第10話 二つの人生 前編 揺らぎ
陽が高く昇る頃には、伯爵領の街にもいつもの賑わいが戻っていた。
市場では商人たちが声を張り上げ、通りには焼きたてのパンと香辛料の匂いが混じって流れている。荷車が石畳を鳴らし、買い物を終えた親子が笑いながらすれ違っていく。
昨日までなら、アイもその景色を窓から眺めるだけで自然と笑えていた。
領民たちが穏やかに暮らしている。
父が守ってきた街が、今日も変わらず動いている。
それだけで、胸の内には確かな安心があった。
けれど今日は、目に映るものの向こう側ばかりを探してしまう。
黒い髪の少女が、あの通りのどこかを歩いているのではないか。
店の影から、もう一度こちらを見つめているのではないか。
そんな考えが浮かぶたび、手元の帳簿から意識が離れていった。
「……また最初からだ。」
小さく息を吐き、アイは頁を戻した。
午前中に確認する予定だったのは、街道沿いの井戸と水路に関する報告書だった。乾季へ入る前に修繕が必要な箇所を選び、予算を組まなければならない。
一行ずつ、今度こそ集中して読む。
北区画の井戸は水量が安定している。
南門付近の水路は石材の一部が劣化している。
東の――。
窓の外を、黒髪の女が横切った。
アイは反射的に椅子から立ち上がっていた。
心臓が強く鳴り、指先が僅かに冷たくなる。
急いで窓辺へ寄り、庭の向こうへ目を凝らす。
けれど、歩いていたのは食材を届けに来た商人だった。年齢も背丈も違い、こちらへ振り返ることなく勝手口へ消えていく。
「……違う。」
独り言が、広い部屋へ寂しく落ちた。
「お嬢様。」
背後から声を掛けられ、アイは少しだけ肩を揺らした。
サーヤが新しい紅茶を載せた盆を持ち、扉の前へ立っている。いつから見られていたのかと考えたが、その穏やかな表情を見る限り、隠しても意味はなさそうだった。
「今の、見てた?」
「申し訳ありません。扉を叩いたのですが、お気付きにならなかったようでしたので。」
「そっか……。」
アイは窓辺から離れ、困ったように笑った。
「自分でも、ここまで気になるとは思ってなかった。」
サーヤは冷めたカップを下げ、代わりに温かな紅茶を置く。湯気と共に柔らかな香りが広がり、散らばっていたアイの意識を少しだけ現実へ戻してくれた。
「無理に忘れようとなさらなくてもよろしいのではありませんか。」
「でも、仕事が全然進んでないよ。」
「それは困ります。」
迷いのない返事に、アイは思わず笑った。
「そこは優しく言ってくれないんだ。」
「お嬢様が困ることと、私が見逃すことは別ですから。」
いつも通りのやり取りだった。
その変わらなさに救われながら、アイは椅子へ座り直す。
サーヤは机の端へ積まれていた書類を整え、一番上の報告書を手元へ寄せた。
「まずは、この一枚だけ終わらせましょう。終わりましたら少し休憩をなさってください。」
「子どもみたい。」
「幼い頃から同じ方法で集中されていました。」
「覚えてるの?」
「もちろんです。」
アイは少しだけ頬を膨らませたものの、今度は素直に報告書へ目を落とした。
一枚だけ。
そう決めると、不思議と文字が頭へ入ってくる。
水路の修繕は雨季の前に終える必要がある。費用は掛かるが、放置すれば周辺の家屋へ被害が出る可能性が高い。
アイは必要箇所へ印を付け、補足を書き込んだ。
最後まで読み終えたところで、ようやく小さく息を吐く。
「できた。」
「はい。よくできました。」
「やっぱり子ども扱いしてるよね?」
「気のせいです。」
サーヤは涼しい顔で書類を受け取り、代わりに紅茶をアイの前へ寄せた。
温かさが喉を通り、少しだけ張り詰めていた身体が緩む。
「ねえ、サーヤ。」
「はい。」
「私、あの子に何を聞きたいんだろう。」
