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あの時間をもう一度  作者: ゆうき
間章 白銀の追憶

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第4話 亡国の人形劇


最初に立ち上がったのは、父だった。


折れた剣を右手に握り、王の衣装を血に濡らしたまま、グレイの前へ静かに歩み出る。陶器のように変わった肌には生前の温かさがなく、その胸から鼓動が聞こえることもない。


それでも、その立ち姿は彼女の知る父と変わらなかった。


背筋を伸ばし、娘を背後へ庇う。


どれほど強い敵を前にしても、王として決して頭を下げない。


「グレイ。お前は下がっていなさい」


幼い頃から何度も聞いた声だった。


転びそうになった時も、雷に驚いて眠れなかった夜も、父はいつもそう言って彼女の前に立った。


グレイの唇が僅かに震える。


父ではない。


魂が戻ったわけでも、命が蘇ったわけでもない。


それでも、父が最後まで残した記憶と人格が、その人形を動かしていた。


「父上。今度は、俺も一緒に戦う」


父の人形は、少しだけ振り返った。


その表情には、娘を心配する父の色が残っている。


「……強情なところは、誰に似たのだろうな」


「父上だと思うぞ」


「それならば、仕方がない」


父が剣を構える。


刃は半ばから折れていた。


だが、そこへグレイの魔力が流れ込むと、失われた刀身を銀色の光が補った。空間が細く引き伸ばされ、見えない刃となって剣先から伸びる。


真祖は頬に残った血を指で拭い、ゆっくりと舐め取った。


「私の血を受けたばかりで、その力か。ますます惜しい。今ならまだ許してやる。そこにいる死者の真似事を捨て、私へ跪け」


「断る」


グレイの声は静かだった。


怒鳴る必要はなかった。


既に答えは決まっている。


「お前の許しなど要らない。俺はこの国の王女だ。父上と母上が守ったものを、お前の退屈に差し出すつもりはない」


「国は滅びた」


「ああ」


グレイは男の言葉を否定しなかった。


城下町は燃え、城壁は崩れ、父も母も死んだ。


どれほど願っても、その事実は変わらない。


「だからこそ、お前だけはここから帰さない」


玉座の間を満たしていた魔力が、一斉に収束した。


グレイが手を握る。


瞬間、真祖の周囲から距離が消えた。


正面にいたはずの父が一息で間合いへ入り、銀色の刃を横薙ぎに振るう。男は上体を僅かに倒して避けたが、切っ先が頬の皮膚を浅く裂いた。


血が飛ぶより早く、背後の空間が開く。


そこから飛び出したのは、騎士団長だった。


鎧の一部は砕け、胸元には最期に受けた傷が残っている。それでも剣を握る腕は力強く、迷いなく真祖の首を狙った。


男が振り返りざまに腕を払う。


騎士団長の身体が横から殴りつけられ、壁へ向かって吹き飛ばされた。


だが、激突する直前に空間が歪む。


壁との間に生まれた裂け目へ吸い込まれ、次の瞬間にはグレイの隣へ戻ってきた。


砕けた胸甲から欠片が落ちる。


人であれば致命傷になっていた。


けれど騎士団長は何事もなかったように剣を構え直した。


「面倒な」


真祖の声から、初めて僅かな苛立ちが滲む。


「死者故に恐怖も痛みもないか」


「違う」


グレイは否定した。


「皆、恐怖を知っている。痛みも知っている。それでも俺の前に立つことを選んだんだ」


父と騎士団長が、同時に踏み込む。


二人の間を縫うように、宮廷魔導士たちが現れた。


いつの間にか玉座の間には、数十体の人形が並んでいる。


城で命を落とした者たち。


近衛騎士。


宮廷魔導士。


侍女。


兵士。


誰もが生前に身につけた武器や杖を手にし、グレイの周囲へ集まっていた。


ただの操り人形ではない。


一人一人が、自分の記憶に基づいて動いている。


