第3話 握手(後編①)
「私は、アムネジア。」
少女はそう名乗ると、小さく微笑んだ。
昨日からずっと一緒にいたというのに、互いの名前すら知らなかったことがおかしくなったのか、どこか照れくさそうな笑みだった。
「改めて、よろしくね。」
そう言って、アムネジアはゆっくりと右手を差し出す。
「こちらこそ。」
ゆうきも自然と右手を伸ばした。
互いの手が触れる。
その瞬間だった。
――鼓動が、一つだけ大きく鳴った。
胸の奥底。
静かに眠っていた何かが、誰かに呼び起こされるように震える。
(――《魂の共鳴》)
初めて、自らのユニークスキルが発動した。
手のひらから伝わる温もり。
それと同時に、目には見えない何かが自分の内側へ流れ込んでくる感覚。
一瞬だった。
本当に、一瞬。
けれど、その感覚は確かに存在した。
(……。)
ゆうきは表情を変えない。
ただ静かに、その違和感だけを受け止める。
流れ込んできた力。
その感触を確かめるように、意識を向ける。
そして。
(……五割?)
思考が止まった。
おかしい。
この力は、相手の能力へ共鳴し、一部を借り受けるユニークスキル。
だが、初めて共鳴した相手から引き出せるのは、およそ三割。
それが、この力の前提だった。
三割を超えることはあっても、誤差の範囲。
ここまで明確な違いが生まれることは想定されていない。
(五割近い……。)
あり得ない。
共鳴が深い。
それだけは分かる。
だが、なぜなのか。
理由が見当たらない。
能力の不具合。
そんなものではない。
もっと根本的な何かが違う。
目の前にいるアムネジアを見る。
昨日出会ったばかりの少女。
困っている自分を助け、宿を用意し、食事をご馳走し、ギルド登録まで付き添ってくれた。
優しい。
それは間違いない。
だが。
(……それだけじゃない。)
《魂の共鳴》が、そう告げている。
何かがある。
けれど、その”何か”が分からない。
「ゆうき?」
不思議そうな声が聞こえた。
「……あぁ。」
慌てて意識を現実へ戻す。
「どうかした?」
「少し考え事を。」
「ふふっ。」
アムネジアは安心したように笑う。
「ゆうきって、本当に考え込む癖があるんだね。」
「そう見えるか?」
「うん。」
くすくすと笑うその姿は、ごく普通の少女だった。
何かを隠しているようには見えない。
もちろん、自分の能力が発動したことにも気付いていないだろう。
ゆうきはゆっくりと手を離した。
掌には、まだ僅かな温もりが残っている。
(……今は考えても答えは出ない。)
分からないことを無理に考えても仕方がない。
それに、この能力のことを話すつもりもなかった。
まずは、この世界を知ること。
それが先だ。
「よろしく、アムネジア。」
ゆうきは静かに言った。
「うん、よろしくね。」
アムネジアは嬉しそうに頷いた。
その笑顔は、どこまでも自然で。
だからこそ、胸の奥に残る違和感だけが、ゆうきの心に静かに居座り続けていた。




