表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの時間をもう一度  作者: ゆうき
間章 獣人の約束

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
60/93

第4話 最初の一杯 後編


成人の祝いから三日後、スイリンは銀狼の里の倉庫で干し肉を数えていた。


板張りの床には、麻袋や木箱が隙間なく並んでいる。天井から吊るされた薬草の束が風に揺れ、乾いた青い匂いを漂わせていた。


目の前の机には、旅に必要な物を書き出した紙が置かれている。


干し肉。


乾燥させた米。


塩。


火打石。


水袋。


薬。


予備の紐。


針と糸。


雨具。


地図。


書き始めた時は十にも満たなかった項目が、父親たちに確認するたび増えていった。紙の下半分には細かな文字が詰まり、書く場所がなくなりつつある。


「二十七、二十八……」


数えた干し肉を隣の籠へ移す。


「二十九……」


背後で紙を擦るような音がした。


スイリンは数えるのを止めず、狐耳だけをそちらへ向ける。


「三十」


音が止まった。


「三十一」


また、かさりと鳴る。


「カイ」


「何だよ」


「今、干し肉取ったでしょ」


「取ってねぇ」


「じゃあ口に入ってるの何?」


スイリンが振り返ると、木箱の陰に座っていたカイエンが頬を膨らませていた。


手には食べかけの干し肉が握られている。


「味の確認」


「数えてる途中なんだけど」


「旅に持っていって不味かったら困るだろ」


「里でいつも食べてるやつじゃん」


「干し具合で変わるかもしれない」


「戻して」


「もう噛んだ」


「じゃあ最初から数え直し」


スイリンは籠の中身をすべて木箱へ戻した。


カイエンが露骨に嫌そうな顔をする。


「そこまでしなくてよくね?」


「一つ少ないまま記録したら、帳簿と合わなくなるでしょ」


「一枚くらい誰も気にしないって」


「旅の途中で食料が一枚足りなくても、同じこと言うつもり?」


「一枚なら言う」


「二枚なら?」


「ちょっと気にする」


「十枚なら?」


「スイが数え間違えたと思う」


「食べた本人が言うことじゃないよ」


スイリンが睨むと、カイエンは残っていた干し肉を口へ押し込み、何事もなかったように帳簿へ視線を落とした。


旅へ向けた準備は、稽古だけではなかった。


両親から与えられた条件の一つは、自分たちだけで必要な物を揃え、管理できるようになることだった。


そのため二人は、銀狼の里と妖狐の里の仕事を手伝い始めた。


狩りで得た肉の解体。


薬草の選別。


薪運び。


畑仕事。


商人へ渡す荷物の確認。


働いた分だけ、少額の賃金も受け取っている。


旅の資金として貯めるため、使い道も帳面へ残さなければならなかった。


最初の月、カイエンは稼いだ金の半分を串焼きと菓子へ使った。


翌日、帳簿を確認した父親から何も言われずに見つめられ、三日ほど目を合わせられなくなった。


それ以降は、買い食いをする前にスイリンへ相談するようになった。


「スイ、これ書いといて」


カイエンが銅貨を一枚、机の上へ置く。


「何のお金?」


「昨日、猟師の爺ちゃんの荷物運んだ分」


「自分で書いてよ。カイの帳面でしょ」


「字が細かくて面倒なんだよ」


「旅に出たら私が毎回書くの?」


「得意な方がやればいいだろ」


「じゃあカイは何をやるの」


「重い物を持つ」


「あと?」


「魔物が出たら戦う」


「ほかは?」


カイエンは黙り込んだ。


スイリンは炭筆を置き、彼の前へ帳面を押し返す。


「二人で補うのと、全部人に任せるのは違うよ。文字は書けるんだから、自分でやって」


「細かいなぁ」


「父さんたちに行動で示すって言ったでしょ」


「それは覚えてる」


「なら書く」


カイエンは渋々炭筆を取った。


文字は読める。


書くこともできる。


ただし急ぐと、本人以外には判別しにくい形になる。


一行を書き終えたところで、スイリンが覗き込んだ。


「これ、荷運びって書いた?」


「そう」


「最後の字、魔物みたいになってるよ」


「読めるならいいだろ」


「私は読めなかった」


「今読んだじゃん」


「前の文字から予想したの」


「なら問題ない」


「あるよ」


スイリンが直すよう促すと、カイエンは椅子へ深く座り、天井を見上げた。


成人したら、もっと自由になると思っていた。


好きな時に里の外へ出て、好きな武器を持ち、大人と同じように酒も飲める。


実際には許されることが増えた分、自分でしなければならないことも増えた。


朝は稽古。


