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あの時間をもう一度  作者: ゆうき
間章 獣人の約束

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第7話 世界のどこかで 後編


 防具屋は、冒険者ギルドから二本ほど通りを外れた場所にあった。


 石造りの店先には、革鎧や籠手が所狭しと吊るされている。扉の上では、金属板を重ねた看板が風に揺れ、乾いた音を立てていた。


 カイが中へ入ると、鼻を刺すような革と油の匂いが広がる。


「おう。昨日のダンジョン帰りか」


 作業台の奥から、太い腕をした男が顔を上げた。


 この町へ来てから何度か世話になっている防具職人だ。カイの革鎧を選んだ時も、身体に合わせて細かな調整をしてもらった。


「何で分かるんだ?」


「肩を庇ってる。あと、その傷み方は普通の刃じゃない」


 職人はカイを作業台の前へ座らせ、革鎧を脱がせた。


 裂けた肩口を指でなぞり、表と裏を交互に確認する。


「影属性か」


「ゴブリンメイジにやられた」


「ゴブリンメイジ?」


 男の手が止まった。


「《風抜けの洞》にいた」


「立入禁止の札は見たが、お前たちが見つけたのか」


「そう」


 カイが少し得意そうに答えると、隣に立つスイが補足した。


「見つけただけです。討伐したわけじゃありません。逃げられました」


「それでも生きて帰ったなら上等だ。あそこは新人がよく使う場所だからな」


 職人は再び革鎧へ目を落とした。


「直せる?」


「表の革を替えて、内側の魔力を抜く。今日預ければ、明日の夕方には仕上がる」


「いくら?」


 スイがすぐに尋ねる。


「銀貨二枚と銅貨六枚」


「高くない?」


 カイが思わず身を乗り出す。


「影魔法の残滓が入った革は、そのまま縫っても脆くなる。旅の途中で裂けて腹まで開いてもいいなら、銅貨だけで縫ってやるぞ」


「ちゃんと直してください」


 スイが即答した。


「俺の鎧だぞ」


「だからだよ。東の町まで六日かかるんでしょ。途中で壊れたら困るじゃん」


「報酬が減る」


「命より安いよ」


 正面から言われ、カイは口を閉じた。


 銀貨二枚と銅貨六枚。


 昨日受け取った追加報酬の一部が消える。


 肉なら何皿食べられるだろうと考えかけて、スイの視線に気付いてやめた。


「分かった。直す」


「最初からそう言えばいいの」


「スイ、最近俺の財布みたいになってない?」


「カイが使いすぎるから管理してるだけ」


「自分の金なのに」


「旅費も二人分まとめてるでしょ」


「半分は俺のだぞ」


「だから半分はカイのために残してるよ」


「酒代は?」


「必要経費じゃない」


「心には必要」


「身体には水で十分」


 職人は二人のやり取りを聞きながら、鎧の寸法を書き留めている。


「相変わらず仲がいいな」


「幼馴染だから」


 カイが答える。


「腐れ縁です」


 スイが続けた。


「どっちだ?」


「両方」


 二人の声が重なる。


 職人は喉の奥で笑い、代わりに簡素な革の肩当てを差し出した。


「修理中はこれを使え。防具としては頼りないが、何も着けないよりはましだ」


「貸し出し?」


「ああ。返す時に汚れてたら洗ってこい」


「血がついたら?」


「新しい物を買ってもらう」


「今日は戦わないから大丈夫」


 スイが言う。


「今日だけじゃないよ。明日も治るまで大剣振るなって」


「聞いてたのか」


「隣にいたでしょ」


「痛くてそれどころじゃなかった」


「都合の悪いことだけ聞こえなくなるよね」


 修理代を払い、二人は店を出た。


 外へ出ると、昼前の光が通りを白く照らしている。


 カイは借りた肩当てを何度か動かし、具合を確かめた。


「軽いな」


「無理に動かさない」


「確認してるだけ」


「それ、さっきも聞いた」


「まだ何もしてないだろ」


 スイは答えず、カイの腕を軽く押さえた。


 肩を動かさなくても済むよう、荷袋を受け取ろうとする。


「自分で持てる」


「片方だけ貸して」


「スイもまだ疲れてるだろ」


「じゃあ、少ない方」


「俺が持つ」


「傷を治す気ある?」


「あるって」


