構えて」


 右腕を伸ばす。


 銃口の先に、木板の標的。


「魔力を少しだけ接続してください」


 指先から流れた魔力が、握りの奥へ吸い込まれる。


 小さな雷鳴が、手の中で鳴った。


「撃ちます」


 引き金を引く。


 青白い魔力弾が銃口から飛び出した。


 鋭い音。


 弾は標的の端を掠め、その後ろの土壁へ突き刺さる。


「外れた」


 遠くからカイの声が聞こえた。


「分かってるよ!」


「最初だから仕方ない!」


「なら言わないで!」


 スイは手首に残る感覚を確かめた。


 反動は小さい。


 ただ、発射の瞬間に銃口が僅かに上へ跳ねた。


 魔力の消費も少ない。


 普段使う下級魔法より軽いほどだった。


「二発目を」


 技師の許可を得て、再び構える。


 二発目は標的の左端。


 三発目は中央より少し下。


「当たったぞ!」


「見えてる!」


 四発目。


 五発目。


 撃つたび、武器の癖が少しずつ分かってくる。


 《ハク》は考えていた以上に素直だった。


 狙った場所へ、ほとんど遅れなく弾が飛ぶ。


 詠唱も複雑な魔力制御も必要ない。


 だからこそ、腕と視線の僅かなずれがそのまま結果へ表れた。


「次は、同じ場所へ二発」


「はい」


 一発。


 すぐに二発目。


 二つの魔力弾が続けて飛び、木板へ近い位置に穴を開けた。


「速いな」


 カイの声が少し低くなる。


 今度は茶化しているのではなく、本気で驚いていた。


「連射性能はかなり高いですね」


 技師が標的を確認する。


「ただし、連続して撃つほど狙いが上へ流れています」


「手首が動いてる?」


「僅かに。反動が小さい分、本人が気付きにくいのでしょう」


「練習します」


「今日は十発までにしてください。肩の状態もあります」


「はい」


「十発だけ?」


 カイが言う。


「十分だよ」


「二十発くらい撃たないと分からなくない?」


「ほら、煽るでしょ」


「応援だって」


「聞かなくていいです」


 技師が淡々と言い、カイは口を閉じた。


 《ハク》の射撃を終えると、次は《コク》へ持ち替えた。


 黒銃を握った瞬間、先ほどとは違う感覚が手へ伝わる。


 重さそのものは変わらない。


 だが、魔力を受け入れる器が深い。


「魔力は少量ずつ。銃身の文字が半分以上光る前に止めてください」


 スイは慎重に魔力を流した。


 一つ。


 二つ。


 銃身に刻まれた文字が、順番に淡く輝いていく。


 《ハク》ならすぐに弾へ変わっていた量でも、《コク》はまだ受け入れようとしていた。


「そこで止めて」


 技師の声に従い、魔力を切る。


 スイは両手で銃を支えた。


「撃ちます」


 引き金を引く。


 今度は、腹へ響くような低い音が鳴った。


 黒銃から放たれた光は細い。


 けれど、その一撃は木板の中央を貫き、後ろにある土壁へ深い穴を穿った。


 訓練場が静かになる。


「……強すぎない?」


 スイ自身が呟いた。


「すげぇ!」


 カイが立ち上がり、こちらへ走ってくる。


「近付かないでって言ったでしょ!」


「もう撃った後だろ!」


「次も撃つかもしれないよ!」


「岩でも抜けそうだな!」


 技師は標的へ近付き、穴の深さを確認する。


「この魔力量で、これほどの貫通力ですか」


「消費は多かった?」


「中級魔法一度分にも届いていません。ただし、内部で極端に圧縮されています」


「連続では撃てない?」


「銃身が熱を持っています。最低でも十数秒。魔力を多く込めた場合は、さらに間隔を空けてください」


 スイは《コク》の表面へ手を近付けた。


 僅かに熱が伝わる。


「近くの敵には使いにくいね」


「俺が止めればいい」


 カイが言う。


「ハクで動きを止めて、俺が敵を抑える。弱点が見えたらコク」


「カイの近くへ撃つことになるよ」


