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あの時間をもう一度  作者: ゆうき
第一章 始まりの再会

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第9話 スタンピード 第三部 千貌の魔導士(後編)


「……ごめんね。」


その声は、どこまでも穏やかだった。


「待たせちゃった。」


その瞬間だった。


アムネの周囲を漂っていた魔力が、静かに姿を変え始める。


荒々しく膨れ上がるわけではない。


爆発するわけでもない。


まるで水が器を変えるように。


一瞬ごとに、その性質そのものが移り変わっていく。


熱を帯びた炎の魔力。


透き通る水の魔力。


鋭く研ぎ澄まされた風。


重厚な土。


そして、空気を震わせる雷。


五つの属性が、ごく自然に入れ替わり続けていた。


「な……。」


遠くで戦っていた魔導士が言葉を失う。


「属性が……変わってる。」


「そんなこと……。」


一つの属性を極めるだけでも、一流と呼ばれる。


二つ扱えれば天才。


だが、目の前の少女は違った。


呼吸をするように。


歩くように。


何の無理もなく属性を切り替えている。


ギルドマスターが静かに目を細める。


「あれが。」


「《自在変化》だ。」


その名を知らない若い冒険者たちは、ただ呆然と見上げるしかなかった。


オーガキングも異変を察したのか、低く唸り声を上げる。


「グルルル……。」


先ほどまでとは違う。


本能が告げている。


目の前の相手は、今までとは別人だと。


アムネはゆっくりと杖を下ろした。


「始めよう。」


静かに一歩踏み出す。


その瞬間。


姿が消えた。


「……っ!?」


オーガキングが咄嗟に戦斧を振るう。


しかし何もいない。


直後、背後から小さな声が聞こえた。


「《ライトニングエッジ》」


雷をまとった斬撃が走る。


紫電がオーガキングの背中を駆け抜け、大きな火花が散った。


王が振り返る。


その前にはもう誰もいない。


「《アクアスラスト》」


今度は横。


圧縮された水刃が鎧の隙間へ突き刺さる。


体勢を崩したところへ。


「《フレアランス》」


炎の槍。


爆発。


「《ストーンバインド》」


足元から岩が絡みつき、動きを封じる。


一つの魔法を放つたび、属性が変わる。


一切の間がない。


一切の淀みもない。


まるで最初から、その順番で使うことが決まっていたかのようだった。


「これが……。」


魔導士の一人が震える声で呟く。


「Sランク。」


「違う。」


隣の老人が首を振る。


「あれは。」


「アムネジアだからできる戦いだ。」


オーガキングが怒りの咆哮を上げる。


キングロアがさらに強まる。


空気が重く沈み、大地が震える。


それでもアムネは止まらない。


風。


雷。


炎。


水。


土。


状況に合わせて、最適な属性だけを選び続ける。


防げば、その属性を変える。


避ければ、次の魔法が待っている。


距離を取れば、遠距離魔法。


詰めれば、杖。


王は初めて後退した。


一歩。


また一歩。


その姿を見た冒険者たちは息を呑む。


「押してる……。」


「オーガキングを。」


「一人で……。」


誰も歓声を上げなかった。


その戦いが、あまりにも美しかったから。


力で押し潰す戦いではない。


無駄がない。


一つひとつの魔法が最適で。


一つひとつの動きに意味がある。


まるで戦場そのものが、一つの魔法になったようだった。


アムネは静かに息を吐く。


「あと少し。」


そう呟くと、今度は杖を腰へ戻した。


代わりに、一振りの剣を抜く。


陽の光を受けて銀色の刃が輝いた。


遠くから見ていたゆうきは目を見開く。


「剣……?」


アムネは魔導士だと思っていた。


それなのに。


迷いのない構え。


無駄のない足運び。


魔法だけではない。


剣もまた、戦いの一部だった。