昼は仕事。


夜は読み書きや地図の勉強。


酒は祝いの席以降、一度も飲めていない。


カイエンにとっては、想像していた大人と少し違った。


「旅って、もっと歩いて戦ってればいいと思ってた」


「それだけで生きられたら楽なんだけどね」


スイリンは干し肉を数え直しながら答える。


「ご飯がなくなったら買わないといけないし、買うにはお金がいる。町に入る時に税を取られるところもあるし、野宿できない場所だってあるんだって」


「森で寝ればいいだろ」


「持ち主がいたら怒られるよ」


「森に持ち主なんているのか?」


「いるところもある。勝手に木を切ったら捕まる国もあるって」


「面倒だな」


「知らなかったで済まないこともあるから、覚えろって言われてるんでしょ」


「和の国から出なきゃ、そこまで考えなくていいのに」


カイエンはそう言ってから、机へ頬杖をついた。


旅をやめたいわけではない。


むしろ、知らないことが多いと分かるほど、外へ出たい気持ちは強くなっている。


ただ、行きたいと思うことと、実際に歩き続けることの間には、想像以上に多くの準備が必要だった。


スイリンは最後の干し肉を籠へ移した。


「四十二枚。カイが一枚食べたから、本当は四十三枚」


「そこまで書くのか?」


「書くよ」


「俺が金払えばいいだろ」


「じゃあ帳面に支出として書いて」


「……食べなきゃよかった」


「食べる前に気付こうね」


倉庫の外から、太い笑い声が聞こえた。


戸口にカイエンの父親が立っている。


二人のやり取りをしばらく聞いていたらしい。


「少しは旅人らしくなってきたな」


「干し肉数えただけだぞ」


「その一枚を軽く見る者は、いずれ十枚を失う。食料の不足は、山の中では命に関わる」


父親は倉庫へ入り、スイリンの書いた記録へ目を通す。


数と状態。


保存期間。


傷んでいる物の有無。


必要な内容はすべて記されていた。


「スイリンは問題ない。カイエンは字をもう少し丁寧に書け」


「読めるだろ」


「読ませるために書くものだ。自分だけが分かっても意味がない」


スイリンが得意そうにカイエンを見る。


「ほら」


「スイは言い方が細かいんだよ」


「内容は同じでしょ」


「父ちゃんに言われる方が短い」


「お前が一度で聞けば、スイリンも短く済ませられる」


逃げ道を塞がれ、カイエンは口を閉じた。


父親は満足そうに頷き、今度は倉庫の外を指す。


「確認が終わったなら、午後は山へ行くぞ」


「狩り?」


カイエンの耳が立つ。


「野営の訓練だ。今夜は二人だけで山に泊まれ」


一瞬前まで退屈そうだった表情が、すぐに明るくなる。


「本当に?」


「ただし、指定した範囲から出るな。夕食と寝床は自分たちで用意し、明日の朝までに戻れ。持っていける物は、そこにある箱の中身だけだ」


父親が顎で示した先に、小さな木箱が置かれていた。


中には短い縄、火打石、布、水袋、鉄鍋。


食料らしいものは入っていない。


カイエンは木箱を覗き込み、眉を上げる。


「飯は?」


「自分たちで確保しろ」


「狩っていいのか?」


「指定地の川と森にいるものならな。ただし、食べられるかどうかを判断するのも試験のうちだ」


スイリンは吊るされた薬草へ目を向ける。


「薬も持っていけないの?」


「必要だと思うなら、自分で選んで持っていけ。ただし荷物の重さも考えろ」


「分かりました」


スイリンが答える横で、カイエンはすでに木箱を抱え上げていた。


「行こうぜ」


「まだ必要な物を選んでないよ」


「森にあるだろ」


「雨が降ったら?」


「布がある」


「小さすぎるでしょ。二人分の雨避けにはならないよ」


「木の下にいればいい」


「雷が鳴ったら危ないし、枯れた枝が落ちることもある。寝床だって地面にそのまま寝るつもり?」


カイエンの父親は口を挟まず、二人の様子を見ている。


スイリンは倉庫を見回し、必要な物を一つずつ選んだ。


小さな鉈。


予備の布。


塩。


傷口を洗うための酒精。


虫除けに使う乾燥薬草。


細い糸と針。


「多くね?」


カイエンが言う。


「全部必要だよ」


「持つの俺だろ」


「半分は私が持つ」


「その荷物で動ける?」


「カイほど力はないけど、これくらいなら平気」


スイリンは自分の背負い袋へ道具を詰めた。


重さが偏らないよう位置を変え、背負って歩いてみる。


カイエンはその横で、鉄鍋を木箱から取り出していた。


「これ、いる?」


「いるよ」


「肉なら焼けば食える」


「お湯を沸かせないでしょ」


「川の水、そのまま飲めるだろ」


「上流に動物の死骸があったら?」


カイエンは鉄鍋を見下ろした。