「当てないだろ?」


 迷いのない声だった。


 スイは一瞬、言葉を止める。


 カイはこちらを見たまま、少しも疑っていない。


「……練習する」


「信用してる」


「だからって、射線には入らないでね」


「分かってる」


「大剣で弾を斬ろうともしない」


「まだ覚えてたの?」


「忘れるわけないでしょ」


 その日から、スイの新しい訓練が始まった。


 最初は止まった標的。


 次は左右へ揺れる板。


 転がる木の輪。


 遠い標的。


 近い標的。


 魔力を少なく撃つ練習。


 同じ場所へ当て続ける練習。


 《ハク》から《コク》へ持ち替える練習。


 二丁を同時に抜く練習。


 初めて両手で構えた時は、左右の腕が僅かにずれた。


 《ハク》は速く撃てる。


 《コク》は魔力を溜める時間が必要になる。


 性質の違う二丁へ同時に意識を向けることは、想像以上に難しかった。


「両方撃ってみたら?」


 カイが言う。


「まだ構えるだけって決めたでしょ」


「一回撃たないと分からない」


「技師さんにも早いって言われたよ」


「スイならできる」


「その言い方で何度失敗させる気?」


「失敗して覚えることもある」


「危なくないところでね」


 数日後。


 十分な距離と防壁を用意し、二丁同時の射撃を試した。


 結果は、綺麗に分かれた。


 《ハク》の弾は標的の上を抜け。


 《コク》の弾は地面へ突き刺さり、土を大きく抉った。


 カイを含め、見ていた者たちが一斉に後ろへ下がる。


「今のは危なかった」


 カイが真面目な顔で言う。


「誰のせいで試したと思ってるの?」


「スイならできるって」


「できなかったよ」


「次はできる」


「しばらく別々に練習する」


「でも一回やったから分かっただろ」


「何が?」


「まだ早いって」


 スイはしばらくカイを見つめ、それから小さく息を吐いた。


「それはそうだけど」


「それな」


「何でカイが得意そうなの?」


 片手ずつ。


 一丁ずつ。


 扱いを身体へ馴染ませる。


 構える。


 狙う。


 魔力を流す。


 撃つ。


 収める。


 何度も同じ動作を繰り返した。


 カイも、肩の怪我が治ると訓練を再開した。


 力任せに大剣を振るのではなく、スイが射線を作りやすいように敵の向きを変える。


 足を止める。


 弱点を晒す。


 自分で倒すことだけを考えず、スイが撃てる形を作る。


 二人の戦い方は、少しずつ変わっていった。


 その成果を初めて実戦で試したのは、町の近くに現れた甲殻猪の討伐だった。


 硬い甲殻に覆われた大型の魔物。


 正面から剣を当てても、浅い傷しかつかない。


「右へ向ける!」


 カイが大剣の腹を使い、突進を横へ流す。


 巨体の側面がスイへ向いた。


「見えた!」


 《ハク》を二発。


 青白い魔力弾が前脚の関節へ当たり、動きを鈍らせる。


 甲殻猪がカイへ身体を向けようとする。


 カイは大剣を地面へ差し込み、巨体の進路を塞いだ。


「コクいくよ!」


「撃て!」


 合図と同時に、カイは姿勢を低くして射線を外す。


 《コク》の一撃が、甲殻の継ぎ目を正確に貫いた。


 甲殻猪は数歩進んだ後、その場へ崩れ落ちた。


 静かになった草原で、スイは銃口を下げる。


「……当たった」


「今までだって当たってただろ」


「動いてる魔物の、狙った場所にだよ」


「俺もちゃんと避けた」


「避けたんじゃなくて、最初から射線を空けたんでしょ」


「それな」


 カイは嬉しそうに大剣を肩へ乗せた。


「今の、よかったな」


「うん」


「もう一回やりたい」


「魔物を探してまでやらないよ」


「訓練用の動く的が欲しいな」


「カイが走れば?」


「俺を撃つなって」


「あはは!」


 ショートソードは手放さなかった。