オーガキングが最後の咆哮を上げる。


巨体が一直線に駆け出す。


それを迎えるように、アムネも静かに踏み出した。


王と魔導士。


最後の一撃が、今まさに交わろうとしていた。


オーガキングが大地を砕きながら迫る。


その巨体が生み出す圧力だけで、周囲の木々が軋みを上げた。


アムネは走らない。


慌てない。


ただ一歩ずつ、静かに歩く。


剣を下段に構え、王を真っ直ぐ見据えていた。


「グォォォォォッ!!」


戦斧が振り下ろされる。


その一撃は、大木すら両断する威力を持っていた。


だが。


「……そこ。」


小さく呟き、半歩だけ踏み込む。


斧が肩をかすめる。


紙一重。


そのまま身体を捻り、剣を滑らせる。


キィン——。


鋭い音が響き、オーガキングの腕に一本の赤い線が走った。


深くはない。


それでも王は初めて表情を変える。


「グルァッ!」


怒りに任せて斧を振るう。


横薙ぎ。


突き。


叩きつけ。


猛攻。


だが、そのすべてが空を切る。


避けているというより、そこに最初からいない。


最小限の動きだけで、すべてを受け流していく。


「なんだ……あの動き。」


遠くから見ていた騎士が思わず呟く。


「速いんじゃない。」


「無駄がないんだ。」


隣にいたベテラン冒険者が静かに答えた。


「相手が動く前から、次の一手を読んでる。」


その間にも、アムネは攻撃の手を止めない。


風属性を剣へ纏わせる。


「《エアスラッシュ》」


斬撃が空を走り、王の胸元を切り裂く。


すぐに雷へ切り替える。


「《ライトニング》」


紫電が剣先から迸り、王の身体を駆け抜ける。


動きが止まる。


その一瞬を逃さない。


炎へ。


「《フレアエンチャント》」


刃が紅蓮に染まる。


一閃。


爆発とともにオーガキングが後退した。


「属性を……。」


若い魔導士が震える声を漏らす。


「剣にまで付与してる。」


「しかも一瞬で。」


戦場の誰もが目を奪われていた。


あれは魔法でもない。


剣術だけでもない。


二つが完全に溶け合っていた。


「グォォォォォォッ!!」


オーガキングは最後の力を振り絞る。


全身から魔力が溢れ出し、黒紫色の魔法陣が幾重にも重なる。


火球。


風刃。


岩槍。


雷。


群れの魔物たちから得た力を一斉に解き放った。


空が魔法で埋め尽くされる。


「まずい!」


誰かが叫ぶ。


だが。


アムネは静かに目を閉じた。


ゆっくり息を吸い。


そして、開く。


青い瞳が、まっすぐ王を捉える。


「終わりにしよう。」


その声には怒りも、憎しみもなかった。


あるのは、ただ静かな覚悟だけ。


魔力が剣へ集まる。


炎。


水。


風。


土。


雷。


五つの属性が一つの刃へ重なっていく。


眩い光が辺りを照らした。


オーガキングが咆哮を上げる。


同時に、すべての魔法を放つ。


アムネは地面を蹴った。


一直線。


迷いなく王へ向かう。


飛来する火球を水が打ち消し。


岩槍を風が逸らし。


雷を土が受け止める。


一歩進むたび、最適な属性へ切り替わる。


誰も、その動きを目で追えなかった。


次の瞬間。


光が走る。


一筋の銀閃。


静かな斬撃だけが戦場を駆け抜けた。


オーガキングの動きが止まる。


戦斧が手から滑り落ちる。


ドサリ、と重い音を立てて地面へ転がった。


王はゆっくりとアムネを見る。


その瞳から闘志が静かに消えていく。


やがて巨体は膝をつき、前のめりに倒れ込んだ。


轟音とともに土煙が舞い上がる。


戦場が静まり返る。


誰も声を出せなかった。


ただ一人。


剣を静かに鞘へ納める少女だけが、穏やかに息を吐いた。


「……終わったね。」


その一言を合図にするように。


戦場のあちこちから歓声が湧き上がった。


スタンピードは、終結した。



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