少し考えたあと、黙って背負い袋へ括りつける。


父親が小さく笑った。


「最初の頃よりは、話を聞くようになったな」


「俺も必要だと思ってた」


「今、捨てようとしてたよね」


「重さを確認してただけ」


言い訳を聞き流し、スイリンは倉庫の戸を閉めた。



指定された野営地は、銀狼の里から歩いて二刻ほどの山中にあった。


道と呼べるものは途中で途切れ、その先は獣道を進む。


木々の隙間から射す光はまだ明るい。


けれど山の夕暮れは早い。寝床と食料を確保するなら、のんびり歩いている時間はなかった。


カイエンは先頭を進みながら、何度も周囲の匂いを確かめていた。


銀狼の鼻は、妖狐よりも遠くの獣を見つけられる。


その代わり、薬草や木の実を見分ける知識はスイリンの方が上だった。


「この辺、兎いる」


カイエンが足を止める。


地面には小さな足跡が残っていた。


糞も新しい。


近くに巣があるらしい。


「先に寝る場所を決めようよ」


スイリンが言う。


「飯の方が先だろ」


「追いかけてるうちに遠くへ行ったら、戻ってくる頃には暗くなるよ」


「すぐ捕まえる」


「その自信、何回外れたか覚えてる?」


「今回は足跡がある」


「前に鹿を追った時もあったよね」


「今は十二だぞ。五歳の時と一緒にするなよ」


カイエンはすでに獣道の奥を見ている。


スイリンは止めようと口を開き、途中で閉じた。


正面から止めても、余計に行きたがる。


それなら役割を決めた方が早い。


「半刻だけね。私はこの近くで寝床を探す。戻れなくなる前に、必ずここへ帰ってきて」


「一人で大丈夫か?」


「里から近いし、魔物避けの札もある。危ないと思ったらすぐに音を出すから」


スイリンは腰へ結んだ小さな笛を見せた。


二人で行動する時、離れた場所から危険を伝えるために用意したものだ。


高い音なら危険。


短く二度なら集合。


長く一度なら、相手の位置を確認したい時。


稽古で何度も使っている。


カイエンは少し迷ったが、頷いた。


「半刻で戻る」


「獲れなくてもね」


「獲るって」


彼は背負い袋をスイリンの足元へ置き、足跡を追って森の奥へ消えていった。


銀狼の姿が見えなくなると、周囲は急に静かになった。


鳥の声。


葉の擦れる音。


小川が流れる音。


一人だからといって、不安になるほどではない。


ただ、いつも隣にいる声がなくなると、山の広さを感じる。


スイリンは辺りを見渡した。


寝床には、水場から近すぎず、風を避けられる場所がいい。


川辺は水を汲みやすいが、夜になると冷える。急な雨で水位が上がる可能性もある。


少し高くなった斜面の途中に、太い木が数本まとまって生えていた。


地面は比較的乾いている。


頭上に枯れ枝もない。


スイリンはそこへ荷物を運び、落ち葉や小石を取り除き始めた。


鉈で細い枝を切り、二本の木の間へ縄を張る。


その上から布を掛ければ、簡単な屋根になる。


だが、布は二人が横になるには小さい。


雨を防ぐなら、さらに葉のついた枝を重ねる必要がある。


作業を始めてしばらくすると、空が少し暗くなった。


雲が山の向こうから流れてきている。


雨の匂いがした。


「やっぱり降りそう」


独り言を漏らし、作業を急ぐ。


布を結び終えたところで、遠くから枝の折れる音が聞こえた。


カイエンかと思い耳を立てる。


足音は一つではない。


低い唸り声が混じっていた。


スイリンはすぐに木の陰へ身を寄せ、腰の短剣へ手を置く。


茂みの向こうから現れたのは、山犬だった。


一匹。


痩せてはいるが、牙を剥き、こちらを警戒している。


魔物ではない。


それでも腹を空かせた野生動物は、十分に危険だった。


スイリンは短剣を抜かない。


刺激せず、ゆっくりと後ろへ下がる。


山犬の視線は、足元に置かれた荷物へ向いていた。


中に食料は入っていない。


けれど鉄鍋や酒精に、里の匂いが残っているのかもしれない。


「そっちに食べる物はないよ」


言葉が通じるわけではない。


それでも落ち着いた声を出しながら、山犬と荷物の間へ身体を入れる。


逃げれば追われる。


戦えば傷つける。


できるなら、そのどちらも避けたい。


山犬が一歩近づいた。


スイリンは空いた手を腰の笛へ伸ばす。


その時、森の奥から短い鳴き声が響いた。


山犬が振り向く。


続いて、何かが茂みを勢いよく抜けてきた。


「スイ、避けろ!」


カイエンだった。


片手には捕まえた兎を持ち、その後ろからもう一匹の山犬が追ってきている。


スイリンは反射的に横へ跳んだ。


最初からいた山犬もカイエンへ向き直る。


二匹の視線が、彼の持つ兎へ集中した。


「なんで連れてきてるの!」


