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あの時間をもう一度  作者: ゆうき
第一章 始まりの再会

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第9話 スタンピード 第三部 千貌の魔導士(前半)


戦場の奥。


そこだけが、まるで別世界だった。


轟音が絶え間なく響き、大地は何度も揺れ動く。


巨大な戦斧が振り下ろされるたびに地面が砕け、土煙が空高く舞い上がる。


その中心で、一人の少女が静かに立っていた。


アムネ。


対峙するのは、スタンピードを率いる王。


オーガキング。


三メートルを超える巨体。


漆黒の皮膚は岩のように硬く、額から伸びた二本の角は、まるで王冠のような威圧感を放っている。


その姿が一歩進むたび、大地が低く唸った。


「グォォォォォォッ!!」


咆哮。


空気が震え、周囲の木々から鳥たちが一斉に飛び立つ。


見えない圧力が戦場全体を覆った。


キングロア。


王だけが持つ精神への威圧。


離れた場所で戦っていた新人冒険者が思わず膝をつく。


「う、動けない……。」


「怖い……。」


騎士たちでさえ無意識に歯を食いしばっていた。


その中心に立つアムネだけは、小さく息を吐く。


「まだ終わらせない。」


静かな声だった。


オーガキングが大地を蹴る。


巨体とは思えない速度で距離を詰め、戦斧を真上から叩きつけた。


轟音。


アムネは横へ流れるように身をかわす。


次の瞬間、地面が爆ぜ、深い亀裂が一直線に走った。


土煙が舞い上がる。


その隙を逃さず、青白い魔法陣が幾重にも重なる。


「《アイスランス》」


十数本の氷槍が一直線に放たれる。


鋭い氷は空気を裂きながらオーガキングへ迫った。


しかし。


王は戦斧を横薙ぎに振るう。


砕け散る氷。


残った数本だけが肩や腕へ突き刺さる。


だが、それだけだった。


血は流れる。


それでも歩みは止まらない。


「やっぱり硬いね。」


アムネは小さく呟く。


魔法陣が消えるより早く、今度は緑色の光が広がる。


「《ウィンドカッター》」


幾重もの風刃が王の全身を切り裂く。


皮膚に浅い傷が刻まれた、その瞬間。


「《ライトニングボルト》」


雷鳴。


紫電が一直線に落ち、大地ごと王を飲み込んだ。


爆風が森を揺らす。


普通の魔物なら跡形もなく消し飛ぶ威力。


それでも。


煙の中から現れた巨体は、なおもこちらへ歩いてくる。


「……さすが。」


アムネは苦笑する。


「強いね。」


オーガキングが右腕を振るう。


今度は拳。


咄嗟に障壁を張る。


鈍い衝撃。


障壁越しでも腕が痺れるほどの重さだった。


吹き飛ばされながらも体勢を立て直し、着地する。


その瞬間だった。


遠くから悲鳴が聞こえた。


西側防衛線。


オークの群れが城壁際まで迫っている。


アムネはオーガキングから目を離さないまま、小さく呟く。


「西側。」


指先に紅い魔法陣が灯る。


「《フレアバースト》」


巨大な火柱が戦場の一角を包み込み、押し寄せていたオークの群れを吹き飛ばした。


歓声が上がる。


「助かった!」


「押し返せ!」


その声を聞く間もなく、アムネは再び目の前へ意識を戻す。


オーガキングは、その一瞬を逃さなかった。


戦斧が迫る。


避ける。


地面を砕く。


土砂が舞い上がる。


着地した直後、今度は北門から報告が響いた。


「治療班が足りません!」


「負傷者多数!」


「北側。」


柔らかな光が空へ昇る。


「《ヒールレイン》」


光の粒が雨のように降り注ぎ、傷付いた兵士たちを優しく包み込んだ。


「傷が……。」


「動ける!」


歓声が再び上がる。


その間にもオーガキングは攻撃の手を緩めない。


一撃。


二撃。


三撃。


どれも致命傷になり得る重さだった。


アムネは最小限の動きでかわし続ける。


反撃はする。


けれど深追いはしない。


いや、できない。


視線の端には常に戦場全体が映っていた。


東側の魔導士。


南門の騎士団。


避難を続ける住民。


誰かが危険になれば、その瞬間に魔法を飛ばす。


それが今の最優先だった。