騎士は味方の間合いを守り、魔導士は互いの術式を補い合う。傷ついた者がいれば侍女たちが新たな身体の部材を運び、魔力の薄れた人形へグレイの力を繋ぎ直す。


父が軍をまとめる。


騎士団長が前線を指揮する。


宮廷魔導士長が杖を振り上げた。


「第一陣、展開せよ。王女殿下を守りながら、敵の動きを封じる!」


その号令に、グレイは息を呑んだ。


生前と同じ声だった。


訓練場で何度も響いていた、国を守る者の声。


数十もの魔法陣が、玉座の間を埋め尽くす。


炎。


水。


風。


土。


光。


色の異なる魔力が幾重にも重なり、真祖へ向けて放たれた。


男が片手を上げる。


深紅の障壁が展開され、押し寄せた魔法を受け止めた。


爆音が城を揺らす。


窓がすべて砕け、天井から石材が降り注ぐ。魔力の奔流に晒された床が剥がれ、柱の表面に無数の亀裂が走った。


それでも障壁は破れない。


男は余裕を失ってはいなかった。


「数が増えたところで、力の差は埋まらぬ」


「そうかもしれない」


グレイは男の背後へ繋がる空間を探った。


強大な魔力が周囲を覆い、転移の出口を作ろうとするたびに押し潰してくる。正面から空間を折り畳んでも、真祖の支配領域へ触れた瞬間に歪みが弾かれた。


強い。


途方もなく。


先ほど拳が届いたのは、男が油断していたからにすぎない。


血を与えられたばかりのグレイと、長い年月を生きた真祖。


吸血鬼としての格も、蓄えた魔力も、技術も違う。


普通に戦えば勝てない。


それでも、恐怖はなかった。


グレイは一人ではない。


「数で埋まらないなら、戦い方を変えるだけだ」


彼女は両手を広げた。


玉座の間だけではない。


城全体へ意識を伸ばす。


崩れた廊下。


燃えた客室。


血に濡れた階段。


倒れた者たちが残した、魔力と記憶。


一本ずつ。


糸を繋ぐ。


そのたびに頭の奥へ激痛が走った。


人形へ人格を宿すには、素材の中に残された記憶を受け止めなければならない。


最後に見たもの。


最後に聞いた声。


最後まで守ろうとした相手。


一人分だけでも、十歳の心には重すぎた。


それが数十。


数百。


途切れることなく流れ込んでくる。


兵士が見た、崩れる城門。


子供を逃がすために立ち塞がった店主。


傷ついた騎士を手当てしながら、自らも炎へ呑まれた治療師。


主人を探し、最後まで廊下を走っていた侍女。


庭の花を守ろうと、水を運んでいた老庭師。


誰もが、死にたかったわけではない。


生きたかった。


帰りたい場所があった。


守りたい者がいた。


そのすべてを奪った男が、目の前にいる。


「あ……っ」


視界が揺れた。


鼻から血が流れ、床へ落ちる。


小さな身体が耐えきれず、膝が折れそうになる。


その背を、誰かの手が支えた。


振り返る。


人形となった侍女が立っていた。


幼い頃からグレイの髪を整え、廊下を走るたびに叱ってくれた女性だった。


「姫様。背筋を伸ばしてください。王女様がそのようなお顔では、皆が心配いたします」


生前と同じ穏やかな声だった。


「……いつもは、走るなと叱るくせに」


「今は走るべき時でございます。ただし、転んではなりません」


侍女の手は冷たい。


それでもグレイは、その手へ自分の指を重ねた。


「分かった。もう少しだけ、支えてくれ」


「もちろんでございます」


立ち上がる。


流れ込んでくる記憶を拒まず、すべて受け止める。


彼らを兵器として使うつもりはなかった。


力だけを奪うつもりもない。


だからこそ、誰が何を大切にしていたのかを知らなければならない。


グレイのユニークスキルは、その願いに応えるように形を変えていた。


ただ物を動かすだけの能力ではない。


人の想いを記憶し、その在り方を人形へ残す。


死によって途切れた物語を、別の形で繋ぎ留める力。


グレイの胸の奥へ、その名が浮かんだ。


愛おしく狂おしい人形(ドール・レクイエム)劇》。


それが、この力の本当の名だった。