「俺じゃなくて、こいつ狙ってる!」


「同じことでしょ!」


カイエンは兎を背中へ回し、腰の短剣を抜く。


スイリンも隣へ並んだ。


山犬たちは唸りながら、二人を挟むように左右へ分かれる。


「一匹だと思ってた」


カイエンが小声で言う。


「私の方にもいたから二匹」


「後ろのやつ、追いついてきた」


「それは見れば分かるよ」


「どうする?」


「兎を渡せば、多分追ってこない」


「せっかく捕まえたのに?」


「怪我するよりいいでしょ」


「でも、夕飯なくなるぞ」


「木の実と川魚で何とかする」


「魚、捕れる?」


「カイよりは我慢して待てる」


一匹が低く身を沈めた。


飛びかかる前の動きだった。


話している時間はない。


スイリンは足元の土を蹴り上げた。


山犬が一瞬だけ目を閉じる。


その間に前へ出て、短剣の腹で鼻先を強く打った。


殺すためではない。


驚かせ、距離を取らせるための一撃。


もう一匹がカイエンへ飛びかかった。


カイエンは身体を捻り、牙を避ける。


そのまま首元を蹴り飛ばした。


山犬が地面を転がる。


すぐに起き上がったが、こちらへ近づこうとはしなかった。


「カイ、兎を離して!」


「でも――」


「今は勝つ必要ない!」


スイリンの声に、カイエンは一瞬だけ迷う。


それから舌打ちし、兎を遠くの茂みへ投げた。


山犬たちの耳が動く。


一匹が先に駆け出し、もう一匹もその後を追った。


茂みが揺れ、やがて気配が遠ざかる。


森へ静けさが戻った。


カイエンはしばらく短剣を構えたまま、山犬が消えた方向を見ていた。


「逃げたな」


「夕飯もね」


「獲ったのに」


「山犬を二匹倒して怪我するよりはいいよ」


「倒せたと思う」


「倒せるかどうかじゃなくて、倒す必要があったかでしょ」


スイリンは短剣を鞘へ戻した。


カイエンの腕や足へ傷がないか確認する。


服の袖に泥はついているが、血は出ていない。


「噛まれてない?」


「大丈夫」


「本当に?」


「避けた」


「ならよかった」


スイリンが息を吐く。


カイエンは彼女の横顔を見て、少しだけ目を伏せた。


「悪かった」


「何が?」


「半刻で戻るって言ったのに、兎追って遠くまで行った」


スイリンは驚いて彼を見る。


カイエンが自分から素直に謝るのは珍しい。


言い過ぎた後や、本当に誰かへ迷惑を掛けた時は謝れる。


けれど大抵は、その前に一つか二つ言い訳を挟む。


今回は、それがなかった。


「どれくらい離れたの?」


「笛が鳴っても聞こえないくらい」


「それは駄目だよ」


「ああ」


「山犬が一匹じゃなくて、もっといたら?」


「戻れなかったかもしれない」


「私の方で何かあっても、カイは気付けなかった」


「分かってる」


カイエンは森の奥を見る。


捕まえた兎を惜しんでいる顔ではなかった。


自分の判断が、相手を一人にしたことを考えている。


スイリンはそれ以上責めなかった。


「次からは、半刻って決めたら戻ってきて」


「獲物がいても?」


「戻って相談する」


「逃げるぞ」


「逃げたら、別のご飯を探せばいいよ」


「腹減るな」


「今夜は魚を捕るから」


「捕れなかったら?」


「木の実」


「少なくね?」


「誰かが干し肉を勝手に食べなければ、一枚くらい持ってこれたかもね」


「まだ言う?」


スイリンは笑い、作りかけの寝床へ戻った。


カイエンも荷物を拾い、黙って後をついてくる。


少し経ってから、彼は布の上に枝を重ね始めた。


「雨降りそうだな」


「だから先に寝床って言ったでしょ」


「それはスイが正しかった」


「あれ、素直」


「俺だって間違えたら認める」


「いつもそれくらい早いと助かるんだけどなぁ」


「毎回間違えてるみたいに言うなよ」


「違うの?」


「半分くらい」


「多いよ」


二人で作れば、寝床はすぐに形になった。


カイエンは太い枝を運び、スイリンは縄で組み上げる。


地面へ厚く葉を敷き、濡れないよう荷物を中央へ寄せた。


終わる頃には、ぽつぽつと雨が落ち始めていた。


急いで火を起こす。


湿気のせいで枯れ草へなかなか火が移らない。


カイエンが何度も火打石を鳴らし、スイリンが身体で風を遮る。


ようやく小さな炎が生まれた時には、二人とも地面へ座り込んでいた。


「火つけるだけで疲れた」


「晴れてる時とは違うね」


「魔法で出せたら楽なのに」


「火属性、ちゃんと習う?」


「俺、土の方が向いてるって言われた」


「私も火はまだ失敗するからなぁ」


「前髪燃やしてたもんな」


「五歳の話でしょ」


「また見たい」


「絶対やらないよ」