 二人はしばらく荷袋を挟んで引っ張り合った。


 先に手を離したのはカイだった。


 スイが後ろへ倒れそうになり、慌てて踏み止まる。


「急に離さないでよ!」


「持ちたいんだろ?」


「そうだけど!」


「じゃあ頼む」


「……こういう時だけ素直なんだから」


 スイは荷袋を背負い直した。


 中には財布と帳簿、それに今日買い足す物を書いた紙が入っているだけで、それほど重くはない。


「次は?」


 カイが尋ねる。


「薬屋。傷薬と、魔力を回復しやすくする薬草。それから保存食の値段も見たい」


「昼飯は?」


「買い物の後」


「先に食べた方が元気出る」


「朝ご飯、大盛りだったでしょ」


「歩いた分減った」


「そんなにすぐ減らないよ」


「俺の腹の中見たの?」


「見なくても分かる」


「箱庭?」


「普段のカイを見てれば分かるってこと」


 薬屋では、傷薬と乾燥させた薬草を買った。


 どちらも旅人向けの一般的な物で、重い怪我を治せるほどの力はない。それでも擦り傷や疲労を放置するよりはいい。


 スイは店主へ何度も使い方を確認し、紙へ細かく書き込んでいた。


 その隣で、カイは色の違う瓶を眺めている。


「これ何?」


「毒消しだよ」


「こっちは?」


「眠気を飛ばす薬」


「酒に入れたら、ずっと飲める?」


「やめなさい」


 店主とスイの声が重なった。


「聞いただけだろ」


「若いうちから変な飲み方を覚えるんじゃないよ」


 店主は呆れたように瓶を棚の奥へ戻した。


「二人とも和の国の成人だって話は聞いてるけどね。身体まで大人と同じとは限らないんだから、飲みすぎるんじゃないよ」


「俺、里では普通に飲んでた」


「里の習慣と、身体にいいかは別の話さ」


「ほら」


 スイが得意そうに言う。


「スイも飲むじゃん」


「カイほどじゃないよ」


「昨日、一杯飲んだ」


「カイは半杯だったでしょ」


「数では俺の負けじゃん」


「あれは治療師に止められてたから」


「なら今日は一杯」


「薬を飲んでる間は控えた方がいいよ」


 店主が言う。


 カイは棚から目を逸らし、薬屋を出るまで一言も話さなかった。


 外へ出てから、深く息を吐く。


「旅に出たら、誰も止めないよな」


「私がいるよ」


「忘れてた」


「何で忘れるの?」


「あはは」


 笑いながら歩き出すカイの横で、スイは買った薬の袋を確かめた。


 旅立ちが近付くにつれ、必要な物が次々に見えてくる。


 水袋の予備。


 雨具。


 簡易の調理道具。


 虫除けの香。


 乾燥させた肉と野菜。


 里を出た時にも荷物は用意していたが、今なら何が本当に必要か分かる。


 足りない物だけではない。


 いらない物も、少しずつ見えてきた。


「木の駒は置いていかないからな」


 カイが突然言った。


「まだ何も言ってないよ」


「荷物の整理って顔してた」


「どんな顔?」


「駒を減らしたい顔」


「そんな顔してない」


「でも考えた?」


「少しだけ」


「ほら!」


「あはは! 置いていかないよ。カイが持つならね」


「当たり前だろ」


 カイは胸元の小袋へ手を当てた。


 今持ち歩いているのは、自分とスイを表す二つだけ。


 残りは宿の荷袋にしまってある。


 小さな木の駒。


 旅の役には立たない。


 荷物を増やすだけだと分かっている。


 それでも、これから先に仲間が増えることを、形にして持っていたかった。


 昼食を終えた頃には、冒険者ギルドの掲示板へ新しい依頼が貼り出されていた。


 東の交易都市へ向かう商隊の護衛。


 出発は四日後。


 街道を六日かけて移動し、荷馬車七台を守る。


 主な護衛はCランク以上の冒険者隊。


 Fランクは野営準備や周辺警戒、荷車の補助を担当する。


 報酬は一人あたり銀貨八枚。


「結構いい」


 カイが依頼書の前で呟く。


「六日間だからね。それに、途中で戦闘になる可能性もある」


「野営の飯は?」


「商隊から出るって書いてある」


「受ける」


「ご飯で決めないで」


「行き先も同じだろ」


「そうだけど、護衛をまとめる隊を確認してから」


 周囲には、すでに何組かの冒険者が集まっていた。


 商隊護衛は長期間の依頼になる。


 報酬は悪くないが、目的地へ着くまで途中で離脱できない。