 腰の後ろへ一本だけ残し、敵に懐へ入られた時や、魔力を温存したい場面で使う。


 音を立てたくない時。


 狭い場所。


 銃口を向ける余裕がない距離。


 一年間使い続けた剣は、主武器ではなくなっても役目を失わなかった。


 何度も研ぎ直された刃。


 手に馴染んだ柄。


 触れるたび、スイは旅を始めたばかりの頃を思い出した。


 武器が変わっても、積み重ねてきたものがなくなるわけではない。


 その上に、新しい選択肢が増えただけだった。


 大型ダンジョン攻略から一か月後。


 二人は再び旅支度を整えていた。


 迷宮の素材は高値で売れ、当面の旅費には困らない。


 装備を修理し、薬と保存食を買い足す。


 《双雷鳥》の手入れに使う専用の油と、魔力を遮断する布。


 カイの大剣も、迷宮の戦いで歪んだ部分を鍛え直してもらった。


「これだけあれば、しばらく依頼を受けなくても進めるな」


 カイが報酬袋を持ち上げる。


「全部使わないでね」


「分かってるって」


「酒蔵を買えるかな、とか考えてない?」


「小さいのなら」


「考えてるじゃん」


「旅の拠点になるだろ」


「酒を飲みたいだけでしょ」


「両方」


 スイは帳簿へ残金を書き込み、袋を自分の荷物へしまった。


「報酬は私が持つね」


「半分は俺のだぞ」


「必要な時は渡すよ」


「酒を買う時は?」


「必要なら」


「酒は必要だろ」


「旅に?」


「心に」


「前にも聞いたよ」


 二人は宿の部屋を見回した。


 この町へ滞在した時間は、それほど長くない。


 けれど、大型ダンジョンを攻略し、新しい武器を手に入れた場所として、忘れることはないだろう。


 荷袋の底には、仲間の人数分だけ用意された木の駒がある。


 一年探しても、手掛かりは見つからなかった。


 それでも、荷物から外そうとは思わない。


「次はどこへ行く?」


 スイが地図を広げる。


「北は山が多い。南は大きな森。西へ戻れば、まだ寄ってない町がある」


「西」


 カイは迷わず答えた。


「即答だね」


「気になる噂がある」


 カイは荷袋から、何度も折り畳まれた古い紙を取り出した。


 旅の途中、酒場の主人から聞いた話を書き留めたものだった。


「これ」


 スイは紙を受け取る。


 西の山岳地帯。


 一定の季節にしか入口が現れない古代ダンジョン。


 過去に多くの冒険者が挑み、最奥へ辿り着いた者はいない。


 そして、その奥には――


「神の酒?」


 スイは眉を寄せた。


「そう。神様が造った酒が眠ってるらしい」


「絶対、酒場の人がカイをからかっただけでしょ」


「同じ噂を三つの町で聞いた」


「全部酒場で?」


「酒の噂は酒場に集まるだろ」


「それはそうだけど」


 紙には、ダンジョンの危険度についても書かれていた。


 伝説級。


 入口付近だけでも、高ランクの魔物が確認されている。


 内部構造は不明。


 生還者の記録も少ない。


「行くつもり?」


「今すぐじゃない」


 予想外の答えに、スイは顔を上げた。


「珍しい」


「俺だって、今の俺たちで無理なのは分かる」


「本当に?」


「大型ダンジョンでもギリギリだっただろ。伝説級なら入口で死ぬかもしれない」


 カイは紙の端を指で押さえる。


 目には憧れがある。


 それでも、すぐに向かおうとする勢いはなかった。


「もっと強くなる」


「酒のために?」


「酒もある」


「他には?」


「今の俺たちが、どこまで行けるのか確かめたい」


 スイは地図へ目を落とした。


 遠い西の山。


 ここから辿り着くだけでも、長い旅になる。


 その間にも多くの町を通り、ダンジョンへ入り、仲間を探せる。


「何歳くらいなら行けると思う?」


 スイが尋ねる。


「十八」


「あと四年もあるよ」


「四年あれば、今よりずっと強くなれる」


「どうして十八なの?」