雨は次第に強くなった。


葉を重ねた屋根が、細かな音を立てる。


隙間から落ちる雫を器で受け、火へ入らないよう位置を変えた。


夕食は、川で捕まえた小さな魚が二匹。


木の実と、食べられる野草。


鉄鍋で煮ただけの薄い汁物。


塩を少し入れると、それらしい味になった。


カイエンは椀の中を覗き込み、沈んだ魚を箸で持ち上げる。


「小さいな」


「一匹ずつあるだけいいでしょ」


「肉食いたかった」


「山犬が食べてるよ」


「今頃うまそうに食ってるんだろうな」


「追いかけないでね」


「行かねぇよ」


口では不満を言いながら、カイエンは汁を残さず飲んだ。


温かいものが腹へ入ると、ようやく身体の力が抜ける。


火の向こうで、雨に濡れた森が暗く沈んでいた。


里の灯りは見えない。


人の声もしない。


二人だけで過ごす最初の夜だった。


幼い頃にも一緒に泊まったことはある。


けれど、あの時は隣の部屋に両親がいた。


何かあれば呼べた。


今夜は違う。


寝床も。


火も。


食事も。


明日の朝まで、自分たちで守らなければならない。


「静かだね」


スイリンが火へ枝を足す。


「雨の音すごいけど」


「それ以外が」


「里より獣の匂いはする」


カイエンは鼻を動かし、暗い森へ目を向ける。


「近くにはいない。山犬も戻ってきてない」


「そう」


スイリンは膝を抱え、火を見つめた。


炎は小さい。


それでも濡れた夜の中では、十分に明るく感じる。


「旅に出たら、こういう夜が増えるんだね」


「もっと遠いところでな」


「里へ帰ろうと思っても、すぐには戻れない場所」


「怖い?」


カイエンが聞いた。


スイリンはすぐに否定しなかった。


雨音に耳を傾けながら、自分の中にある感覚を確かめる。


「少し」


「俺も」


意外な答えだった。


スイリンが顔を上げると、カイエンは火へ視線を落としたまま続ける。


「外へ行くのは楽しみだけど、父ちゃんたちがいないのは、たぶん変な感じする」


「カイもそう思うんだ」


「思うだろ。生まれてからずっと里にいたんだから」


「平気そうにしてるから」


「平気なふりはできる」


カイエンは枝で火をつつく。


火の粉が一つ、暗闇へ舞って消えた。


「でも、スイがいるなら何とかなるとは思ってる」


「それ、甘えてない?」


「違う。俺もスイが困った時に何とかするから」


「今日、山犬連れてきたけど」


「それはもう謝っただろ」


「あはは! 分かってるよ」


スイリンは肩の力を抜き、笑った。


二人で補う。


一人ではできないことを、相手にすべて預けるのではなく。


自分にできることを増やしながら、それでも足りないところでは手を借りる。


父親たちが言っていた意味を、少しだけ理解できた気がした。


「私、薬と地図をもっと覚える」


「じゃあ俺は狩りと戦い」


「帳簿も」


「それはスイが得意だろ」


「自分の分は自分で書く」


「……あと、帳簿」


「料理も覚えてね」


「焼くのはできる」


「煮るのも」


「火に鍋置くだけじゃね?」


「今日、水の量を間違えてたでしょ」


「あれは魚が小さかったから多く見えた」


「関係ないよ」


雨の夜に、二人の声が続く。


旅へ出るまでに覚えることは、まだ多い。


一年という時間は、長いようで短い。


けれど、今夜のような失敗を一つずつ重ねていけば、少なくとも何が足りないのかは分かる。


それでいい。


最初から何でもできる必要はない。


できなかったことを、そのままにしなければ。


「来年の今頃は、どこにいるかな」


スイリンが呟く。


「和の国の外じゃね?」


「そんなに早く出られる?」


「道が分かれば」


「港まで行くのにも結構かかるよ」


「じゃあ港」


「船に乗ってるかも」


「酒あるかな」


「港町ならありそう」


「魚もうまそうだな」


「カイ、食べることばっかり」


「旅の楽しみだろ」


「否定はしないけど」


スイリンは火の向こうへ手を伸ばす。


昔、約束をする時に何度も差し出した小指ではない。


開いた手のひらだった。


カイエンがそこを見る。


「何?」


「一年後、本当に出ようね」


「そのために今ここにいるんだろ」


「分かってる。でも、言っておきたくなった」


カイエンは少し笑い、自分の手を重ねた。


握手というより、互いの手のひらを軽く打ち合わせるような形だった。


「出るよ」


「絶対?」


「絶対」


「途中で面倒にならない?」


「なるかもしれない」


「なるんだ」


「でもやめない。面倒でも進む」


「カイらしいね」


「スイもだろ」


スイリンは自分の手を引き、火へ向き直る。