 応募する者たちも、依頼書を読みながら仲間と相談していた。


「仮申請を出してくれる?」


 スイが言う。


「俺が?」


「私は今朝から帳簿も買い物もやってる」


「分かったよ」


 カイは受付へ向かい、昨日受け取った申請用紙を差し出した。


 担当の女性が内容を確かめる。


「カイさんとスイさんですね。希望役割は周辺警戒と野営補助」


「俺、戦えるぞ」


「申請書では補助要員としての参加です。戦闘が起きた場合は護衛隊の指示に従ってください」


「それは分かってる」


「採用の判断は、主護衛を担当する冒険者隊が行います。今日の夕方に顔合わせがありますが、参加されますか?」


「行く」


 カイが答えた後、少し離れた場所にいるスイを見る。


 スイも頷いた。


「二人で行きます」


「では、日が傾く頃にこちらへ来てください」


 申請を終えて受付を離れると、掲示板の前にいた数人がこちらを見ていた。


 中には朝、風牙狼について話した冒険者もいる。


「お前たちも応募するのか」


 髭の男性が声をかける。


「東へ行きたいから」


「Fランクになったばかりだろ。商隊護衛は歩くだけじゃないぞ」


「知ってる」


 カイの声が少し硬くなる。


 スイはその横へ並んだ。


「主護衛ではなく、補助として応募します。採用するかは担当の隊が決めるので」


「そうか」


 男は二人の装備を一通り見た。


 カイは修理中のため簡素な肩当てだけ。


 スイも二本の短剣は持っているが、どちらも高価な武器ではない。


「悪く言うつもりはない。ただ、今の東街道は小型魔物だけじゃなく、盗賊が出るって噂もある」


「盗賊?」


 スイが聞き返す。


「商隊を直接襲うほど大きな集団じゃないらしいが、遅れた荷車や少人数の旅人を狙ってる」


「ギルドの依頼書には書いてない」


「確認が取れてない噂だからな」


 男は声を少し落とした。


「俺の知り合いが一週間前に東から戻った。街道沿いで、誰かに見張られてるような気配が何度かあったらしい」


「襲われたの?」


「護衛が多かったからか、何もなかった。ただ、夜中に荷馬車の近くで足跡が見つかった」


 カイは面白がる様子を見せなかった。


 昨日までなら、盗賊と聞けば戦えるかもしれないと考えたかもしれない。


 だが今は、商隊を守る依頼だと理解している。


「俺たちだけで戦うわけじゃないだろ」


「ああ。指示を聞けるなら、補助としては問題ないかもしれん」


「聞けるよ」


 スイが言う。


「カイは少しだけ先へ行きたがるけど、止めれば戻ります」


「少しだけ?」


 カイが横を見る。


「結構?」


「そこまでじゃないだろ」


「昨日もゴブリンメイジを追いかけたよね」


「あれは杖を壊さないと風牙狼を助けられなかったから」


「ちゃんと理由があれば動くんです」


 スイが男性へ説明する。


「ただ、理由があると自分で思った時は早いです」


「褒めてる?」


「半分くらい」


 男性は苦笑した。


「顔合わせでは、今みたいに正直に話せよ。できることを大きく見せる奴ほど、護衛では信用されない」


「分かった」


「お前たちが採用されたら、俺も同じ商隊になるかもしれん」


「応募してるの?」


「ああ。俺たちは三人組だ。採用されれば補助のまとめ役になる可能性がある」


 男性は親指で後ろを示した。


 少し離れた場所に、弓を持った女性と、槍を背負った若い男がいる。


「俺はダグ。あっちはミラとセトだ」


「カイ」


「スイです」


「知ってる。昨日から名前が広まってる」


「何で?」


「新人二人が、風牙狼を連れてダンジョンから出てきたんだ。目立たない方が難しいだろ」


 カイは少し考え、口元を緩めた。


「格好よかった?」


「そこを気にするの?」


 スイが呆れる。


「風牙狼がな」


「俺じゃないのかよ」


「お前は肩から血を流して、名前を聞かれて顔を赤くしてたって聞いた」


 カイの表情が固まる。


「誰から?」


「酒場にいた奴らが話してた」


「能力名も?」


「何の話だ?」


 ダグが首を傾げた。


 カイはすぐに首を横へ振る。


「何でもない」


「よかったね。そこまでは広まってないみたい」


 スイが小声で言う。


「絶対言うなよ」