昨日は、もう一度会って名前を聞きたいと思った。
今もその気持ちは変わらない。
けれど、本当にそれだけなのかと考えると、答えは違う気がした。
「どうして私を見たのか。どうしてあんな顔をしていたのか。それに……。」
そこで言葉が止まる。
あの少女が父を恨んでいる可能性を、アイはすでに理解していた。
兵士たちの警戒。
盗賊団の記録。
市場で一瞬だけ見えた敵意。
それでも、恐ろしいとは思えなかった。
むしろ、その怒りの奥に何があるのかを知らなければならない気がしている。
「もし、あの子がお父さんを憎んでいたとしても、私はそれを否定したくない。」
サーヤは何も挟まず、静かに聞いていた。
「お父さんが領民を守ったことも本当。あの子が大切な人を失ったのなら、その悲しみも本当だよね。」
「はい。」
「どちらかが嘘にならないと、前へ進めないのかな。」
問われたサーヤは、すぐには答えなかった。
窓の外から、小鳥が羽ばたく音が聞こえる。
「私には分かりません。」
やがて返ってきたのは、正直な言葉だった。
「ですが、お嬢様がそのように悩まれていること自体が、どちらも見捨てたくないというお気持ちの表れなのだと思います。」
アイはカップへ視線を落とす。
紅茶の表面に、自分の顔がぼんやりと映っていた。
「欲張りかな。」
「お嬢様は昔から欲張りです。」
「サーヤ。」
「誰か一人だけが笑うより、皆が笑える方法を探そうとなさいますから。」
少しだけ笑った後、サーヤは窓の外へ目を向けた。
「ただ、それは簡単なことではありません。だからこそ、まずは知る必要があるのでしょう。」
その言葉を聞きながら、アイは胸へそっと手を添えた。
昨日よりも弱い。
けれど、確かにそこには微かな震えが残っている。
遠く離れた誰かが、自分と同じように答えを探している。
そんな気がした。
◇
森を流れる小川の水は、昼を過ぎても冷たかった。
ハナは両手を洗い、指先に付いた砥石の粉を落とす。澄んだ水面に細い輪が広がり、木漏れ日を細かく揺らした。
背後では、灰狼傭兵団の団員たちが野営地の整備を進めている。
干していた布を取り込み、保存食の残りを数え、交代で周辺の警戒へ向かう。依頼の途中であっても、彼らの日常は崩れない。
それはハナにとって、少し不思議な光景だった。
十一年前。
家族を失ってからの日々には、同じ朝も同じ夜もなかった。
寝床はその日ごとに変わり、食事が手に入る保証もなく、誰かの足音を聞けばすぐに逃げられるよう眠っていた。
灰狼傭兵団と行動するようになってから、火の番や食事の時間が決まった。
朝になれば誰かが鍋を掛け、夜になれば見張りの順番を確認する。
それを居心地がいいと思い始めている自分を、以前は警戒していた。
今では、その警戒さえ薄れている。
「ハナっち、そこにいたんだ。」
くららが水筒を抱えながら、小川へ近づいてくる。
「水、汲みに来たの?」
「うん。」
「じゃあ一緒にお願い。うちの部隊、朝から使いすぎなんだよね。顔洗うのに何杯使ってるんだって感じ。」
愚痴を零しながらも、声は明るい。
ハナは差し出された水筒を受け取り、水へ沈めた。
空気が抜ける音と共に、水筒がゆっくり沈んでいく。
「くらら。」
「ん?」
「昨日、私があの子を見た時……変だった?」
水筒を支えていたくららの手が、一瞬だけ止まった。
けれど、すぐにいつもの調子で肩を竦める。
「変っていうか、ハナっちらしくなかったかな。周りが全然見えてなかったし、呼んでもすぐ反応しなかったし。」
「そう。」
「でも、悪い意味だけじゃないよ。」
水を満たした水筒を引き上げ、くららは蓋を閉める。
「ハナっちって、いつも何か起きる前に全部決めちゃうでしょ。危険か、安全か。敵か、味方か。逃げるか、戦うか。」
軽い口調のまま、横顔だけが少し真剣になる。