「和の国じゃ十二で成人だけど、外の国だと十八を大人として扱う場所も多いだろ」


「一応、考えてるんだ」


「あと、伝説級ダンジョンへ入るなら、そのくらいの実績は必要だって言われた」


「そっちが本当の理由?」


「両方」


 カイは紙を畳み、スイへ向けて右手を出した。


「十八になったら行こう」


 軽い誘いではなかった。


 四年後。


 今より多くを知り、今より強くなった自分たちで。


 神の酒が眠るという伝説級ダンジョンへ挑む。


 スイはすぐには手を取らなかった。


「条件がある」


「何?」


「それまでに無茶しない」


「難しくない?」


「じゃあ行かない」


「する。無茶しない」


「危ないと思ったら戻る」


「分かった」


「宝箱を見つけても先に調べる」


「分かった」


「お酒の匂いがしても?」


 カイは少しだけ黙った。


「……調べる」


「今、迷ったよね」


「でも答えた」


「あと、私の話を聞く」


「いつも聞いてる」


「聞いてから勝手に解釈しない」


「細かいなぁ」


「大事だよ」


 カイは差し出した手を動かさずに待っている。


 スイは少し考え、最後に笑った。


「分かった」


 その手を握る。


「十八歳になったら、神の酒を探しに行こう」


「それな!」


 カイの声が部屋へ響く。


「声大きいよ」


「約束だからな」


「忘れないよ」


「俺も忘れない」


 スイは手を離し、再び地図を見た。


 まずは西。


 まだ訪れていない町を巡る。


 仲間を探す。


 依頼を受ける。


 ダンジョンへ挑む。


 四年という時間は長い。


 けれど、今の二人には、遠すぎるとは思えなかった。


 里を出てからの一年も、振り返ればあっという間だった。


「じゃあ、次の目的地は西の交易都市」


 スイが地図を指す。


「酒が有名?」


「知らないよ」


「調べよう」


「仲間の情報もね」


「当たり前だろ」


 翌朝。


 二人は町の門前に立っていた。


 カイは大剣を背負い。


 スイは《双雷鳥》を腰へ収め、ショートソードを背中側へ携えている。


 見送りに来たギルド職員や冒険者たちへ手を振る。


「また来いよ!」


「次は一人前の後輩を連れてこい!」


「迷宮の地図、間違ってたら戻って直せ!」


 いくつもの声に、カイが笑う。


「次はもっとでかいダンジョン攻略してくる!」


「その前にちゃんと休め!」


「分かってる!」


 スイも町へ向かって頭を下げた。


「お世話になりました!」


 二人は歩き出す。


 町の石壁が少しずつ遠ざかっていく。


 以前と同じように、カイが少し前。


 スイがその隣。


 ただし、旅を始めた頃とは装備も歩き方も違っていた。


「スイ」


「なに?」


「《双雷鳥》、格好いいな」


「昨日から何回言うの?」


「見慣れても格好いい」


「カイも新しい武器欲しい?」


「欲しい」


「じゃあ次の大型ダンジョンで探そうか」


「次は俺の番な」


「報酬が武器とは限らないよ」


「酒でもいい」


「結局それなんだ」


「あはは」


 二人の声が、街道へ続いていく。


 一年かけて辿り着いた、大型ダンジョンの制覇。


 新たに手にした二丁の魔法拳銃。


 そして、四年後へ向けた約束。


 仲間の手掛かりは、まだ見つかっていない。


 それでも、旅の道標は少しずつ増えていた。


 世界のどこかにいる仲間たち。


 まだ見ぬ町。


 新しいダンジョン。


 神の酒が眠るという、伝説の奥。


 そのすべてへ辿り着くために、二人はまた歩き始める。


 カイの背で大剣が揺れ。


 スイの腰で、《ハク》と《コク》が朝の光を反した。


 積み重ねた一年は、ここで終わる。


 けれど、二人の旅はまだ始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