第2話「異世界の一皿」
宿を出ると、朝の空気はひんやりとしていて心地よかった。
昨夜は疲れもあってすぐに眠りについたが、目覚めは驚くほど良い。
異世界に来たという実感はまだ薄いものの、不思議と心は落ち着いていた。
「ちゃんと眠れた?」
宿の入り口で待っていた少女が、こちらへ振り返る。
「あぁ。ぐっすり寝られたよ。」
「よかった!」
花が咲くような笑顔を浮かべる少女に促され、二人は城下町を歩き始めた。
朝の街はすでに活気づいている。
露店には採れたてらしい野菜や果物が並び、焼き立てのパンの香りが風に乗って漂ってくる。
鍛冶屋からは規則正しく金属を打つ音が響き、商人たちは元気よく客を呼び込んでいた。
昨日は余裕がなく周囲を見ることもできなかったが、こうして改めて歩いてみると、この街は想像以上に栄えている。
石畳の道も綺麗に整備され、人々の服装にも極端な貧しさは感じられない。
「まずはギルド……と言いたいところだけど。」
少女は少し考えるように顎へ指を当てる。
「その前にご飯食べよっか!」
「ご飯?」
「空腹で登録しても大変だし、それに今日は私がおごるから!」
「いや、それは悪いよ。」
「いいのいいの! 困ってる人を助けるのは当たり前!」
そう言って歩き出す少女に、ゆうきは苦笑しながら後を追った。
案内されたのは、大通りから少し外れた場所にある落ち着いた雰囲気の店だった。
木製の看板には見慣れない文字が刻まれ、店内からは香ばしい香りが漂ってくる。
扉を開けると、店員が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ!」
席へ案内され、窓際のテーブルへ腰を下ろす。
店内には家族連れや冒険者らしき客も多く、賑やかではあるが騒がしさはない。
「ここ、私のお気に入りなんだ。」
向かいに座った少女が嬉しそうに言う。
「何がおすすめなんだ?」
「んー……私はいつもこれ!」
店員へ慣れた様子で注文を伝える。
料理名は聞き慣れない言葉だった。
しばらく待つと、湯気を立てる皿が運ばれてくる。
その瞬間、ゆうきは思わず目を見開いた。
(……麺料理?)
白い皿の上には細長い麺。
鮮やかな赤いソースが絡み、その上には細かく削られた白いチーズのようなものが散りばめられている。
鼻をくすぐるのは、トマトの酸味と香草の爽やかな香り。
思わずフォークを手に取り、一口運ぶ。
「……。」
美味い。
麺の茹で加減も絶妙だ。
トマトの酸味と旨味。
油の風味。
香草が全体をまとめ、最後にチーズのコクが広がる。
(ほとんど……パスタだ。)
思わずそんな感想が浮かぶ。
いや、正確には違う。
見た目も味も、日本で食べていたトマトソースのパスタに限りなく近い。
「どう?」
少女が少し不安そうに尋ねる。
「あぁ、すごく美味しい。」
その一言で安心したように笑顔を見せた。
「でしょ!」
嬉しそうに食べ始める姿を見ながら、ゆうきも再びフォークを動かす。
しかし頭の中では別のことを考えていた。
(この世界……。)
昨日から街を歩いて感じていた違和感。
綺麗に整備された街並み。
想像より発達した生活水準。
そして、この料理。
(食文化が進みすぎている。)
もちろん、異世界だからといって中世ヨーロッパそのままと決めつけるつもりはない。
世界が違えば、文明の発展も違う。
それだけの話かもしれない。
だが――
(この味は、偶然で片付けるには出来すぎている。)
トマトを使ったソース。
麺との組み合わせ。
香草の使い方。
どれも一つ一つは不思議ではない。
だが、それらがここまで完成された一皿になるには、長い年月と知識の積み重ねが必要なはずだ。
ふと、一つの考えが頭をよぎる。
(……俺以外にも。)
この世界へ来た人間がいたのではないか。
転移者。
あるいは、転生者。
自分と同じように別の世界の知識を持った誰かが、この世界へ何かを残した。
そんな考えが自然と浮かんでしまう。
(もし本当にいるなら……。)
一度、会ってみたい。
自分と同じ境遇の人間に。
どうやってこの世界で生きてきたのか。
何を見て、何を残したのか。
聞いてみたいことは山ほどあった。
「そんなに気に入った?」
少女がくすりと笑う。
「考え事してた。」
「美味しいもの食べると、難しいこと考えちゃうタイプ?」
「……かもしれない。」
曖昧に笑って返す。
今はまだ、この考えを口にするつもりはなかった。
ただの思い込みかもしれない。
それでも、料理を口へ運ぶたびに、その可能性は少しずつ現実味を帯びていくのだった。