「昨日だけは、決められなかったんだと思う。」
ハナは水面へ視線を落とした。
その通りだった。
伯爵令嬢。
復讐の対象となる家の娘。
本来なら、迷う余地などない。
利用するか、避けるか。
それだけでよかった。
けれど、アイを見た瞬間だけは何も選べなかった。
敵だと決めれば胸が痛み、味方だと思おうとすれば家族を裏切ったように感じる。
「決められないのは、弱いこと?」
「どうだろ。」
くららはその場へしゃがみ、小さな枝で水面をなぞった。
「何でもすぐ決められる人って格好いいけど、間違ってても気付けない時があるからね。分かんないって立ち止まれるのも、大事なんじゃない?」
小さな波が、二人の姿を歪ませる。
「私は、立ち止まったら駄目だと思ってた。」
「どうして?」
「止まったら、思い出すから。」
口に出してから、胸の奥が僅かに重くなった。
燃える小屋。
倒れていた仲間。
返事をしなくなった声。
走り続けなければ、あの日へ引き戻される気がしていた。
復讐だけを見ていれば、悲しまずに済むと思っていた。
「……そっか。」
くららは簡単に慰めなかった。
ただハナの隣へ腰を下ろし、同じ水面を眺める。
「じゃあ、今は一緒に止まってよ。」
「え?」
「一人で立ち止まるのが怖いなら、隣に誰かいれば少しマシでしょ。」
あまりにも自然に言われ、ハナは返事を失った。
くららは水筒を膝へ載せ、流れていく葉を目で追っている。特別なことを言ったつもりなどないらしい。
その横顔を見ていると、胸の中で固まっていたものが僅かに緩んだ。
「……ありがとう。」
「どういたしまして。」
くららは笑い、勢いよく立ち上がった。
「じゃあ、ついでにもう一個お願い。団長の分、汲むの忘れてた。」
「それは自分でやって。」
「えー、冷たい。」
口では不満を言いながらも楽しそうに笑うくららを見て、ハナの口元も僅かに緩んだ。
その笑みはすぐに消えたが、胸の奥へ残った温度までは消えなかった。
◇
野営地へ戻ると、きたまくらが地面へ広げた装備を一つずつ確認していた。
縄。
薬品。
予備の短剣。
小型の魔道具。
戦闘よりも潜入を想定した品が多い。
復讐のための準備は、何も止まっていなかった。
「水か。助かる。」
くららから水筒を受け取り、きたまくらは一口飲む。
その横では、120が羊皮紙へ何かを書き込み続けている。
「まだ昨日のこと調べてるの?」
くららが背後から覗き込もうとすると、120は紙を少しだけ遠ざけた。
「近い。」
「見られたくないなら隠せばいいじゃん。」
「整理中だ。」
「それを見せてよ。」
「邪魔をするな。」
いつものやり取りに、きたまくらが苦笑する。
ハナは少し離れた場所へ腰を下ろし、二人の様子を見ていた。
120の手元には、市場の見取り図が描かれている。
自分。
アイ。
きたまくら。
くらら。
それぞれの位置を示す印と、距離。
何かを計算しているようだった。
しばらくして、120は筆を置いた。
「やはり、《共鳴》だけでは説明できない。」
独り言に近い声だった。
きたまくらが手を止める。
「何がだ?」
「昨日の現象です。」
120は羊皮紙を三人へ見える位置へ広げた。
「《共鳴》が原因なら、ハナの能力範囲内にいた者へ音や振動による何らかの影響が出る。しかし、私たちが感じたものは身体的な変化ではない。」
「懐かしい感じ?」
くららが尋ねる。
「その表現が最も近い。」
120は自分で書いた印を指先でなぞる。
「私たち三人が同時に同じ感覚を抱いた。さらに、伯爵令嬢もハナへ強く反応した。こちら側だけで起きた現象ではない。」
「アイも何か持ってるってこと?」
「可能性は高い。だが、能力同士が反応しただけなら、ハナが判断を失うほどの影響は不自然だ。」