「うん。私も」


その夜、雨は明け方まで降り続いた。


屋根の隙間から何度か水が落ち、二人は眠りかけるたび位置を変えた。


一度、火が消えそうになった。


カイエンが起きて薪を足し、スイリンが濡れた枝を乾かした。


眠れたのは、合わせても数刻ほどだった。


それでも朝になり、雲の切れ間から光が差し込んだ時、二人は自分たちの作った寝床の下で目を覚ました。


荷物は濡れていない。


火も僅かに熾火が残っている。


怪我もない。


空腹ではあったが、歩いて帰れるだけの力は残っていた。


「帰ったら飯」


カイエンが立ち上がりながら言う。


「最初の言葉がそれ?」


「朝飯抜きだぞ」


「木の実残ってるよ」


「肉がいい」


「昨日食べられなかったもんね」


「山犬よりでかいの食う」


「張り合わなくていいでしょ」


寝床を解体し、使った場所を元の状態へ戻す。


火へ水をかけ、灰の中に熱が残っていないか確認する。


自分たちがいた跡を、できる限り残さない。


それも旅人として教えられたことだった。


里へ戻る道は、昨日より短く感じた。


途中、カイエンが獣道へ入りそうになり、スイリンが袖を掴んだ。


「何かいた」


「戻るのが先」


「見るだけ」


「昨日の今日だよ」


「……分かった」


素直に道へ戻ったことに、スイリンは少し驚いた。


「本当に分かったんだ」


「俺だって成長する」


「一日で?」


「木だって一日で育つ」


「またそれ言ってる」


山を下りると、里の入り口に二人の父親が立っていた。


迎えに来ることは聞いていなかった。


おそらく朝になっても姿が見えなければ、探しに入るつもりだったのだろう。


カイエンの父親は、二人の荷物と服の汚れを見てから尋ねた。


「何があった」


「山犬が二匹」


カイエンが答える。


「追われたのか?」


「俺が獲った兎を狙われた」


「それで?」


「兎を渡して逃がした」


父親の視線が僅かに変わる。


「倒そうとは思わなかったのか」


「倒せるとは思った。でも、怪我するかもしれなかったし、倒す必要もなかった」


カイエンは一度スイリンを見る。


「最初は兎を渡したくなかったけど、スイに言われて離した」


父親はすぐに褒めなかった。


「約束した範囲は守ったか」


カイエンの耳が下がる。


「……半刻で戻る約束を破った。兎を追って、笛が聞こえないところまで行った」


「なぜ戻った」


「山犬に追われたから」


「追われなければ?」


カイエンは少し黙った。


「もっと追ってたかもしれない」


父親は深く息を吐いた。


怒鳴りはしなかった。


その代わり、息子の目を真っ直ぐに見る。


「獲物を逃すことより、仲間との約束を失う方が重い。お前が戻らない間、スイリンに何かあればどうした」


「分かってる。次はしない」


「言葉だけでは信用しない」


「行動で見せる」


成人の祝いの夜と同じ言葉だった。


ただし、今度のカイエンは笑っていない。


父親はしばらく黙り、それから頷いた。


「忘れるな」


スイリンの父親は、娘が書き残していた簡単な野営記録を受け取った。


場所。


天候。


使用した道具。


確保した食料。


遭遇した動物。


失敗したこと。


次に改善すること。


濡れた紙には、少し歪んだ文字が並んでいた。


「寝床は二人で作ったのか」


「はい。最初は私一人で始めたけど、カイが戻ってから補強しました」


「雨漏りは?」


「少ししました。布の角度が足りなかったのと、葉の重ね方が浅かったです」


「火は維持できたか」


「一度消えそうになりました。乾いた薪を屋根の下に残してなかったから、次は先に分けておきます」


父親は記録から顔を上げる。


「よく書けている」


「本当?」


「ああ。失敗を隠していないのもいい」


スイリンは安堵したように息を吐いた。


その隣で、カイエンの父親が腕を組む。


「今回は合格とは言えんな」


カイエンの耳がさらに下がる。


「ただし、失敗した後の判断は悪くなかった。次は同じことをするな」


「おう」


「返事」


「はい」


父親たちは先に歩き出した。


完全に認められたわけではない。


けれど、やり直す機会は与えられている。


カイエンは少しだけ肩を落としていたが、すぐに隣のスイリンを見る。


「次は兎、最初に仕留める」


「そこじゃないよ」


「半刻で戻ってから相談する」


「それならいいけど」


「二人で追えば早いだろ」


「寝床を作ってからね」


「腹減るぞ」


「木の実を先に集める」


「肉がいい」


「じゃあ罠を覚えようよ。追いかけなくても捕まえられるし」


「それな!」