愛おしいから、失いたくない。


狂おしいほど大切だから、形を変えてでも共に在りたい。


正しいかどうかなど、今のグレイには分からない。


ただ、これ以上誰かを奪われることだけは耐えられなかった。


「皆、俺に力を貸してくれ」


城の奥から、無数の足音が響いた。


扉の向こう。


廊下の先。


崩れた階段の下。


次々と人形たちが現れる。


百。


二百。


数を数える意味がなくなるほど、亡国の民が玉座の間へ集まり始めた。


人のままの大きさを保つ者もいれば、小さな人形となった者もいる。身体の損傷が激しかった者は、城の石や木、鎧の破片で足りない部分を補っていた。


それでも、その顔には一人一人の面影が残っている。


真祖は周囲を見回した。


「国中の死体を人形へ変えるか。やはり、お前は私の眷属となるべき存在だ。その残酷さは、人間のものではない」


「黙れ」


グレイは静かに告げる。


「お前と俺を一緒にするな」


「何が違う。お前は死者の安息を奪い、自らの都合で動かしている」


その言葉が、胸へ刺さらなかったわけではない。


父も母も、本当は眠りたかったかもしれない。


人形にされることなど、望んでいなかったかもしれない。


自分がしていることは、ただ失うのが怖くて、死者へ縋っているだけなのかもしれない。


グレイの指が震える。


その時、父の人形が隣へ立った。


「グレイ」


彼は真祖ではなく、娘を見ていた。


「お前が間違っているかどうかを、今ここで決める必要はない。だが、お前が私たちを忘れたくないと願ったことまで、誰にも否定させるな」


「父上……」


「この身体に魂がないとしても、私がお前を愛した記憶は残っている。ならば今は、それで十分だ」


父が剣を掲げる。


その背後で、騎士たちが武器を構えた。


魔導士たちが杖を上げる。


民たちも、それぞれの道具を手にしていた。


鍛冶屋は槌を。


猟師は弓を。


料理人は刃物を。


戦うための道具ではない。


彼らが生きていた証だった。


グレイは瞼を閉じ、一度だけ深く息を吸った。


「……そうだな」


迷いが消えたわけではない。


だが、今だけは立ち止まれない。


「俺は、皆を忘れない。お前たちが生きていたことも、守ろうとしたものも、全部だ」


銀灰色の瞳が開く。


視線の先で、真祖が初めて一歩後ろへ退いた。


僅かに。


ほんの僅かに。


だが、それをグレイは見逃さなかった。


「怖いのか?」


「思い上がるな」


深紅の魔力が爆発した。


玉座の間を満たしていた人形たちが、見えない衝撃に吹き飛ばされる。壁が崩れ、天井を支えていた梁が折れた。


何体もの人形が砕ける。


腕が飛び、脚が折れ、陶器の顔に亀裂が走る。


グレイの胸へ、一体一体の損傷が伝わった。


だが、彼らは止まらない。


砕けた身体を仲間が支え、落ちた腕を別の人形が拾う。動けなくなった者は、残った魔力を隣へ渡す。


一人の力を、次の一人へ。


次の一人から、さらにその先へ。


「前衛、止めるな! 魔導部隊は術式を維持しろ! 姫様へ道を作る!」


騎士団長の声が響く。


騎士たちが一斉に踏み込んだ。


真祖の爪が鎧を裂く。


首が飛ぶ。


身体が砕かれる。


それでも足元へ縋りつき、腕を掴み、僅かな時間を稼いでいく。


その後方から、無数の魔法が放たれた。


男は障壁を張る。


光と炎が衝突し、視界が白く染まった。


グレイは爆発の中へ手を伸ばす。


障壁の表面に触れる空間を、一点へ折り畳む。


広く展開されていた防御が、強制的に小さく圧縮されていく。


真祖の目が見開かれた。


「貴様……!」


障壁が砕けた。


その瞬間、父が真祖の懐へ入る。


銀色の刃が胸元を切り裂き、黒い衣服の下から深紅の血が溢れた。


騎士団長の剣が右腕を斬り上げる。


宮廷魔導士長が放った光の槍が、男の左肩を貫いた。


続けて、数百の人形が一斉に押し寄せる。


真祖の身体が人形の波へ呑まれた。