事実を述べる声に迷いはない。
ハナは昨日の自分を思い返し、僅かに視線を落とした。
周囲への警戒。
兵士の位置。
逃げ道。
その全てが、あの瞬間だけ遠のいた。
「昨日のお前は判断を失っていた。」
120の視線が、真っ直ぐハナへ向く。
以前にも聞いた言葉だった。
だが今度は責めるためではなく、結論へ至るための材料として置かれている。
「ただし、それを異常として排除するだけでは情報が不足する。」
「……どういう意味?」
「会わなければ分からない。」
その言葉に、ハナは顔を上げた。
「危険だから避けるって言ってなかった?」
くららが首を傾げる。
「昨日まではな。」
120は淡々と続ける。
「接触を避けても、双方が互いを意識している以上、状況が自然に収束する可能性は低い。感情も情報の一つとして扱うなら、再接触は必要だ。」
きたまくらが腕を組み、僅かに笑う。
「随分、柔らかくなったな。」
「合理的な判断です。」
「そういうことにしとくか。」
120は何か言い返そうとして、僅かに口を閉じた。
言い過ぎたかを考える時の癖なのだと、ハナも少しずつ気付いていた。
「ただし、作戦は変更する。」
120は市場と伯爵邸の間へ新しい線を引いた。
「伯爵家への侵入を優先しない。まず令嬢との接触方法を探る。ハナの単独行動は禁止。私たちの視界内で接触し、異常が起きた場合は即座に離脱する。」
「依頼と違う。」
ハナが言うと、120は静かに首を振った。
「違わない。伯爵への復讐を遂行するためにも、予測不能な要素は先に確認する必要がある。」
「つまり、アイちゃんに会いに行くってことだよね。」
くららが嬉しそうにまとめると、120は僅かに眉を寄せた。
「言い方が軽い。」
「分かりやすいでしょ?」
「軽い。」
きたまくらは二人のやり取りを聞き流しながら、ハナへ視線を向けた。
「お前はどうしたい。」
問いは短かった。
けれど、答えを委ねる重さがあった。
ハナはすぐに言葉を返せなかった。
復讐するために彼らを雇った。
その目的は変わっていない。
伯爵を許したわけでも、失った家族のことを忘れたわけでもない。
それでも今は、復讐より先に知りたいものがある。
その事実を口にすれば、十一年間の自分を否定するような気がしていた。
けれど、ここで嘘を吐けば、あの少女を見た時の自分まで見失う。
「……会いたい。」
声は小さかったが、森の中でははっきりと届いた。
「理由は分からない。でも、もう一度あの子を見たら、何か分かる気がする。」
きたまくらは笑わなかった。
茶化すこともなく、一度だけ頷く。
「分かった。」
その一言で、作戦が決まった。
復讐を捨てたわけではない。
ただ、その道の途中へ新しい目的が生まれた。
ハナは膝の上で握っていた手を、ゆっくりと開いた。
◇
夕暮れが近づく頃、伯爵邸の図書室には西日が差し込んでいた。
高い窓から伸びた橙色の光が本棚を横切り、空気中を漂う埃を細かく照らしている。
アムは一冊の書物を閉じ、隣へ積み上げた。
魂に関する記録。
古代魔法の研究書。
悪魔の伝承。
昼から読み始め、すでに何冊目か分からない。
「見つからない?」
向かいの椅子へ座るゆうきが、読んでいた本から顔を上げた。
「うん。思い出しかけてるんだけどね。」
アムは目元を軽く押さえ、小さく息を吐く。
長命であることは、全てを鮮明に覚えていられるという意味ではない。
忘れたわけではなくても、膨大な年月の奥へ沈んだ記憶を探すには時間が掛かる。
「悪魔だった頃、古い文献で読んだはずなの。魂が普通とは違う形で存在する話。」
「普通とは違う?」
「うまく言えない。」
アムは水色の髪を指先で弄びながら、記憶を辿る。
「一人の中へ二つの魂が入るとか、魂が欠けたまま生まれるとか……そういう話と一緒に書かれてた気がする。」