「私からは言わないよ」


「笑いながら言っても信用できない」


「あはは!」


 顔合わせまで時間があったため、二人は一度宿へ戻った。


 部屋へ入ると、スイは卓の上へ今日買った物を並べる。


 薬。


 保存食。


 雨具を補修する糸。


 虫除けの香。


 新しい水袋。


 カイは寝台の下から荷袋を引き出し、中身を一つずつ床へ置き始めた。


「これは持ってく」


 木の駒。


「それは分かってる」


「酒入れる小瓶」


「いらない」


「いる」


「旅の途中で飲むの?」


「寒い時に少し飲むと温まる」


「それ、身体が温かく感じるだけって薬屋さんに言われたよ」


「気持ちも温まる」


「水袋を増やした方がいい」


「両方持てばいいだろ」


「荷物重くなるよ」


「俺が持つ」


「肩は?」


「四日後には治ってる」


「治ってなかったら置いていくからね」


「酒を?」


「小瓶を」


「中身だけ別の瓶に移す」


「同じでしょ」


 スイは呆れながら、自分の荷物を整理した。


 服は最小限。


 薬と帳簿。


 短剣の手入れ道具。


 里を出る時に家族から持たされた、小さな裁縫箱。


 そして、耳元の鈴。


 旅立ちの日から変わらず、いつも身につけている物だった。


「スイ」


「ん?」


「里に手紙出す?」


 突然の問いに、スイの手が止まった。


「次の町へ行くって?」


「ああ。ここに着いた時、一回出しただろ」


「うん」


 里を出てから、まだ大きく離れたわけではない。


 それでも家族にとっては、二人がどこで何をしているのか分からない。


 最初の町へ着き、冒険者になったこと。


 宿を見つけ、しばらく暮らすこと。


 それだけは手紙で知らせていた。


「書こうかな」


「俺も書く」


「カイ、字大丈夫?」


「書けるよ」


「前の手紙、一枚全部使って『元気。酒うまい』しか書いてなかったって聞いたけど」


「大事なことだろ」


「お母さん、心配したと思うよ」


「帰ってないんだから元気って分かるじゃん」


「帰ってこないから心配するんだよ」


 スイは荷袋から紙と墨を取り出し、卓の上へ置いた。


 二人で並んで座る。


 しばらくは、紙を擦る筆の音だけが部屋に続いた。


 スイは町で受けた依頼や、冒険者ランクが上がったことを書いた。


 初めてのダンジョンについては、ゴブリンメイジや風牙狼のことまで細かく書けば心配をかける。


 少し危険なこともあったが、二人とも無事だった。


 それくらいに留めた。


 そして、東にある交易都市へ向かうつもりであること。


 これからも二人で旅を続けること。


 最後に、家族の体調を気遣う言葉を添えた。


 横を見ると、カイは一行目を書いたまま止まっている。


「何て書いたの?」


「元気」


「また?」


「次が思いつかない」


「昨日あったこと書けば?」


「ゴブリンメイジと戦った」


「心配するよ」


「風牙狼助けた」


「もっと心配する」


「Fランクになった」


「それはいいんじゃない?」


 カイは頷き、紙へ書き加えた。


 筆を置き、少し考える。


「東の町へ行く」


「うん」


「仲間探す」


「うん」


「酒も探す」


「それはいらない」


「旅の目的だぞ」


「家族に伝える必要ある?」


「俺が変わってないって安心する」


「逆に心配すると思う」


 結局、カイの手紙には、元気でいること、Fランクになったこと、東へ向かう予定であることが短く記された。


 最後に少し迷い、《スイと一緒だから大丈夫》と書き加える。


 それを見たスイは、何も言わずに自分の手紙を折り畳んだ。


「何だよ」


「別に」


「笑ってるじゃん」


「カイも、ちゃんと家族を安心させる言葉を書けるんだなって」


「俺だってそれくらい考えるよ」


「前の手紙は?」


「酒がうまいなら元気だろ」


「あはは! やっぱり変わってないね」


 夕方になると、二人は再びギルドへ向かった。


 広間の奥には、顔合わせのためにいくつかの卓が寄せられている。


 応募者は十人ほど。


 その中には昼間話したダグたちの姿もあった。


 やがて、受付の女性と共に、一人の女性冒険者が現れた。


 二十代後半ほど。