遠くからその戦いを見ていた冒険者が、不安そうに呟く。


「アムネさん……押されてないか?」


「大丈夫なのか……?」


誰も気付いていない。


彼女が戦っている相手は、オーガキング一体ではない。


この街、そのものを守りながら戦っているということに。


オーガキングの瞳が鈍く光る。


王は理解していた。


目の前の少女は、自分だけを見て戦っていない。


だからこそ、その隙を逃さない。


「グォォォォッ!」


咆哮とともに地面を蹴る。


一瞬で間合いを詰め、戦斧を横薙ぎに振り抜いた。


空気が裂ける。


アムネは身を低くしてかわすが、その直後、巨大な拳が迫る。


「っ……!」


障壁を展開する。


ガァァンッ!!


凄まじい衝撃が腕へ伝わり、そのまま十数メートル吹き飛ばされた。


地面を滑り、靴底が土を削る。


ようやく体勢を立て直した頃には、口の中へ土の味が広がっていた。


「アムネさん!」


遠くから騎士の叫び声が聞こえる。


「……大丈夫。」


小さく答え、土を払う。


傷は浅い。


障壁が間に合わなければ危なかった。


それでも。


目はすぐに戦場全体へ向けられる。


東側。


魔導士部隊は持ち直した。


西側。


ぽぽの支援を受けた冒険者たちが押し返している。


南側。


まだ苦しい。


オークの数が多い。


「南側。」


杖を軽く振る。


金色の魔法陣が空へ浮かんだ。


「《ブレイブ・オーラ》」


光が降り注ぐ。


疲弊していた騎士たちの動きが一段階鋭くなった。


「力が戻った!」


「今なら押せる!」


その声を聞いたアムネは、小さく息を吐く。


よかった。


その一瞬だった。


オーガキングの姿が消えた。


「……!」


反射的に横へ飛ぶ。


コンマ一秒遅れて、戦斧が振り下ろされた。


轟音。


さっきまで立っていた場所が大きく抉れ、岩盤がむき出しになる。


(速い。)


ここまで本気を出してきた。


アムネは距離を取りながら魔法陣を展開する。


今度は土。


「《ストーンプリズン》」


幾本もの岩柱がオーガキングを囲むように隆起する。


動きを封じるための魔法。


しかし王は両腕だけで岩柱を砕き、そのまま突き進んできた。


「やっぱり……。」


思わず苦笑が漏れる。


「簡単じゃないね。」


その時だった。


遠くから軽快なギターの音色が風に乗って届く。


ぽぽ。


演奏は止まっていない。


戦場のどこかで、今も誰かを支え続けている。


その音に重なるように、ゆうきたちの声も聞こえた。


「押し返せ!」


「前へ!」


さっきまで押されていた防衛線が、少しずつ前へ進み始めている。


アムネは静かに目を細めた。


(もう少し。)


(あと少しだけ。)


自分が時間を稼げばいい。


それだけで、みんなが生きて帰れる。


オーガキングが再び咆哮を上げる。


今度は火球。


水刃。


風刃。


群れの魔物たちが持つ魔法を次々と放ってくる。


アムネは一つずつ冷静に対処する。


炎は水で消し。


風は土壁で受け。


雷は障壁で逸らす。


そして、反撃の魔法を放ちながら、別の戦場へ回復魔法を送り続ける。


魔力の消費は激しい。


普通の魔導士なら、とっくに底をついている。


それでもアムネの表情は変わらなかった。


焦りもない。


怒りもない。


ただ、仲間全員の無事だけを願って戦っていた。


やがて。


西側から大きな歓声が響く。


「ジェネラル討伐!」


「討伐成功!」


続いて東側。


「魔物が退き始めた!」


南側でも騎士団が一気に前へ出る。


戦線が。


安定し始めた。


その声を聞いたアムネは、ようやく肩の力を抜く。


胸の奥に張り詰めていたものが、静かにほどけていく。


「……よかった。」


心から漏れた一言だった。


もう、守るためだけに戦わなくていい。


ゆっくりと杖を握り直す。


視線の先には、オーガキング。


まだなお闘志を失わず、こちらを睨みつけている。


アムネはその視線を真っ直ぐ受け止め、柔らかく微笑んだ。


「……ごめんね。」


その声は、どこまでも穏やかだった。


「待たせちゃった。」

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