失敗の翌日には、次の方法を考えている。


カイエンのそういうところを、スイリンは嫌いではなかった。


引きずらなさすぎて、反省しているのか不安になることもある。


けれど彼は、必要なことだけは意外と忘れない。


きっと次の野営では、決めた時間に戻る。


その次は、別の失敗をするのだろう。


自分も同じだ。


まだ知らないことが多い。


できないことも多い。


だから一年を使う。


失敗を重ね、自分たちなりの歩き方を見つけていく。



季節が巡った。


春の終わりには、二人だけで里と里の間を往復する許可を得た。


夏には商人の護衛へ同行し、初めて獣人だけではない町を歩いた。


秋には山中で三日間の野営を行い、冬には雪の中で食料を確保する方法を学んだ。


その間にも、何度も失敗した。


カイエンは川を渡る途中で足を滑らせ、背負い袋ごと水へ落ちた。


防水のために包んでいた火打石だけは無事だったが、着替えはすべて濡れた。


スイリンは地図を読み違え、予定より一つ手前の村へ着いた。


間違いに気付かないまま宿を探し、村人から目的地の名を聞かれてようやく分かった。


二人で作った料理を焦がし、干し肉を野鼠に齧られ、雨具を木の枝へ引っ掛けて破いた。


そのたびに記録を残した。


どうして失敗したのか。


何が足りなかったのか。


次はどうするのか。


最初は面倒がっていたカイエンも、やがて自分から帳面を開くようになった。


文字は相変わらず大きく、少し傾いている。


それでも、他人が読める程度には整っていた。


稽古も続けた。


スイリンは二本の短剣を使うようになり、相手の正面に留まらない戦い方を磨いた。


カイエンは、成人の儀で与えられた剣から、より長く重い武器へ持ち替えた。


銀狼の力を活かせる、幅広の剣。


まだ正式な愛剣ではない。


それでも、後に大剣を選ぶきっかけとなる一本だった。


魔法では、カイエンが土属性と身体強化に適性を見せた。


足元を固め、踏み込みの力を増す。


腕や背へ魔力を巡らせ、重たい剣を振るう。


派手な魔法ではない。


けれど彼の戦い方にはよく合っていた。


スイリンは広く浅く魔法を学んだ。


火。


風。


わずかな治癒。


特に得意と呼べる属性は、まだ見つからない。


一方で、自分と周囲の魔力の流れには敏感だった。


カイエンが強化魔法を使うと、その魔力がどこへ集中しているのか、何となく分かる。


疲れている時。


集中が乱れた時。


本人より先に気付くこともあった。


「カイ、右足に力入りすぎ」


「分かるのか?」


「さっきから魔力が偏ってる。もう一回やったら足を痛めるよ」


「まだ動ける」


「動けるのと、続けていいのは違うでしょ」


「あと一回」


「休んでから」


「一回だけ」


「駄目」


そう言って止めた直後、カイエンが座り込むこともあった。


スイリン自身にも、それがどうして分かるのかは説明できない。


ただ、近くにいる仲間の状態を感じ取る感覚は、少しずつ強くなっていた。


まだ能力と呼べるほど明確ではない。


本人も、周囲も、その萌芽には気付いていなかった。


やがて冬が終わる。


二人が十三歳を迎える年の春。


旅立ちの日は、すでに決まっていた。


山桜が散り、街道の雪が完全に解ける頃。


妖狐と銀狼、二つの里の者たちが集まり、二人を見送る。


約束した一年は、もう終わろうとしていた。


旅の荷物は揃っている。


資金も、当初の目標を上回った。


地図には最初に向かう町までの道が記されている。


二人はまだ、どこに仲間がいるのか知らない。


手掛かりもない。


それでも、立ち止まる理由にはならなかった。


前の世界から残った声を探しに行く。


知らない土地を歩き、知らない人と出会う。


そして、その土地で一番おいしい酒を飲む。


いつか皆と再会した時、旅の話をしながら杯を交わすために。


出発を数日後に控えた夜。


スイリンは自室の床へ、これまで書き残した夢の記録を広げていた。


紙は何十枚にも増えている。


白い部屋。


光る小さな画面。


雨の街。


鉄の乗り物。


大勢の笑い声。


そこに書かれた名前は、ほとんど読めない。


思い出しかけては消えた音を、無理に文字へしたものばかりだった。


それでも、捨てることはできなかった。


旅へすべて持っていくには多すぎる。


スイリンは一枚ずつ見返し、その中から最初の記録を選んだ。


雪の日。


カイエンと同じ夢を見た翌朝、二人で描いたもの。


雨の街と、不格好な鉄の乗り物。


紙の端には、幼い文字で短い言葉が書かれている。


一緒に思い出す。


スイリンはその紙を丁寧に折り、旅の帳面へ挟んだ。


残りは木箱へ戻す。