 栗色の髪を後ろで一つに束ね、軽量の金属鎧を身につけている。腰には細身の剣。背筋は真っ直ぐ伸び、歩き方にも無駄がなかった。


「今回、商隊護衛の主隊を任されるエレナです」


 落ち着いた声が広間へ通る。


「私たちは四人で活動しているCランク隊《青燕》。今回は補助要員として、二組から三組を加えます」


 エレナの後ろには、盾を持つ大柄な男と、弓を背負った女性、杖を持つ青年が並んでいた。


「最初に言っておきます。護衛依頼で最も大切なのは、敵を倒すことではありません。荷と依頼人を目的地まで運ぶことです」


 カイとスイは、自然に顔を見合わせた。


 何度も聞き、今では自分たちも口にするようになった考え方とよく似ている。


「魔物を見つけても、避けられるなら避けます。盗賊が現れても、追い払えた時点で追撃はしません。指示を無視して前へ出る者は、どれほど強くても採用しません」


 エレナは応募者たちを見渡した。


「戦えることを示したい者ではなく、役割を守れる者を求めます」


 説明の後、一組ずつ簡単な聞き取りが始まった。


 経験。


 得意な役割。


 野営や警戒の知識。


 街道を歩いたことがあるか。


 カイとスイの順番が来ると、二人はエレナの正面へ座った。


「カイとスイ。共にFランク。登録から三か月ですね」


「はい」


 スイが答える。


「昨日、ダンジョン内でゴブリンメイジを発見した二人でもある」


「話、広まってるな」


 カイが呟く。


「受付から、依頼に関わる範囲だけ共有を受けています。ユニークスキルについては聞いていません」


 カイの耳が少しだけ上がった。


「強制じゃないんだよな」


「ええ。護衛に必要な情報でなければ、話す義務はありません。ただし、戦闘中に使用する可能性がある能力なら、できることだけは伝えてもらえると助かります」


 スイは少し考えた。


「私は一定範囲にいる仲間の位置を感じ取れます。少しだけ身体や魔力の回復を助けることもできます。ただ、長時間は使えません」


「範囲は?」


「まだ正確には分かりません。昨日使えたのは、広い部屋の半分くらいです」


「戦闘以外では、周辺警戒に使える?」


「使えます。でも魔力の消費が大きいので、ずっとは無理です」


 エレナは頷き、用紙へ書き込んだ。


「カイは?」


「仲間が近くにいると強くなる」


「どの程度?」


「分からない。誰かが危ない時は、もっと強くなる」


「自分で発動を制御できる?」


「普段の強化は何となくできる。でも、危ない時のは勝手に出る」


「分かりました。護衛中、能力を当てにした無理な配置はしません」


 エレナの返答は淡々としていた。


 能力の珍しさに驚く様子も、それ以上を聞き出そうとする様子もない。


「二人は、昨日ゴブリンメイジを追わなかったそうですね」


「ああ。風牙狼の鎖を壊した後は、追う必要なかったから」


「他のゴブリンも?」


「逃げたから追ってない」


「風牙狼を助けた理由は?」


 カイは少しだけ考えた。


「傷ついてたから」


「それだけ?」


「助けたら俺たちを襲うかもしれないとは考えた。でも、ゴブリンに魔力を吸われたまま死ぬのを見てるのは嫌だった」


「危険だと分かっていて、自分の感情を優先した?」


 言葉だけを聞けば、責められているようにも思えた。


 カイはエレナの目を見たまま答える。


「助けたいって気持ちだけでは動いてない。数と位置を確かめて、無理なら戻るってスイと決めた。風牙狼を連れて帰ろうともしてない」


「逃げ道は?」


「最初に確認した」


「救助用の信号は?」


「スイが持ってた」


「使わなかった判断は、今も正しかったと思う?」


 カイはすぐには答えなかった。


 傷を負った。


 スイも魔力を使いすぎた。


 少し違えば、二人とも帰れなかったかもしれない。


「結果だけなら、うまくいった」


 カイはゆっくりと言う。


「でも、次も同じようにいくとは思ってない。もう少し強い奴がいたら、信号を使うべきだった」


 隣でスイが頷いた。


「私も、能力を使えば大丈夫だと思いすぎました。自分の魔力がどこまで残ってるか、分かってなかったです」


 エレナは二人の答えを書き留め、筆を置いた。


「正直ですね」


「駄目?」


「いいえ。失敗しかけたことを隠す者より信用できます」


 エレナは椅子の背へ身体を預けた。