「それがアイとハナに関係してる?」
「まだ分からないよ。」
すぐに否定し、視線を本棚へ戻す。
「似ているからって、同じだと決めつけたら駄目。二人がどういう人生を生きてきたのかも、うちは全部知ってるわけじゃないから。」
ゆうきは静かに頷いた。
「そうだね。」
それ以上は聞かない。
答えを急かさず、隣で自分の本へ視線を戻す。
その距離が、アムには心地よかった。
何かを思い出すために、常に誰かのことを考える必要はない。
ただ近くに誰かがいて、頁をめくる音が聞こえるだけで、焦りが少しずつ薄れていく。
アムは立ち上がり、奥の本棚へ向かった。
伯爵家の図書室は、一般的な歴史書だけでなく、代々集められてきた古い文献も多い。王都でも見掛けない言語で書かれた本が、上段へ無造作に並べられている。
指先で背表紙を辿る。
神話。
精霊。
古代契約。
魂。
その一文字を見つけ、手を止めた。
他の本に挟まれた、薄い革張りの書物だった。
背表紙はひび割れ、題名の大半が消えている。
それでも、刻まれた文字は見覚えのある古代悪魔語だった。
「……これかも。」
慎重に引き抜くと、積もっていた埃がふわりと舞った。
アムは小さく咳をしながら机へ戻り、本を置く。
「見つかった?」
「まだ分からない。」
表紙へ触れる。
古い革の感触。
かすかな魔力の残滓。
千年以上前に読んだ書物と同じ物ではない。
けれど、記憶の奥にある文献と似た匂いがした。
ゆっくりと表紙を開く。
最初の数頁は、死者の魂と輪廻について書かれている。
次は、魔力によって魂を傷付けられた事例。
さらに頁をめくる。
途中には欠損があり、読めない箇所も多い。
それでもアムは一文字ずつ追い続けた。
やがて、頁を押さえていた指が止まる。
そこに記されていたのは、古い伝承だった。
――魂は、極限の衝撃を受けた時、ごく稀にその形を保てず分かたれることがある。
アムの瞳が僅かに見開かれる。
頁をめくる手が、先ほどより慎重になる。
――分かたれた魂は、それぞれが一つの存在として生を得る。
――異なる肉体、異なる記憶、異なる人生を歩みながらも、失われた半身を求め続ける。
市場で見た二人の姿が、鮮明に蘇った。
アイが胸を押さえた瞬間。
ハナの剣が止まった瞬間。
理由もなく互いを見つめ、周囲の声さえ届かなくなっていた二人。
アムは次の一文へ視線を滑らせる。
――再び出会えば、魂は互いを認識し、共鳴する。
紙へ添えていた指先が僅かに震えた。
《共振》。
《共鳴》。
似た名の能力。
無機物へ働き掛けるという異なる性質。
それでも、二人が近づいた時だけ、能力の枠を越えた現象が起きた。
「アム?」
ゆうきの声に、アムはすぐには答えられなかった。
確証ではない。
文献に残された一つの伝承。
偶然が重なっただけかもしれない。
それでも、これまで散らばっていたものが、一つの線へ繋がり始めている。
「……ゆうき。」
「うん。」
「二人は、似ているんじゃないのかも。」
声が自然と小さくなった。
「元々、同じだった可能性がある。」
ゆうきは驚いたように目を見開いたが、すぐに何かを言うことはなかった。
アムも断言しない。
視線を再び頁へ戻す。
伝承の最後には、かすれた文字で短い警告が記されていた。
――長く分かたれた魂は、再会によって均衡を失う。
――互いを拒み続ければ、その歪みは肉体へ及ぶ。
窓の外では、夕暮れを知らせる鐘が鳴り始めていた。
静かな音が街へ広がり、図書室の古い窓を僅かに震わせる。
アムは頁から目を離さないまま、胸の奥へ生まれた不安を静かに押さえた。
まだ、誰にも断言してはいけない。
けれど。
二人に残された時間は、自分たちが思っているより短いのかもしれなかった。