家に置いていく。


帰ってくる理由を、一つ残しておくために。


窓の外から、小さな鈴の音がした。


スイリンが顔を上げる。


庭先にカイエンが立っていた。


腰には、幼い頃にもらった狐の鈴が今も結ばれている。


「こんな時間にどうしたの?」


窓を開けると、春の夜気が入り込んだ。


「寝れねぇ」


「緊張してる?」


「してない」


「耳が立ってるよ」


「夜の音を聞いてるだけ」


変わらない言い訳に、スイリンは笑う。


「私も、少し寝られなかった」


「じゃあ外行こうぜ」


「どこへ?」


「社」


雪の日に、二人だけの秘密を決めた場所。


スイリンは少し迷い、上着を羽織った。


成人した今なら、夜の社へ行くこと自体は禁止されていない。


ただし、母親へ何も言わずに出れば怒られる。


枕元へ行き先を書いた紙を置き、静かに庭へ下りた。


二人で歩く夜道は、幼い頃より短く感じた。


身体が大きくなり、歩幅が広がったせいだけではない。


何度も通った道だからだ。


社の裏にある岩へ登る。


そこから見える里は、昔とほとんど変わっていなかった。


家々の灯り。


細い煙。


竹林を流れる夜風。


遠くには、銀狼の里へ続く山が黒く重なっている。


「最初にここ来た時、雪だったね」


スイリンが言う。


「俺が頭に雪玉落とした時」


「格好つけたのに失敗したやつ」


「風のせいだって」


「風、なかったよ」


「覚えてるのかよ」


「あはは! 忘れないよ」


カイエンは岩へ腰を下ろし、夜空を見上げる。


「本当に出るんだな」


「うん」


「明後日」


「うん」


「やめたいって思ってない?」


スイリンは隣へ座った。


少し考えてから答える。


「怖いとは思ってる」


「やめたいのとは違う?」


「違う。怖くても行きたい」


「俺も」


二人の肩が、軽く触れる。


幼い頃と同じ距離だった。


「仲間、見つかるかな」


スイリンが呟く。


「見つける」


「世界は広いよ」


「俺たち二人も同じ国に生まれたんだぞ。他の奴もいるって」


「根拠になってるような、なってないような」


「いると思った方が楽しいだろ」


「それな、って言えばいい?」


カイエンが笑う。


「それな!」


夜風が二人の髪を揺らした。


スイリンは胸元の木彫りへ触れる。


カイエンは腰の鈴へ手を置く。


出会った日に交換した、小さな印。


旅へ出る二人にとって、特別な力を持つ物ではない。


魔物を倒すことも。


傷を治すことも。


道を示すこともできない。


それでも、互いを見失わないためには十分だった。


「最初はどこ行く?」


カイエンが尋ねる。


「南の宿場町。そこで冒険者組合に登録して、海沿いの街へ向かう」


「酒は?」


「宿場町で探す」


「それな」


「でも、一杯だけだからね」


「成人してるんだから、もっと飲んでもいいだろ」


「旅の初日に二日酔いになったら置いていくよ」


「ならねぇよ」


「最初の一杯で耳伏せてたのに?」


「慣れた」


「一回しか飲んでないでしょ」


「気持ちの問題」


変わらない掛け合いが、夜の社へ響く。


二人はしばらく笑い、その後は何も話さず里を眺めた。


離れることになる家。


両親。


稽古場。


何度も走った道。


全部を目に焼きつけようとしているわけではない。


忘れるつもりがないからこそ、静かに見ていられた。


やがてカイエンが立ち上がる。


「帰るか」


「うん」


岩から下りる前に、スイリンは夜空を一度だけ見上げた。


同じ空の下に、誰かがいる。


名前を思い出せない仲間。


まだ会ったことのない人々。


これから歩く場所。


そのすべてが、暗い空の向こうに広がっている。


「カイ」


「ん?」


「旅に出ても、勝手に遠くまで行かないでね」


「まだ山犬のこと言ってる?」


「ずっと言うよ」


「もうしないって」


「本当に?」


「行く時はスイも連れてく」


「そういう意味じゃないんだけど」


「あはは」と笑いながら、二人は社を後にした。


並んだ足音が、夜の道を里へ戻っていく。


子どもの頃から何度も歩いた帰り道。


けれど、次にここを歩く時は。


きっと旅から帰ってきた時だった。


最初の一杯から始まった一年は、失敗ばかりだった。


泥にまみれ。


道を間違え。


食料を失い。


何度も叱られた。


それでも二人は、自分たちの足で里の外へ進む準備を終えた。


残されたのは、別れの朝だけ。


そしてその先には、二人がまだ知らない世界が待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