「最後に一つ。護衛中、指示と自分の判断が違った場合、どうしますか?」


「理由を聞く」


 カイが答えた。


「聞く時間がない時は?」


「指示に従う」


「本当に?」


「納得できなくても、隊全体が動いてる時に俺だけ違うことしたら危ないだろ」


 言い切ったカイを、スイが少し驚いたように見る。


「何だよ」


「ちゃんと答えられたなって」


「俺を何だと思ってるんだ」


「先に走る銀狼」


「一応周り見てるからな」


 エレナの口元が僅かに緩んだ。


「スイは?」


「私も従います。ただ、危険に気付いた時はすぐ伝えます。誰かが見落としてる可能性もあるから」


「いいでしょう」


 聞き取りを終え、二人は少し離れた場所で待つことになった。


 ダグたちも面談を終えている。


「どうだった?」


 ダグが尋ねる。


「指示を聞けるか、すごく確認された」


「護衛はそこが大事だからな」


「俺、聞けるって答えた」


「スイに聞くまで信用できんな」


「何でだよ」


 ダグは笑い、仲間の二人を紹介した。


 弓使いのミラは落ち着いた女性で、周辺警戒を得意としている。


 槍使いのセトはダグより若く、カイの大剣へ興味を持ったらしい。


「その身体で振れるのか?」


「振れる」


「今度見せてくれ」


「今は怪我してるから無理」


「治ったら模擬戦しようぜ」


「いいぞ」


「駄目」


 スイが二人の間へ入る。


「治ったらいいだろ?」


「旅立つ前にまた怪我したらどうするの」


「模擬戦だぞ」


「カイは本気になるでしょ」


「ならないって」


「昨日、角兎の話で『いつか見返す』って言ってた人が?」


「角兎とセトは違う」


「比べられた俺はどうすればいいんだ?」


 セトが困ったように笑う。


「カイの話は半分で聞いてください」


「半分は本当なんだな」


「全部本当だよ」


 やがて、エレナが採用する組を発表した。


 ダグたち三人。


 もう一組のEランク二人組。


 そして最後に、カイとスイの名前が呼ばれた。


「本当?」


 スイが目を見開く。


「補助要員として採用します。ただし、二人は最年少で経験も浅い。基本的にはダグたちと行動してください」


「分かりました」


「また、カイの傷が出発前日までに治らない場合、今回は不参加とします」


「治す」


「気合いでは治りません。治療師の判断に従ってください」


「はい」


「スイも魔力が回復していなければ同様です」


「分かりました」


 商隊の出発時刻と集合場所。


 必要な持ち物。


 護衛中の役割。


 夜番の組み方。


 一通りの説明を受けると、外はすでに暗くなっていた。


 ギルドを出た二人は、夜風の中でしばらく立ち止まる。


「決まったな」


 カイが言う。


「うん。四日後に、この町を出る」


 言葉にすると、急に現実味を帯びた。


 三か月暮らした宿。


 何度も通ったギルド。


 顔を覚えた店の人たち。


 最初の町で過ごす時間には、終わりが近付いている。


「寂しい?」


 カイが尋ねる。


「少し」


「俺も」


 スイは夜の通りを見渡した。


 提灯の灯り。


 酒場から漏れる笑い声。


 走り回る子供たち。


 ここへ来たばかりの頃は、何も知らなかった。


 今では道も、人の顔も、どの店の料理が美味しいかも知っている。


 旅を続けるということは、出会うだけではない。


 慣れた場所を離れることでもある。


「でも、行きたい」


 スイが言う。


「東の町?」


「その先も」


「仲間を探すため?」


「それもある。でも、もっと色んな場所を見たい」


 里を出たばかりの頃は、外の世界に何があるのかさえ知らなかった。


 この三か月で、町の暮らしと冒険者の仕事を知った。


 初めてのダンジョンへ入り、命の危険も経験した。


 前よりも、世界が広いことを感じている。


「私たち、まだ何も知らないね」


「これから知ればいいだろ」


「簡単に言うね」


「難しく考えても、歩くしかないじゃん」


 カイは東へ続く通りの先を見た。


 この町の門は閉じられている。


 今はまだ、暗闇の向こうに何があるか分からない。


 それでも四日後には、あの門を抜けて歩き始める。


「スイ」