「くだらぬ!」


怒号とともに、深紅の光が弾けた。


人形たちがまとめて砕け、血色の魔力が柱を貫く。城の一角が耐えきれず崩れ落ち、夜空が大きく開けた。


雨が玉座の間へ吹き込んでくる。


火の粉が雨粒に打たれ、黒い煙となって消えていった。


瓦礫の中心で、真祖が立ち上がる。


斬り落とされかけた右腕は既に再生し、胸の傷も塞がり始めている。


だが、無傷ではない。


呼吸が僅かに乱れている。


再生するたび、蓄えていた魔力が確実に減っている。


グレイの空間認識は、その変化を捉えていた。


勝てない相手ではない。


傷つけられる。


削れる。


何度再生しても、その力が無限でないのなら、いつか限界が来る。


「見えたぞ」


グレイが呟く。


真祖の視線が彼女へ向いた。


「お前も死なないわけではない。ただ、死ぬまでに少し時間がかかるだけだ」


「不死を得たばかりの小娘が、私を語るか!」


男の姿が消えた。


直後、グレイの目の前へ現れる。


速い。


空間転移ではない。


純粋な身体能力だけで、認識を超える距離を踏み越えていた。


爪がグレイの胸を狙う。


避けきれない。


そう判断した瞬間、母の人形が二人の間へ飛び込んだ。


白いドレスが広がる。


真祖の腕が、その胸を貫いた。


「……母上」


時間が止まったように見えた。


母の人形は、自分の胸を貫く腕を両手で掴んだ。


陶器の身体へ亀裂が走る。


それでも、優しい顔は崩れなかった。


「グレイ。今です」


その一言で、止まりかけていた思考が動く。


グレイは両手で真祖の腕を掴んだ。


空間を折る。


男の右腕と肩の間にある、ごく短い距離。


それを無限に引き伸ばす。


肉が裂ける音がした。


真祖の右腕が肩から切り離され、母の人形ごと床へ落ちる。


男の顔が苦痛に歪んだ。


グレイはさらに踏み込む。


真祖の胸へ掌を当てた。


「これは、母上の分だ」


掌の先にある空間を断絶する。


目に見えない裂け目が走り、男の胸が深く切り開かれた。


骨。


肉。


心臓。


そのすべてが露出する。


真祖は咄嗟に後退したが、グレイが距離を折り畳み、逃げ道を奪う。


背後から父と騎士団長が斬りかかった。


左右から放たれた刃が、真祖の両脚を切断する。


男の身体が床へ落ちた。


「貴様らぁっ!」


絶叫とともに、真祖の魔力が再び膨れ上がる。


危険を感じたグレイは周囲の空間を繋ぎ、人形たちを一斉に退避させた。


次の瞬間、玉座の間の中心から深紅の柱が天へ昇った。


城の屋根が吹き飛ぶ。


雲が割れ、雨が一瞬だけ押し退けられる。


衝撃が王都全体へ広がり、既に崩れかけていた家々が次々と倒れていった。


グレイは父の人形に抱えられ、離れた回廊へ転移していた。


それでも爆風を完全には逃がせず、小さな身体が壁へ叩きつけられる。


肺から空気が抜けた。


口元へ血が滲む。


視界が揺れる中、グレイは玉座の間だった場所を見つめた。


瓦礫の中心に、真祖が浮かんでいる。


切り落とされた手足は再生していた。


胸の傷も塞がっている。


その背中には、血で形作られた巨大な翼が広がっていた。


もはや穏やかな表情はない。


深紅の瞳には、明確な殺意が宿っている。


「殺してやる」


男の声が、雨音を押し潰した。


「お前も、その醜悪な人形どもも、形が残らぬほど砕いてやる。二度と立ち上がれぬよう、すべて灰にしてくれる」


グレイは父の腕から下りた。


足は震えていた。


魔力も大きく減っている。


数百もの人形を維持し、空間魔法を使い続けた身体は、既に限界へ近づいていた。


それでも、彼女は笑った。


真祖が怒っている。


先ほどまで人間を虫のように扱っていた男が、自分たちを殺すと叫んでいる。


それはつまり、無視できない敵になったということだ。


「やっと、俺たちを見たな」


グレイが立ち上がる。


雨に濡れた銀髪が頬へ張りつく。