「なに?」


「絶対見つけような」


 誰を、とは言わなかった。


 言わなくても分かる。


「うん」


「何年かかっても」


「うん」


「世界中回っても」


「うん」


「酒が全部なくなっても」


「それはないよ」


「例えだろ」


「カイ、酒がなくなったら旅やめそう」


「やめねぇよ。自分で造る」


「あはは! 結局そこなんだ」


 カイも笑った。


 その笑い声に重なるように、遠くから夜の鐘が響く。


 二人は宿へ向かって歩き出した。


 夕食を終え、部屋へ戻ると、卓の上には書き終えた二通の手紙が置かれていた。


 明日の朝、里へ向かう商人へ預ける予定だ。


 スイは荷物の隙間に手紙をしまい、寝台へ腰を下ろした。


 カイは窓を開け、夜空を見上げている。


 雲の切れ間から、いくつかの星が見えた。


「アムたちも、同じ空見てるかな」


 スイが呟く。


「見てるかもな」


「同じ時代にいるかな」


「いる」


「また根拠ないよ」


「なくていいだろ」


 カイは窓枠へ腕を乗せた。


「いないって決めたら、探せない。でも、いるって思ってれば探し続けられる」


 スイはその横顔を見た。


 難しいことを考えているようには見えない。


 ただ、自分が信じたいものを疑わずに持っている。


 それがカイの強さであり、危うさでもあった。


「じゃあ、いるね」


「だろ?」


「世界のどこかに」


「俺たちを待ってるかもしれない」


「待ってなかったら?」


「会った時に驚かせる」


「忘れられてたら?」


「もう一回仲良くなる」


 少しの迷いもない答えだった。


 記憶が同じ形で残っているとは限らない。


 姿も名前も変わっているかもしれない。


 すでに別の生活を持ち、二人を知らない可能性だってある。


 それでも、探すことをやめる理由にはならない。


「カイ」


「ん?」


「見つけた人が、私たちと一緒に来たくないって言ったら?」


 カイは少しだけ考えた。


「それなら無理には連れてかない」


「寂しくない?」


「寂しい」


 正直に答える。


「でも、仲間だからって同じ道を歩かなきゃいけないわけじゃないだろ。元気でいるって分かれば、それでいい時もある」


 スイは静かに目を細めた。


 探して、会う。


 それだけを考えていた。


 再会した後のことまでは、まだ分からない。


 誰もが同じ願いを持っているとは限らない。


 それでも、その人が選んだ道を認められるなら、再会は悲しいだけでは終わらない。


「カイ、たまにすごくいいこと言うよね」


「たまに?」


「普段が酒と肉ばっかりだから」


「俺はいつもいいこと言ってる」


「今日の朝は『焼き魚が俺を呼んでる』って言ってたよ」


「あれもいいことだろ」


「あはは!」


 スイの笑い声が、静かな部屋へ広がった。


 やがて窓を閉じ、二人はそれぞれの寝台へ入った。


 灯りを消すと、暗闇の中に町の音だけが薄く残る。


 遠くの酒場。


 荷車の車輪。


 宿の廊下を歩く足音。


「スイ」


「なに?」


「四日後、晴れるかな」


「分からないよ」


「雨だったら?」


「出発はするでしょ」


「最初から雨は嫌だなぁ」


「旅は天気を選べないよ」


「酒があれば大丈夫か」


「持っていかないって言ったでしょ」


「まだ決まってない」


「小瓶は置いていく」


「おやすみ、スイ」


「話を終わらせないで」


「傷が痛いから寝る」


「都合よすぎ」


 暗闇の向こうから、カイの小さな笑い声が聞こえた。


 スイは呆れながらも、それ以上は言わなかった。


 窓の外では、星が雲の向こうへ隠れていく。


 東へ続く道も、遠く離れた仲間たちの行方も、まだ何一つ見えない。


 それでも二人の荷袋には、次の旅へ持っていく物が少しずつ増えていた。


 薬と食料。


 新しい冒険者証。


 家族へ宛てた手紙。


 仲間の数だけ持ってきた、小さな木の駒。


 そして、離れていてもいつか会えると信じる、幼い約束。


 夜が明ければ、旅立ちまであと三日。


 カイとスイは同じ町の同じ部屋で、まだ見ぬ道の続きを夢見ながら眠りについた。

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