その隣へ父が並び、反対側には母が立った。


胸を貫かれた母の人形には大きな穴が残っている。だが、城の瓦礫から新しい部材が集まり、ゆっくりと欠けた部分を補っていった。


騎士団長が剣を掲げる。


宮廷魔導士長が杖を構える。


崩れた城の至るところから、人形たちが再び姿を現した。


破壊された者もいる。


もう動けない者もいる。


それでも残された力は、別の人形へ受け継がれていた。


王国の力は、まだ尽きていない。


「グレイ」


父が娘の名を呼ぶ。


「怖いか?」


グレイは真祖を見上げた。


怖くないと答えることは出来なかった。


身体が震えている。


死なない身体になったはずなのに、次の攻撃を受ければ意識ごと消されるような予感があった。


人形たちを失うことも怖い。


もう一度、家族が自分の前から消えることが何よりも怖かった。


それでも逃げれば、この男は別の国へ行く。


別の家族を奪う。


誰かの父を。


母を。


大切な人を。


「怖い」


グレイは正直に答えた。


「でも、逃げたくはない」


父の人形は、僅かに笑った。


「それでこそ、私たちの娘だ」


グレイは両手を前へ伸ばした。


散らばっていた魔力の糸が、一斉に集まる。


城。


城下町。


この国で生きた者たちの想いが、一本の大きな流れとなって彼女へ繋がった。


全員を一つへ集約すれば、より大きな力になる。


その方法があることを、グレイは本能的に理解していた。


けれど、それをすれば、人形たちは戻らないかもしれない。


力を使い切り、砂となって消えてしまう。


その予感に、指先が止まった。


まだ出来ない。


父も母も、皆も。


もう一度失う覚悟など持てなかった。


ならば、別の方法を探す。


一体へ集めるのではなく、全員の力を繋ぎ合わせる。


個を残したまま、互いの魔力を循環させる。


グレイは空間認識を城下町全体へ広げた。


人形たちの位置。


残された魔力。


真祖の動き。


すべてを同時に捉える。


頭の奥が焼ける。


目から血の涙が流れた。


それでも集中を切らさない。


「皆、聞いてくれ」


グレイの声が、魔力の糸を伝って人形たちへ届く。


「こいつは強い。俺一人では勝てない。たぶん、誰か一人がどれだけ力を出しても届かない」


父が頷く。


騎士たちが剣を握り直す。


民たちも、グレイを見つめていた。


「だから、皆で戦う」


それは幼い頃から変わらない考えだった。


一人では出来ないことも、皆でなら出来る。


父の執務室で人形を見せた日。


宮廷魔導士たちに才能を褒められた日。


グレイはそう言って笑っていた。


あの頃と同じだ。


ただ、今は守りたいものの重さが違う。


「俺が道を繋ぐ。魔導士は真祖の動きを止めろ。騎士は再生の隙を狙って身体を削る。動けない者は、自分の魔力を近くの仲間へ渡してくれ」


人形たちは声を上げなかった。


だが、全員が静かに頭を下げた。


王女の命令へ従うためではない。


同じ敵を倒すために。


同じ国を守るために。


グレイは真祖へ向き直った。


男の背後で、血の翼が大きく開く。


空を覆うほどの深紅の魔力が集まり、雨粒が触れる前に蒸発していく。


「終わりだ、小娘」


「そうだな」


グレイは淡い笑みを浮かべた。


周囲の空間が無数に分割される。


城下町全体に、銀色の裂け目が開いた。


人形たちの姿が一斉に消える。


次の瞬間、真祖を囲む空中へ現れた。


上。


下。


前後左右。


逃げ道など存在しない。


数百の魔法陣が、男へ向けられている。


数百の刃が、深紅の翼を狙っている。


真祖の顔に、初めて明確な驚愕が浮かんだ。


グレイは血に濡れた手を、ゆっくり握り込んだ。


「お前の終わりがな」


銀色の光が、雨の夜を塗り潰した。

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